ラジオマイクの最新動向

濱住 啓之

音楽番組やコンサートなどの業務用として利用されている700MHz帯の特定ラジオマイクは,1.2GHz帯および地上デジタルテレビジョン放送のホワイトスペースへ周波数移行することが求められている。当所では,特定ラジオマイクの円滑な周波数移行に貢献するために,低遅延型デジタル特定ラジオマイクの研究開発を推進してきた。アナログ方式からデジタル方式,そして低遅延型のデジタル方式へと進化しているラジオマイクを取り巻く最新動向を解説する。

1.はじめに

ラジオマイクとは,無線(ラジオ)を使ったコードレスのマイクロホン,すなわちワイヤレスマイクのことである。音声や楽器の音質を損なわずに無線で伝達する単向通信の無線伝送技術を用いたマイクロホンである。放送局,劇場,ホール,学校,屋外などのさまざまな場所で,番組制作,舞台中継,コンサートなどにおいて,演出,講義,演説,案内などの目的で幅広く利用されている。

一方,無線通信システムの急激な発達に伴って,携帯電話などに利用される電波の周波数帯の拡張が世界的な規模で進められている。日本においても,700MHz帯の周波数の再割り当てを実施するために,770MHzから806 MHzの周波数を利用している特定ラジオマイク(2章参照)は,1.2GHz帯および地上デジタルテレビジョン放送のホワイトスペース*1 への移行を求められ,周波数移行に向けた制度改正が進められてきた。

当所では,700MHz帯で利用しているラジオマイクの円滑な周波数移行に貢献するために,低遅延なデジタル特定ラジオマイクの研究開発を推進してきた。本稿では,ラジオマイクの無線伝送方式の概要を解説する。

2. 特定ラジオマイク

特定ラジオマイクとは,放送,舞台,コンサートなどで利用している業務用のワイヤレスマイクのことで,A型ラジオマイクとも呼ばれている4)。電波法上は陸上移動局に位置づけられており,770MHzから806MHzの周波数帯が用いられ,無線局免許を必要とする。マイク間の混信を回避して安定的に使用するために,利用者間で使用場所や時間帯,周波数などの運用調整を行っている。

一方,これとは異なり,電波法上,特定小電力無線局*2 に位置づけられているラジオマイクがある5)。806MHzから810MHzの周波数帯を利用するB型ラジオマイク,322MHzの周波数帯を利用するC型ラジオマイク,74MHzの周波数帯を利用するD型ラジオマイクである。これらは免許が不要で,運用調整は行われない。特定小電力無線局のラジオマイクについては,現在のところ周波数移行の対象にはなっていない。

3. 700MHz帯の周波数移行に向けた制度改正

2012年4月の情報通信審議会の一部答申を受けて,770MHzから806MHzの周波数を利用している特定ラジオマイク(A型ラジオマイク)は,1,240MHzから1,260MHz(ただし1,252 MHzから1,253 MHzを除く),および地上デジタルテレビジョン放送のホワイトスペース(470MHzから710MHz)ならびに710MHzから714MHzの周波数帯へ移行することとなり,そのための制度改正が行われた。770MHzから806MHzの周波数を利用している特定ラジオマイクの免許の期限は,2019年3月31日までとされている6)

4. ラジオマイクの無線伝送技術

ラジオマイクを無線伝送技術の観点から大別すると,1988年に財団法人電波システム開発センターの開発委員会ワイヤレスマイクロホン開発部会から研究開発報告が行われたアナログ方式ラジオマイク1),ラジオマイクの高度化として2008年に情報通信審議会情報通信技術分科会小電力無線システム委員会から報告が行われたデジタル方式ラジオマイク2),さらに周波数の逼迫への対策として,2013年に同移動通信システム委員会から報告が行われた低遅延型デジタル特定ラジオマイク3) の3つに分類される。

4.1 アナログ方式ラジオマイク

アナログ方式のラジオマイクの研究開発は1980年代に遡る。当時のラジオマイクは微弱無線局として扱われ,主に200MHz帯や400MHz帯の周波数が利用されていた。1986年の省令改正により,微弱無線局の電界強度の許容値が無線設備から3m離れた距離での規定になるとともに,322MHzから10GHzの微弱電波の許容値が35µV/mに制限された。このため,322MHz以上のラジオマイクは微弱無線局としての利用が困難となり,800MHz帯のラジオマイクの研究開発が本格的に開始されることになった。

当時のラジオマイクの検討にあたっては,プロ用,一般用,拡声用の3つの用途に分類され,アナログの周波数変調(FM)方式を用いた検討がなされた。アナログ方式ラジオマイクの検討に用いられたパラメーターを1表に示す1)

一般用および拡声用のラジオマイクには,コンパンダーと呼ばれる音声信号の振幅の圧縮伸張処理の導入が検討された。コンパンダーとは,1図に示すように送信側に対数圧縮増幅器*3 を用いて変調機入力のダイナミックレンジを狭くし,受信機側で逆対数の伸張増幅器を用いて信号を伸張することで,総合特性として直線増幅することができるものである。

コンパンダーを用いることで,音声信号を伝送する電波の占有周波数帯域幅および所要受信機入力電圧を小さくすることができる反面,コンパンダーの過度応答特性が音質劣化を引き起こすという問題が生じた。しかしながら,コンパンダーの音質の聴感上の改良が重ねられたことや,リニア方式には占有周波数帯域幅や所要受信機入力電圧が大きく伝送距離が小さいという課題があることが考慮され,現在のA型ラジオマイクにはリニア方式に加えてコンパンダー方式も採用された7)

現在のアナログ方式ラジオマイクの主な技術的条件を2表にまとめて示す。2012年の制度改正において,770MHzから806MHzの利用は2019年3月31日までとされ,これに代えて,710MHzから714MHzおよび1.2GHz帯が利用可能とされた。また,1.2GHz帯については空中線電力50mW以下も可能とされた。さらに,占有周波数帯域幅の許容値160kHzについても2012年の制度改正時に追加された8)

1表 アナログ方式ラジオマイクの検討に用いられたパラメーター
用途の分類 プロ用 一般用 拡声用
伝送方式 周波数変調
リニア
周波数変調
コンパンダー
周波数変調
コンパンダー
最大入力音圧 (dBspl) 130 130 116
ダイナミックレンジ (dB) 96 96 82
伝送系のダイナミックレンジ (dB) 96 66 52
最大周波数偏移 (kHz) ±150 ±40 ±8
最高変調周波数 (kHz) 15 15 7
占有周波数帯域幅 (kHz) 330 110 30
所要受信機入力電圧 (dBµ) 51 33 28

※ dB sound pressure level:音圧のレベルを表す単位。

1図 コンパンダー方式の概念図
2表 アナログ方式ラジオマイクの主な技術的条件
項目 特定ラジオマイク
(A型ラジオマイク)
特定小電力無線局のラジオマイク
(B型ラジオマイク)
使用周波数帯 779~788MHz (2019年3月31日まで)
797~806MHz (2019年3月31日まで)
470~710MHz (テレビホワイトスペース)
710~714MHz
1,240~1,252MHz
1,253~1,260MHz
806~810MHz
空中線電力 10mW以下
50mW以下 (1,200MHz帯)
10mW以下
通信方式 単向通信・同報通信 単向通信・同報通信
変調方式 周波数変調 周波数変調
コンパンダー 無し (リニア) 有り 無しあるいは有り 有り
占有周波数帯域幅
の許容値
330kHz 110kHz
160kHz
250kHz
(ステレオ)
110kHz
無線局免許 必要 不要
運用調整 必要 不要

4.2 デジタル方式ラジオマイク

デジタル方式のラジオマイクの研究開発は,2000年代に遡る。高度な音響効果を伴うコンサートや大規模なイベントなど,数多くのラジオマイクを使用する場面が増加したことが契機となり,アナログ方式よりも周波数利用効率の高いデジタル方式のラジオマイクの研究開発が開始された。2図にデジタル方式ラジオマイクの概念図を示す。変調方式としてはQPSKや8PSKなど,シングルキャリヤーの位相変調(PSK:Phase Shift Keying)による開発が行われた。アナログ音声信号をデジタル音声信号に変換した後,デジタル的に情報量を1/5程度に圧縮し,誤り訂正符号などを付加した後の伝送ビットレートを384~576kbpsとすることが目標とされた。位相変調による伝送を考慮した占有周波数帯域幅は,伝送ビットレートの約半分の192kHzおよび288kHzとされた。

2008年には情報通信審議会小電力無線システム委員会からデジタル方式ラジオマイクの技術的条件の検討結果が報告2) され,770MHzから806MHzの周波数を使ったデジタル方式ラジオマイクの製品化が行われた。デジタル方式ラジオマイクは音質が良く,多数のマイクを同時に利用できるようになったが,情報の圧縮,伸張に伴う3msから5ms程度の音声の遅延が生じ,音楽番組やコンサートなどでは演奏家に与える遅延の影響が無視できないという課題が生じることになった。しかし,その後の技術の進歩に伴って,一部のメーカーから音声圧縮型で遅延が1msから2msのデジタルラジオマイクが発表され,遅延の影響が少なくなりつつある。

一方,無線通信システムの急激な発達に伴って,携帯電話などに利用される電波の周波数帯の拡張が世界的な規模で進められる中,2011年には日本においても総務省から周波数再編計画が発表され,770MHzから806MHzの周波数帯で使用されている特定ラジオマイクについては,地上デジタルテレビジョン放送のホワイトスペースまたは1.2GHz帯への周波数移行に向けた検討作業を行うことが明らかにされた。移行先の周波数帯は他の業務との共用が求められるものであり,干渉に強いデジタル方式による遅延の極めて少ないラジオマイク用の伝送方式の確立が急務となった。

当所では,移行先の新たな周波数帯でもマイクの音声信号を低遅延,高品質かつ安定に伝送するため,フェージングに強く伝送容量の拡大と低遅延化が期待できるOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)変調方式を使った低遅延型デジタル特定ラジオマイクの伝送方式の研究開発を開始した。

当所で開発した低遅延型デジタル特定ラジオマイクの伝送方式は,2011年度から2012年度にかけて総務省が行った“「700-900MHz帯における周波数有効利用のための特定ラジオマイクの移行周波数における技術的条件」に関する検討”の中で実証実験が行われた。これを踏まえて2013年5月には,情報通信審議会から“情報通信技術分科会移動通信システム委員会報告”が行われ,2013年8月には低遅延型デジタル特定ラジオマイクを実用化するための制度改正が行われた9)。現在のデジタル方式ラジオマイクの主な技術的条件を3表に示す。2013年8月の制度改正により,デジタル方式ラジオマイクにおいて,変調方式として「直交周波数分割多重変調」が,占有周波数帯域幅の許容値として「1.2 GHz帯においては600kHz」が追加された(3表で下線を引いた部分)。

2図 デジタル方式ラジオマイクの概念図
3表 デジタル方式ラジオマイクの主な技術的条件
項目 特定ラジオマイク
(A型ラジオマイク)
特定小電力無線局のラジオマイク
(B型ラジオマイク)
使用周波数帯 770~806MHz (2019年3月31日まで)
470~710MHz (テレビホワイトスペース)
710~714MHz
1,240~1,252MHz
1,253~1,260MHz
806~810MHz
空中線電 力50mW以下 10mW以下
通信方式 単向通信・同報通信 単向通信・同報通信
変調方式 位相変調,周波数変調,直交振幅変調
直交周波数分割多重変調
位相変調,周波数変調,直交振幅変調
占有周波数帯域幅
の許容値
600kHz
(1,200MHz帯のみ)
288kHz 192kHz
無線局免許 必要 不要
運用調整 必要 不要

※ 2013年8月に追加された部分。

4.3 音声遅延

音声遅延は音楽演奏に影響を与えると言われている。ミキシング卓の音声を演奏者の耳に送り返すイヤーモニターが積極的に利用されるようになり,遅延に対する要求条件が厳しくなっている。演奏者は自分の声や楽器の生の音を,骨伝導等も含めて直接聞いており,生の音とイヤーモニター等からの遅延した音が混じり合うと,演奏者が感じている音色に影響を与えると言われている。低遅延型デジタル特定ラジオマイクの開発に先立ってこの効果を確認するために,演奏時における音声モニターの遅延時間の検知限とその影響について評価が行われた。マイクとイヤーモニターを組み合わせたシステム全体の遅延量が3ms以内であればおおむね問題無いが,遅延量が5msを超えると8割の演奏者が遅延を知覚できるという結果が得られた10)

実際の使用環境では,ラジオマイク・ミキシング卓・イヤーモニターを3図に示すように組み合わせて使用する。近年の音声ミキシング卓はデジタル方式が主流となっており,2~3ms程度の遅延がある。従って,ラジオマイクとイヤーモニターの遅延時間をそれぞれ1ms以下にできればシステム全体の遅延時間を5ms以下にできるので,演奏者への遅延の影響を軽減できると言える。

3図 ラジオマイクとイヤーモニター

4.4 低遅延型デジタル特定ラジオマイクの伝送方式

低遅延を実現するために,非圧縮の音声信号をそのまま伝送すると,情報量を圧縮する場合に比べて情報レートは4倍以上になる。このため,周波数を有効に利用できる多値変調技術と,反射波などの妨害波に耐性のあるOFDMを組み合わせる手法を検討した。

この手法では,伝送パラメーターを工夫することで遅延量の低減を目指した。まず,OFDMのシンボル長を短くすることと,符号長を短く設定できる誤り訂正符号(畳み込み符号)を用いることによって,FFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)や誤り訂正に要するバッファーの時間を削減した。また,OFDMのシンボル長や誤り訂正符号の符号長を非圧縮音声信号のサンプル長の整数倍とすることによって,信号処理時に生じるバッファーの時間を最小限に抑えた。これらの検討結果を踏まえた伝送パラメーターを4表に示す11)

スタジオ環境において標準的な品質となっているサンプリング周波数48kHz,量子化ビット数24ビットの信号を非圧縮で伝送する場合,情報レートは1,152 kbpsとなる。受信機での誤り修正処理を想定して,音声信号1ワード(24ビット)単位で誤り検出を行うパリティー符号を付加した。誤り訂正符号および復号には,遅延が少ない畳み込み符号およびビタビ復号を用いた。

4表に示すように,低遅延型デジタル特定ラジオマイク伝送方式には3つの伝送モードがある。標準マイクのモードでは,非圧縮の音声信号を16QAM-OFDM変調方式により伝送する。高耐干渉マイクのモードでは,瞬時圧伸12) と呼ばれる手法を用いて情報量を1/2に圧縮し,QPSK-OFDM変調方式を用いて伝送することで,標準モードよりも雑音や干渉に対する性能を高めている。イヤーモニターのモードでは,瞬時圧伸により情報量を1/2に圧縮して,2チャンネルのステレオ音声信号を伝送する。ここで瞬時圧伸とは,対数特性を近似した曲線を用いて音声の入出力振幅特性をデジタル的に操作し情報を圧縮するものである。アナログ方式ラジオマイクに使われているコンパンダーと似た手法で,音質に多少の劣化が伴うものの,極めて少ない遅延で情報圧縮が実現できる。

4図に低遅延型デジタル特定ラジオマイクの構成を示す。伝送の信頼性を高めるためにOFDM変調方式と空間ダイバーシティー技術を使っている。受信側ではOFDMのサブキャリヤーごとに最大比合成*4 を行った後,誤り訂正復号を行う構成としている。こうすることで空間ダイバーシティーの性能を十分に引き出し,音声遅延の原因になる時間インターリーブを用いることなく信頼性の高い無線伝送を実現している。低遅延型デジタル特定ラジオマイクの試作機を5図に示す。

4表 低遅延型デジタル特定ラジオマイクの伝送パラメーター
モード 標準マイク 高耐干渉マイク イヤーモニター
情報源
符号化
アナログ音声信号 モノラル モノラル ステレオ
量子化ビット数 (bit) 24 24 24 (2系統)
サンプリング周波 (kHz) 48
情報圧縮 非圧縮 瞬時圧伸 瞬時圧伸
伝送情報ビット数 (bit) 24 12 12 (2系統)
情報レート (kbps) 1,152 576 1,152
パリティー符号 CRC※1-2
伝送路
符号化
誤り訂正符号,符号化率 畳み込み符号,2/3
1次 (キャリヤー) 変調 16QAM QPSK 16QAM
2次変調 OFDM
有効シンボル長 (µs) 78.4
シンボル長 (µs) 83.3
ガードインターバル (µs) 4.9
キャリヤー間隔 (kHz) 12.75
キャリヤー数 総数 46
データ 39
SP※2 3
TMCC※3 3
CP※4 1
伝送帯域幅 (kHz) 586.5

※1 Cyclic Redundancy Check
※2 Scattered Pilot
※3 Transmission and Multiplexing Configuration Control
※4 Continual Pilot

4図 低遅延型デジタル特定ラジオマイクの構成
5図 低遅延型デジタル特定ラジオマイクの試作機

5. おわりに

ラジオマイクの無線伝送方式の概要および特定ラジオマイクの周波数移行の状況を解説するとともに,低遅延型デジタル特定ラジオマイクの開発状況および制度改正に向けた動向を紹介した。

これまで特定ラジオマイクが利用してきた770MHzから806MHzの周波数帯は,他業務からの干渉が無く,同一の機材で全国どこでも運用が可能であった。アナログ方式のラジオマイクが利用されてきており,これまで遅延が問題にされることも無かった。

一方,1.2GHz帯は日本全国どこでも運用ができることに加え,高品質で低遅延なリニアPCM音声伝送が実現できる。しかしながら,無線標定業務*5 との共用が必須となり,耐干渉性に優れた低遅延なデジタル方式のラジオマイクを実現する必要がある。

このように,700MHz帯からの周波数移行を円滑に進めるためには,1.2GHz帯の低遅延型デジタル特定ラジオマイクの速やかな実用化が必要である。これまでの検討結果を踏まえ,ARIB(Association of Radio Industries and Businesses:電波産業会)における標準化を速やかに進めていきたい。