ケーブルテレビのデジタル化の経緯と発展動向

伊東 晋
東京理科大学理工学部電気電子情報工学科 教授

写真:伊東 晋 東京理科大学理工学部電気電子情報工学科 教授

ケーブルテレビは,今や地上放送・BS放送と並んで放送メディアを担う重要な情報通信インフラになっている。振り返って見ると,日本でテレビ放送が開始された1953年のわずか2年後の1955年には,群馬県の伊香保温泉でテレビ放送の再送信が開始されており,これが日本のケーブルテレビの始まりとされている。その後,ケーブルテレビは放送の普及とともに発展を続け,自主放送を行う許可施設*1 のケーブルテレビに加入している世帯数は2010年9月末で2,533万世帯になり,全世帯における普及率は47.5%に達している。ケーブルテレビ大国であるアメリカの普及率54%(2009年)には及ばないが,約半数の視聴者がケーブルテレビで放送を視聴していることになる。アメリカの普及率は2001年をピークに減少しているが,日本の普及率はまだ増加傾向にあり,今後,いっそうの普及発展が期待される。

地上放送・BS放送ではデジタル化が着実に計られており,2011年の7月24日でアナログテレビ放送は終了する予定である。ケーブルテレビにおいても,これらと歩調を合わせてデジタル化が進められてきた。デジタル放送の規格化の歴史は1994年6月の郵政省電気通信技術審議会(総務省情報通信審議会情報通信技術分科会の前身)への諮問第74号「デジタル放送方式に係る技術的条件」にさかのぼる。1年後の1995年7月の狭帯域CSデジタル放送方式の一部答申に始まり,1996年5月には64QAM(Quadrature Ampritude Moduration)変調を採用したケーブルテレビのデジタル放送方式が答申された。これが現行のデジタルケーブルテレビの基本方式になっている。その後,BSデジタル放送や地上デジタルテレビ放送の技術的条件が順次答申され,それに対応してケーブルテレビにおいても「OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)のパススルー方式」や「複数TS(Transport Stream)方式」が2000年に相次いで答申された。この間,筆者は電気通信技術審議会デジタル放送システム委員会第4作業班の主任として,デジタルケーブルテレビの規格化に参画した。また,NHK技研はBSデジタル放送をケーブルテレビで再送信するための複数TS方式の研究開発などを通して,ケーブルテレビのデジタル化に多大な貢献をした。

2000年12月にBSデジタル放送が,2003年12月には地上デジタルテレビ放送が開始され,ケーブルテレビはこれらの放送を再送信することでデジタル放送の普及に大きな役割を果たしてきた。総務省によると,2010年9月末現在,ケーブルテレビの加入者のうち,地上デジタルテレビ放送を視聴可能な加入者は実に98.6%に達している。

今年はケーブルテレビにとって,新しい方向へかじを切る年になりそうである。その理由の1つは,言うまでもなく,アナログ放送が終了し,テレビがフルデジタル化するということである。しかし,それだけではなく,2010年12月に成立した新しい放送法の影響も見逃せない。これは,放送・通信分野におけるデジタル化の進展に対応して法制度の整理統合や合理化を図るもので,放送法・電波法の制定以来60年ぶりの大きな改正になる。まず,放送に関する従来の区分が整理され,地上放送やBS放送のように専用の周波数を割り当てられている「基幹放送」と,それ以外の「一般放送」の2つに分類された。基幹放送には,地上・BS・110°CS放送やAM・FMのラジオ放送,2012年に始まる予定の携帯端末向けマルチメディア放送などが含まれる。一方,有線放送であるケーブルテレビは124°/128°CS放送やIPマルチキャスト放送と共に一般放送に分類される。また,放送の中止事故を減少させてその公共的役割を十分に果たせるようにするために,放送設備に関する安全・信頼性の確保が義務づけられた。現在,筆者が主査を務める情報通信審議会放送システム委員会で,装置の2重化や停電対策などの具体的な技術的条件についてケーブルテレビも含めて鋭意検討しており,順調に審議が進めば本号が発行されるころには答申されている予定である。そのほかにも仲裁制度の導入などのさまざまな変更があり,今後のケーブルテレビの発展に少なからず影響を与えることであろう。今回の法改正を機に,有線テレビジョン放送法・電気通信役務利用放送法・有線ラジオ放送法は新しい放送法に統合され,これら3法は間もなく廃止される。中でも有線テレビジョン放送法は1972年に施行され,39年間にわたってケーブルテレビの普及発展を支えてきた。デジタルケーブルテレビの一連の規格化にかつて参画した筆者にとっては,有線テレビジョン放送法の廃止は感慨深いものがあるが,新しい放送法のもとでケーブルテレビが放送メディアとして着実に進化していくことを期待したい。

一方,ケーブルテレビは電話やインターネット接続サービスも提供しており,通信インフラとしての側面も持ち合わせている。xDSL(x Digital Subscriber Line)*2 やFTTH(Fiber To The Home)と比較すると加入者数は少ないが,順調に増加している。放送と通信の連携が現実のものとなってきた現在,IPTV(Internet Protocol TV)などの新たな競争相手も登場し,ケーブルテレビは放送の再送信を中心とした従来のサービスにとどまらず,VOD(Video On Demand)などの新たなIP接続によるサービスも模索している。

更にもう少し先を見ると,NHK技研で研究開発が進められている走査線4,000本のスーパーハイビジョンがある。大画面できめ細かな迫力のある映像は,従来のテレビの概念を超えた新たな期待を抱かせてくれる。2020年には21GHz帯の衛星によるスーパーハイビジョンの試験放送を開始することを目標に研究が進められている。NHK技研ではスーパーハイビジョンを地上デジタル放送やケーブルテレビで放送するための技術研究も行っている。地上デジタル放送では限られた周波数帯域で伝送しなければならないので,まだ多くの課題があるが,ケーブルテレビは本質的に大容量伝送が可能という特徴を持っており,地上デジタル放送よりも先にスーパーハイビジョンの伝送を実現するかもしれない。

主要な情報通信インフラに成長したケーブルテレビの更なる発展と進化を楽しみにしている。