7.1 表示技術

ディフォーマブルディスプレー基盤技術

薄型・軽量の大画面ディスプレーや自由に形状を変形可能なディフォーマブルディスプレーの実現に向けて、フレキシブル有機EL(OLED: Organic Light Emitting Diode)ディスプレー、大規模な真空装置が不要で低環境負荷な塗布形成により作製できるTFT(Thin Film Transistor)、および伸縮性のある素材を用いたディスプレーの研究開発を進めた。

フレキシブルOLEDディスプレーの研究では、2020年度に試作した30インチ4KのフレキシブルOLEDディスプレーの画質改善に向けた研究に取り組んだ。OLEDディスプレーには、駆動デバイスとしてTFTが用いられている。TFTは、駆動する電圧や基板の温度、発光素子から照射される光などの影響により、電気特性が経時的に変化する。これが画面内の焼き付きの原因となり、画質低下を招く。そこで、連続表示による輝度むらや焼き付きを補償するため、パネル内の画素電流をパネルの外部に読み出し、電流値を測定することで、デバイス特性の変動を補償する外部補償方式を開発した。外部補償方式は正確に変動を推定できる一方で、フィードバックに時間がかかる課題があった。そこで、周辺画素の測定データから相互に補間することで、測定回数を減らし、測定時間を短縮する手法を開発した。本手法を4KフレキシブルOLEDディスプレーに適用した結果、22分必要であったフィードバック時間を3分まで短縮するとともに、良好な画質が得られることを示した(1)

また、30インチ4KフレキシブルOLEDディスプレーを応用した湾曲型ディスプレーを試作した(図7-1)。30インチのフレキシブルディスプレー3枚を、視聴者の周りに180度取り囲むよう並べることで、没入感のある視聴体験が可能となる。この湾曲型ディスプレーは、いす型触覚デバイスと合わせて、国際放送機器展Inter BEE 2021や各地の放送局での展示に活用された。海外の街並みなどの映像により、海外旅行をしている気分が味わえると大変好評であった。本ディスプレーはシャープディスプレイテクノロジー(株)の協力により開発した。

塗布形成により作製できるTFTでは、これまでに、TFTの構成要素である塗布型の酸化物半導体膜および絶縁膜の開発に取り組んできた。2021年度は、電極の塗布形成に向けて、インジウム-スズ酸化物(ITO:Indium Tin Oxide)のダイレクト光パターニングプロセスを開発した(2)。有機溶媒(2-メトキシエタノール)へのエチレングリコールの添加により、紫外光照射時に塗布形成したITOの膜密度が減少することを見いだし、それを応用することで、ITOの光パターニングを実現した。開発した手法を用いてITO電極(ゲート、ソース、ドレイン)を塗布形成するとともに、これまでに開発した塗布シロキサン材料を用いた絶縁膜、塗布インジウム-ガリウム-亜鉛酸化物材料を用いた酸化物半導体膜と組み合わせることで、全塗布型TFT画素アレー(64画素×64画素)を試作した。その結果、アレー内で均一なTFT特性を得ることができ、大画面ディスプレーへの本手法の適用性を示すことができた。

伸縮性のある素材を用いたディスプレーは、多様な視聴スタイルに合わせて、ドームや球体などのさまざまな形状へ対応可能である。2021年度は、酸化物TFTを伸縮性のある基板へ形成する技術の研究開発に取り組んだ。伸縮する基板上でTFTを安定的に駆動するためには、基板上に非伸縮領域と伸縮領域を設けて非伸縮領域にTFTを形成する手法が考えられる。そこで、プラスチックフィルム上に形成したTFTアレーを格子状に分離した後に伸縮基板へ転写する技術を開発した。転写したプラスチックフィルム領域(TFT領域)は非伸縮領域として、その他の領域は伸縮領域として機能する。また、アクリル系接着剤をプラスチックフィルムと伸縮基板の接着層に適用することで、基板伸長時のプラスチックフィルムの剥離を抑制できることを見いだした。開発した転写技術により、伸縮基板を0%から50%へ伸長した場合においても非伸縮領域のTFTは移動度30cm/Vsの安定したスイッチング特性を示した。また伸縮基板の利点を生かし、ドームなどの形状への適用が可能なことを確認した(図7-2)(3)

図7-1 湾曲型ディスプレー
図7-2 伸縮基板上の酸化物TFTアレー

フリーフォームディスプレーに向けた立体配線TFTの研究

ディスプレーのサイズ、形状、アスペクト比を自由にカスタマイズ可能なフリーフォームディスプレーの実現に向け、その駆動デバイスとして、基板裏面に配置可能な立体配線TFTの研究開発を進めている。2021年度は、極薄ポリイミドフィルム基板上でのTFTの微細加工プロセスを開発した(4)。チャンネル長3µmまでの短チャンネル立体配線TFTにおいて、オンオフ比として107以上の良好なスイッチング特性を得た。さらに、絶縁膜の応力を緩和するための絶縁膜に部分的に溝を掘ったトレンチ構造を開発することで、基板転写時のしわの発生などの欠陥の抑制に成功し、動作不良となる立体配線TFTの割合を53%から2%にまで低減した。今後、これらの技術を用い、立体配線TFTを用いた画素駆動回路の開発に取り組む。

OLEDマテリアルサイエンス

折りたためる・丸められるディスプレーの実現に向けて、フレキシブルOLEDの長寿命化が求められている。2021年度は、有機EL素子の電子注入機構を初めて解明するとともに、フレキシブル有機EL素子の長寿命化に大きく貢献できる新規電子注入材料を開発した(5)

有機EL素子は発光材料を含む有機層(発光層)を陽極と陰極で挟んだ構造であり、陽極から正孔、陰極から電子が注入され、発光層で電荷が再結合し発光する(図7-3)。アルミニウムなど陰極に使われる材料の仕事関数は4eV程度であるのに対し、多くの発光層材料の電子親和力は2eV程度であるため、約2eV以上の電子注入障壁が存在し、陰極から発光層に直接電子を届けることは難しかった。そこで、仕事関数が3eV以下であるリチウム等のアルカリ金属を電子注入層に用いることで、電子を発光層に効率的に届けられることが見いだされたが、プラスチック等のフレキシブル基板は水分を通しやすいため、反応性が高いアルカリ金属が劣化して有機EL素子が発光しなくなるなど、フレキシブル有機EL素子の長寿命化は困難であった。また、アルカリ金属による電子注入機構も明らかにされていなかった。

これに対し、反応性が高いアルカリ金属等を用いずにアルミニウムの仕事関数を2eVまで小さくできる新規電子注入材料を見いだした。この材料は有機超強塩基であり、アルカリ金属等と異なり大気中でも安定な材料である。新規電子注入材料を用いることで仕事関数が最も小さい金属であるセシウムと同等の仕事関数を実現できた。これにより、電子親和力が異なるさまざまな有機材料に電子を注入できるようになるとともに、有機EL素子特性と電子親和力との相関を解析することで、有機EL素子の電子注入機構を明らかにできた。開発した電子注入材料は赤色・緑色・青色のOLEDに使えることも明らかにした。なお、本研究の電子注入材料は(株)日本触媒と共同で開発した。

図7-3 (上) 一般的なOLEDの構成・エネルギー図とフレキシブル基板上における水分の影響のイメージ
(下)新規電子注入材料を用いたOLEDの構成・エネルギー図

高色純度量子ドットEL素子の研究

広色域ディスプレーへの適用を目指して、塗布成膜が可能で高色純度発光が得られる量子ドット(QD: Quantum Dot)を用いたEL素子(QD-LED)の研究開発を進めている。量子ドット材料は、数〜十数ナノメートル程度の半導体微粒子で、材料組成や粒子サイズ制御により発光波長を制御でき、粒子サイズをそろえることで発光スペクトルの半値全幅の狭い高色純度発光が得られる。カドミウムや鉛を含む量子ドット材料で高効率高色純度の発光が報告されているが、環境への配慮からカドミウムや鉛を含まない低毒性材料への転換が不可欠であり、低毒性量子ドット材料を用いたQD-LEDの開発に取り組んでいる。2021年度は青色QD-LEDを開発した。青色量子ドット材料としてセレン化亜鉛系量子ドット材料を合成し、量子ドット材料と電子輸送材料を混合した溶液をスピンコートして発光層を成膜することで、輝度上昇時のELスペクトル変化がほとんどない青色QD-LED(半値全幅23nm)を実現した。この青色QD-LEDと、これまでに開発したリン化インジウム系量子ドット材料を用いた赤色および緑色QD-LEDとを合わせて、4K8Kの国際規格である勧告ITU-R BT.2020で定められている色の範囲の80%を実現した(図7-4)(6)

リン化インジウム以外の低毒性緑色量子ドット材料として、硫化銀インジウムガリウム(AIGS: Ag-In-Ga-S)を用いたQD-LEDの試作にも取り組んだ。本材料は、半値全幅の狭いスペクトルが得られるものの、QD-LEDにおいて、粒子表面の欠陥に由来する幅の広い発光成分が混色することで色純度が低下する課題があった。そこで、AIGS量子ドットに電子輸送材料を混合した発光層を成膜し、量子ドットへの電荷の注入過程を改良した。その結果、欠陥由来の発光成分が抑制され、半値全幅の狭い発光を主成分とする緑色EL発光が得られた(7)。AIGS量子ドット材料を用いたQD-LEDの研究は、名古屋大学、大阪大学と共同で実施した。

図7-4 リン化インジウム系およびセレン化亜鉛系量子ドット材料を用いたQD-LEDおよびそれらで表現できる色の範囲