究極の3次元映像ディスプレーを目指して

山口 雅浩
 東京工業大学 学術国際情報センター 教授

写真:山口 雅浩 東京工業大学 学術国際情報センター 教授

「ホログラフィーの定義には2種類ある。第1の定義はリースとウパトニークスそしてガボールの定義,すなわち干渉と回折による波面再生である。2つ目の定義は,将来の究極の3次元映像メディア,といったようなものである。我々は柔軟な考えを持つ必要があり,それが本当のホログラフィーでないからといってその可能性を排除するべきではない。」1992年6月29日,葉山マリーナにて開催されたイベント“Electro-holography in Japan”(主催:電子情報通信学会動画ホログラフィ時限研究専門委員会)のパネルディスカッションでのS. A. Benton氏(故人,当時マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授)の言葉である。1990年に同氏のグループよりAOM(Acoustic Optical Modulator:音響光学変調素子)*1 を用いたホログラフィックビデオの発表があってから2年後のことである。

「将来の究極の3次元映像メディア」とはどのようなものであろうか。飛び出すテレビ,SF映画に登場する空中像,仮想的な窓や鏡などさまざまなイメージが語られているが,まだ我々が想像したことのない全く新しい形態となるかもしれない。どのようなメディアがあれば魅力的なのか,想像力をさらに働かせる必要がありそうだ。

いずれにしても究極の3次元映像メディアの主たる要件は,空間を視覚的に再現することである。目の前から無限遠方までの空間に,あたかも実物が存在しているように映像を提示することが,究極の3次元映像ディスプレーの1つの目標であろう。これは光を制御する技術である。本特集でテーマとなっているインテグラルイメージングによる方式は,光線を制御することで空間を再現するものと言える。一方,ホログラフィー(Benton氏の言葉では第1の定義)は波面を制御することで空間を再現する。さらにはホログラフィーによって光線を制御する方式もあり,ホログラフィック・ステレオグラムとも呼ばれる。したがってインテグラル方式とホログラフィー方式は排他的なものではなく,互いに融合して優れたメディアを実現する技術と考えられる。

空間を再現するディスプレーを実現する鍵は表示デバイスであるが,どのようなデバイスが必要になるのだろうか。光線を再現する方式の場合,例えば空間内に長方形の面を考え,この面を通過してあらゆる方向に進む光線を表示すれば,観察者の目から長方形の窓を見込む空間を再現できる。長方形の面の解像度をハイビジョン相当として,光線を水平方向に100方向,垂直方向に100方向だけ表示するとすれば,1,920×1,080×100×100点の表示が必要になる。時間軸も考慮すると1011点/秒程度となる。光線は表示面から離れるほど広がってゆくことから,奥行きの深い像を表示するにはより多くの点数が必要となるので,1011~1013点/秒程度の表示が望まれる。ホログラフィー方式の場合,同じ長方形の窓を通過する光の波面を再現する。視域角*2 によって必要となる分解能は異なるが,仮に視域角を30度とすると長方形の範囲に約1ミクロン間隔で画素を配置することになるので,例えば対角10~20インチのディスプレーで数十万×数十万点または1012~1013点/秒程度の表示が必要である。なお,これらは水平・垂直両方向の視差情報*3 を表示する場合(全方向視差)の試算であり,水平方向の視差情報のみを表示する場合には2桁程度少ない点数でよい。以上のことから,究極の3次元映像表示を考えると,インテグラル方式でもホログラフィー方式でもデバイスに対する表示点数の要求は同等レベルであることが分かる。

1990年にホログラフィックビデオが発表された背景には,1980年代後半から画像表示デバイス(空間光変調素子とも呼ばれる)の技術が実用域に達した点が挙げられる。1980年代後半に液晶テレビが実用化されている。当時の解像度は例えば320×220画素でフレームレート30fps程度であった。毎秒の点数にすると106程度である。その後1990年代半ばにはコンピューター用の表示規格であるVGA(Video Graphics Array)(640×480画素)やSXGA(Super eXtended Graphics Array)(1280×1024画素),またテレビ用ではハイビジョンのフラットパネルディスプレーやプロジェクターが登場し,2000年頃には108点/秒の表示が可能となった。その後2010年近くまでに,4Kそして8Kのディスプレー,さらにMEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)*4 デバイスにより2値ではあるがフレームレート32kHzが実現され,1010点/秒に迫っている。8Kのディスプレーは最初の液晶テレビ1,000枚分を表示しているという訳である。これは6~7年で1桁増のペースであり,これを外挿すると,水平方向の視差情報のみを表示する場合には数年以内に,全方向視差でも10年程度で究極の3次元映像表示のためのデバイスが実現する。このように単位時間あたりに表示できる点数を増やすことが表示デバイスに求められる要件であり,今後もディスプレーのデバイス技術の一層の進歩が強く期待される。

また,1011~1013点/秒の表示を行うためには,それだけの帯域の信号で表示デバイスを駆動しなければならない。現在と同様の画素駆動方式で実現できるのか,ブレイクスルーが必要な課題の1つであろう。消費電力の抑制も大事なテーマである。映像データの生成や伝送に関しては,近年著しく進展しているコンピューターグラフィックスやコンピュータービジョンの関連技術との融合により解決するのではないか。

イメージング関連の最近の研究においては,情報処理と光学技術の融合による機能・性能の向上が1つの特徴として挙げられる。従来は光学系と処理系で個別に研究が進められてきたのに対して,これらを一体として設計することで今までに無い機能が可能となっている。圧縮センシング*5・リフォーカシング*6・波面コーディング*7 などはその例である。3次元映像システムでもこのようなアプローチはきわめて有効と言える。これまでは映像入力系での成果が多く知られているが,ディスプレーでも同様の考え方を導入して機能向上を図ることが期待される。

3次元映像技術に関して日本の技術は世界を先導するレベルにある。欧米・アジアでも3次元映像に関する大型の研究開発プロジェクトが立ち上がっているが,多くの研究者が日本の研究成果を参考にして進めている。なかでも将来の放送への適用を目指すNHKでの研究は国際的にも注目されている。また,その過程でさまざまなアプリケーションへの展開も可能になると考えられる。究極の3次元映像システムの具体像を示すことによって,その魅力が明らかになり,デバイスの開発が促進されるものと考えられる。

上述の1992年に開催された会議では,それまで主に光学の世界で研究されていたホログラフィーの技術を,電子情報工学などの技術と融合することで,究極の3次元映像ディスプレーを目指すという方向性が議論された。20年以上が経過し,我々はその目標に着実に近づいてきた。光学・エレクトロニクス・情報工学などの技術を結集し,今後も歩みを止めることなく研究開発を推し進めていくことが望まれる。