音楽聴取における「感動」の評価要因

感動の種類と音楽の感情価の関係

大出 訓史 今井 篤*1 安藤 彰男 谷口 高士*2
*1 NHK-ES,*2 大阪学院大学

人の好みや感性を考慮して音響システムを評価するために,体験のすばらしさを表現するときにしばしば用いられる「感動」という言葉を用いて評価尺度を検討した。我々は,これまでに心理実験を行って感動を表現する言葉(以下,感動語)を分類し,感動という言葉で表現される心理状態が一意ではないことを示した。本稿では,分類した感動語から感動評価尺度を作成し,音楽聴取における感動を評価させた。その結果,感動の評価値が同程度であっても,楽曲によって感動評価尺度の評価の傾向は異なり,音楽によって喚起される感動の種類も異なることがわかった。また,同じ楽曲を評価した場合に,感動を大きく受けた評定者とあまり受けなかった評定者の評価値の差は音楽の感情価測定尺度よりも感動評価尺度で顕著であること,感動の評価値は感動評価尺度の評価値の重み付き線形和で近似できることなどがわかった。

1. まえがき

コンサートホールで聴いた弦楽器の響きや競技場で体感した歓声の迫力など,多くの人が音を聴いて感動を体験することがある。放送によって視聴者に感動を与えることは,次世代放送メディアの研究開発の目標の1つである。我々は,放送メディア,特に,音の品質を感動という観点から評価するために,音によって生じる感動とそのプロセスについて検討している。

当所では,22.2マルチチャンネル音響などの3次元音響システムの開発を進めている1)。従来,音楽や音響システムの音を評価する場合には,周波数特性などの物理的な測定値に基づいた客観評価や,「明るい」,「迫力がある」などの印象語を用いた主観評価をすることが多かった2)。3次元音響システムの開発においては,チャンネル数を増やし,スピーカーを空間的に異なる位置に配置することで,臨場感などのさまざまな空間に関係する印象が向上することが確認されている。しかし,従来の音の評価には,音の物理的な特徴を主観的に分類する手法が用いられており,その組み合わせや得られる心理効果までは言及されていない。

「明るい」印象を受ける音楽を聴いて,常に,「明るい」気分になるとは限らないように,音楽からどのような印象を受けるのかを評価をするだけでは,実際に音楽が視聴者に与えた心理的な効果まではわからない。音楽を再生する音響システムの品質によっても,聴取体験としての価値は変化する。また,同じ楽曲を聴取する場合でも,個性の乏しい,ただ,きれいな演奏を聴取しただけでは,感動に結びつかないという指摘もある3)。自分の好みに合った楽曲であっても似た楽曲ばかり聴いていては飽きるが,逆に,このときは必ずこの楽曲という定番がある場合もあるであろう。

このように,視聴者の感性やコンテンツの特徴,聴取条件を無視した主観評価では,視聴者がその音を聴いて良い音と感じるかどうかを判断するのは難しい。そこで,我々は,放送品質の向上,視聴者満足度の向上を確認する手段として,心理的な効果の1つである感動という観点から音を評価することを検討している。すなわち,開発した再生システムの音がどんな印象なのかといった評価だけではなく,どれだけ感動を喚起したのかを評価することを試みている。

これまでの研究で,感動という言葉で表現される心理状態には,「心にしみる」といった感動や「心が躍る」といった感動など,さまざまな心理状態が含まれることがわかっている4)。評価実験において「感動した」を評価させることはできても,感動の種類によって,その要因が異なっている可能性も考えられる。

本稿では,音楽を聴取するという行為においても,喚起される感動の種類に違いがあることを実験的に示すことを目的とする。まず,我々がこれまでに行った研究4) において分類した感動語を評価語とした感動評価尺度を作成する。次に,音楽聴取実験を行い,音楽に対する印象を音楽の感情価測定尺度5)*1 で評価させ,音楽を聴いた後の気持ちを感動評価尺度とどの程度「すごく良かった(感動した)」のか,その大きさ(以下,感動評価値)を評価させる。最後に,感動評価値と感動評価尺度の評価値を比較することで感動の種類に違いがあることを示すとともに,音楽聴取における感動喚起の要因についても考察する。

2. 感動評価尺度の作成

2.1 感動に関する先行研究

感情心理学の分野では,音楽と感情の質的な関係を調べる研究が行われてきたが5),近年,「鳥肌が立った」,「ドキドキした」といった生理的反応や情動*2 の強度と音楽に関する研究も行われるようになった6)7)8)

日常生活のさまざまな場面で,心に何らかの良さを強く感じたとき,その体験のすばらしさを表現する言葉として感動という言葉が用いられる。音楽聴取時の感動に伴う情動としては,「鳥肌が立つ」,「興奮を感じる」などが報告されており9),感動と生理的反応の強度との関係が示唆されている。感動という言葉があるために,感動は1つの情動ととらえられがちであるが,感動を表現する擬態語は「ジーン」,「ウルウル」,「ドキドキ」,「グッと」など多岐にわたる10)。更に,感動に伴う感情も「喜び」,「悲しみ」,「驚き」などがある11) と言われており,感動という言葉で表現されている心理状態は一意ではない。

そこで,我々は,これまでに,感動という概念に含まれる多様な心理状態を体系的に把握するために,感動語の分類を行った4)。2.2節でその概要を述べる。

2.2 感動語の分類

感動という言葉が日常生活において,どのような使われ方をしているのかを調べるために,感動に関するアンケート調査を行った。分析の結果,150語の感動語を得た4)。次に,各感動語が表現する感動が同じであるかどうかを調べるために,心理実験を行った。評定者は,語義が近いかではなく,ある感動語と別の感動語から連想される感動している状況が同じかどうかの2者択一の回答を一対比較で行った。感動語Xiと感動語Xjから連想される感動が同じであると回答された割合(同じと回答した評定者/全評定者)を一致率Rijとして,感動語Xiを150語の感動語との一致率Rijを用いて,150次元ベクトルで表した。

ベクトルのユークリッド距離Dijを,感動語間の心理的な距離とすると,感動語Xiと感動語Xjの距離は(2)式になる。

まず,全感動語の集合をLBGアルゴリズム12)*3 を用いて,2分割した。その後,感動語の各集合内に含まれる全感動語とその集合の重心との心理的な距離の2乗平均平方根の大きい集合から順に,感動語の集合を更に2分割していった。感動語を12集合まで分割した結果の概要を1図に示す。最初の分割において,全150語の感動語の集合は「心にしみる」や「ジーンとする」といった比較的穏やかな受容的な感動,「歓喜する」や「心が躍る」といった感情を爆発させるような表出的な感動に分割された。次に,表出的な感動は「心が躍る」や「心が奪われる」といった正の感情を伴う感動と,「目が覚める」や「やりきれない」といった中立・負の感情を伴う感動に分割された。このように,感動という言葉で表現される心理状態は一意ではなく,幾つかの種類が存在することがわかった。

2.3節では,感動の種類を区別して評価させるために,ここで述べた感動語の分類表から感動評価尺度を作成する。

1図 感動語の分類表

2.3 評価語の選定

感動語の集合内に含まれる全感動語とその集合の重心との心理的な距離の2乗平均平方根がほぼ同程度となる最初の分割数は,3つの集合に分割したときであった。従って,この3つの集合を感動語の大分類クラスとした(1図に‡で示した3クラス。本稿では,分類された感動語の集合をクラスと呼ぶことにする)。次に,各集合の全感動語とその集合の重心との心理的な距離の2乗平均平方根が同程度となるのは,7つに分割した場合であった。これを感動語の中分類クラスとし(1図に†で示した7クラス),それぞれのクラスを充溢(じゅういつ),享受,魅了,興奮,歓喜,悲痛,覚醒(かくせい)とした。12クラスよりも更に分割を行うと1語の集合が生じる場合があったので,これ以上の分割は行わないことにした。

次に,感動を評価するための評価語を得るために,各感動語の分類クラスを代表する言葉を決めた。各感動語の分類クラスのベクトル重心に最も近い感動語を各クラスの概念を代表する言葉とした。代表語を1図で示す。ただし,重心に近い感動語が「景色」などのように心情を表現する言葉ではなかった場合には,評価語としては不適切であると考え,その次に重心に近い感動語を代表語とした。

更に,評価を行う際に,感動語ごとに評価させるのではなく,感動語の分類クラスごとに評価させるために,評価語に補助的な言葉を付け加えることにした。各感動語の分類クラスを更におのおの3つに分割し(これをサブクラスと呼ぶ),各サブクラスの重心に最も近い感動語を補助語として選出した。補助語を1図に*で示す。感動評価尺度は代表語の後に補助語を記載し,例えば,「心にしみる(感涙・たそがれ・寂しい)」という表記で評定者に提示した(1表(a))。

1表 実験に用いた評価語
(a) 感動評価尺度
下位尺度 名提示した評価語
受容的 充溢
(じゅういつ)
胸がいっぱいになる(愛・よい・涙)
享受 心が温まる(ありがとう・安らぎ・なんかよい)
心にしみる(感涙・たそがれ・さみしい)
表出的
(正の感情)
魅了 心を奪われる(きれい・雄大・思わず無言)
胸を打つ(心が熱くなる・こみあげる・胸がキュンとなる)
興奮 興奮する(うわぁ・気持ちが高鳴る・人に言いたくなる)
歓喜 心が躍る(おいしい・共感・わーい)
歓喜する(うれしい・ヤッター・やっとの思い)
表出的
(負・中立の感情)
悲痛 背筋がゾッとする(パニック・驚がく・緊迫)
やりきれない(無情・打ち震える・号泣)
覚醒
(かくせい)
心をわしづかみにする(鳥肌が立つ・震える・ドキドキする)
目が覚める(意外・スピードがある・大きい)
(b) 音楽の感情価測定尺度
下位尺度 名提示した評価語
高揚 明るい,陽気な,楽しい,うれしい
抑うつ 哀れな,暗い,悲しい,沈んだ
親和 恋しい,優しい,いとしい,おだやかな
強さ 強い,猛烈な,刺激的な,断固とした
軽さ 軽い,浮かれた,きまぐれな, 落ちつきのない
荘重 気高い,厳粛な,崇高な,おごそかな
(c) 感動要因に関する評価項目
項目名 提示した評価語
好み この曲が好きである
既知 この曲をよく知っている
記憶 この曲によい思い出がある
想像 何かしらのイメージがわいた
印象 強く印象に残るものがあった
音響 楽器の音色がよく表現されていた
(d) 感動の評価項目
項目名 提示した評価語
感動 すごくよかった(感動した)
(自由記述欄) 感動を評価した理由を教えてください

3. 音楽聴取実験

本章では,音楽を聴取するという行為における感動の種類を感動評価尺度で評価できるのかどうかを検証する。そのために,従来では1つの評価語とされてきた「感動した」と感動評価尺度の関係を調べる。また,音楽から受ける印象としての感情価と実際にどういう気持ちになるかは異なる13)14) という指摘があるので,比較のために音楽の感情価測定尺度5) も用いた。

評定者は音楽を10曲聴取し,1曲ごとに聴取した音楽がどんな音楽だったのかを音楽の感情価測定尺度で回答し,その後,その音楽を聴き終わった後,どんな気持ちになったのかを感動評価尺度を用いて回答した。

3.1 実験条件

評定者は,本研究に携わったことがない20歳代~30歳代の女性24名である。音楽にふだん親しんでいる評定者を募るために,1年以上の楽器経験者であることを基準に募集した結果,20年以上を含む3年以上の経験者が集まった。主な楽器はピアノ(20名,そのうち2名は音楽大学出身),ギター(3名),バイオリン(2名),サックスフォン(1名),三味線(1名)などであり,複数の楽器(最高4種類)を習っていた人もいた。ふだん聴取する音楽のジャンルはクラシック,ポップス,ジャズなどで,主に,携帯端末やパソコン,ミニコンポで音楽を聴取していた。評定者は3人1組となって,1曲ずつ聴取し,質問用紙で回答した。

実験に用いた楽曲は谷口による音楽作品の感情価の測定実験5) で使われた90曲のうち,評価結果の傾向が異なった以下の10曲を選んだ。

  1. ドビュッシー:海波の戯れ,6’53”
  2. バーンスタイン:ウエスト・サイド物語からのシンフォニック・ダンスプロローグ,4’32”
  3. ショパン:エチュード作品10第12番「革命」,3’15”
  4. マスネ:タイスの瞑想(めいそう)曲,5’39”
  5. サティ:ピカデリー,2’04”
  6. シベリウス:悲しきワルツ,6’29”
  7. クライスラー:昔の歌,3’58”
  8. ヘンデル:王宮の花火の音楽序曲,7’47”
  9. プッチーニ:マノン・レスコー第3幕の間奏曲,5’10”
  10. グローフェ:大峡谷山道を行く,8’28”

曲順による判断の偏りを防ぐために,評定者の組ごとに曲順を変更した。実験はITU-Rの勧告BS.1116-115) に準拠した音響評価室で行った。各楽曲はB&W社製801スピーカー,MARK LEVINSON社製プリアンプ32,パワーアンプ436,TEAC社製CDプレーヤーDV-50を用いて再生した。音楽をなるべく日常聴く状態で評価させるために,編集などをしないで,CDに収録されている1トラックをそのまま再生した。しかし,曲ごとに録音レベルに差があったので,音量は各楽曲でバラツキが無いように,平均約70dBSPLになるように調整した。曲間には,10分以上の休憩を入れた。

実験に用いた評価語の一覧を1表に示す。評定者には,1表の右側の評価語だけを提示した。評定者には,聴取した音楽がどんな音楽だったのか,どういう音楽と感じたのかを回答するように指示し,音楽に対する印象を音楽の感情価測定尺度(1表(b))を用いて評価させた。次に,音楽を聴き終わってどんな気持ちになったのかを回答するように指示し,感動評価尺度(1表(a))を用いて聴取後の心理状態を評価させた。更に,感動の要因を調べる目的で追加した感動要因に関する評価項目(1表(c))を回答させた。評価項目は,予備実験において感動した理由として述べられた記述から抜粋したものである。最後に,総合評価としてどの程度「すごく良かった(感動した)」かを評価させた。質問用紙にはすべての評価語を評定者,楽曲ごとに異なる順番で印刷し,楽曲を聴取する直前に質問用紙を手渡した。評価はいずれも5段階(1. 当てはまらない,…,5. 当てはまる)で行った。また,感動を評価した理由についても自由記述で回答させた。

3.2 音楽聴取による感動の種類

各楽曲の感動評価値の平均値,標準偏差および得点分布を2表に示す。2表は感動評価値の平均値が大きい順である。楽曲4(マスネ)は感動評価値が10曲の中で最も大きかった。t検定*4 を行った結果,楽曲4の感動評価値は,楽曲7よりも感動評価値が小さい楽曲に対して5%で有意な差があり,楽曲3,9,8とは有意な差は無かった。そこで,楽曲4,3,9,8の4曲は感動評価値が同程度に高い曲であったとみなすことにする。

次に,これらの4曲が同じ感動の種類を喚起したのかを検討する。各楽曲に対する感動評価尺度の評価結果を2図に,感動評価値が(a)高い,(b)中程度,(c)低いの3グループに分けて示す。感動評価値が高かった楽曲4,3,9,8(2図(a))のうち,楽曲4(マスネ)では充溢(じゅういつ)・魅了・享受と主に受容的な感動に対する評価値が高かったが,楽曲3(ショパン)では,興奮・覚醒(かくせい)・魅了と表出的な感動に対する評価値が高かった。そこで,楽曲によって感動評価尺度の評価値に有意な差があるのかを調べるために,2要因分散分析*5 を行った。楽曲と感動評価尺度を独立変数とし,感動評価尺度の評価値を従属変数とした。その結果,自由度*6 54,F値*7 10.994,1%水準*8 で楽曲と感動評価尺度の交互作用*9 が有意であることがわかった。次に,単純主効果の検定*10 を行った。その結果,感動評価尺度のすべての下位尺度において,楽曲の単純主効果が有意であることがわかった(自由度9,F値6.201~14.993,p<0.01)。更に,楽曲ごとに分析を行った結果,楽曲4と9では,感動評価尺度のすべての評価値において有意な差は無かった。すなわち,この2曲は同じ種類の感動を喚起したと考えられる。一方,楽曲4と3は享受・充溢(じゅういつ)・興奮・覚醒(かくせい)・悲痛において,5%水準で有意な差があった。感動評価尺度7つのうち5下位尺度で有意な差があることから,この2曲は異なる種類の感動を喚起したと考えられる。このように,感動評価値が同程度に高くても,音楽聴取における感動が1種類ではないことがわかった。

次に,音楽聴取における感動の共通要素を調べるために,10曲の感動評価値と感動評価尺度の相関係数を求めた。結果を3表に示す。魅了や享受といった下位尺度が感動評価値と相関が高い。クラシック音楽を聴取するという今回の実験では,魅了や享受が総合評価としての感動評価値に強く影響を与えていると思われる。このことが,楽曲2が楽曲3や8と同程度に興奮や覚醒(かくせい)が高かったが,感動評価値が低かった理由の1つと考えられる。

2表 各楽曲の感動評価値
No. 作曲家名 平均値 標準偏差 得点分布 (人数)
5 4 3 2 1
4. マスネ 4.08 1.14 11 8 2 2 1
3. ショパン 3.67 0.96 5 9 7 3 0
9. プッチーニ 3.50 0.98 3 10 8 2 1
8. ヘンデル 3.42 1.21 4 9 7 1 3
7. クライスラー 3.17 1.40 4 9 2 5 4
10. グローフェ 3.13 1.08 2 8 6 7 1
5. サティ 3.08 0.93 1 7 10 5 1
2. バーンスタイン 2.96 1.40 3 7 6 2 6
1. ドビュッシー 2.92 1.35 4 4 6 6 4
6. シベリウス 2.50 1.10 0 6 5 8 5
2図 感動評価尺度による評価結果
3表 感動評価値と感動評価尺度の相関
享受 充溢
(じゅういつ)
魅了 歓喜 興奮 覚醒
(かくせい)
悲痛
.702* .475 .733* -.112 .053 .078 .011

* 5%水準で有意

3.3 感動の種類と音楽の感情価の関係

各楽曲に対する音楽の感情価測定尺度の評価結果を3図に示す。感動評価尺度と同様,感動評価値が高かった楽曲4,3,9,8(3図(a))でも,楽曲4(マスネ)では親和と荘重,楽曲3(ショパン)では強さと荘重が高く評価されるというように,音楽から受ける印象は異なっていた。楽曲によって音楽の感情価評価尺度の評価値に有意な差があるのかを調べるために,2要因分散分析を行った。楽曲と音楽の感情価測定尺度を独立変数とし,音楽の感情価測定尺度の評価値を従属変数とした。その結果,自由度45,F値32.302,1%水準で楽曲と音楽の感情価測定尺度の交互作用が有意であることがわかった。次に,単純主効果の検定を行った。その結果,音楽の感情価測定尺度のすべての下位尺度において,楽曲の単純主効果が有意であることがわかった(自由度9,F値14.958~34.674,p<0.01)。楽曲ごとに分析をした結果,楽曲4と9には抑うつ,楽曲4と3には高揚・親和・強さ・抑うつで5%水準の有意差があった。このように,感動評価値が高く評価される楽曲の音楽の感情価は異なっていた。

次に,感動評価値と音楽の感情価測定尺度の関係を調べるために,相関係数を求めた。結果を4表に示す。感動評価値と音楽の感情価測定尺度の間には,強い相関はなかった。荘重とは相関係数0.543と最も強い相関を示したが,有意ではなかった。

また,感動評価尺度と音楽の感情価測定尺度の関係を調べるために,各尺度間の相関係数を求めた。結果を5表に示す。感動評価尺度の覚醒(かくせい)や充溢(じゅういつ)は,音楽の感情価測定尺度の強さや親和といった各下位尺度とそれぞれ高い相関があった(相関係数はそれぞれ0.956と0.954,1%水準で有意)。感動だけを評価すると,感動と音楽の感情価とは関連が低いように結論づけられるが,楽曲4では親和や荘重といった音楽の感情価が充溢(じゅういつ)や魅了といった感動,楽曲3では強さや荘重といった音楽の感情価が覚醒(かくせい)や魅了といった感動を喚起するというように,感動評価尺度を用いることで,楽曲によって異なる音楽の感情価が感動の評価に影響を与えていた可能性が示唆された。感動評価尺度は,音楽の感情価測定尺度と同様に音楽の分類評価に使える可能性がある。

3図 音楽の感情価測定尺度による評価結果
4表 感動評価値と音楽の感情価測定尺度の相関
高揚 親和 荘重 軽さ 強さ 抑うつ
-.266 .230 .543 -.530 .257 .126

* 5%水準で有意

5表 感動評価尺度と音楽の感情価測定尺度の相関
音楽の感情価測定尺度
高揚 親和 荘重 軽さ 強さ 抑うつ
感動
評価
尺度
享受 -.401 .782** .619 -.778** -.331 .299
充溢
(じゅういつ)
-.223 .954** .343 -.580 -.653* .235
魅了 -.594 .394 .910** -.955** .143 .441
歓喜 .954** -.250 -.352 .565 .027 -.932**
興奮 .172 -.908** .063 .240 .913** -.248
覚醒
(かくせい)
-.058 -.934** .081 .179 .956** -.031
悲痛 -.790** -.370 .285 -.300 .544 .804**

** 1%水準で有意, * 5%水準で有意

3.4 感動評価値による差異の検討

同じ楽曲に対する感動評価値の差異を調べるために,感動評価値を高く評価(4,5と回答)した評定者と低く評価(1,2と回答)した評定者にグループ分けして,評価結果の差異を比較する。例として,評定者が同じ程度の人数に分かれた楽曲7(クライスラー)と楽曲10(グローフェ)の評価結果を4図(a),(b)に示す。

感動評価尺度では(4図左),楽曲7では享受・充溢(じゅういつ)・魅了が高く(4図(a)),楽曲10では歓喜・興奮が高くなる(4図(b))というように,感動評価値を高く評価した評定者と低く評価した評定者の評価の傾向は似ていた(評定者グループ間の評価値の相関係数は楽曲7で0.917,楽曲10で0.640)。しかし,感動評価値の差異に対して,音楽の感情価測定尺度(4図右)の差異は小さい(評定者グループ間の評価値の差の2乗平均平方根は楽曲7で0.532,楽曲10で0.285,10曲平均で0.594)が,感動評価尺度(4図左)の差異は大きかった(楽曲7で1.274,楽曲10で1.322,10曲平均で1.136)。

感動評価値の高低によって,両尺度の評価値に有意な差があるのかを調べるために,感動評価値が高いグループ,低いグループ,中間のグループにおける両尺度の評価値全体の分散分析を行った。音楽の感情価測定尺度では,F値16.161で,感動評価値が高いグループと低いグループとに1%水準で有意な差があったが,高いグループと中間のグループでは有意差は無く,低いグループと中間のグループとは5%水準で有意な差があった。一方,感動評価尺度では,F値84.507の1%水準で3グループの差が有意であった。音楽の感情価測定尺度と比較して,感動評価尺度の方が感動評価値の高低をより敏感に反映していた。感動評価値の高低によって分類したグループ間の相違が,感動評価尺度のどの評価値にもあるということは,感動評価値は感動評価尺度の特定の評価項目に依存せずに近似できることを示唆する。

そこで,感動評価尺度の評価値から感動評価値の予測値を求めるために,感動評価尺度の評価値全体の平均値を求めた。感動評価尺度の平均値と感動評価値の差の10曲分の2乗平均平方根は0.697であり,相関係数は0.744であった。感動評価尺度の平均値は感動をある程度予測できるが,誤差が大きかった。これは,4図において,感動評価値に対応した差があるのは,魅了などの一部の下位尺度だけであることに起因すると考えられる。従って,感動評価尺度全体よりも,評価値の高い下位尺度の平均値の方が感動評価値を予測できる可能性がある。そこで,曲ごとに上位の3下位尺度の平均値を求めた。上位の3下位尺度の平均値と感動評価値との差の2乗平均平方根は0.260,相関係数は0.837と感動評価尺度全体よりも精度よく予測できた。

一方,感動評価尺度の中でも魅了や享受は感動評価値と相関が高かった。そこで,均等に平均するのではなく,重回帰分析*11 によって,感動評価値の予測値を算出することにした。その結果,予測値と感動評価値との差の10曲分の2乗平均平方根は0.242であり,相関係数は0.829であった。同様に音楽の感情価測定尺度で感動評価値を予測すると,予測値と感動評価値との差の10曲分の2乗平均平方根は0.526,相関係数は0.219となり,感動評価値とは大きく異なっていた。このように,感動評価尺度の評価値から感動評価値を近似できる可能性があることがわかった。

4図 感動評価値の高低による差異

4. 考察

4.1 人による感動評価の違い

音楽が人に与える心理的な影響を感動で評価させた場合,個人ごとの評価値の差異は非常に大きかった。例えば,各評定者が感動評価値で4以上を付けた曲数は6曲(7名)を中心に,9曲(1名)から0曲(1名)であった。

また,同じ程度の曲数に感動評価値を高く評価した場合でも,評定者によってどの曲の感動評価値を高く評価するかは異なっていた。例えば,評定者10は楽曲1,2,5,8,9といった覚醒(かくせい)・興奮・歓喜を伴う楽曲の感動評価値を高く評価し,楽曲3,4,6,7といった享受・充溢(じゅういつ)を伴う楽曲の感動評価値を低く評価した。一方,評定者18は楽曲3,4,9,10の感動評価値を高く,楽曲1,2,5,6,8の感動評価値を低く評価していた。このように,評定者によっては,感動評価値を高く評価する楽曲がまったく異なる場合もあった。評定者によって,音楽に求める心理的効果が根本的に異なっている可能性がある。どういう人がどんな楽曲に感動するのかは今後の検討課題である。

次に,同じ楽曲に対する感動の種類が人によって同じなのかを調べるために,楽曲7(クライスラー)を例に,感動評価値を高く評価し,感動評価尺度の評価の傾向が似ていた評定者を3グループに分けて図示する(5図)。どのグループにおいても享受・充溢(じゅういつ)・魅了といった下位尺度が共通して高く評価されている。しかし,半数以上の評定者が,それらと一緒に歓喜を伴う感動や覚醒(かくせい)を伴う感動を喚起させた。このように同じ楽曲を聴いても,すべての評定者が同じ種類の感動をしていたのではなかった。

また,音楽に対する印象についても,同じ楽曲に対して,感動評価値を高く評価した評定者は「情熱的で叙情的であった」と感想を述べていたが,感動評価値を低く評価した評定者は「単調で好ましくなかった」と述べていた。音楽の感情価としては小さな差異かもしれないが,評定者によって音楽から受ける印象に違いがあり,その差が与える心理的な影響は大きかったことが考えられる。

5図 楽曲7(クライスラー)によって喚起される感動の種類

4.2 音楽聴取における感動の要因

感動評価値は感動評価尺度全体の平均値や線形和によってある程度近似できた。その感動評価尺度の評価値は音楽の感情価測定尺度の評価値と相関が高い。しかし,なぜ,感動評価値の高低に対して,音楽の感情価測定尺度の評価値では差異が小さく,感動評価尺度の評価値では差異が大きいのであろうか。ここでは,音楽や音響システムの評価に影響を与える要因を感動の要因から検討する。

6表に,感動評価値と感動の要因に関する評価項目の各評価値の相関を示す。感動評価値は好み(この曲が好きである)と高い相関があった。楽曲を好きであることが,感動を大きく変化させる要因であると考えられる。これは,好みが音楽から受ける生理反応8) や感情の変化14) の条件であるという指摘を支持するものである。実際,好みの評価値よりも感動評価値が2以上高い事例は,全240事例中9件しかなく,好みでない楽曲で感動させることは難しい。逆に,好きなのに感動に至らなかったのは27件であった。これらの事例の自由記述欄(感動を評価した理由)には,「音量や響きが足りない」,「厳しい練習を思い出す」,「自分の解釈と違う」,「曲が短い」などがあり,音楽に没入できない要因があった。一方,好きでないが感動した理由は「物語性を感じた」,「引き込まれた」,「響きが耳に残った」などがあった。これらの記述は,音響や記憶,既知といった評価項目との関連が考えられる。しかし,これらの項目は,好みと比較して,それほど高い相関はなかった。既知の場合,知っているという事実よりも,どういった知識を持っているのかによって,感動の評価に対してポジティブにもネガティブにも働いた可能性が考えられる。音響の品質や経験は,好みの影響を上回ることがあり,放送メディアや音響システムが感動を促進させる可能性を示唆する。

次に,感動評価尺度と感動要因に関する評価項目の相関を7表に示す。感動評価尺度の享受と感動要因に関する評価項目の音響には有意な相関があった。また,興奮と覚醒(かくせい)は印象に有意な相関があった。このように各感動の要因は,どの感動の種類にも一様に影響を与えるわけではないことがわかった。

6表 感動評価値と感動要因に関する評価項目の相関
好み 既知 記憶 想像 印象 音響
.844** .718* .727* .589 .530 .735*

** 1%水準で有意, * 5%水準で有意

7表 感動評価尺度と感動要因に関する評価項目の相関
好み 既知 記憶 想像 印象 音響
享受 .600 .347 .352 .150 -.049 .636*
充溢
(じゅういつ)
.457 .085 .135 -.140 -.412 .527
魅了 .590 .298 .211 .384 .256 .296
歓喜 .198 -.077 .149 .272 -.006 .099
興奮 .123 .280 .191 .502 .707* -.211
覚醒
(かくせい)
.027 .288 .161 .472 .751* -.255
悲痛 -.190 .268 -.086 -.157 .416 -.296

** 1%水準で有意, * 5%水準で有意

4.3 音響システムや番組評価に向けて

感動評価尺度の有効性を確認するために,音楽を用いた主観評価実験を行ったが,当所では,放送メディアや音響システムを評価することがある。今後,システムの性能や録音の仕方によって,どのように感動評価尺度の評価値が変化するのかを調べるためには,どのような要因を考慮する必要があるのだろうか。

まず,感動の要因を感動を評価した主な理由から考察する。感動を評価した理由(自由記述欄)の一部を感動評価値を高く評価した場合(感動促進要因)と低く評価した場合(感動抑制要因)に分けて8表に示す。感動した理由としては,楽曲の特徴,演奏の仕方や再生システム,楽曲から連想された映画,友人に弾いてもらったという個人的な思い出など,多岐にわたっていた。

しかし,ある人は主に音楽の印象に関することを,別の人は演奏や楽器の編成に関することを,また別の人は音響に関することと,評定者によって記述する内容に偏りがあった。すなわち,評定者によって,評価をするポイントが異なっていたと考えられる。また,ある評定者は多くの楽曲に対して感動評価値を高く評価し,どの楽曲にも歓喜を高く評価していた。その評価理由には,家で普段聴く音とまったく異なる音質で音楽を聴くことが楽しかったとあった。これは,期待や関与によって感動が大きくなるという指摘11) と合致し,要因によって感動の種類が変わることを示唆する。このように,音楽聴取による感動には,音楽の印象以外のさまざまな要因が大きく影響している。

従来,音楽や音響システムの評価を行う際には,印象をどのような形容詞で評価するか,あるいは,差がわかるかどうかで評価していた。しかし,感動対象として音の評価を行う際には,どういう観点で感動したのかを区別して評価する必要がある。同じように悲しいと評価しても,音楽がつまらなくて悲しいのか,音楽に共感して悲しいのかで意味合いは異なる。音楽が悲しみや切なさを表現する場合には,負の感情を表現する評価語においても,必ずしも評価が否定的であることを意味してはいない。また,音楽に明るいという印象を受けても,「楽しいが好みでない」,「よくありそうで平凡」,「感動というジャンルの曲ではない」などの理由で感動に至らないことがある。音楽そのものの印象だけではなく,聴取条件を含め,その結果どういう気持ちになったのかが感動評価には重要である。

今回の実験は限られた条件で行ったので,今回の結果は,各楽曲がもたらす感動の一般性を主張するものではないが,同じ実験条件における評価尺度の違いによる評価値の差異を論じることはできる。重回帰分析を行うことで,感動評価尺度から感動評価値を予測できたが,本来,どの感動の分類クラスも感動と呼ばれる心理状態であり,条件が異なれば各評価値の寄与度が異なる可能性もある。また,評定者も女性だけであったが,性別や年齢,好みが変われば,感動評価値が高い楽曲は異なっていたであろう。更に,音量も固定され,楽曲の長さも異なっていた。音量を変化させることで,主に興奮や覚醒(かくせい)といった下位尺度への影響が考えられる。「曲が短い」ので感動に至らなかったという感想にもあるように,全楽章聴取した場合や,演奏や録音方法が変われば,感動の種類が異なったと考えられる。今回の実験結果は音楽の評価をするために集められ,実験用の部屋と音響システムで1曲ずつ聴取するという日常とは少し異なった条件によるものである。日常の感動要因を探るには,より一般的な聴取条件での実験が必要である。

今回の実験では,音楽の印象を評価させた後に感動評価尺度と感動を評価させた。音楽の感情価と感動評価尺度の相関が高かったことに関しては,順序の影響が考えられる。しかし,印象の傾向が似ている楽曲に対して,感動評価値を高く評価する場合も低く評価する場合もあったので,音楽聴取における感動に種類があるということには問題がなかったと考えられる。本来,個別に評価させることが望ましいが,非常に個人差のあるデータなので,両方の尺度に対応する個人のデータを採取したかったことや,同じ曲を2回聴くことによる影響も大きいと判断し,続けて評価させた。その影響,実験方法についても今後の課題である。また,感動に対して特定のイメージを持っており,「感動というジャンルの曲ではない」として,感情に変化があっても感動評価値を低く評価するなど,言葉の定義を問題にする場合もあった。人の感情や感性を評価するには,言葉では表現できない要素もあり,主観評価だけではない評価指標も検討する必要がある。

8表 感動の促進要因と抑制要因
促進要因 抑制要因
メロディが美しい,楽器が多彩 盛り上がりに欠ける,型にはまった
明るい,穏やか,切ない,雄大 不安,暗い,おどろおどろしい
物語や映画,ゲームのワンシーン つかみどころがない
情熱,力強い,表現がうまい 単調,間延びした,解釈とあわない
覚えやすい,飽きない展開 展開がわからず,感情が追いつかず
懐かしい,友人が聞かせてくれた 苦労して弾いた,ボーッと回想
楽器が好き,ずっと聞いていたい 惹かれない,楽しいけど好みでない
低音,重厚感,響き,臨場感,キレ ものたりない,うるさい,こもる
家で聞くよりもすごい 気分とあわない,舞台でみたかった

5. むすび

感動という観点から音を評価する試みとして,分類した感動語を評価語とした感動評価尺度を作成し,音楽聴取実験を行った。その結果,感動評価値が高く評価された楽曲でも感動評価尺度の評価パターンは異なっており,音楽聴取時の感動の種類が異なることがわかった。また,感動評価尺度と音楽の感情価測定尺度による評価を比較した結果,感動の種類(音楽を聴いた後の気持ち)と音楽の感情価(音楽の印象)には対応関係があった。これは,音楽聴取後の心理状態が音楽による気分誘導効果*12 によることを示唆している。

感動評価値が高く評価された事例と低く評価された事例を比較した場合,音楽の印象に対する評価値では差異が小さかったが,感動の種類に対する評価値には大きな差異があった。すなわち,音楽に感動したかを評価しても,そこに共通要因はなく,感動評価値の高低に対応する音楽の印象語は存在しないのである。その音楽を聴いてどういった良さを感じたのかを調べる目的においては,感動評価尺度は有効である。

今後,放送メディアや音響システムの違いによって,感動がどのように影響を受けるのかを検討するとともに,演奏,音響といった要因と感動の関係を調べる必要がある。

本稿は情報処理学会論文誌に掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。
大出,今井,安藤,谷口:“音楽聴取における感動の評価要因—感動の種類と音楽の感情価の関係,” 情報処理学会論文誌,Vol.50,No.3,pp.1111-1121(2009)