放送技術研究のこれまでと将来

新しいライフスタイルを目指して

NHK放送技術研究所 所長
久保田 啓一

写真:久保田 啓一 NHK放送技術研究所 所長

NHK放送技術研究所(技研)は,今年で開所80周年を迎えた。この間,技研はテレビ放送,ハイビジョン,衛星放送,デジタル放送など,放送技術の進歩・発展の先導的な役割を担ってきた。現在,技研は,今,5年後の近未来,10年後の将来のその時代時代に求められる新しい放送サービスの実現に向けた研究を進めている。視聴者のニーズに応える3-Screensサービスやスーパーハイビジョン,インテグラル立体など,視聴者に新しい放送の世界を示すことが公共放送NHKにおける技研の役割である。放送の更なる発展に向けて,技研が進める研究開発の指針を紹介する。

1. はじめに

NHK放送技術研究所(技研)は今年,1930年の設立から80年という節目の年を迎えることができた。これも,ひとえに皆様のご支援のたまものと感謝する。ここでは,これまでの歴史を振り返り,どの方向に一歩を踏み出していくのかを「ライフスタイル」という言葉をキーワードに紹介する。

1.1 技研の建物

技研は1930年に設立された。1図は初代の建物である。日本でラジオ放送が始まったのは1925年であり,それからわずか5年後に16名の所員で技研がスタートした。設立の目的の1つは,1940年に予定されていた幻の東京オリンピックのパブリック・ビューイングを行うためのテレビの研究開発であった。残念ながら,この東京オリンピックは戦争のために中止になってしまったが,ラジオ放送開始からわずか5年後にテレビの研究を開始するという無謀とも言える計画であった。しかし,ラジオ放送の初期の段階で放送の将来はテレビであると見抜き,技術の開発が放送の発展を支えると考えて,技研を設立した当時のNHKの経営陣の先見性とチャレンジ精神を我々は忘れてはならない。

2図は2代目の建物である。1964年の東京オリンピックの直前の1961年に建てられ,カラーテレビの研究開発が行われた。その後,ハイビジョン,衛星放送,薄型テレビ(PDP:Plasma Display Panel)そしてデジタル放送の開発が行われた。現在の我々の生活スタイルを支える多くの技術がこの建物で開発された。

2002年に現在の建物(3図)が落成した。それから8年がたち,この建物で我々が何を研究していくかが最大の課題である。今から20年後の研究所の所長が100年目の節目に,この建物でやってきたことを振り返るとき,我々が今やっていることと,これからやろうとしていることに対する評価が下されることになる。それを思い,緊張感を持って進んでいく必要がある。

1図 NHK放送技術研究所の初代の建物 (1930-1961)
2図 NHK放送技術研究所の2代目の建物 (1961-2002)
3図 NHK放送技術研究所の現在の建物 (2002-)

1.2 放送サービスの歴史

日本における放送サービスの歴史を振り返ってみると(4図),1930年に技研が設立された後,1937年には戦争で中止となった幻の東京オリンピックを中継するための,テレビ自動車を完成させていた。戦後の1946年にはテレビの研究が再開され,テレビの本放送が1953年に,カラーテレビ放送が1960年に開始された。東京オリンピックが開催された1964年に,技研は将来の高品位テレビとしてハイビジョンの研究開発に着手した。当初,ハイビジョンにはMUSE(ミューズ)と呼ばれたアナログの伝送方式が用いられ,1989年に1日1時間の定時実験放送が,1991年には1日8時間の試験放送が開始された。その後,デジタルに転じて,2000年にBSデジタル放送が開始された。このBSデジタル放送によって,ハイビジョン放送は本格的に普及し始めた。本格的なハイビジョンの普及は研究開始から36年の時間を要している。

また,衛星放送の研究開発は1966年に開始され,1984年の試験放送まで約20年を要している。放送を開始した後も,研究開発を続け,その成果が2000年のBSデジタル放送につながっている。地上デジタル放送の研究は1986年に着手して,2003年に東名阪で本放送を,2006年にワンセグ放送を開始した。これも実用までに15年を要している。現在,NHKは2011年のアナログ放送の終了とテレビ放送の完全デジタル移行に向けて,最大の力を注いでいる。スーパーハイビジョンの研究は1995年に開始し,現在,フラグシップ的な位置づけで研究開発を推進している。

このように,新しいサービスの実用化には,20年~30年という長い時間が必要であるが,それが技研の仕事である。ハイビジョンや衛星放送のほかに壁掛けテレビなどの研究はその時代のライフスタイルに大きな影響を与えてきたと考えている。

4図 わが国の放送サービスの歴史

1.3 今後の研究開発

豊かな放送文化と新しいライフスタイルを創造していくために,技研では4つの課題解決の目標を定めて研究を進めている(5図)。5年後の課題は放送と通信が連携する新しいサービスであり,これをHybridcastTM(ハイブリッドキャスト)と呼んでいる。10年後の課題はハイビジョンを超える高臨場感を実現するスーパーハイビジョンである。20年後の課題はより自然で身体への負担が少ない空間像再現型の立体テレビである。そして,もう1つ技研として永続的に取り組んでいかなければならない課題がある。それは「明日も20年後も」に位置づけられる「人にやさしい放送」に関する技術である。

5図 今後の研究開発

2. 5年後

NHKの3か年経営計画の中に書かれている3-Screensを展開するためには,テレビ,パソコン,携帯端末の3メディアでNHKの番組・コンテンツを視聴できるようにするための技術が必要である。既に,NHKオンデマンドなどの放送と通信を連携したサービスが実用化されているが,研究開発の立場で見ると,この後どのように展開していくかについての答えが見つかっていない。放送通信の融合あるいは連携と言われ始めて,既に10年以上たっているが,決め手となるサービスは見つかっていない。

放送には同報性,高品質,高信頼という特徴があり,通信には視聴者の個別の要求に応えることができるという特徴がある。放送と通信のコンテンツを連携させてこれらの特徴を組み合わせるために,我々はテレビをプラットホームとして新しいサービスを提案していく。これがHybridcastである。試作したHybridcastシステムを通して,2年後のテレビとはどんなものか,どんなサービスを開発できるのかを多くの人にご覧いただきたい。新しいさまざまな視聴スタイルがHybridcastにより生まれると期待している。6図はHybridcastの初期画面であり,画面の下にさまざまなサービスのボタンが並んでいる。図でハイライトされている字幕を選ぶと,ネットワーク経由で提供される5か国語の字幕選択画面が表示され(7図),言語を選択することによって選んだ字幕を放送画面上に重ねて表示できる。これを実現するためには,放送コンテンツと通信コンテンツを同期再生する技術が必要である。

8図はお薦め番組というサービスの例である。ここには4種類のお薦めがある。1番目は,見ている番組に関連する番組,2番目は,見ている人のプロファイルを利用して推定した,見ている人の興味に関連する番組,3番目は,世の中の人の関心・話題に関連する番組のお薦めである。これらの番組は,その番組が良い番組か,質の高い番組かどうかにはかかわらないが,4番目のお薦めは,話題の番組からネット上で高い評価を得ている番組のお薦めである。これにはテレビを見ながらネット上に書き込まれたコメントを分類する技術が利用されている。9図はコメントを代表的な4種類の意見に分類し,その結果を意見の頻度のグラフ(共感グラフ)と共に表示した例である。更に,視聴者が同じ意見である場合には,テレビのリモコンを使ってネット上のコンテンツに投票することもできる。

モバイル携帯情報端末との連携も重要である。携帯情報端末との連携機能もHybridcastには含まれており,自宅で見ていた番組の続きを出先の携帯端末で見ることも可能である。

10図に示すように,Hybridcastは幅広い要素技術に支えられている。これらの多くの要素技術を統合したプラットホームを通して新しいサービスの可能性を求めていくことで,新たな視聴スタイルやライフスタイルが生まれてくると考えている。

6図 HybridcastTM の初期画面
7図 字幕言語選択画面
8図 お薦め番組サービスの例
9図 ネット上に書き込まれたコメントを分類して表示した例
10図 Hybridcastを支える要素技術

3. 10年後

10年後の課題はスーパーハイビジョンである。ハイビジョンをはるかに超える高臨場感を提供できるテレビである。画面を見る画角を広げていくに従って没入感は高くなり,画角を100°にすると人間の視野をほぼ埋めることができる。アスペクト比16:9の画面で画角を100°にするためには画面の高さの0.75倍まで近づいて見る必要がある。この距離まで近づいても画素の粗さが見えないようにするために,画素数が縦横ともにハイビジョンの4倍という3,300万画素のスーパーハイビジョンが設計された。

3.1 スーパーハイビジョンが変えるライフスタイル

リビングに調和

シアターではこの設計思想でよいが,放送局としてはスーパーハイビジョンを家庭で視聴できるようにするために,家庭での視距離(2m~2.5m)を想定する必要がある。そこで,リビングの70インチ程度のスーパーハイビジョンを想定して,「スーパーハイビジョンが変えるライフスタイル」という議論をした。「どうも大きすぎる」,「圧迫感がある」,「消えているときの黒い画面が気になる」という意見が出た。しかし,ここに京都の庭園の風景を映すと,スーパーハイビジョンは窓になる。絵画やポスターを映すことも考えられる。スーパーハイビジョンの家庭への導入はリビングシーンに調和するテレビを考えることから始めなければならない。

空気感を共有

スーパーハイビジョンの高画質・大画面でアメリカンフットボールなどのスポーツ番組を視聴すると,もちろん臨場感・迫力感があるが,それだけではない。スタジアムの空気感やプレーしている選手たちの緊張感のようなものが茶の間に伝わってくる。スーパーハイビジョンは離れた所にいても空気感や場を共有できるテレビである。

近づいても拡大しても

スーパーハイビジョンの美術番組などでは,画面から2m~3m離れた所から美術品の全体像を見るだけでなく,興味を持った部分に近づいて見ることもできる。スーパーハイビジョンによる視聴スタイルの変化を調べる実験では,視聴するコンテンツによっては興味のある部分に近づいて見るという視聴行動が見られている。スーパーハイビジョンにはこれまでとはまったく違う見方があり,それに伴ってコンテンツの作り方も従来とは大きく異なってくると思われる。

広がる好奇心

旅番組をスーパーハイビジョンで見てみたいという方も多い。例えば,今度の夏休みの家族旅行の行き先に関連した旅番組を視聴しているときに,ネットから得られるさまざまな現地の情報をマルチウインドーでテレビの大画面上に映すこともできる。スーパーハイビジョンを通して,好奇心が広がり,家族との対話も深まっていくと思われる。

1人でも家族でもより楽しめる

スーパーハイビジョンの特徴は高解像度,大画面,臨場感,没入感と言われてきたが,更に,実物感や空気感といったものが重要になってくる。家族が居間に集まってテレビを見るということがしだいに少なくなってきているが,スーパーハイビジョンが,再び,家族をテレビの周りに呼び戻すということも期待される。

大画面ディスプレー擬似体験

多くの人が70インチの大画面を家に置けないと考えており,HDTVで十分だと考えている。そこで,スーパーハイビジョンの映像を70インチのポスターに印刷し,研究員の家に持ち帰ってもらった。その写真が11図である。図中右側中段の写真の子供は「近づいても離れても」を無意識にやっている。12図はある研究員が自宅で見ている37インチのテレビの横にポスターを張ったものであるが,70インチのスーパーハイビジョンが家庭に入ることがわかった。実験では静止画だったが,ここに動画が映ったらどんなにすばらしいかという感想もあり,スーパーハイビジョンによって,今までとは違う体験が可能になると考えている。

11図 大画面ディスプレー擬似体験
12図 意外と入る大画面ディスプレー

3.2 国際標準化

スーパーハイビジョンの研究開発・実用化を進めるにあたり,国際標準化は重要な課題である。13図に示すように,既に,幾つかはITU-R,SMPTEで標準化されているが,映像についてはHDTV規格と異なるのは画素数だけである。スーパーハイビジョンのスタジオ規格を作っていくためには,すべてのパラメーターを検討しなければならない。例えば,広色域化やフレーム周波数などは重要なパラメーターであり,検討を早急に進める。これらのパラメーターを標準化していくことで,ハイビジョンをはるかに超える超臨場感を実現するフルスペック・スーパーハイビジョンの実用化を目指していきたい。

13図 スーパーハイビジョンのパラメーターと国際標準化状況

3.3 機器開発

カメラの開発状況

スーパーハイビジョン用のカメラの開発は,既に,第3世代にきている(14図)。2002年に第1世代,2004年に第2世代を開発したが,これらのカメラはデュアルグリーン(Dual-Green)方式と呼ばれる方式を採用しており,スーパーハイビジョンの完全な解像度は得られていなかった。デュアルグリーン方式では800万画素の撮像素子を4枚(緑に2枚,赤・青に各1枚)使い,スーパーハイビジョンの解像度を擬似的に得ていた。重さはそれぞれ80kg,40kgであった。今年,デュアルグリーン方式の20kgの第3世代のカメラができ,フィールドで使えるようになった。このカメラをロンドンオリンピックなどで使う予定である。更に,800万画素ではなく,3,300万画素のデバイスを使ったフル解像度のスーパーハイビジョンのカメラの第1号機を開発した。今の重さは65kgであるが,いずれ小型化が可能である。

14図 カメラの開発状況

ディスプレーの開発状況

15図は当所で開発してきたプロジェクターである。2002年にデュアルグリーンのプロジェクターを開発した。これも800万画素の液晶を4枚使用したものである。図中上段のプロジェクターが緑用,下段のプロジェクターが赤と青用である。2009年にはフル解像度のプロジェクターを開発したが,スーパーハイビジョンを家庭に入れるためには,直視型のフラットパネルディスプレーがどうしても必要になる。2011年の春には第1号機ができると期待している。フラットパネルディスプレーを当所で作ることはできないが,メーカーの協力を得て,2011年の技研公開に展示する予定である。

15図 ディスプレーの開発状況

3.4 スーパーハイビジョンのロードマップ

16図はスーパーハイビジョンの研究開発の目標を示すロードマップである。大目標は,2020年に21GHz帯の衛星を使って試験放送を開始することである。この目標に向けて,2012年のロンドンオリンピック,2016年のリオオリンピックを目指してさまざまな機材を開発していき,その次のオリンピックの年である2020年の試験放送につなげていきたいと考えている。スーパーハイビジョンはすそ野の広い要素技術を統合して初めて実現できるものであり,今後も実用化に必要な材料,記録,伝送や人間の受容特性を含めた幅広い技術開発を進めていかなければならない(17図)。

16図 スーパーハイビジョンの研究開発の目標を示すロードマップ
17図 スーパーハイビジョンを支える要素技術

4. 20年後

今,世の中では2眼式の立体テレビが話題になっている。1表は2眼式を含めた種々の立体テレビの方式とそれらがどのような立体知覚を利用しているのかをまとめた表である。人間は立体を感じるためにさまざまな知覚情報を使っている。遠くを見るときの視線は並行で,近くを見るときにより目になることが輻輳(ふくそう)であり,右目で見ている映像と左目で見ている映像が少し違うことが両眼視差である。視点(見る位置)を変えたときに見え方が異なることが運動視差,遠くを見るときと近くを見るときで目のレンズの厚さを変えることが(ピント)調節である。今の2眼式は輻輳と両眼視差しか使っていない。自然界を見るときには輻輳点(視線がクロスする点)とピント調節の焦点の位置が一致しているが,2眼式の立体テレビを見る場合には,目の焦点は画面に合っており輻輳点には合っていない。当所では,このような矛盾が起こらない空間像再生型の立体テレビを研究している。4つのすべての立体視のための情報を使うことができ,自然な立体像が得られる。

18図は空間像再生型の立体テレビの原理図である。この方式は,表示装置からの光が実際の物体からの光と同じになるようにして光の像を生成するものであり,特殊な眼鏡は不要である。更に,視点に応じた立体が得られるので,動くと後ろのものが見えてくるし,目の疲労もない。このような像を生成する方式としては大きく分けて,ホログラムとインテグラル立体という2つの方式がある。

インテグラル立体は,カメラの前に微小なレンズをたくさん並べたレンズアレーを置いて撮影し,表示側でもプロジェクターの前に同じレンズアレーを置いてそこを通して見る方式である(19図)。立体像の解像度を上げるためには,レンズ数とレンズごとの画素数を増やす必要があり,我々はスーパーハイビジョンの映像を利用している。

20図は見る視点を変えて撮ったインテグラル方式の静止画であるが,上から見たとき,下から見たとき,左右から見たとき,それぞれ見え方が異なっている。わかりやすい違いは,画像の「3D」の「D」の文字の中に写っている人形の手の位置が,視点とともに変わっている点である。現状ではスーパーハイビジョン用のカメラ,ディスプレーを使っても,十分な画質が得られていないが,20年後の課題として研究を進めている。

この技術によって20年,あるいはもっと先に,どういうライフスタイルが生まれるかということは容易に推測できないが,長い時間をかけて基盤・応用・システムに必要とされる21図のような要素技術を研究していかなければならない。スーパーハイビジョンはもうエンジニアリング・工学の仕事であるが,インテグラル立体は,まだ,サイエンスの進歩に依存する部分が多くあると考えている。

1表 立体テレビの方式と立体知覚
輻輳 両眼視差 運動視差 調節
2眼式 × ×
多眼式 ×
体積表示型 ×
空間像再生型
18図 空間像再生型の立体テレビの原理
19図 インテグラル式立体テレビジョン
20図 再生された空間像
21図 インテグラル立体テレビを支える要素技術

5. 明日も20年後も

公共放送の研究機関として,「明日も20年後も」必要とする人がいるかぎり常に取り組まなければならない技術が「人にやさしい放送技術」である。これは,すべての人がその人に適した好みの手段でより快適に放送サービスを受けられることを目指すものである。視覚に障害のある方のために,その人の触覚や力覚を用いて,表示を手で触って理解できるようにする技術や,聴覚に障害のある方のための音声認識による字幕制作技術などである。技研では2年前に,聴覚障害者のために日本語をコンピューターグラフィックスを用いて手話に自動的に変換するための研究を始めた。日本語から英語への自動翻訳よりも日本語から手話への自動翻訳の方が難しいと言われ,技術的ハードルは高いが,ぜひ,実際のサービスにつなげていきたい。

身体に障害のある方だけでなく,外国人向けのサービスにかかわる技術として,日本語のニュースなどを英語に翻訳して放送するための自動翻訳技術がある。また,日本には多くの外国人が住んでおり,それらの外国人のために,難しい日本語をやさしい日本語に自動的に変換する技術を研究している。例えば,「宮崎市で震度5を観測する地震がありました」という文章は外国人にとっては難しく理解が困難である。この文章をよりやさしく,例えば,「みやざきしでおおきなじしんがありました」のように,わかりやすい日本語に変換して,外国人にも重要な情報を伝えられるようにする。ほかにも,お年寄りに放送を聞き取りやすくする技術や,大画面化に伴って問題が顕著になってきた映像酔いを引き起こす不快な映像を検出する技術などがある。

「人にやさしい放送技術」と言うと,視覚などに障害のある方のための技術と思われがちであるが,すべての人がそれぞれ持っている自分のライフスタイルに合わせてさまざまな手段でNHKのサービスを快適に受けられるようにするための技術が「人にやさしい放送技術」のコンセプトである。

6. むすび

22図に示すように,ハイビジョンは1964年に研究開発を開始して,1985年に開催された筑波科学万博で視聴者の皆様に向けた大々的な展示を行った。それからハイビジョンが本格的な普及サービスとなったのは,2000年のBSデジタル放送が開始された後であり,万博から15年後であった。スーパーハイビジョンは1995年に研究に着手し,2005年の愛知万博で視聴者の皆様にご覧いただいた。筑波万博と愛知万博では展示の仕方が異なるので,簡単に比較はできないが,ハイビジョンのときに20年かけてやったことを,スーパーハイビジョンでは10年でやったことになる。このことは技術の進歩が格段に速くなってきていることを示していると言ってもよいだろう。

また,国際伝送においては,1988年のソウルオリンピックで,インテルサット衛星を使って初のハイビジョン伝送を行った。一方,スーパーハイビジョンの初の国際伝送は2008年に行われ,ユーテルサット衛星を使ってトリノからアムステルダムへ伝送するのと同時に,光ファイバー回線を使ってロンドンからアムステルダムへIP伝送を行った。スピードだけでなく技術の質も変わってきていると言える。

私が自ら研究をしていた若い頃と比較して,信じられないスピードで技術が進歩し,また,その質も変わってきている。そういう中で,私たちはテレビを中心とした新しいライフスタイルを作り,皆様に提供していきたい。放送は技術を基盤にした文化であると言われるが,私は文化はライフスタイルということにもつながっているのではないかと思っている。

今回取り上げたHybridcast,スーパーハイビジョン,インテグラル立体がそれぞれ5年,10年,20年のその時々のライフスタイルの中心となれるように研究を進めていきたい。これらの技術および人にやさしい技術のどれをとっても,その基盤となる要素技術はすそ野が広く,それぞれの要素技術を統合して初めて成立するシステム,あるいは,サービスである。そのすべてを技研だけでやりきることはできない。多くの内外の皆様と手を携えて協力しながら研究開発を進め,新しいライフスタイルの創造につなげていく所存である。

22図 テレビジョンの歴史とこれから