写真:山下上級研究員

技研開所90周年記念企画 研究の歴史(第2回/全6回)

ハイビジョンの研究

テレビ方式研究部 山下上級研究員

技研は、今年の6月1日に開所90周年を迎えます。この連載では、90周年記念企画として、これまでの技研の研究の中から、放送の発展に大きく寄与した研究をご紹介していきます。第2回はハイビジョンの研究について聞きました。(聞き手 研究企画部 池谷職員)

ハイビジョンとそれまでの標準テレビジョンの違いは?

ハイビジョン放送は、画像の精細さを示す縦方向に並ぶ水平ライン(走査線)の数が1125本です。これは、それまでの標準テレビジョン放送の走査線数525本の2倍以上です。画面の横縦比(アスペクト比)は16:9で、標準テレビジョン放送の4:3の画面に比べ30%以上ワイドになりました。16:9の比率は人間の視野に合った見やすいサイズです。また、画面全体の画素数が5倍以上になり、画質を維持しながら大画面で見ることができるようになったため、迫力や臨場感を感じる映像が放送できるようになりました。

技研では、いつからハイビジョンの研究を始めましたか?

東京オリンピックが開催された1964年、技研はそれまでのテレビと比較し、より高精細でワイドな次世代のテレビ「高品位テレビ」の研究に着手しました。1970年頃には、映像が提示される広さ(提示画角)と臨場感の関係など人間の視覚特性や心理効果を研究して、NHK暫定規格走査線数を1125本、アスペクト比5:3に決定し、後に映画との互換性にも配慮し16:9としました。1983年に、高品位テレビジョン信号を1/4に圧縮して衛星放送における標準テレビジョン用の1チャンネルで放送することができる「MUSE方式」を開発し、1985年には高品位テレビを「ハイビジョン」と命名しました。1989年に放送衛星BS-2で開始された1日1時間のMUSE方式によるハイビジョン実験放送は、1991年には放送衛星BS-3を使用した1日8時間の試験放送となりました。

その後の研究はどうなりましたか?

技研では、1990年からデジタル映像の帯域圧縮技術である「MPEG方式」の研究を開始しました。長野オリンピックが開催された1998年には、世界初となる42型ハイビジョンプラズマテレビを開発しました。そして、総走査線数が1125本に世界統一された2000年には、MPEG方式を用いて放送衛星BSAT-1bによるデジタルハイビジョン放送を開始し、2003年には地上波によるデジタルハイビジョン放送を開始しました。ハイビジョンの研究成果は、その後もスーパーハイビジョンの研究や新4K8K衛星放送に生かされ、これまでに多くの臨場感あふれるテレビ放送の実現に寄与してきました。

標準テレビジョン放送とハイビジョン放送の画質の比較
提示画角と臨場感の関係を調べる実験装置
42型ハイビジョンプラズマテレビ

気になるデータ

1125

1987(昭和62)年に郵政省(現在の総務省)とNHKが、ハイビジョン放送の走査線の数が1125本(有効1080本)であることから、11月25日を「ハイビジョンの日」に制定したよ。

次回予告

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第3回「デジタル放送の研究」