5.2 記録技術

振幅位相多値ホログラムメモリー基盤技術の研究

8Kスーパーハイビジョン映像を長期保存するための超大容量・高転送速度のアーカイブ用記録システムが求められている。この要求に応える記録技術として、振幅位相多値によるホログラムメモリーの研究開発を進めている。2020年度は、これまでに開発した振幅位相多値記録用信号生成手法と2019年に最適化に取り組んだ信号点配置とを用いた、記録再生実験に取り組んだ。

ホログラムメモリーは明点と暗点を二次元配列に並べたページデータと呼ばれる画像を記録再生する。振幅位相多値記録では、明点の輝度と位相に複数の値を持たせ、振幅位相分布のページデータとして記録する。明点の輝度と位相を同時に変調できる単一のデバイスはないため、従来は振幅変調用、位相変調用のそれぞれの空間光変調器(SLM: Spatial Light Modulator)を結像光学系で合成して振幅位相分布を生成していた。しかしこの場合は光学系が複雑になり、より高精度なアライメント技術が要求される課題があった。そこで新たに、一つの位相変調用SLMで振幅位相分布を生成可能な手法を開発した(図5-8(a))。本装置の光学系は、一つの位相変調用SLMと、空間周波数フィルター用の開口を設けた4f光学系で構成されており、図に示すように、ページデータの振幅・位相それぞれの分布a、φを演算して符号化することで、記録するデジタルデータψを算出する。ここで、各シンボルには離散化した線形位相キャリアを加えており、線形位相キャリアの振幅値と初期値をそれぞれ変化させることで、異なるデジタルデータに対応づける(1)。レンズの焦点面では光学的なフーリエ変換がされるため、デジタルデータで変調した光のうち、ページデータに対応したフーリエスペクトルのみを開口で抽出し、再度レンズで逆フーリエ変換することにより、目的とするページデータの振幅位相分布を有する光が得られる。

本手法に、2019年に開発した多値数16の振幅位相多値記録に最適な信号点配置を適用して、フォトポリマー記録媒体に記録再生した結果を図5-8(b)に示す。再生データは記録データとほぼ同じ分布であり、データ誤りはなく、平均二乗誤差は0.0048であり、振幅位相16値の多値データの記録再生に十分な精度であった。提案技術によって一つの位相変調用SLMから所望の振幅位相変調を実現でき、かつホログラム振幅位相多値記録再生も可能であることを実証した。

図5-8 (a)提案技術による振幅位相分布の光を生成する模式図と(b)記録データと再生データの振幅と位相

微小磁区並列デバイスの研究

可動部がなく高い信頼性が期待できる高速磁気記録デバイスの実現を目指して、磁性細線の中に微小磁区を形成しその高速移動特性を利用した、微小磁区並列デバイスの研究開発を進めている。2020年度は、U字型記録素子を一体化形成した4並列磁性細線メモリーを試作し、磁区形成と磁区駆動を一連動作させる技術を開発した。また、磁区形成に必要な記録電流を削減できる新たな記録手法の検討を継続して進めた。

磁性細線には、垂直磁化を持つPt(3nm) / [Co(0.3nm)/Tb(0.6nm)]×5多層膜を用い、磁性細線幅3µm、 長さ40µmとした。磁性細線と記録素子の層間絶縁膜として窒化シリコンSi3N4膜を18nmの層厚で磁性細線上に形成し、さらにその上にU字型記録素子を形成した。記録素子にはTa(3nm)/Au(85nm)/Ta(3nm)多層膜を用い、線幅3µm、U字型の記録素子ギャップ400nmで形成した。なお、層間絶縁膜、記録素子の形成には、ともにイオンビームスパッタ、電子線リソグラフィーおよびレーザーリソグラフィーを用いた。本デバイスでは、U字型記録素子に流す記録電流の方向によって、そのギャップに発生する合成電流磁界の方向を制御でき、その直下の磁性細線に上向き・下向きの磁区を形成することができる。図5-9に、記録電流を流した方向に対する、磁性細線の磁化状態の変化を磁気力顕微鏡で観察した結果を示す。電流の印加方向による合成電流磁界によって、磁区の磁化方向が制御できている。次に磁区の駆動特性を評価した。今回の試作では4並列の磁性細線の磁区駆動電極は共通としたため、4並列磁性細線を一括で駆動することとなる。この試料において、磁性細線へ印加するパルス電流を制御することによって記録磁区を駆動できるとともに、その駆動を磁気光学的に検出することにも成功し、4並列磁性細線メモリーの基礎動作を確認できた(2)

記録素子に印加する各種の記録電流条件における磁区形成過程を、磁性体中の磁化の動的過程を表すLLG (Landau–Lifshitz–Gilbert)方程式を用いたシミュレーションにより解析した。2019年度は、2本の記録素子のうち一方の電流印加開始時刻に遅延時間を設けることにより、低電流で磁区形成できる磁区形成手法を見出した。2020年度はさらに詳細に解析を行い、本手法を4並列磁性細線にも適用した。磁性細線1本のときは、電流の遅延時間を150〜180psとすることによって磁化反転が可能であったが、一方、4並列磁性細線では、この遅延時間が100〜170psの範囲において、4本すべてで磁化反転が可能となることが分かった。4本の磁性細線間に働くクロストークの影響により、記録可能な遅延時間範囲が、磁性細線1本の場合の30ps幅から、4並列磁性細線では70ps幅へ拡大しており、許容遅延時間の幅が2倍以上に広がることが分かった(3)

図5-9 試作した4並列磁性細線メモリー素子と記録素子に上向き電流(i)と下向き電流(ii)を印加した場合の磁気力顕微鏡像

(国)トポロジカル表面状態を用いるスピン軌道トルク磁気メモリの創製

国立研究開発法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」において、トポロジカル絶縁体の磁気メモリーへの適用に関する研究を、東京工業大学、東京大学と共同で受託し推進している。2020年度は、トポロジカル絶縁体の一つであるビスマス・アンチモン合金(BiSb)を用いたスピン注入源と、フェリ磁性体であるテルビウム/コバルト多層膜(Tb/Co)を用いた磁性細線を接合した試料を用いて、スピン軌道トルクによる磁区形成の基礎実験を進めた。BiSbは製膜槽を汚染するため、特殊な防着板を備えたマグネトロンスパッタ装置を用いてTb/Co薄膜を製膜後、大気解放せずに直接BiSbを積層して試料を作製した。この試料において、磁区形成の低消費電力化の指標となるスピンホール角を測定したところ、2019年度に評価した大気解放してBiSbを積層した試料と比べて、2.2倍にあたるスピンホール角3.2という大きな値が得られた。また磁区形成に必要な電流も、従来の107〜108A/cm2と比べておよそ1/50〜1/100となる7×105A/cm2まで大幅に抑制できることが分かった(4)