時空間トレリス符号化MIMO伝送システム

中川 孝之

ロードレース中継の見通し内および見通し外の移動伝搬環境で,AVC(Advanced Video Coding)/H.264の所要ビットレートを安定的に伝送することが可能な時空間トレリス符号化MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)伝送方式の特徴を説明し,FPU(Field Pickup Unit)の移行先の周波数帯で行った伝送シミュレーションおよび野外伝送実験の結果について報告する。

1.はじめに

2011年9月に総務省から700-900MHz帯の周波数再編アクションプランが示され,770-806MHzの周波数を使用する映像素材用無線伝送システム(700MHz帯FPU)は,1.2GHz帯および2.3GHz帯へ移行することになった。移行先の周波数帯では,700MHz帯に比べて自由空間伝搬損失や回折損失が大きいため,送信電力の増力,新しい伝送方式の導入,ダイバーシティーなどの受信システムの改善等を行って,700MHz帯と同等の伝送容量と伝送エリアを確保する必要がある。

当所ではこれまでに,700MHz帯FPUの伝送容量拡大や高信頼化を実現するために,MIMO伝送技術の1つである時空間トレリス符号化MIMO(STTC-MIMO:Space-Time Trellis Coded Multiple-Input Multiple-Output)方式の検討を行い,AVC/H.264の番組素材伝送の所要映像ビットレート35Mbpsを伝送可能な2送信2受信(2×2)STTC-MIMO-OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)伝送装置を開発して,野外伝送実験によりその効果を検証してきた4)5)6)7)8)9)10)11)

移行先の周波数帯においてもSTTC-MIMO方式を適用することが有効であると考え,従来の16QAM(16 Quadrature Amplitude Modulation)-STTCに比べてさらに回線信頼性を高めるために,QPSK(Quadrature Phase Shift Keying) -STTCおよび8PSK-STTCを2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送装置に実装するとともに,性能改善も行った。その2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送システムについて,伝搬路シミュレーターを用いてFPUの新たな周波数帯における伝送特性を定量的に評価した12)。また,野外実験によりその検証を行った13) ので,その結果を報告する。

2. 2×2 STTC-MIMO伝送方式

2×2 STTC-MIMO伝送方式の基本構成を1図に示す。STTC-MIMO方式は,複数の送信系統において,異なる入力信号系列の間でマッピング*1 点が遠くなるように畳み込み符号化とマッピングを組み合わせて行い,全系統で同じ周波数で送信し,それを複数の受信系統で受信して,ビタビ復号法*2 により最尤系列推定*3 を行う方式である。

1図において,(s1s2,…)は符号化器に入力される情報系列,(x1x2)は送信信号,(h11h12h21h22)は伝搬路応答,(y1y2)は受信信号,(d1d2,…)は復号器の出力である。2つの送信系統の畳み込み符号化器は,重み付け係数(後述)は異なるが,同じ構造であるため,同じ状態遷移となり,受信側では共通のビタビ復号器を用いて送信信号系列を推定することができる。ビタビ復号器の動作については3章で説明する。

STTCはTarokhらにより提案された方式1) で,送信系統数×受信系統数分に増えた伝搬路を冗長系として利用して,送受のダイバーシティー効果によって誤りにくい伝送を実現するものである。

提案する16QAM-STTC符号化器を2図に示す。この16QAM-STTC符号化器は,QPSK用のSTTC符号化器を組み合わせて16QAMのSTTC符号化器に拡張したものである。2図は,2つの送信系統で共通の符号化器の構造であり,送信系統iごとに重み付け係数が異なる。の添え字のjおよびkは,シリアルパラレル変換後のビット番号j のk個目のレジスターの出力に対する重み付け係数であることを表す。重み付け係には0~3のいずれかの整数を割り当てる。は1ビットのレジスター,は乗算器,4はモジュロ4の加算を表す。2図の符号化器はレジスターを6つ用いているため,状態数は64(=26)である。一般に,状態数が多いほど信号処理においてハードウエアのリソースを消費するが,優れた誤り率特性を実現できる。STTC符号化器の重み付け係数は,符号化器に異なる信号系列が入力されたときに,2つの送信系統の符号化器の出力において,一方の送信系統の信号点間距離と他方の送信系統の信号点間距離の和が大きくなるように設計される。この設計規範はトレース基準と呼ばれる。具体的に,2図の16QAM-STTC符号化器について計算機探索により求めた重み付け係数を1表に示す。8PSK-STTCとQPSK-STTCの符号化器についても,同様な考え方により設計された32状態の8PSK-STTC(3図2表)と16状態のQPSK-STTC(4図3表)を用いた2)

これらの2×2STTC符号化器について,送信相関係数*4 0.3,受信相関係数*5 0.7,ライスファクター*6 3dBのライスフェージング環境における計算機シミュレーションにより,ビタビ復号後のビット誤り率(BER:Bit Error Rate)を評価した。その結果を5図に示す。なお,5図はOFDMの1シンボルごとに伝搬路応答がブロック的に変動する高速ブロックフェージングモデルであり,伝搬路応答は受信側で既知とした。5図から,BER=1×10-4で評価すると,64状態の16QAMの所要CNR(Carrier to Noise Ratio)と比較して,32状態の8PSKは2dB,16状態のQPSKは5~6dBの所要CNRの改善が見込める。

なお,従来のSISO(Single-Input Single-Output)-OFDM方式のFPU3) では,符号化率1/2の畳み込み符号化器の入力1ビットに対する出力2ビットを直列にして1本のアンテナで伝送するため,直列後の伝送レートに対して符号化器入力の情報レートが1/2になる。一方STTC-MIMO方式では,符号化器の入力1シンボル*7 に対する2系統の出力1シンボルずつを直列化せずにそれぞれのアンテナから出力するため,各系統の伝送レートに対して符号化器入力の情報レートが同じになり,符号化率1/2の畳み込み符号を用いる場合で比較すると,結果的に,同じ変調多値数のSISO-OFDMの2倍の情報レートを得ることができる。

1図 2×2 STTC-MIMO伝送方式の基本構成
2図 16QAM-STTC符号化器
1表 16QAM-STTC符号化器の重み付け係数
重み付け係数
送信系統1 g130 g131 g120 g121
g110 g111 g112 g100 g101 g102
1 0 2 2
0 1 0 2 2 2
送信系統2 g230 g231 g220 g221
g210 g211 g212 g200 g201 g202
2 2 0 3
2 2 2 2 0 3
3図 8PSK-STTC符号化器
2表 8PSK-STTC符号化器の重み付け係数
重み付け係数
送信系統1 g120 g121 g110 g111 g112 g100 g101 g102 0 4 0 2 2 4 4 3
送信系統2 g220 g221 g210 g211 g212 g200 g201 g202 4 4 2 3 2 2 2 7
4図 QPSK-STTC符号化器
3表 QPSK-STTC符号化器の重み付け係数
重み付け係数
送信系統1 g110 g111 g112 g100 g101 g102 1 1 3 2 2 2
送信系統2 g210 g211 g212 g200 g201 g202 2 3 2 0 2 0
5図 相関の有るライスフェージング環境における
2×2 STTCの計算機シミュレーション結果

3. 2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送システム

3.1 2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送装置

2×2 STTC-MIMO-OFDM変復調器の諸元を4表に,構成を6図に,外観を7図に示す。図表中でFFT(Fast Fourier Transform)は高速フーリエ変換,GI(Guard Interval)はOFDMにおいて反射波の影響を軽減するための冗長な信号期間,CP(Continual Pilot)は伝搬路応答の推定に用いる連続パイロット信号,AC(Auxiliary Channel)は付加的な情報を送るための信号,TMCC (Transmission and Multiplexing Configuration Control)は伝送多重制御信号,RS (Reed-Solomon)はリードソロモン符号を表す。また,HD-SDI (High Definition - Serial Digital Interface)はハイビジョンの デジタル信号を直列に伝送する場合の信号形式,DVB-ASI(Digital Video Broadcasting - Asynchronous Serial Interface)はMPEG-2TS (Transport Stream)信号を直列に伝送する場合の信号形式,PN(Pseudo random Noise)223-1は周期が223-1の擬似ランダム信号を表す。

変復調器のOFDMの部分は,現行のFPUの1kモード(FFTサイズが1,024ポイント)と基本パラメーターを同一とし,内符号を拡張してQPSK,8PSK,16QAMのSTTCに対応させている。また,外符号として従来のRS(204,188)符号よりも誤り訂正可能なバイト数が2.5倍で,擬似エラーフリーの所要CNRを1dB改善できるRS(204,166)符号を採用している。

CPは,伝搬路応答の推定に用いる既知の位相変調信号であり,送信系統1のCP信号はOFDMのシンボルごとに同位相であるが,送信系統2のCP信号は8図に示すようにOFDMのシンボルごとに位相が反転する。このような位相変調信号を用いることにより,受信側では,連続するシンボルのCPキャリヤーの値の和を既知情報で割ると送信系統1の伝搬路応答が推定でき,その差を既知情報で割ると送信系統2の伝搬路応答が推定できる仕組みとなっている。

6図(a)を用いて変調器の動作について説明する。映像符号化部からDVB-ASI形式で入力されたTS信号は,エネルギー拡散,RS符号化,バイトインターリーブを施されたのち,STTC符号化部に入力され,送信系統ごとに畳み込み符号化が行われる。STTC符号化部の出力信号は,送信系統ごとに,周波数インターリーブ,時間インターリーブ,マッピングを施されたのち,CPやTMCCなどのパイロットキャリヤーとともにOFDMフレームを構成し,IFFT,GI挿入,デジタル直交変調の各処理の後に,MIMO-OFDM信号として出力される。MIMO-OFDM信号は,その後IF(Intermediate Frequency)およびRF(Radio Frequency)に周波数変換され,各送信機から同一周波数および同一電力(2つの送信系統の空中線電力の和がSISOの空中線電力の許容値に等しい)で出力される。

次に6図(b)を用いて復調器の動作について説明する。2台の受信機で受信された受信信号は,IFに周波数変換され,復調器に入力される。受信信号には,受信系統ごとに,デジタル直交復調,シンボル同期,GI除去,FFT,OFDMフレーム同期,伝搬路応答推定,時間・周波数デインターリーブなどの処理が施される。次のSTTC(ビタビ)復号部では,2つの受信アンテナで受信した2つの受信信号を用いて,畳み込み符号を復号する代表的な方法であるビタビ復号法により,送信された情報系列を推定する。1図に示すように,ビタビ復号器では,受信系統ごとに受信した実際の受信信号と,推定した伝搬路応答から作成した受信信号のレプリカ(複製)との間の信号点間距離に基づいたメトリック(信頼度)を計算し,ブランチ選択部で信頼度の高いブランチを選択し,トレースバック部でトレリス線図におけるより信頼度の高い(もっともらしい)入力信号系列を推定して復号する。このように2系統の受信信号を用いてビタビ復号を行うことによって,復号結果の信頼性が向上する。その後は,バイトデインターリーブ,RS復号,エネルギー逆拡散の処理が行われ,DVB-ASI形式のTS信号が出力される。

4表 2×2 STTC-MIMO-OFDM変復調器の諸元
FFTポイント数 1,024(1kモード)
GIポイント数 128(ガードインターバル比1/8)
FFTクロック (MHz) 20.45074
占有帯域幅 (MHz) 17.2
シンボル長 (µs) 56.33(GI長6.26)
サブキャリヤー数 総数:857(Data:672,CP:108,AC:66,TMCC:10,Null:1)
サブキャリヤー変調方式 16QAM,8PSK,QPSK(Data),BPSK(CP),DBPSK(TMCC)
内符号 64状態16QAM-STTC
32状態8PSK-STTC
16状態QPSK-STTC
内インターリーブ 周波数,時間(0/76/378/756ms)
外インターリーブ バイト単位(11TSパケット)
外符号 RS(204,188) RS(204,166)
伝送容量 (TSレート)
(Mbps)
47.72(16QAM)
35.79(8PSK)
23.86(QPSK)
41.75(16QAM)
31.32(8PSK)
20.88(QPSK)
6図 2×2 STTC-MIMO-OFDM変復調器の構成図
7図 2×2 STTC-MIMO-OFDM変復調器の外観
8図 送信系統2のCPキャリヤー位相

3.2 伝送特性

フェージングシミュレーターを用いて,2.3GHz帯の動的環境における2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送システムの伝送特性のシミュレーションを行なった。その結果を9図10図に示す。シミュレーションで用いた伝搬路モデルは,広島駅伝コースにおける伝搬実験に基づくもので,6つの受信波のうちの2波がライスファクター3dBのライス波,残りの4波がレイリー波*8 である2波ライスモデルを使用した。移動速度は35km/h,時間インターリーブ長は378msとし,MIMO伝搬路応答(1図h11h12h21h22)の相関については,これまでの野外実験の経験から,送信相関係数0.7,受信相関係数0.3の中程度の相関(中相関と呼ぶ)としてシミュレーションを行った。また,送信および受信相関係数が0.3の低相関,送信および受信相関係数が0.9の高相関についてもシミュレーションを行った。

9図が示すように,STTC-MIMO-OFDMのBER特性は,伝搬路応答の相関係数の値により異なる傾向を示す。すなわち,相関係数が小さくなるほどダイバーシティー効果が得られるため良好な特性を示し,大きくなるほどダイバーシティー効果が得られなくなり劣化する傾向がある。なお,試作した伝送装置の装置誤差による劣化が0.5dB以下であることを,ソフトウェア復調との比較実験により確認した。

同じ条件で,現行のFPU(SISO-OFDM)とSTTC-MIMO-OFDMを比較した結果を10図に示す。10図のSTTCは中相関のカーブである。10図より,中相関で評価すると,現行の16QAM(1/2) -FPU (内符号の符号化率が1/2)に対して,情報レートが2倍の16QAM-STTCがほぼ同等のBER特性となり,情報レートが同一のQPSK-STTCでは,外符号のリードソロモン符号の復号後に擬似エラーフリーとなる所要CNRが約6dB改善される。これは,見通しが得られる場合の伝搬距離に換算すると2倍の値となり,同じ情報レートで比較すると2倍の距離を伝送できることになる。

9図 2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送システムの伝送特性
10図 2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送システムと現行FPUとの比較 (中相関)

4. 野外実験

FPUの移行先の周波数帯である2.3GHz帯において,従来のFPU(SISO-OFDM)とともに,試作した2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送装置を用いて,実際のロードレース中継のコースで伝送実験を行なった。移動車は5表に示す条件で送信し,コース上を約30km/hで走行した。11図に移動車の外観を示す。また,12図に示すように,受信点はビルの屋上や山の上などに設置した。実験では,700MHz帯のOFDM信号と2.3GHz帯のOFDM信号またはMIMO-OFDM信号を同時に出力し,映像伝送を行って受信可能なエリアを比較した。映像伝送と同時に,受信電力,受信SINR(Signal to Interference and Noise power Ratio),RS復号部の誤りバイト検出数から換算したビタビ復号後のBER(換算BER),MIMO伝搬路応答の相関係数の情報を取り出して記録した。なお,RS復号による訂正が不可能なデータは換算BERを1×10-1に置換した。また,測定限界以下のBERは換算BERを1×10-9に置換した。

2×2 STTC-MIMO-OFDMの実験結果について,京都駅伝コースで行った実験を例に説明する。この実験では,コースの沿道にあるビルの屋上に受信アンテナを設置し,主に見通し内環境の受信点Aと主に見通し外環境の受信点Bを受信点とした。主に見通し内環境の受信点Aは,相関係数0.9以上が30%の高相関環境であり,13図に示すように16QAMの換算BERは,シミュレーション曲線の中相関と高相関の間に分布した。一方,主に見通し外環境の受信点Bでは,相関係数0.6以下が80%の中低相関環境であり,14図に示すように16QAMの換算BERは,シミュレーション曲線の中相関と低相関の間に分布した。このように,野外実験においても,STTC-MIMOの伝送特性は伝送シミュレーションの結果によく当てはまる結果となった。

5表 野外実験の送受信条件
送信周波数 (MHz) 2,350
占有帯域幅 (MHz) 17.2
送信出力 (W) 最大40+40 (2.3GHz)
偏波 2系統ともに垂直偏波
送信アンテナ 2段コーリニア※1,利得は約5dBi※2
送信高 (m) 約3.2
送信アンテナ間隔 (m) 約2.5
受信アンテナ 8素子八木,利得は約12dBi
受信アンテナ間隔 (m) 2.5,5など

※1 1/2波長のダイポールアンテナを直線上に複数個並べて利得を高めたアンテナ。
※2 等方性アンテナ(すべての方向に一様に電力を放射する仮想的なアンテナ)を基準とするアンテナ利得の単位。

11図 移動車の外観
12図 受信点の設置状況
13図 受信点AのSINR対換算BER (2×2 STTC-MIMO-OFDM)
14図 受信点BのSINR対換算BER (2×2 STTC-MIMO-OFDM)

5. むすび

700MHz帯FPUの周波数移行に向けた検討として,時空間トレリス符号化MIMO伝送システムの伝送方式および伝送装置について述べた。MIMO伝送方式は,複数の送受信アンテナを用いることにより,伝送容量を拡大し,ダイバーシティー効果によって回線信頼性を向上させることができる。伝送シミュレーションにより,中相関の伝搬環境が確保できれば,開発した2×2 STTC-MIMO-OFDM伝送システムは,現行FPUのSISO-OFDM方式と同一の伝送距離で2倍の伝送容量を実現でき,同一の伝送容量では,2倍の伝送距離を実現できることを示した。MIMO伝送方式は従来のSISO伝送方式とは性質が異なり,見通し内環境の伝搬路において,伝送特性がやや劣化する傾向がある。一般に見通し内環境では受信電界が高くなるので,伝搬路応答の相関が高くても問題ないが,誤り訂正可能なバイト数を2.5倍に増やしたRS(204,166)符号を用意して,システムの信頼性を高めた。

今後は,伝搬実験により,各受信点に適したアンテナの選択・配置方法などの運用ノウハウを蓄積して,安定したMIMO伝送を確立していく必要がある。また,複数の受信点から集められた受信信号の中から有効なものを選択して,STTC-MIMOの復調処理を行うことにより,広い伝送エリアが実現可能な大規模中継用STTC-MIMO受信装置を開発する予定である。