写真:為村 成亨 研究員

イマーシブメディアの実現に向けた次世代イメージング技術(第1回/全5回)

曲面型シリコン撮像デバイスの研究

新機能デバイス研究部 為村 成亨 研究員

当所では、臨場感・没入感の高い映像を撮影する次世代イメージング技術の研究開発を進めています。この連載では、ゆがみの少ない360度映像や高精細な3次元映像を撮影できるカメラの実現に向けた、最新の材料・加工技術や回路技術を適用したイメージセンサーと、特殊な光学系と計算機処理を組み合わせた撮像システムの研究開発を紹介します。

空間のあらゆる映像情報を正確に捉えるカメラの実現を目指し、自由に曲げることのできる曲面型撮像デバイスの研究を進めています。映像情報をくまなく取得するためには、カメラで広い範囲を一度に撮影する必要があります。しかし、従来のカメラでは、入射する光の情報を隅々まで正確に映像化することは容易ではありません。これは撮像デバイスの形状に起因します。

カメラは主に光を集めるレンズと、光を電気信号に変換する撮像デバイスで構成されます。通常の撮像デバイスは平面のため、斜めに入射した光はピントの合う面が撮像面と平行にはならずにずれ(収差)が生じます(図1)。この収差があるため、中央にピントを合わせると周辺ではピントが合わなくなり映像がボケてしまいます。レンズが広角になるほど、角度のついた光が入射し収差が大きくなります。一般的には、複数枚のレンズを組み合わせて収差を補正しますが、レンズ構成が複雑になり全体としてカメラが大きくなってしまいます。そこで、ピント位置のずれに合わせて撮像デバイスを湾曲させることにより、複数のレンズを使わずに収差を低減することが期待できます。

しかしながら、硬いシリコン基板でできた撮像デバイスを曲げることは容易ではありません。当所では、FDSOI*1と呼ばれる特殊なシリコン基板上に回路を形成し、厚さが6µmしかない回路部を、柔軟な樹脂基板に転写する技術を開発しました(図2)。シリコン基板を数十µmの厚さになるまで研削し、気体との化学反応により基板を完全に除去します。このとき、シリコンにしか反応しない気体を用いることで酸化膜表面で反応が停止するため、薄い回路部だけを正確に残すことができます。最後に回路部をフレキシブル基板に転写し、薄くて曲げることのできる撮像デバイスを形成します。

作製したデバイスを円筒面状に曲げて測定し、回路が正常に動作することを確認しました。また、回路部をゴム状の基板に転写し裏側から吸引することで、球体の一部のような凹面状に変形させる手法についても検討を進めています(図3)。

イマーシブメディアのコンテンツ制作に活用するための小型な超広角カメラの実現を目指して、今後も曲面型シリコン撮像デバイスの研究を進めていきます。

図1 斜め入射光によるピント位置のずれ
図2 シリコンデバイスの薄片化・転写工程
図3 シリコンデバイスの凹面形成
  1. FDSOI(Fully depleted silicon on insulator):シリコン基板と表面シリコン層との間に酸化膜を挿入した構造