120GHz帯スーパーハイビジョンFPUの開発

津持 純 岡部 聡 杉之下 文康

次世代の放送サービスとして開発が進められている8Kスーパーハイビジョンの番組制作に対応するため,8Kに対応したFPU(Field Pick-up Unit)の開発を進めている。従来のハイビジョン(2K)より大容量のデータを無線で伝送するために,広い周波数帯域幅が利用できる120GHz帯に着目し,2対向の無線機でデュアルグリーン方式の8K信号を非圧縮伝送する120GHz帯FPUを開発した。伝送実験によって120GHz帯FPUの伝送特性を明らかにするとともに,8Kの番組制作の現場において本FPUにより8K信号を安定して無線伝送できることを実証した。

1.はじめに

4K・8K放送サービスの実現に向けて,2016年8月に放送衛星による4K・8Kの試験放送が開始され,現在は2018年の実用放送開始に向けた技術開発や設備整備が進められている。放送局へ番組素材を無線で伝送する可搬型無線伝送装置(FPU:Field Pick-up Unit)は,主に光ファイバーが敷設できないニュース取材やスポーツ・イベント会場からの中継番組の番組素材伝送のために利用されている。

総務省の周波数割当計画によれば,番組素材伝送のための周波数帯の1つに120GHz帯(116~134GHz)がある。120GHz帯は18GHzの広大な帯域幅を利用できるため,圧縮符号化による劣化を抑えた高精細な4K・8K番組素材の伝送が期待できる。一方で,120GHz帯の電波は降雨による減衰が大きいことから,従来のマイクロ波帯FPUのような長距離伝送は難しい。

本稿では,伝送レートが約24Gbpsのデュアルグリーン(DG:Dual Green)方式*1 の8K信号1)(以下,断りがある場合を除いて8K信号と表記)を非圧縮で伝送する120GHz帯スーパーハイビジョンFPU(以下,120GHz帯FPU)について述べるとともに,試作機の評価のために実施した野外伝送実験の結果を報告する。

2.120GHz帯FPU

2.1 120GHz帯FPUの技術条件

120GHz帯は放送番組素材の無線伝送用として利用できる周波数帯であり,帯域幅は18GHz(占有周波数帯幅17.5GHz以下)である。120GHz帯の電波は降雨による減衰が大きいことから,長距離伝送には適さない。そのため,120GHz帯FPUの設計においては,ケーブルの敷設が困難な場所での短距離の大容量伝送を想定し,長距離伝送については光ファイバーなど他の伝送手段と組み合わせて実現することとする。

120GHz帯FPUの具体的な利用シーンとしては,ケーブル敷線が困難な陸上競技場や野球場の場内,ビル間や交通量の多い道路を横断した8K信号伝送などが挙げられる。競技場のサイズを考慮すると,250m程度の伝送距離が要求される。ただし,屋外で利用する場合は降雨による電波の減衰を考慮しなければならない。120GHz帯の電波の降雨減衰に関するITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector)勧告2) によれば,降雨強度が60mm/hの場合で降雨減衰が23dB/kmとなる。気象庁が公表している雨の強さと降り方に関する情報によれば,60mm/hの降雨は傘が全く役に立たなくなる程の非常に激しい雨で,この場合,屋外での競技の継続は困難であると想定される。以上のような条件を考慮して,120GHz帯FPUは,降雨強度60mm/hの場合の降雨減衰23dB/km以下で利用することとする。

さらに,FPUは競技場内やビルの屋上に設置することが多いことから,少ないスペースで設置できることが求められる。8K信号の非圧縮伝送方式を検討した過去の研究においては,ASK(Amplitude Shift Keying)方式の120GHz帯無線機を同一周波数で3対向用いて約24Gbpsの8K信号を伝送できることを実証した3)。しかしながら,この場合,同一周波数の電波間の干渉を避けるために各々の無線機の離隔距離を大きく取らなければならないという課題があった。そこで,120GHz帯FPUでは,2対向の無線機で垂直偏波と水平偏波の偏波多重伝送を行うことにより,離隔距離の問題を解消することとする。

2.2 120GHz帯FPUの構成

前節で述べた技術条件を基に設計した120GHz帯FPUの構成を1図に示す。120GHz帯FPUは,水平偏波と垂直偏波の2対向の120GHz帯無線機とベースバンド信号処理部で構成される。カメラなどの8K番組制作機材は,1.5Gbps のHD-SDI(High Definition - Serial Digital Interface)信号16本を用いて24Gbpsの8K信号を出力することから,16本のHD-SDI信号を2分割して,8本ずつ多重化した2系統のシリアル信号を,2対向の無線機を用いて伝送する構成とした。シリアル信号の伝送には安価な光イーサネットの部品が利用できることから,ベースバンド信号処理部と120GHz帯無線機は光ファイバーで接続し,水平偏波と垂直偏波の2対向の120GHz帯無線機で,それぞれ8本のHD-SDI信号のデータを束ねたシリアル信号を伝送する構成とした。

1図 120GHz帯FPUの構成

3.ベースバンド信号処理部

ベースバンド信号処理部の構成を2図に示す。送信側では,無線伝送によるデータ誤りを訂正するための誤り訂正符号化,音声信号処理,HD-SDI信号の多重化を行う。受信側では,HD-SDI多重信号の分離,音声信号処理,誤り訂正復号を行う。次節以降において,それぞれの処理について説明する。

2図 ベースバンド信号処理部の構成

3.1 誤り訂正の方式

HD-SDI信号は,ケーブル接続を前提とした標準規格4) において,所要ビット誤り率(BER:Bit Error Rate)を10-10以下とすることが規定されている。一般的に,無線伝送は有線伝送に比べて外乱の影響を受けやすいことから,BERを10-10以下に抑えるためには誤り訂正による伝送特性の改善が必須となる。120GHz帯FPUでは,処理遅延が小さく訂正能力が高いブロック符号であるリードソロモン(Reed-Solomon,以下RS)符号を適用する。HD-SDI信号は,1ワード当たり10ビットの階調を持つことから,10ビットを単位(シンボル)とするRS(1023, 1003)符号を短縮化したRS(986, 966)符号で誤り訂正を行う。

120GHz帯FPUの誤り訂正符号化では,HD-SDI信号の1ラインを単位として誤り訂正符号のパリティービット(以下,誤り訂正パリティー)を生成する。3図は,HD-SDI信号の1ラインのデータについて,誤り訂正符号化の対象となるデータを示す。HD-SDI信号の1ラインを構成する2,200ワード(2,200W)のうち,水平ブランキング(Horizontal Ancillary Data,以下HANC)を除く1,932ワードを誤り訂正符号化の対象データとし,966ワード単位で分割してRS(986, 966)符号化を行う。誤り訂正符号化によって生成される40ワード(400ビット)分の誤り訂正パリティーは,4図に示すように136ワード分のレート調整領域を除いたHANCの最後尾に格納する。レート調整の詳細は3.3節に後述する。

ここで,誤り訂正パリティーがHD-SDI信号の禁止ワード(同期ワード)と一致することを回避するために,50ワード分の領域に40ワードの誤り訂正パリティーを格納する。具体的には,5図に示すように1ワードのうちの9ビットを誤り訂正パリティー用に割り当て,50ワード×9ビット=450ビットのうちの400ビットに40ワード分の誤り訂正パリティーを格納する。残りの5ワード分の領域はリザーブ領域とする。誤り訂正パリティーを格納後,5図の濃い色の部分のデータを反転させてビット反転データ格納領域に格納する。HD-SDI信号の同期ワードの先頭3ワードは“3FF 000 000(hex)”と各ワード内のビットデータが同一となっているため,5図に示すビット反転によって1ワード内に0と1のデータを混在させることで,誤り訂正パリティーを格納した領域のワードが同期ワードと一致することを回避できる。

3図 HD-SDI信号1ラインの誤り訂正の対象データ
4図 HANCに埋め込むデータの構成
5図 誤り訂正パリティーの格納方法

3.2 音声信号処理

8Kの音声信号には,22.2マルチチャンネル音響システムが採用されている5)。HD-SDI信号に音声信号を多重する方法はSMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)299M6) で規定されており,4チャンネルの音声信号で1つのグループを構成し,グループ単位でHD-SDI信号のHANCの先頭から格納する。22.2マルチチャンネル音響システムは24チャンネルの音声信号で構成されているため,6グループのデータを伝送する必要がある。4図に示すように,HANCには82ワードの空きがあり,ここに1グループの音声信号を格納できるので,任意の6系統のHD-SDI信号のHANCに6グループ分の音声信号を格納する。

3.1節で述べた誤り訂正方式は,HANCを誤り訂正の対象データから除外しているため,音声信号はRS(986, 966)符号による訂正ができない。しかし,SMPTE299Mによれば,HD-SDI信号に格納する音声信号のグループには音声信号用に誤り訂正符号を付加することが規定されているため,音声信号の誤り訂正は,その音声信号用の誤り訂正符号で行うこととする。

3.3 HD-SDI信号の多重化

HD-SDI信号の多重化処理は,8本のHD-SDI信号を1系統のシリアル信号に変換する多重化と,光ファイバーでシリアル信号を伝送するためのレート調整の2つの処理を行う。

1つ目のHD-SDI信号の多重化は,入力される8本のHD-SDI信号を1系統のシリアル信号に変換する処理であり,その変換方法を6図に示す。HD-SDI信号は,映像1フレーム当たり1,125本のライン(1ラインは2,200ワードで構成され,1ワードは10ビットのデータから成る)に付加情報を含めた画像データが格納されている。8本のHD-SDI信号の多重化処理は,始めに,各入力信号についてHD-SDI信号の同期信号を基に映像フレームの先頭で同期を合わせた後,各HD-SDI信号のライン単位で多重化処理を行う。具体的には,6図のように,HD-SDIm(1≦m≦8)のラインn(1≦n≦1,125) のデータをLmnと表記した場合,L11,L21,L31,…,L81,L12,L22, …,L82, …,L11,125,L21,125, …,L81,125の順に1列に並べることでシリアルデータに変換する。

2つ目のレート調整の方法について説明する。HDSDI信号8本を多重化したシリアルデータは,伝送レートが1.485Gbps×8 = 11.88Gbpsと高速なため,光ファイバーで伝送する。E/O変換器に, 11.3Gbpsまでの伝送レートに対応した光イーサネット用の製品を用いるために,4図に示すようにHANCの268ワードのうちの136ワードを除去してデータレートを11.1Gbpsに調整する。そのため,削減した136ワード内に必要なデータが格納されている場合は,別のHANCに移すなどの何らかの回避手段を講じなければならない。受信側でシリアルデータを8本のHD-SDI信号に分離する際には,HANCの削減した領域と同じ位置にダミーデータ(例えば,136ワード×10ビット = 1,360ビットの0)を付加することでHD-SDI信号を復元する。

6図 HD-SDI信号の多重化処理

3.4 ベースバンド信号処理装置の試作と伝送特性の評価

3.1節から3.3節で述べたベースバンド信号処理の機能をFPGA(Field Programmable Gate Array)ボードに実装したベースバンド信号処理部の試作装置を7図に示す。動作検証のために,送信側と受信側のベースバンド信号処理部を光ファイバーと光可変アッテネーターで接続し,データ信号の伝送実験を行った。実験は,送信側のベースバンド信号処理部でPRBS(Pseudo-Random Bit Sequence)信号をHD-SDI信号の映像信号の格納領域であるデジタルアクティブラインに格納し,受信側のベースバンド信号処理装置で誤り訂正前と誤り訂正後のBERを計測した。受信側の入力レベルの調整には光可変アッテネーターを用いた。8図に誤り訂正前と誤り訂正後のBERの関係を示す。HD-SDI信号の規定値であるBER=10-10を擬似エラーフリーの基準とした場合,誤り訂正前のBERが1×10-4以下であれば,RS(986, 966)の誤り訂正によって擬似エラーフリーとなることが確認できた。

7図 ベースバンド信号処理部
8図 誤り訂正の効果

4.120GHz帯無線機

120GHz帯無線機は,送信機,受信機およびアンテナで構成される。それぞれの詳細について次節以降で説明する。

4.1 120GHz帯無線機の構成

120GHz帯無線機の構成を9図に示す。120GHz帯送信機の主要部品は,8逓倍回路を内蔵したASK変調器と電力増幅器で構成される送信モジュールである。また,120GHz帯受信機の主要部品は,低雑音増幅器(LNA:Low Noise Amplifier)とASK復調器で構成される受信モジュールである7)

120GHz帯送信機においては,ベースバンド信号処理部から入力されるシリアル信号は,光・電気信号変換器(O/E変換器)で電気信号に変換される。この信号を用いて,キャリヤー信号をASK変調する。キャリヤー信号は,15.625GHzの基準信号を8逓倍回路に入力して生成する。そして,電力増幅器で所定の送信電力(送信機出力で10mW)に増幅し,帯域濾波器(BPF:Band Pass Filter)で帯域外の周波数成分を抑制する。

120GHz帯受信機は,前述の受信モジュールとE/O変換器で構成される。受信した120GHz帯のRF(Radio Frequency)信号を増幅した後,包絡線検波によってデータを抽出し,光信号に変換して出力する。

FPUは季節を問わず屋外で使用することを想定しているため,気温によらず安定して動作することが求められる。そこで,気温の変化に対する送信機の動作の安定化を図るために,送信機に温度補償機能8) を搭載した(9図(a)の温度センサーおよびマイコン)。この温度補償機能により,送信機の環境温度の変化に伴うデバイスの特性変化によるBER特性の変動を抑圧することができる。

製作した送受信機の外観と諸元を,それぞれ10図1表に示す。変調方式がASKであり,また,波長が短い120GHz帯の主要部品の多くが小型なモジュールで構成されているため,片手で運搬できるサイズ・重量で無線機を製作することができた。

製作した120GHz帯無線機の受信電力対BER特性を測定した。無線機周辺の環境温度の変化によるBER特性の違いを調べるために,無線機を恒温槽内に設置し,0~40℃の範囲で温度条件を変えながら測定を実施した。11図に,各温度における受信電力対BER特性を示す。温度の上昇に伴ってBER特性の劣化が生じるが,誤り訂正によって擬似エラーフリーにできる10-4に着目すると,0~40℃でBER=10-4となる受信電力は-45~-44dBmとなり,温度の変化に対して約1dBの変動が観測された。

11図の測定結果から,120GHz帯FPUのうちのアンテナを除く装置については,受信電力が-44dBm以上であれば無線伝送ができることが分かった。受信機の熱雑音電力が-61.5dBmであることから,所要CN比(Carrier to Noise Ratio) は17.5dBとなる。一方, 包絡線検波によるASKのBER特性において,0と1の送信データが等確率で発生する場合におけるBER=10-4となるSN比(Signal to Noise Ratio) は12.3dBである9)。試作した装置の所要CN比とは約5dBの差があり,この原因は,120GHz帯の電波を使用する無線機の装置化によって生ずる固定劣化やBPFによる帯域制限の影響によるものと考えられる。

9図 120GHz帯無線機の構成
10図 120GHz帯無線機 (左:送信機,右:受信機)
1表 120GHz帯無線機の諸元
項目 パラメーター
送信周波数 125 GHz
周波数帯域幅 17 GHz
変調方式 ASK
送信電力 10 mW
雑音指数 10 dB
ベースバンド信号インターフェース 光ファイバー
RF信号インターフェース WR-8 導波管
偏波 垂直または水平
きょう体サイズ
(幅×高さ×奥行き)
10cm × 10cm × 27cm
重量 2.2 kg(送信機)
1.7 kg(受信機)
11図 120GHz帯無線機の受信電力対BER特性

4.2 アンテナ

2章で,降雨強度60mm/hで250mの伝送ができることを120GHz帯FPUの要求条件とした。伝送距離の長距離化は,送信電力の増力またはアンテナ利得を大きくすることで達成できるが,120GHz帯の増幅器の高出力化が難しい現状を考慮し,アンテナ利得を大きくすることで所望の伝送距離を得ることとした。

12図に,開口面アンテナ*2 のアンテナ径とアンテナ利得および伝送距離の関係を示す。アンテナ利得Gは,アンテナ径D,波長λとアンテナ効率*3 ηより,

から算出した10)。ここで,η=0.4,λ=0.0024mとした。また伝送距離は,60mm/hの降雨強度を想定した23dB/kmの降雨減衰を考慮し,さらにアンテナへの給電線損失として送信側と受信側にそれぞれ2dBを見込んだ場合の値を計算した。12図より,250m以上の伝送距離を得るためには,アンテナ径を15cm以上にすればよいことが分かる。ただし,アンテナ径を大きくすると可搬性やアンテナ方向調整などの運用面で不利になるため,120GHz帯FPUのアンテナとしてはアンテナ径20cmのカセグレンアンテナ*4 を利用した(10図)。

120GHz帯FPUで使用する4式のカセグレンアンテナ(送受でそれぞれ2式)について,ニアフィールド測定装置*5を用いてアンテナ利得の測定を行った。基準アンテナとして標準ゲインホーンアンテナ*6(アンテナ利得24dBi*7)との比較法でアンテナ利得を測定した結果,いずれのアンテナについても約44dBiの利得が得られることを確認した。4式のうちの1つのカセグレンアンテナについて,ニアフィールド測定によって得られた遠方界の放射パターンを13図に示す。この放射パターンは,最大放射電力となる点を含むE面およびH面カットパターン*8 で,最大放射電力を基準とした相対値を示している。開口面アンテナの半値角θ(rad)は,アンテナ径をD,波長をλとすると,

で近似できることが知られており11),(2)式から計算で求めた半値角0.756°に対して,測定値は0.8°とほぼ一致することが分かった。

次に,偏波多重による干渉について検討する。120GHz帯FPUは2対向の無線機と,同一周波数で互いに直交する直線偏波を利用することから,その伝送モデルは14図のように表現できる。この場合,片方の偏波面の受信信号は,その偏波面で伝送されたRF信号(希望信号)に,直交する偏波面から干渉するRF信号(干渉信号)が合成された信号となる。

2式の送信機の送信電力が同一であることや,半値角0.8°のアンテナで250m先に電波を放射した場合の半値幅が1.75mとなることから,2式の送信機および受信機を近接設置すると,一方の送信機から放射した電波が双方の受信機に到達すると考えられる。半値角が小さいために,干渉信号の電力はアンテナの指向性によって若干小さくはなるが,干渉電力の大きさは,アンテナの交差偏波識別度(XPD:Cross Polarization Discrimination)に比例する。そこで,アンテナの放射パターンの測定と同様に,ニアフィールド測定装置を用いた4式のアンテナの測定から,遠方界におけるXPDの最大値を調べた(2表)。2表のXPDは,主偏波側の最大放射電力を基準とした相対値を示している。XPDの測定値はアンテナによって個体差があるため,以降は2表のXPDの最悪値である21.5dBを基準として議論を進める。

XPD=21.5dBとしたときの干渉を含めた信号対雑音電力比(CNI比:Carrier to Noise and Interference Ratio)は15図のようになる。CNI比は,キャリヤー電力と,熱雑音と干渉電力の和との比として与えられる。受信電力が小さい領域では干渉電力も熱雑音に比べて小さいため影響を及ぼすことはないが,受信電力が大きくなるほど干渉電力の影響が大きくなり,CNI比は21.5dBで飽和する。また,所要CN比の17.5dBを満足する受信電力は,熱雑音のみを考えた場合は-44dBmであるのに対し,干渉電力を考慮した場合は-41.8dBmとなる。

3表は,2章で述べた120GHz帯FPUの利用条件と,本章で検討を進めた120GHz帯無線機の特性に基づいて計算した,250m伝送の回線設計である。3表は,15図で干渉を考慮しない場合の回線設計であり,受信電力-34.1dBmに対して受信CN比は27.4dBとなり,降雨強度60mm/hの場合でも,伝送マージンを約10dB確保することができる。

12図 開口面アンテナのアンテナ径とアンテナ利得,伝送距離の関係
13図 カセグレンアンテナの放射パターン
14図 120GHz帯無線機の伝送モデル
2表 交差偏波のXPDの最大値
アンテナ番号 1 2 3 4
XPDの最大値 24.2 dB 21.5 dB 26.1 dB 24.5 dB
15図 干渉を考慮した信号対雑音電力比
3表 120GHz帯無線機による250m伝送の回線設計
送信周波数 125 GHz
周波数帯域幅 17 GHz
送信電力 10 mW(10 dBm)
送信アンテナ利得 44 dBi
送信給電線損失 2 dB
伝送距離 250 m
自由空間伝搬損失 122.3 dB
降雨減衰 5.8 dB
受信アンテナ利得 44 dBi
受信給電線損失 2 dB
受信電力 -34.1 dBm
雑音指数 10 dB
熱雑音電力 -61.5 dBm
受信CN比 27.4 dB
所要CN比 17.5 dB
伝送マージン 9.9 dB

5.伝送実験

製作した120GHz帯FPUの伝送特性を評価するために,晴天時における伝送実験と,実際の中継番組の制作を想定した低温下での伝送実験を行った。

5.1 1.25km伝送実験による伝送特性の評価

製作した120GHz帯FPUについて,伝送可能な距離の確認と,干渉が伝送特性に与える影響の2つの観点で評価するための伝送実験を行った。送信点をNTT砧局,受信点をNHK技研として伝送距離を1.25kmとすることで,3表の自由空間伝搬損失を14dB増加させて伝送マージンを小さくした。この実験における回線設計を4表に示す。

始めに,伝送可能な距離に関する性能を明らかにするために,干渉がない条件でBERを計測した。5表の干渉なしの列に,水平偏波または垂直偏波のいずれか一方のみで伝送したときのBERを示す。BERの値は水平偏波,垂直偏波でほぼ等しくなり,偏波の違いによる伝送特性の差異はないと言える。120GHz帯では-40dBm以下の受信電力を直接計測することが困難なため,11図のBERから受信電力を推定すると-44dBmとなる。この受信電力は,4表の回線設計より1.7dB低いものの,推定誤差を考慮すれば,回線設計にほぼ合致した結果と言える。これらの結果から,受信電力の推定値が若干低いものの,誤り訂正によって伝送できる限界に近い受信条件となっており,想定した距離を無線伝送できる性能が得られていると言える。

次に,干渉による伝送特性への影響を評価する。16図は,2式の送信機ともに電波発射した場合(図中の(1)の期間),水平偏波の送信機のみ電波発射した場合(図中の(2)の期間),垂直偏波のみ電波発射した場合(図中の(3)の期間)のBERを計測した結果である。併せて,5表の干渉ありの列に(1)の期間におけるBERを記載した。干渉がない場合はBERが10-5台であったのに対し,干渉がある場合のBERは10-4台とおよそ1桁劣化する。11図より,5表のBERの差は受信電力が約1dB減少したことと等価であり,干渉のないCN比と干渉を考慮したCNI比の間には約1dBの差があると言える。XPDを干渉成分と考えた場合,実験で推定された受信電力-44dBmから,CNIが約1dB劣化するXPDを推定すると約25dBであると推定される。

次に,1.25kmの伝送実験の結果から降雨時における伝送距離について考察する。この伝送実験は伝送マージンがほぼ0dBとなる条件であることから,16図の結果より,晴天時における120GHz帯FPUの最大伝送距離が約1.25kmであることを確認した。干渉を受けた場合のCNI比から計算した伝送マージンは,4表で示すとおりXPDが21.5dBの場合で-0.3dBとなる。干渉の影響がない場合の伝送マージンは,4表のCN比から計算すると1.7dBであることから,干渉の影響によって伝送マージンが2.0dB減少すると言える。したがって,干渉がある場合は,3表の250m伝送における伝送マージンが7.9dBに減少すると推測されるが,その場合でも,60mm/hの降雨強度において250mの伝送ができるという見通しが得られた。

4表 1.25km伝送実験における回線設計
送信周波数 125 GHz
周波数帯域幅 17 GHz
送信電力 10 mW(10dBm)
送信アンテナ利得 44 dBi
送信給電線損失 2 dB
伝送距離 1.25 km
自由空間伝搬損失 136.3 dB
降雨減衰 0 dB
受信アンテナ利得 44 dBi
受信給電線損失 2 dB
受信電力 -42.3 dBm
雑音指数 10 dB
熱雑音電力 -61.5 dBm
受信CN比 19.2 dB
受信CI比 21.5 dB
受信CNI比 17.2 dB
所要CN比 17.5 dB
伝送マージン -0.3 dB
5表 干渉なし/ありのBERの比較
干渉なし 干渉あり
水平偏波 5×10-5 3×10-4
垂直偏波 4×10-5 1×10-4
16図 1.25km伝送実験におけるBERの測定結果

5.2 中継番組の制作を想定した伝送実験

8Kの番組制作を想定した120GHz帯FPUの活用と,寒冷地での伝送特性の評価を目的とした伝送実験を2015年2月に実施した。第66回さっぽろ雪まつり(2015年2月5日~11日)に併せてNHK札幌放送局で開催した8Kパブリックビューイング(PV)において,8K信号の伝送系統に120GHz帯FPUを組み込んで伝送実験を行った。PVにおける8K信号の伝送系統を17図に示す。PVでは,8Kカメラで撮影した雪まつり会場の映像をNHK札幌放送局でライブ上映した(18図)。

120GHz帯FPUでの無線伝送は,ケーブルの敷設が困難な雪まつり会場からさっぽろテレビ塔の間の160mの距離で実施した。伝送実験における晴天時と60mm/hの降雨を想定した雨天時の回線設計を6表に示す。短距離の無線伝送のため,降雨減衰を考慮しても伝送マージンは十分に大きく,安定した無線伝送が期待できる条件であった。

19図に,晴天時(2月11日)の受信電力と受信点で測定した気温の時間変動を示す。水平偏波の受信電力は約-25dBm,垂直偏波の受信電力は約-27dBmと垂直偏波の受信電力が若干低いものの,大体想定どおりの受信電力が得られた。受信電力の安定性に着目すると,測定期間内での気温変動は8℃であるのに対し,約1dB程度の受信電力の変動が観測されたが,PVでは正常に8K信号を再生できた。受信電力変動の原因の1つは,気温の変化によって,増幅器やLNAの温度特性が影響を受けたためであると考えられる。

20図は,雨天時(2月8日)の受信電力の時間変動である。この日は,正午前から降雨が観測され,以降は測定終了時刻まで断続的に雨が降る状況であった。この降雨によって,受信電力は晴天時に比べて水平偏波・垂直偏波ともに約4dB低下した。断続的な降雨にもかかわらず,正午前の降雨以降で受信電力が約4dB低下したままである理由は,無線機やアンテナを保護するカバーに雨滴が付着し,電波の減衰を引き起こしたためと考えられる。ただし,電波減衰の影響を受けても,8K信号の伝送には影響を及ぼさなかった。

また,実験期間中には,たびたび視界が遮られるほどの降雪も観測されたが,いずれの状況においても受信電力の変動は見られなかった。これは,札幌で降る雪の含水率が低いために,120GHz帯の電波伝搬には影響しなかったものと推測される。

実験を通じて,さっぽろ雪まつりが開催された全期間において,上映した映像・音声の乱れはなく,晴天時,雨天時,降雪時のいずれにおいても120GHz帯FPUでの無線伝送による伝送エラーは発生しなかった。

17図 さっぽろ雪まつりでの8K信号の伝送系統
18図 さっぽろ雪まつりPVの様子
6表 さっぽろ雪まつりの伝送実験における回線設計
晴天時 雨天時
送信周波数 125 GHz
周波数帯域幅 17 GHz
送信電力 10 mW(10dBm)
送信アンテナ利得 44 dBi
送信給電線損失 2 dB
伝送距離 160 m
自由空間伝搬損失 118.5 dB
降雨減衰 0 dB 3.8 dB
受信アンテナ利得 44 dBi
受信給電線損失 2 dB
受信電力 -24.5 dBm -28.3 dBm
雑音指数 10 dB
熱雑音電力 -61.5 dBm
CN比 37.0 dB 33.2 dB
所要CN比 17.5 dB
伝送マージン 19.5 dB 15.7 dB
19図 受信点での気温と受信電力の時間変動
20図 雨天時の受信電力の時間変動

6.まとめ

4K・8K放送の実用化に向けて,番組制作で利用する番組素材伝送装置である120GHz帯FPUを開発した。120GHz帯FPUの性能を評価した結果,想定したシーンで利用できる伝送特性が得られることが分かった。

また,120GHz帯無線機を近接設置して実施した1.25kmの伝送実験の結果から,60mm/hの降雨時においても250mの伝送ができる見通しを得た。さらに,さっぽろ雪まつりの8Kパブリックビューイングで低温下での8K信号の伝送実験を送受間距離160mで実施し,晴天時,雨天時,降雪時において安定した無線伝送ができることを確認した。

本稿は,電子情報通信学会論文誌に掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。
津持,岡部,杉之下,竹内,枚田:“8K放送番組素材伝送用120GHz帯SHV-FPU,”電子情報通信学会論文誌C,Vol. J99-C,No.8,pp.382-392(2016)