超高感度HARP撮像デバイスの高画質化技術

大川 裕司

1. まえがき

当所では,夜間の緊急報道や自然科学番組の制作に不可欠な超高感度ハイビジョンカメラの実現を目指して,HARP(High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)光電変換膜(以下,HARP膜と呼ぶ)とそれを用いたHARP撮像デバイスの開発に取り組んでいる1)2)3)。HARP膜は主にアモルファスセレン(a-Se)で構成されており,膜内でのアバランシェ(なだれ)増倍現象を利用することで高い感度を得ている。しかし,a-Seの特性上,波長の長い赤色光などに対しては光電変換効率が低下し,S/Nが劣化するという問題があった。また,多様化する科学番組制作や医療・産業などへの応用に際しては,近赤外光やX線に対しても高い感度が求められていた。

本稿では,赤色光を含む可視光のほぼ全域にわたって高い光電変換効率を得ることのできる新たな感光層と,a-Seから成るアバランシェ増倍層を接合した高効率HARP膜について概説し,その実現に不可欠な膜内の電界制御技術や,試作膜の特性などについて述べる。また,ガラスファイバーで作った基板上にHARP膜を形成することで,近赤外光に感度を有するイメージインテンシファイアーとの接合や,X線用蛍光板との光損失の少ない接合を可能としたFOP(Fiber Optic Plate) — HARP撮像デバイスの概要について述べるとともに,X線微小血管撮影への応用例などについて紹介する。

2. HARP撮像デバイスの動作原理

代表的なHARP撮像デバイスであるHARP撮像管の動作原理を1図に示す。HARP膜に光が入射すると,ITO(Indium Tin Oxide:透明信号電極)近傍の膜内に入射光量に応じた電子・正孔対が生成される。このうち正孔はITOを介してHARP膜に印加された電界(108V/m)によって加速され,新たな電子・正孔対を生成する衝突イオン化を繰り返すことで増倍(アバランシェ増倍)される。これにより,HARP膜の電子ビーム走査側には,入射光像に応じて生成・増倍された正孔の2次元パターンが形成される。一方,電子銃からは電子ビームが放射され,HARP膜を走査する。HARP膜に蓄積された正孔と電子ビームの電子とが結合したときに流れる電流を取り出すことで,時系列の映像信号を得ることができる。なお,ここではHARP膜を適用した撮像デバイスの例としてHARP撮像管を取り上げたが,現在,当所ではHARP撮像デバイスの小型化・低消費電力化を目指して,電圧を印加するだけで電子を放射する電界放射陰極(冷陰極)アレイを用いた新たなHARP撮像デバイス「冷陰極HARP撮像板」の研究開発を進めている4)5)

1図 HARP撮像管の動作原理

3. HARP撮像デバイスの高画質化技術

3.1 高効率HARP膜

HARP膜の主成分であるa-Seはエネルギーバンドギャップ(以下,バンドギャップと呼ぶ)が約2.0eVであり,入射光の波長が長くなるに従って光電変換効率が低下し,波長620nm以上の光に対してはほとんど光電変換が行われない。そのため,カラーカメラの赤チャンネル用HARP膜には,バンドギャップが約0.3eVのテルル(Te)を増感材として添加し,赤色光に対する光電変換効率の向上を図ってきた6)。この方法では,Teの添加量を増やすことで,長波長光に対する光電変換効率を更に改善することができるが7),Teの添加量を増やすほど暗電流が増加し,解像度が劣化する。また,焼き付きや画面欠陥(白キズ)が発生するといった問題が生じ,光電変換効率の改善には限界がある。光電変換効率の低下は感度の低下だけでなく,光ショットノイズ*1 に起因するS/Nの劣化や,色再現性など,画質にも大きな影響を及ぼすので,抜本的な改善に向けて,可視光波長全域で高い光電変換効率が得られる次世代の高効率HARP膜の開発に取り組んだ。

高効率HARP膜は,光を電荷に変換する感光層に可視光のほぼ全域にわたり高い光電変換効率を有する新たな材料を用いたHARP膜である。構造を2図に示す。バンドギャップが約1.7eVの多結晶セレン化カドミウム(CdSe)を感光層に用い,これをa-Seから成るアバランシェ増倍層と接合する。高効率HARP膜を安定に動作させるためには,a-Seから成るアバランシェ増倍層に約108V/mの電界を,感光層であるCdSe層に約107V/mの電界を印加する必要があり,2つの層の印加電界が適正値を超えると暗電流の増加や白キズの発生を招く恐れがある。このように約1桁異なる電界を同じ膜内で実現するには,膜内の電界を制御する技術が必要である。HARP膜ではこれまでも,正や負の空間電荷を形成する不純物をa-Seに微量添加することで膜内の電界制御を行ってきたが,高効率HARP膜にもこの技術を採用することとし,a-Seの一部にフッ化リチウム(LiF)を添加した電界緩和層を設けた。LiFを添加すると,正孔を捕獲する準位が形成され,捕獲された正孔によって電界緩和層より光入射側に近い領域,すなわち,CdSe層の電界が緩和され,光入射側より遠い領域,すなわち,アバランシェ増倍層の電界は強められる。試作前にシミュレーションおよび予備実験を行った結果,電界緩和層のほかに,CdSe層と電界緩和層の間にa-Seから成る電界緩和安定層を設けることで,電界緩和層の正孔捕獲数が変動してもCdSe層の電界に大きな影響がないことなどがわかり,これらの結果を基に電界緩和層の位置やLiFの添加濃度,添加幅を決定した。また,アバランシェ増倍層を厚くするほど印加電界に対する感度の変化が急峻となり,感度設定の際にはCdSe層が受ける電界の変化をより小さくすることができるので,その厚さを現在実用化されているHARP膜(膜厚15µm)よりも厚い25µmとした。

試作した高効率HARP膜に1,800Vの電圧を印加したときの入射光の波長と光電変換効率との関係を3図に示す。可視光のほぼ全域にあたる波長330nm~700nmの光に対して80%以上の高い光電変換効率が得られ,所期の目標を達成することができている。また,試作膜に赤色光,緑色光および青色光を入射させたときの信号電流(Is)および暗電流(Id)の印加電圧依存性を4図に示す。いずれの場合も,印加電圧を高くするに従って信号電流はいったん飽和し,その後,アバランシェ増倍による急峻な上昇を示した。赤色光,緑色光および青色光入射時におけるアバランシェ増倍率(最大信号電流値と飽和信号電流値の比)はそれぞれ約3倍,約4倍および約4倍であった。これまでの知見から,厚さ25µmのアバランシェ増倍層では約600倍のアバランシェ増倍率が得られると期待していたが,試作膜では白キズの発生により2,450Vを超える印加電圧での測定ができず,所望のアバランシェ増倍率を得ることはできなかった。白キズの発生については,CdSe層に印加された電界の値が最適値より若干高かったことが原因と考えている。

2図 高効率HARP膜の構造
3図 高効率HARP膜の光電変換効率
4図 高効率HARP膜の電流-印加電圧特性

3.2 FOP-HARP撮像デバイス

近赤外光やX線を対象とした不可視光撮影の分野においても,超高感度で高画質なHARP撮像デバイスに大きな期待が寄せられている。既に,X線を可視光に変換するX線用蛍光板とHARP撮像管カメラを組み合わせて微小血管を撮影する病院設置型X線血管診断装置なども開発されているが8)5図(a)に示すように,X線用蛍光板に形成された可視光像をレンズ光学系を通して再撮像しているので,光の損失が大きく,HARP撮像管カメラを適用しても十分な感度や画質を得ることが難しいという問題がある。この問題を解決するためには,5図(b)に示すように,X線用蛍光板とHARP膜とをファイバー結合する方法が有効である。そこで,直径数µmのガラスファイバーを数百万本束ねた光学デバイスであるFOP(6図)に着目し,FOPを基板として,その上にHARP膜を形成する技術の開発に取り組んだ。

通常のFOPを基板として用い,その上にHARP膜を成膜した場合には,FOP表面の凹凸に起因して,多数の膜欠陥(白キズ)が発生する。そのため,FOPの表面を研磨する必要があるが,FOPは光を伝達するコアガラス,コアガラスを被覆するクラッドガラス,コアガラスから漏れた光を吸収する吸収体ガラスの3種類のガラスで構成され,それぞれのガラスの硬さや弾性係数が異なるので,従来のガラス研磨法では研磨するほど各ガラスの段差が拡大し,平坦化は困難とされてきた。そこで,ウレタン板上にフェルト布をはり付けた柔軟な研磨盤を用いて超純水で研磨するという新たな機械研磨技術を開発した。研磨処理前後の基板表面のAFM(Atomic Force Microscope:原子間力顕微鏡)観察像と,それぞれの基板に成膜したHARP膜における白キズの発生状況を7図に示す。新たに開発した機械研磨技術を用いることで,クラッドガラスやコアガラスに見られた微細な凹凸が除去され,白キズの発生を大幅に抑制することができた。

研磨したFOP基板上に厚さ7µmのHARP膜を成膜し,これと2/3インチ電磁集束・電磁偏向(MM)型標準テレビ用電子銃とを組み合わたFOP-HARP撮像管を試作した。試作管の信号電流および暗電流-印加電圧特性を8図に,解像度チャートの撮像例を9図に示す。現状では,白キズの発生をゼロにすることはできていないが,通常のガラス基板を用いた場合と同様にアバランシェ増倍や700TV本以上の水平解像度が得られることなどが確認できた。

10図にFOP-HARP撮像管を用いたラットの大腿(だいたい)動脈の間接X線撮像例を示す。通常,血管のX線撮影では他の体組織とのコントラストを確保するためにヨードなどの造影剤を血管に注入するが,FOP-HARP撮像管を用いることで,造影剤の濃度を従来の1/4程度(32%→8%)に低減した場合においても,直径150µm~200µm程度の血管を動画像として鮮明にとらえることができ,造影剤の使用による腎障害を抑制できる可能性が明らかになった9)。従来のレンズ光学系による結合と比較して,FOP-HARP撮像管を用いたファイバー結合では光の損失が格段に低減していることが確認でき,HARP撮像デバイスのX線撮像への応用拡大に見通しを得ることができた。

HARP撮像デバイスの近赤外光撮影への応用として,近赤外光に感度を持つ光電面を使用し,出力端がファイバーで構成されているイメージインテンシファイアーとFOP-HARP撮像管とを組み合わせた撮影装置を試作した(11図)。イメージインテンシファイアーも電荷増倍機能を有しているが,増倍率を高めると残留ガスに起因したノイズが増えて画質が劣化する。そのため,当所では,イメージインテンシファイアーを近赤外光を可視光に変換するデバイスとして使用し,変換された可視光像をFOP-HARP撮像管で再撮像する方法で,超高感度で高画質な近赤外光撮影の実現を目指している。撮影実験の結果,試作装置において,近赤外光を含む850nm付近までの長波長光に対して感度を有していることを確認した。今後,詳細な性能評価を行った後,天体の撮影や人体深部からの微弱な近赤外蛍光の撮影などに試用する予定である。

5図 X線用蛍光板とHARP撮像管との結合方式
6図 FOP基板
7図 AFM像と撮像画像
8図 信号電流-印加電圧特性
9図 アバランシェ増倍動作時の撮像例
10図ラットの大腿動脈の撮影映像 (造影剤濃度:8%)
11図 イメージインテンシファイアーとFOP-HARP撮像管を組み合わせた装置

4. むすび

HARP撮像デバイスの更なる性能向上や応用分野の拡大に向けた取り組みとして,可視光のほぼ全域にわたって高い光電変換効率を有する高効率HARP膜や,蛍光板とのファイバー結合を可能とするFOP-HARP撮像デバイスの開発概要について述べた。

前者に関しては,CdSeから成る感光層とa-Seから成るアバランシェ増倍層を接合した構造の高効率HARP膜を設計・試作し,可視光のほぼ全域で高い光電変換効率と安定したアバランシェ増倍の両立が可能であることを実証した。また,後者に関しては,FOP基板表面の平坦化技術を開発し,その上部に欠陥の少ないHARP膜を形成するとともに,医療用X線撮影における有効性などを確認した。

今後,高効率HARP膜では,所望のアバランシェ増倍率を得るために,電界緩和層のLiF添加条件(濃度,添加層幅)を最適化する。また,FOP-HARP撮像デバイスでは,HARP膜の厚膜化(高感度化)や膜欠陥の低減を図るとともに,冷陰極HARP撮像板への適用を進めていく。

なお,高効率HARP膜に関する研究は浜松ホトニクス(株)と共同で,FOP-HARP撮像デバイスを用いたX線医療応用実験は筑波大学,高エネルギー加速器研究機構,浜松ホトニクス(株)と共同で行った。