広色域ディスプレーの色域包含率計算基準

正岡 顕一郎

超高精細度テレビジョン(UHDTV:Ultra-high Definition Television)では,スペクトル軌跡上に三原色の色度が位置する広色域表色系がITU-R勧告BT.2020(Rec. 2020)に規定されている。現在,UHDTVディスプレーが再現できる色の範囲はさまざまであり,ディスプレーの色域サイズを表す何らかの計算基準が必要となっている。現在,実践的には,CIE(International Commission on Illumination:国際照明委員会)1931 xy色度図とCIE 1976 u'v'色度図において,ディスプレーのRGB三原色の色度を結んだ三角形の面積比あるいは面積包含率で色域サイズが表されているが,その2つの色度図で算出される値が異なるという問題がある。一方,色彩科学の分野では,色域は2次元の色度図でなく知覚的に均等な3次元の色空間で立体的に定義されるが,ディスプレーの色域の形状は複雑で体積の算出は容易ではない。本稿では,xy色度図におけるRec. 2020面積包含率が3次元色空間におけるRec. 2020体積包含率と非常に高い相関を持ち,広色域ディスプレーの色域サイズを示す計算基準として妥当であることを示す。

1.まえがき

超高精細度テレビジョン(以下,UHDTV)では,スペクトル軌跡上に三原色の色度が位置する広色域表色系がITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector)勧告BT.2020(以下,Rec. 2020)1)に規定されている。一方,HDTVではCRT(Cathode Ray Tube)の蛍光体の特性に基づいて設計された表色系がITU-R勧告BT.709(以下,Rec. 709)2) に規定されている。xy色度図とu'v'色度図におけるUHDTVとHDTVの三原色の色度*11図に示す。1図から,UHDTVの広色域表色系は,HDTVでは再現できない高彩度の物体色も再現できることが分かる3)

しかし,現在のUHDTVディスプレーが再現できる色の範囲はさまざまであり,色域サイズを表す何らかの計算基準が必要になる。実践的には,色域サイズは,色度図において目標となる標準的な色域とディスプレーの色域との面積比で表される。一方,色彩科学の分野では,2図に示すように知覚的に均等な*2 3次元色空間としてよく用いられているCIE L*a*b*(CI ELAB)色空間*3 における色立体で色域を表す。しかし,その形状や体積の算出は複雑で,また,色立体の概念の難しさから,体積に基づいた計算基準は市場では受け入れられていない。

一方,面積に基づいた計算基準にも問題がある。規格の赤(R),緑(G),青(B)の三原色色度点をある色度図上で結んだ三角形(RGB三角形と呼ぶ)の面積をAstd,ディスプレーの三原色色度点をある色度図上で結んだ三角形の面積をAdisp,それぞれの三角形が重なり合う多角形部分の面積をAdisp∩Astdとしたとき,ディスプレーの相対色域サイズが面積包含率(Adisp∩Astd)/Astdで表される場合と,面積比Adisp/Astdで表される場合がある。さらに,これらの面積包含率や面積比を算出する際に,xy色度図を用いる場合とu'v'色度図を用いる場合が混在する。

Rec. 2020で規定された広色域表色系は,ほぼすべての物体色を包含するように設計されている。したがって,Rec.2020に対応したディスプレーの設計においては,Rec. 2020の信号で表現される物体色を正確に再現できる指標を用いることが望ましい。この点で,ディスプレーが物体色を正確に再現できているかを表す指標としては,ディスプレーの相対色域サイズは,面積比でなく,AdispがAstdにどれだけ包含されているかを示す面積包含率で表すことが妥当である。そして,色域包含率を面積包含率として計算する場合の2次元空間として,実践的にはxy色度図かu'v'色度図のどちらかを選択することになる。

本稿では,Astdの基になる規格がRec. 2020である場合,(Adisp∩Astd)/Astdを「Rec. 2020面積包含率」と呼び,xy色度図とu'v'色度図の2つの色度図におけるRec. 2020面積包含率と,色彩科学的に正しい3次元色空間におけるRec. 2020体積包含率をシミュレーションにより比較し,色度図を用いた広色域ディスプレーの色域サイズを示す計算基準の妥当性を検証する。

1図 Rec. 709とRec. 2020の色度
2図 3次元色空間におけるRec.709とRec.2020の色域

2.シミュレーション

まず,3図u'v'色度図上に赤・緑・青の点で示すように,さまざまな広色域ディスプレーのRGB三原色をサンプリングする。3図では,どのRGB三原色の組み合わせでもRec. 709色域を包含することで広色域ディスプレーの条件を満たすものとしている。

4図は,サンプリングしたすべてのRGB三原色の組み合わせについて,xy色度図とu'v'色度図において算出したRec. 2020面積包含率を比較した結果である。両色度図におけるRec. 2020面積包含率は最大で18%程度の差があり,色度図を区別しない計算基準には問題があることが分かる。

5図は,xy色度図とu'v'色度図において算出したRec. 2020面積包含率と,CIE L*a*b*(CIELAB),CIE L*u*v*(CIELUV)*4,CIECAM02 Jacbc*5 において算出したRec. 2020体積包含率4) との関係を示す。このシミュレーション結果から,色彩科学的に正しいRec. 2020体積包含率は,xy色度図におけるRec. 2020面積包含率と高い相関を有していることが分かる。したがって,広色域ディスプレーの相対色域サイズは,xy色度図におけるRec. 2020面積包含率で表すことが妥当であると考えられる。

面積包含率の計算に用いるxy色度図の妥当性は,目標色域がAdobe RGB(写真やグラフィックアートの色空間の標準)やDCI-P3(デジタルシネマの基準プロジェクターの色域)の場合でも示されている5)。面積包含率の計算方法の詳細については,文献6) を参照していただきたい。

3図 広色域ディスプレーのRGB三原色のサンプリング
4図 xy色度図とu'v'色度図におけるRec. 2020面積包含率の比較
5図 Rec. 2020面積包含率とRec. 2020体積包含率の比較(図中のrは相関係数を表す)

3.標準化

前章のシミュレーション結果を基に,超高精細度テレビジョン番組制作用ディスプレーの色域包含率計算法として,xy色度図上でのRec. 2020面積包含率をARIB(Association of Radio Industries and Businesses:電波産業会)に提案し,2015年に技術資料TR-B367) が策定された。TR-B36では,Rec. 2020 のRGB三角形全体の面積包含率だけでなく,色相別の色域包含率も推奨されている。6図に示すように,Rec. 2020のRGB三角形において,白色(W)の色度点からR, G, Bの色度点へそれぞれ直線を引いてシアン(AC),マゼンタ(AM),イエロー(AY)の3つの領域に分割し,それぞれの領域の面積包含率(AdispAC)/AC,(AdispAM)/AM,(AdispAY)/AYを求め,色相別のRec. 2020色域包含率としている。算出した色域包含率は,Rec. 2020のRGB三角形全体,C領域,M領域,Y領域のそれぞれの面積包含率を,小数点第1桁まで四捨五入して記述する。例えば,Rec. 709色域(Rec. 709のRGB三角形)のRec. 2020色域包含率は,以下のように記述される。

Rec. 2020色域包含率:52.9%(C:27.5%, M:68.7%, Y:60.1%)

このように色相別に3領域の色域包含率を示すことにより,全体の色域包含率のみを示す場合よりも,色相間の色域サイズのバランスをある程度把握することができる。

6図 Rec. 2020色域の分割

4.あとがき

本稿では,色度図におけるRec. 2020面積包含率と3次元色空間におけるRec. 2020体積包含率をシミュレーションにより比較し,広色域ディスプレーの色域サイズを示す計算基準として,CIE 1931 xy色度図におけるRec. 2020面積包含率が妥当であることを示した。この計算基準は,超高精細度テレビジョン番組制作用ディスプレーの色域包含率計算法として,ARIBの技術資料TR-B36に規定された。今後は,広色域ディスプレーの開発において,首尾一貫した計算基準により色域サイズを評価できるようになると期待される。

本稿は,Optics Express誌に掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。
K. Masaoka and Y. Nishida:“Metric of Color-space Coverage for Wide-gamut Displays,” Opt. Express,Vol.23,No.6,pp.7802-7808 (2015)