技研公開2015 講演2

8Kスーパーハイビジョンの番組制作 ~8K制作の現場から~

NHK放送技術局SHV技術推進 専任局長
中江 公平

写真:中江 公平 NHK放送技術局SHV技術推進 専任局長

NHK本部の技術部門は大きく3つに分かれている。“研究部門”の「放送技術研究所」,“計画/開発部門”の「技術局」,そして番組制作や送出を担う“現場部門”の「放送技術局」である。8Kスーパーハイビジョン(8K)は,この3つの部門が有機的に連携して推進してきた。研究し,開発し,現場でテストする中で,常にフィードバックが行われ,開発と改善が繰り返し進められている。研究から実用までのループを円滑に回すことで初めて8Kが大きく進歩する。放送技術研究所は,このループで放送現場と密接につながることにより,基礎研究を一気に応用まで展開することができ,放送技術の発展に大きく貢献してきた。「2次元映像として究極のシステム」の研究を放送技術研究所で開始したのは,今から20年前の1995年である。その7年後に8Kカメラのプロトタイプ1号機が開発されて,技研と現場の本格的なコラボレーションが始まった。第2世代カメラを経て,実用的な第3世代カメラが完成したのが2010年であり,そこから「研究・開発・現場」のループは勢いを付けて回り始めている。2012年のロンドンオリンピックは8K初の大規模国際オペレーションとなり,その後も2014年のソチ冬季オリンピックや2014 FIFA ワールドカップ ブラジル,国内ではゴルフ中継や大相撲中継,テニス中継,野球中継などで8K制作とパブリックビューイングを行ってきた。各種のスポーツ中継では,複雑なマルチカメラ・オペレーションとライブ伝送を実現し,ドラマ制作やドキュメンタリー制作では撮影,収録,編集,CG(Computer Graphics)/ VFX(Visual Effects),MA(Multi Audio)の一貫したシステムを構築して8K制作を進めている。本講演では,研究・開発・現場が一体となって8Kの実用化に向けて進めてきた挑戦的な取り組みについて紹介する。

1.はじめに

NHK放送技術研究所は,研究開発の成果を初期段階から積極的に現場で試用して,実用につなげる努力を行ってきた。8Kについても,既に2005年からNHK紅白歌合戦の撮影を開始し,パブリックビューイングも行っている。当初はカメラ1台のみだったが,撮影,収録,編集,伝送など各制作要素の開発が進められ,さまざまな現場でテストされた。

そして2012年,ロンドンオリンピックで国際中継オペレーション*1 を実施したことで,8K制作技術は新たな一歩を大きく踏み出した。並行してロケ制作の技術も進歩し続けている。本講演では,中継オペレーションを中心に,8K制作の近況と今後に関して述べる。

2.ロンドンオリンピックにおける8Kオペレーション

2012年夏のロンドンオリンピックにおける8Kオペレーションは,8Kの開発成果を結集して行った初の国際オペレーションであり,OBS(Olympic Broadcasting Services:オリンピック放送機構),BBC(British Broadcasting Corporation:イギリス放送協会),および米国NBC(National Broadcasting Company)と連携することで実現した。開閉会式,陸上競技,競泳,シンクロナイズドスイミング,バスケットボール,自転車競技をカバーし,信号をアメリカ経由で日本にライブ伝送して,国内3カ所,イギリス4カ所,アメリカ1カ所でパブリックビューイングを行った。全体概要図を1図に,イギリスでのパブリックビューイングの様子を2図に示す。このオペレーションを可能にしたのは2012年に開発した新DG(Dual Green:4板式*2)カメラ(3図)だが,それにとどまらず,スイッチングや収録/編集,さらにライブ伝送など,8Kがシステムとして全体的に底上げされて実現したものである。

8Kの中継車は今年度(2015年度)に整備する予定であり,ロンドンオリンピックの時点では中継車は存在しなかった。しかし,競技会場を移動して中継するには中継車は必須であり,古い車両に機材を仮設して8K中継車を組み上げた。空の旧型中継車に8KスイッチャーやCCU(カメラコントロールユニット),収録装置,スロー再生装置,画像処理装置などを設置して中継車とした(4図(a),5図6図)。音声中継車も同様に手作りで組む必要があり,現地ロンドンでレンタルしたトラックに22.2マルチチャンネル音響(以下,22.2ch音響)ライブミキシング卓と22.2chスピーカーをセットして仮設音声中継車とした(4図(b),7図)。

各競技場の中継車からの信号は,ロンドンのBBCスタジオに設けたMCR(マスターコントロールルーム)に光ファイバー回線で非圧縮伝送し,そこから日本への国際伝送にはグローバルIP(Internet Protocol)実験網を使用した。映像と音声を合わせたビットレートは280Mbpsとなった。生中継では一瞬の中断も許されず,8Kの大容量デジタルデータの長時間にわたる安定伝送は大きな挑戦だったが,結果は極めて良好で,その後の8Kライブ伝送に大きく寄与することとなった。

1図 ロンドンオリンピックにおける8Kオペレーションの全体概要図
2図 ロンドン市内のパブリックビューイング会場
3図 2012年に開発した新DGカメラ
4図 ロンドンオリンピック用に機材を仮設した8K映像中継車と音声中継車
5図 日本発のコンテナ船に乗り込む8K映像中継車
6図 8K映像中継車の内部
7図 音声中継車内の22.2ch音響ライブミキシング卓

3.2014 FIFA ワールドカップ ブラジルにおける8Kオペレーション

2014年初めにはソチ冬季オリンピックで,ロンドンオリンピックと同様のオペレーションを実施した。ライブ伝送は行っていないが,日本中が感動した羽生結弦選手や浅田真央選手のすばらしい演技は貴重な8Kコンテンツとなっている。

その直後,2014 FIFA ワールドカップ ブラジルは,ロンドンオリンピックに次ぐ8Kの国際中継オペレーションであり,FIFA(国際サッカー連盟)およびTV GLOBO(ブラジル最大の放送局)の協力のもとで実現した。国際的な放送団体IBC(International Broadcasting Convention)の昨年の「国際栄誉賞(IBC International Honour for Excellence)」は,ブラジル大会の8K制作への寄与などが評価されてFIFA TVに与えられている。

2014 FIFA ワールドカップ ブラジルでは,旧型車両に機材を仮設した8K映像中継車と音声中継車,さらにトレーラーに伝送装置を仮設した伝送中継車の3台を,日本から現地ブラジルに派遣した。学術ネットワークと商用ネットワークを組み合わせた国際IP回線で日本までライブ伝送を行い,国内4カ所でライブビューイングを行った(8図)。ライブビューイングは,ブラジル国内の3カ所でも実施した。カバーした試合は,日本戦や決勝戦を含む9試合である。ロンドンオリンピックとの顕著な違いは,大会期間中のクルーの移動距離であった。ワールドカップサッカーは広大なブラジルの各地で行われ,中継クルーも試合に合わせて転戦した。仮設中継車3台と機材トラックの計4台によるブラジル国内の総移動距離は5,400kmにもなったが,8Kの開発機材は,長距離を移動したオペレーションに耐え,全ての中継素材を無事に日本まで送り届けた(9図)。

8図 2014 FIFA ワールドカップ ブラジルの日本でのライブビューイング
9図 ブラジル国内の長距離移動の様子

4.さまざまなスポーツへの8Kの適用

試験放送の開始を2016年に控え,昨年から集中して8Kをさまざまな種類のスポーツに適用し,高画質映像と3次元音響の実力を生かす制作手法や,効率的な制作手法の模索を進めた。昨年の9月には「大相撲秋場所(両国国技館)」,10月には「日本女子オープンゴルフ(琵琶湖カントリー倶楽部)」および「日本オープンゴルフ(千葉カントリークラブ)」,11月には「大相撲九州場所(福岡国際センター)」の制作を続けて行い,パブリックビューイングも実施した。相撲中継では,桟敷席の低い位置のカメラがすばらしい臨場感を伝え,ゴルフ中継では,グリーン上のカメラが150ヤードのアプローチを打つ選手の打球と軌跡,落下して転がるボールを見事なワンショットで捉えた。今年に入ってからは,3月にプロ野球オープン戦を撮影し,さらに今後,ウィンブルドンテニス選手権,カナダでのFIFA女子ワールドカップサッカーの制作を行う。MLB(メジャーリーグベースボール)にもトライしたいと考えている。

5.培ったノウハウ

これまでに,高精細映像と3次元音響を最大限活用する制作ノウハウを積み重ねてきた。例えば,通常は「抜きカメラ*3」として配置するローポジションからの映像は8Kゆえの奥行きや迫力を得られるため,「ベースカメラ*4」的な役割も担わせることで臨場感を伝えられる。カメラワークでは「見せたい被写体の動きに合わせたフォロー」「見せたい被写体を視点の集まる場所に配置するフレーミング」「不用意なパンやズームは行わない」などに注意する必要があり,構図を途中から修正することや不用意なパン・ズームを伴うカメラワークは視聴者の視点を迷わせ,自然な没入感を損なう。また,場内サービスの大スクリーンを効果的に画面に収めることで自然に視聴者に情報を与えるなど,臨場感を保つ工夫も必要となる。競技中のスイッチングは,カット切り替えを中心に,セレモニーなど映像情報量が多いコンテンツでは,ショックを避けるためにディゾルブ*5 を中心に構成する。

国内外のライブ伝送で得られたノウハウも多い。ダークファイバーの使用*6 は比較的近距離の大容量伝送に適し,8Kの非圧縮伝送も可能なため,オリンピックの各競技場間の伝送などに有効である。しかし,ダークファイバーとされていても,複数の系統が接続されていて,トータルの特性が劣化しているケースがあった。ライブ伝送に使う回線は事前の特性測定と伝送テストが欠かせず,場合によっては回線特性の補償が必要となることなどが経験を通じて分かってきている。

6.課題と今後の中継オペレーション

スポーツ中継では,グラフィックによるデータ表示が観戦をより魅力的にしている。8Kによる臨場感を保ちつつ,データ表示やアップ映像・スロー映像などをどのように織り込んで視聴者のニーズに応えていくのか,技術的にどのような機能を付加して「目の肥えた」視聴者のニーズに応えていくのか,は継続した課題である。

さらに東京オリンピック・パラリンピックを見据えた場合,スポーツ用の高倍率ズームレンズは必須の機材である。容易に実現できるものではないが,撮像素子の小型化と併せた開発が期待されている。同様にハイスピードカメラもスポーツに欠かせないものであろう。

また,8Kにおいてはカメラのフォーカス調整が常に現場の最大の課題であり,何らかの技術的な解決策が望まれる。カメラ感度の向上も課題である。乗り越えるべきハードルは多いが,放送技術研究所と開発部門,そして制作現場が一体となった努力を続けていきたい。

これまでも,放送技術はオリンピックをマイルストーンにして進歩してきた。来年2016年のリオデジャネイロオリンピック,2018年の平昌冬季オリンピック,さらに2018FIFA ワールドカップ ロシアなどで8Kを進歩させ,2020年につなげたい。

7.ロケ番組

ロケ番組についても少し触れておきたい。ロケを行い,ポストプロダクション*7 を経て制作するドキュメンタリー番組やドラマ番組など,これまでさまざまな種類の8Kロケコンテンツを制作してきたが,試験放送を来年に控えてそのペースは加速している。機材の開発もそれを大きく助けている。10図に,2006年にニューヨークで行ったロケと,2015年4月にラスベガスで行ったロケの様子を示す。カメラヘッドの大きさだけでその違いが分かるが,10図(b)の新型カメラ(8K小型単板カメラ)は小型バッテリーを使ってカメラ本体のみで収録できるのに比べ,10図(a)の旧型では,大きなカメラヘッドの他に写真に写っていないカメラ制御ユニットと収録装置があり,AC電源無しにはロケができなかった。また,22.2ch音響に関しては,昨年,専用のミキシングルームが整備されて,ポストプロダクション環境も向上した。(11図)

10図 2006年のニューヨークロケと2015年4月のラスベガスロケの比較
11図 22.2ch音響ミキシングルーム

8.放送外の産業応用の模索

8.1 美術応用

超高精細な映像は,美術館などでの応用も期待される。NHKでも直接美術に応用する目的ではないが,以下のような美術関連コンテンツを制作してきた。

「風神雷神図屏風」
「国宝 法隆寺 玉虫厨子」
「国宝 元興寺極楽坊 五重小塔」
「故宮の美 皇帝たちのコレクション」
「川合玉堂 近代日本画の巨匠が描いた鵜飼」

九州国立博物館は,2005年から8Kによる美術品上映システムを導入している。一般に美術館では,展示されているもの以外に,収蔵庫にさまざまな美術品を保管している。また,展示されていても観覧者が手に取ってみることは不可能なものや,肉眼では見ることが難しい精緻な加工や装飾が施されたものもある。本物に勝るものはないのも事実だが,8Kの超高精細な動画像を使うことで,多くの人が多くの美術品を楽しめ,絵画の細部の表現や光の当たり方による変化など,作品のさらに深い価値を知ることができ,応用の可能性は大きい。今後も,国内外の著名な美術館や博物館との関係を深めていきたい。

8.2 医療応用

8Kの医療応用は,遠隔医療や病理診断,微細手術への適用など,高精細な画像が医師の診断や手術,医療教育に貢献することが期待されている。医療用の拡大鏡や顕微鏡,あるいは内視鏡を使った手術では,8Kカメラを器具に装着することで術者以外の医療チーム全員が患部や術式を高精細画像で確認でき,それは同時に高度な医療教育にも貢献する。これまで「脳外科手術」「心臓パイパス手術」「肝臓移植手術」などで実績をあげ,収録した映像は日本医学会総会などでも公開して高い評価を得ている。12図に,脳外科手術の医療用顕微鏡にセットされた8Kカメラと手術の様子を示す。

12図 脳外科手術の医療用顕微鏡にセットされた8Kカメラと手術の様子

8.3 デジタル・サイネージへの応用

高精細画像でさまざまな情報を表示でき,コンテンツもフレキシブルに制作し表示できる8Kは,公共スペースや店舗などでのデジタル・サイネージ(電子看板)への応用も期待されている。NHKは「東京ガールズコレクション」を2012年から毎年収録しているが,今年の収録ではサイネージ用途として画面を縦置きにした制作も行った(13図)。9対16の縦型映像はランウェイを颯爽と歩くモデルに見事にフィットし,そこに編集でファッションアイテムの詳細をダイナミックに表示したサイネージ用縦型コンテンツを制作した。

13図 東京ガールズコレクションにおけるデジタル・サイネージ用縦置き撮影と編集

9.120P*8

毎秒のフレーム数が60Pの2倍の120Pについても,放送技術研究所がカメラと収録装置を開発し,編集システムも実現している。2014 FIFA ワールドカップ ブラジルでは,120Pによるテスト撮影を行った。編集した120Pのサッカー映像は,60Pの映像と比較する形で国内外の展示会で公開し,高フレームレートへの高い評価を受けている。人間の目の動解像度は60Pを超えているが,特にスポーツなどでは,フレームの中で動く選手やボールなどの解像度が120Pで大きく改善される様子が分かる。今年4月にラスベガスで噴水ショーの8K・120Pロケを行った様子を14図に示す。

14図 ラスベガスでの120Pロケの様子

10.あらためて思う「人にやさしい」放送と放送技術研究所の価値

8Kは究極の2次元映像と3次元音響から成り,人間の五感のうちでも重要な視覚と聴覚に訴える超高臨場感放送システムである。その開発とコンテンツ制作に携わる中であらためて思うのは,「人にやさしい」放送に同時に取り組むことの重要性だ。障害をお持ちの方へのサービスと超高臨場感サービスの「どちらか」ではなく,その双方をNHK放送技術研究所は担い,推進している。日本が東京オリンピック・パラリンピックで世界に示すべきは,超高臨場感放送システムを国民が身近に楽しめる社会であると同時に,さまざまなバリアを越えて国民がユニバーサルに情報を得られ,楽しむことができる,高度に進化した未来社会であろう。そこで放送技術研究所が果たす役割は非常に大きく,2020年を見据えた経営計画で掲げた「世界最高水準の放送・サービス」という目標に向けて,真摯な努力を重ねていきたい。

11.むすび

2020年7月24日午後8時,国立競技場で東京オリンピック・パラリンピックが開会する。国立競技場に入れる人はほんの一部で,放送によって日本中,世界中の人がこの祭典を共有する。超高臨場感を掲げる8Kにとって他にないイベントであり,放送局として,公共放送として,社会への貢献を果たすべき機会である。2016年の試験放送,その後の実用放送を経て,重要なマイルストーンとなることが運命づけられた2020年に向け,研究・開発・現場が一体となった挑戦が加速度を増していく。