立体表示デバイス特集号に寄せて

的場 修
 神戸大学大学院システム情報学研究科 教授

写真:的場 修 神戸大学大学院システム情報学研究科 教授

ホログラフィーの魅力は,講義や研究室紹介,オープンキャンパスにおける高校生の見学などにおいて,感光材料に記録されたホログラムによる立体再生像を見せると皆さんが驚きと同時に関心を持たれることから分かる。私がこれまでに行ってきた,そして現在行っている研究ではホログラフィーをベースにしたものが多くを占める。具体的には,ホログラフィック立体ディスプレーや3次元情報を瞬時に取得するディジタルホログラフィーが挙げられる*1。博士課程での研究は1980年代に活発になったニューラルネットワークブームのときで,光配線による可塑性のある大規模インターコネクションを実現しようとするものであった。当時のワークステーションは計算能力が不足しており,画像認識などの応用については十分な学習ができなかったため,大規模ネットワークを実現するためにホログラフィー技術により光導波路を一括してフォトリフラクティブ材料(光強度分布により屈折率が変化する材料)に書き込むという研究で あった。その後,東大生研で助手となり,次世代光メモリーとしてフォトリフラクティブ効果を利用したホログラフィックメモリーの研究を行った。その間に,文部省在外研究員としてアメリカのコネティカット大学でB. Javidi教授の研究室に滞在していたところ,1999年から2000年にかけて,ディジタルホログラフィーやインテグラルフォトグラフィー(IP:Integral Photography)の研究をJavidi先生からとても興味深く伺った。特に,NHK技研におられた岡野文男さんのIPによる立体ディスプレーにJavidi先生は大変興味を持たれ,私もIPの研究に取り組むことになったことが現在の研究の広がりに役立っている。IPとディジタルホログラフィーは論文数などの世界的動向を見てもこの時期から研究が活発になっており,岡野さんやJavidi先生らの研究は先駆的な研究であることが分かる。私の研究人生においては良いタイミングに多くの人とすばらしい技術に出会えたことに感謝している。また,3次元ディスプレー・イメージング関係の国際会議で岡野さんの講演を拝聴したり,一緒に議論したりする機会を得て,IPの次世代立体テレビとして実現性を強く感じた。その一方で,私はホログラフィーによる立体ディスプレーの実現に注力していたことから,ホログラフィーの研究をもっと進めていくべきだと強く感じるきっかけにもなった。

NHK技研が世界的に先導され,IPではすでに数十インチサイズの大画面化が実現されており,周辺技術も含めて実用化に向けて技術開発が進んでいる。しかしながら,ホログラフィック立体テレビの実現には,大画面化や広い場所で多人数が見られるようにするために,表示素子の更なる性能向上が必要不可欠である。単純計算では,奥行き方向にも1,000画素相当の映像を実現するためには,2次元空間光変調素子の画素数を1,000倍(ハイビジョン相当のホログラフィック立体テレビを実現するためには20億画素)にする必要がある。また,最近の立体撮像関係では,ライトフィールドカメラ(光線の位置と方向を記録するカメラ)やコンピュテーショナルフォトグラフィーと呼ばれる技術が注目されている。ライトフィールドでは,光線の状態は位置と方向で定義されるので,この情報をいかに光学系で取得するかがポイントになる。IPと同様にレンズアレーを用いてライトフィールドを取得する系が多いが,立体映像再現だけでなく,ユーザーが好きな奥行き位置にピントを合わせるリフォーカシングも可能であり,映像表現技術としての広がりを感じる。光線と波面は垂直な関係にあり,ホログラフィーでは波面情報を扱うため,光線情報を記録していると言える。表示素子である空間光変調素子の画素ピッチが狭くなり,画素数が増えていくことがホログラフィーやIPでも最も重要な技術課題となる。

本特集号では,「立体表示デバイス特集号」という内容で,磁気光学効果を用いた狭ピッチ空間光変調素子やIP向けのEO(Electro-Optical)ポリマーを用いた高速光偏向素子が紹介されている。どちらの技術もホログラフィーとIPに必要不可欠な要素技術である。磁気光学効果は原理的に高速動作が期待されるが,大きな変調量を実現できるかが課題である。しかしながら,1µm以下の狭画素ピッチと高速動作の2つの課題を解決できる可能性があり,魅力的なデバイスであると感じる。さらに,IPとライトフィールドディスプレーにおいては,あらゆる光線の方向を再現する必要があることから,高速な光偏向素子は従来のレンズアレーに代わり,新規なディスプレー系を構成することが期待される。 私が代表を務めている神戸大学の統合研究プロジェクトの一つとして,「3次元可視化システムを活用した文理融合研究プロジェクト」を2015年6月より発足させている*2。このプロジェクトでは,宇宙の果てから人体の中まであらゆる仮想現実を体験できる3次元可視化システム(π-CAVE:高さ3m×奥行3m×横幅7.8mの巨大なバーチャルリアリティー(VR:Virtual Reality)装置)を利用した文理融合・学際研究を推進している。特にπ-CAVEを核とした3次元可視化システムを元に,高臨場感・高没入感の環境下で人の状態,行動を解析することや人とのインタラクションを介して,トイレ空間の配色に関する心理学調査に立体VRを利用することの検証,人の歩行行動制御や視覚特性の解明,モノの利用に関する新規発見,宇宙教育利用などが検討されている。現状ではステレオ式の立体映像技術を用いて上述の研究を行っているが,将来的には真の立体映像に置き換えることを期待している。そのためには,立体映像によって新しく開拓される魅力ある応用を増やしていくことが一つの鍵となる。

立体映像には人々を魅了する映像力がある。ある方から伺った話では,たんぽぽを空中表示した場合に人は息を吹き かける動作を無意識にするとのことである。このように立体映像には,2次元映像にない潜在的な魅力がある。1926年12月に高柳博士が映像伝送実験に成功してから90年が経過した。節目となる100年目に向けて立体映像技術の進化に努め,革新的なデバイス技術,伝送技術,信号処理技術などを生み出し,日本が世界をリードする分野となることを 期待したい。