5.3 表示技術

フレキシブル有機ELディスプレーの長寿命化

軽くて丸められるフレキシブル有機EL(Organic Light-Emitting Diode: OLED)ディスプレーの実現に向けて、OLEDデバイスの長寿命化が求められている。特に、OLEDの電子注入層に用いられるアルカリ金属等の活性な材料は、酸素や水分に弱く、フィルム基板を用いた際のデバイス劣化が大きな課題となっていた。そこで当所では、積層形成される陽極と陰極を入れ替えて逆構造とすることで、アルカリ金属等を用いず酸素や水分の影響を受けない、逆構造OLEDの研究開発に取り組んでいる。2020年度は、高効率で動作安定性の高い、緑色用逆構造OLEDを実現した。さらに、さまざまな発光層材料でデバイスを試作評価し、発光層と電極界面のエネルギーレベルとの関連性を詳細に解析することで、逆構造OLEDに理想的な緑色の発光層材料を見出した(1)

また、窒素原子と金属電極との配位結合(化学結合の一つ)を利用することで、高い電子注入特性を有する新たなフェナントロリン(有機材料の一つ)誘導体を開発し、従来のアルカリ金属と同等の電子注入特性を得た(2)(図5-10)。この配位結合による電子注入特性の向上は、通常構造および逆構造OLEDのいずれにも有効な新しい概念である。本材料を用いることで、酸素や水分に対しても劣化がなく、高い安定性を有するOLEDを、低電圧で実現できる。また、本材料は真空蒸着法で成膜できるため、現在主流のOLEDの生産プロセスに容易に適用できる。

今後、これらの材料系を用いて、フレキシブル有機ELディスプレーのさらなる低電圧化・長寿命化を目指す。なお、本研究の電子注入材料は(株)日本触媒と共同で開発した。

図5-10 フェナントロリン誘導体を電子注入材料として用いた有機EL発光の様子(3.5V印加時)

大画面有機ELディスプレーに向けた駆動デバイス技術

大画面有機ELディスプレーの高画質化・低消費電力化に向けて、駆動デバイスである酸化物TFTの高移動度化の研究開発を進めている。2020年度は、低寄生容量のトップゲートTFTの開発を目指して、固体パルスレーザーおよび窒素プラズマによる酸化物半導体膜の低抵抗化プロセスを構築するとともに、トップゲートTFTの作製とその特性改善に取り組んだ。

トップゲートTFTでは、TFTの半導体膜の一部をソース/ドレイン(S/D)領域として用いる。固体パルスレーザーを用いたプロセスでは、レーザー照射時間が7nsと極短時間であり、チャネル領域へのキャリア拡散の抑制とS/D領域の低抵抗化を両立できるため、従来のアルゴンプラズマを用いたプロセスに比べて大幅に短チャネル化できる(3)。試作では、チャネル長1µmまでのトップゲートTFTにおいてオンオフ比106以上のスイッチング動作を確認するとともに、半導体材料としてインジウム・ガリウム・亜鉛・スズ複合酸化物(IGZTO)を用いることで、31.0 cm2/Vsの高い移動度を実現した。窒素プラズマによるS/D領域の低抵抗化では、従来に比べて抵抗を約40%低減でき、高移動度化に有利であることを見いだすとともに、低抵抗化に必要なプラズマ処理条件の許容範囲(プロセスマージン)が広く、実用面で有利なことが分かった(4)。そこで、チャネル長10µmのトップゲートTFTを試作したところ、30.2cm2/Vsの移動度を実現した。トップゲートTFTの開発は、(株)神戸製鋼所と共同で実施した。

フリーフォームディスプレーに向けた駆動デバイス技術

ディスプレーのサイズ、形状を自由にカスタマイズ可能なフリーフォームディスプレーの実現には、複数のディスプレーを隙間なく並べて組み合わせることが有用であり、それを可能にするベゼルレスな構造のディスプレーの実現には、ドライバー回路などを表示デバイスの裏側に設けることが望ましい。そこで、フレキシブルなフィルム基板を用いたディスプレーにおいて、フィルム基板を貫通する電極を持ち、基板の裏側にTFTを配置することができる、裏面駆動TFTの研究開発を進めている。2020年度は、極薄ポリイミド(PI)フィルムを用いて、裏面駆動TFTの試作を行った(5)図5-11(a)に裏面駆動TFTの断面構造を示す。まず、PIフィルム上に、ボトムゲート・トップコンタクト型の酸化物TFT(チャネル長200µm)を形成した。その後、ドライエッチングにより平坦化層およびPIフィルムに貫通孔を形成し、立体配線を通すことで、TFTのゲート、ソース、ドレイン電極と裏面電極を接続し、TFTの裏面駆動を可能にした。図5-11(b)にPIフィルム上に試作した裏面駆動TFTアレーの写真を示す。TFTを評価したところ、オンオフ比として107以上の良好なスイッチング特性を得た。

図5-11 (a)裏面駆動TFTの断面構造と(b)試作した裏面駆動TFTアレー

大画面フレキシブルディスプレーに向けた塗布型デバイス技術

大画面フレキシブルディスプレーの実現を目指して、大規模な真空装置が不要で低環境負荷の塗布プロセスにより作製できる、酸化物TFTおよびカドミウムを含まない低毒性量子ドット(Quantum Dot: QD)を用いたEL素子(QD-LED)の研究開発を進めている。

塗布型酸化物TFTでは、高品質な半導体膜の形成と大面積に適したプロセス技術の開発を目指し、水溶媒を用いた半導体材料と簡便にパターン形成可能なダイレクト光パターニング技術の検討を進めてきた。2020年度は、酸化物半導体材料のさらなる探索を進めるとともに、半導体および絶縁膜の塗布形成技術の開発に取り組み、高性能な塗布型TFTを実現した。塗布半導体材料にはインジウム酸化物を用い、これまでに開発したダイレクト光パターニング技術を適用した。さらに絶縁膜にはポリシロキサン材料を用いて、組成や成膜プロセスを最適化することで、30.6cm2/Vsの高い移動度を有する塗布型酸化物TFTを実現した(6)(図5-12)。この性能は、従来の真空プロセスで作製したTFTと同等以上の移動度であり、塗布型酸化物TFTの大画面ディスプレーへの適用性を示すものである。

QD-LEDは、数〜十数ナノメートル程度の半導体微粒子であるQDを発光材料とした発光素子で、粒子サイズ制御によりスペクトルの波長や半値幅を制御でき、高色純度の発光が期待できる。2020年度は、代表的な低毒性材料であるリン化インジウム(InP)系QDを用いた緑色および赤色発光のQD-LEDの試作に取り組んだ。緑色素子において、QDと電子輸送材料を混合して発光層を成膜することで、外部量子効率10.0%(ピーク波長530nm、半値幅42nm)を実現した。試作した素子の正孔および電子の流れ方を評価したところ、正孔電流の抑制が高効率化に有効であることを見出した(7)。また、より色純度の高いInP系QD材料を適用して素子構成を改善することで、半値幅34nmの緑色および半値幅39nmの赤色QD-LEDを実現した。

一方、InP系以外の低毒性材料として硫化銀インジウム(AgInS2)系QDを用いたQD-LEDの試作にも取り組んだ。本材料は、表面欠陥に由来する幅の広い発光が課題であったが、近年、硫化ガリウムで表面を覆った構造(AgInS2/GaSx)にすることで表面欠陥が低減し、シャープなバンド端発光を得られることが報告されている。そこで、AgInS2/GaSxを用いたQD-LEDを試作し、電荷注入過程を改良することで、バンド端発光を主成分とするEL発光を実現した(8)。AgInS2系QDを用いたQD-LEDの研究は、大阪大学、名古屋大学と共同で実施した。

図5-12 (a)試作した塗布型酸化物TFTの表面写真と(b)その断面構造の概略