UHDTV番組制作における白色LED照明の演色性指標と推奨値
UHDTV(Ultra-High-Definition Television)制作における白色LED(Light Emitting Diode)照明の演色性指標とその推奨値について検討した。UHDTVカメラはHDTVカメラよりも色再現が正確であるため,照明による色の見え方の違い,すなわち演色性の影響が大きくなると考えられる。そのため,さまざまな演色性を持つ白色LED照明下で撮影されたUHDTV映像を用いた主観評価を行い,演色性指標と推奨値の抽出を試みた。その結果,UHDTV制作における白色LED照明の演色性指標および推奨値としてはRa≧90かつR9≧80が適当であることが分かった。
1.はじめに
ITU-R(International Telecommunication Union Radiocommunication Sector)の勧告BT.20201)(以下,Rec. 2020)で規定されるUHDTVの色域は,ITU-R勧告BT.7092)(以下,Rec. 709)で規定されるHDTVの色域よりも広く設計されており,UHDTVではHDTVよりも色再現の正確なカメラが実現できる3)。この色再現の正確さから,UHDTV制作においては照明の演色性の影響が大きくなると考えられる。
現在,テレビジョンシステムのHDTVからUHDTVへの移行とともに,照明においても白色電球や蛍光灯から白色LED照明への移行が進みつつあり,白色LED照明の放送現場での使用も始まっている。そのため,白色LED照明の評価に適した演色性指標やその推奨値の策定が望まれていた。
照明の演色性を評価する指標としては,国際照明委員会(CIE:Commission Internationale de l’Eclairage)で定められたCRI(Color Rendering Index:演色評価数)が国際的に認められている標準指標である4)。この指標は,CIE昼光もしくは黒体放射の基準光で照らした場合と試料照明で照らした場合との,14種類の色票*1 の色差から算出される演色評価数R1-14で表される。この評価数は100に近ければ近いほど基準光に照らされた場合に近く,高い評価となる。これらの色票は,中彩度色で構成される8種類の色票(R1-8に対応)と,高彩度色および自然色(肌色や植物の緑)で構成される6種類の色票(R9-14に対応)から成る。なお,JIS(Japanese Industrial Standards:日本工業規格)では日本人女性の肌の色がR15として追加されている5) が,国際的には認められていないため,本稿では扱わない。
照明の標準的な指標としてよく用いられる平均演色評価数Ra (Average of Rendering Index)は,R1~R8の平均値として算出される。放送におけるRaの推奨値は,JIS等の各標準規格6) もしくはスポーツ団体で規定されており7)8),HDTV制作のための推奨値となっている。
一方,現在広く使用されている平均演色評価数Raは,白色LED照明を正当に評価できないことがあると言われている9)10)。これはRaを構成する色票R1~R8に高彩度の色が含まれていないことが原因とされており,この問題に対応すべく,Raに代わるさまざまな評価指標が提案されているが10)11)12)13),どれも標準化には至っていない。
これらの状況を考慮して,我々はUHDTV制作のための白色LED照明に必要とされる演色性指標とその推奨値を,主観評価を用いて導出した。主観評価を用いた理由は,これまで照明の演色性の違いにより生じる色差がRec. 2020色域の全領域において評価されたことはなく,また,Rec.2020色域の全領域で生じる色差と主観評価との相関も不明確であったためである。今回の検討では,現時点で国際的に認められている平均演色評価数Raおよび特殊演色評価数R9-14を用いるとともに,現在の標準的な指標であるRaの継続性も考慮した指標について検討した。また,白色LED照明にはさまざまなタイプが存在するが,今後主流になると考えられる青色LEDと蛍光体の組み合わせによる白色LED照明を検討対象とした。
2. 主観評価を用いた演色性指標と推奨値の導出
2.1 評価
(1)被験者
主観評価実験には視力0.5以上の色覚異常のない34名(男性16名,女性18名,20歳から51歳,平均年齢36.1歳)が参加した(ITU-R勧告BT.500に準拠)14)。
(2)評価機材
異なる照明条件を作り出すために,24の異なる中心波長をもつLEDで構成された,任意の分光分布を作り出すことができる特殊な照明ブースを使用した。これを用いて3種類の相関色温度(CCT:Correlated Color Temperature)*2 条件(3,000K,5,600K,6,500K)のそれぞれに対して,異なるCRI値をもつ5種類の照明条件(疑似昼光,効率本位型LED,高彩度型LED,高Ra低R9形LED,忠実演色型LED)を作成し,これらの組み合わせによる合計15種類の照明条件を作成した。3種類の相関色温度は,スタジオ撮影や夕暮れの環境を想定した3,000K,屋外スポーツ環境を想定した5,600K,UHDTV映像システムの基準白色の6,500Kである。これら15種類の照明条件の分光分布を1図に示す。
被写体の撮影には当所で試作したUHDTVカメラ3)15) を用い,カメラのリニアマトリックスの係数は,5,600Kの相関色温度の疑似昼光下で導出した固定値とした。カメラのホワイトバランスはそれぞれの照明下で調整し,カメラガンマ補正にはRec. 709で定義されている光電気伝達関数(OETF:Opto-Electronic Transfer Function)を適用した。主観評価には,Rec. 2020の色域を98%カバーできるレーザーバックライト型50インチ4K液晶モニターを使用した16)。

(3)被写体
被写体には2種類の被写体群(Sports,Flowers)を用意した。2図に被写体群の撮像例とその色度分布を示す。Sportsはユニフォーム,芝生,陸上トラック,国旗,サッカーボール等を含む屋外スポーツを想定した被写体群であり,Flowersは広色域を考慮した生花,フルーツ,ブロック,ワイングラス,ボトル等を配した被写体群である。それぞれの被写体群には必ずカラーチャートを含め,ホワイトバランス調整用として使用した。被写体群Sportsに含まれるカラーチャートは,被写体Chartsとして別に評価を行った。

(4)評価方法
主観評価実験は薄明環境下で行った。ディスプレーの輝度は,映像上のカラーチェッカーのホワイトを映像レベル100%としたとき,150 cd/m2となるように調整した。ディスプレー後方の壁の明るさは2~10cd/m2に設定した。本設定により,ディスプレーの背景と画面のピーク輝度の比は約1~5%の範囲内に収まっている。視距離は画面高さの3倍の距離となる1,900mmに設定した。
主観評価においては,疑似昼光のもとで撮影された映像を基準映像とし,CRI値の異なる各種の白色LED照明下で撮影された映像を比較映像として評価した。ワイプ装置を用いて基準映像を左側に,比較映像を右側に表示し,被験者がダイヤルでワイプ位置(灰色の境界線)を操作できるようにした(3図)。主観評価は,1表に示す5段階劣化尺度を用いたDCR(Degradation Category Rating)法14) によって行った。1表の評点が高いほど,照明の評価が高いことを表している。DCR法では3.5が許容限とされており,これを次節で述べる推奨値の導出に用いている17)18)。基準映像と比較映像は同じ相関色温度条件のもとで撮影された映像とし,撮影時の相関色温度が異なる条件を比較することがないようにした。色温度3種類ごとおよび被写体3種類ごとに,基準映像(疑似昼光)に対する比較映像が4種類あるため,計36の実験を実施した。映像の提示順序については,順序効果を排除するためにランダムとした。

評点 | 評価語 |
---|---|
5 | 色差が認められない |
4 | 色差が認められるが気にならない |
3 | 色差が認められ,わずかに気になる |
2 | 色差が認められ,気になる |
1 | 色差が認められ,非常に気になる |
2.2 評価結果およびRaとR9の推奨値
4図にDCR法による平均主観評価値(DMOS:Degradation Mean Opinion Score)をレーダーチャートで色温度別に示す。すべての色温度条件および被写体条件において,(d)忠実演色形LEDおよび(b)高彩度形LEDのDMOSは許容限3.5を上回っていることが分かる。5図と6図は,それぞれの照明の平均演色評価数Raおよび特殊演色評価数R9-14とDMOSとの相関分布を示す。5図と6図の各グラフの左上に相関係数*3 rを示した。これらの結果から,DMOSとR9の相関が最も高いことが分かる。
Raが国際的な照明指標として使用されている現状を考慮すると,継続的でかつ現状と齟齬の少ない指標とするためには,現在のRaを生かしつつ補足した形の指標が現実的であると考えられる。そのため,RaにR9を補足した複合的な指標を検討し,DMOSの許容限3.5を適用して,RaおよびR9の推奨値を導出することとした。DMOSとRaおよびR9の相関分布に95%信頼区間*4 を加えてプロットしたグラフを7図に示す。推奨値は通常10刻みで規定される18) ことを考慮しつつ,信頼区間を含んだデータ分布が許容限を下回らない条件を導出すると,「Ra≧90かつR9≧80」が推奨値として抽出される。
≧90かつR9≧80という論理積の条件をとることにより,Ra≧90の条件のみでは許容限3.5を満たさないデータ分布も,R9≧80の条件で選別されるため,「Ra≧90かつR9≧80」の条件で最終的にDMOSの許容限3.5以上の条件が満たされる。




3.まとめ
本稿では,主観評価によってUHDTV番組制作に求められる白色LED照明の演色性指標およびその推奨値を導出した。平均主観評価値DMOSと平均演色評価数Raおよび特殊演色評価数R9-14との相関分析から,R9が最も主観評価値との相関が高いことを見いだした。この分析結果とRaの継続性とを考慮し,RaにR9を補足する形の演色性指標が妥当と判断した。さらにDMOSとRaおよびR9の相関分布からRa≧90とR9≧80の論理積を推奨値とすべきことを導いた。
以上の結果に基づき,超高精細度テレビジョンの番組制作における白色LED照明の演色性指標と推奨値が,ARIB技術資料TR-B40に示されている19)。