2.7 地上放送伝送技術

地上波による4K・8K放送の実現に向け、地上放送高度化方式の特性評価や機能の追加、大規模野外実験を実施するとともに、多重伝送方式の検討進めた。また、現在検討しているFDM(Frequency Division Multiplexing)を用いた高度化方式とは異なるTDM(Time Division Multiplexing)などの方式の研究開発や第5世代移動通信システム(5G)の放送利用の調査、ITU-RやDiBEG(Digital Broadcasting Experts Group)などを通じた国際連携などを実施した。これらの研究の一部は、総務省の周波数ひっ迫対策技術試験事務「放送用周波数を有効活用する技術方策に関する調査検討(新たな放送サービスの実現に向けた調査検討)」を受託した一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB)から一部の業務を請け負い、実施した。

地上放送高度化方式への機能追加

時間インターリーブのパラメータ追加、超低C/N(Carrier to Noise ratio)でも伝送可能な階層の実装、および低遅延かつ高耐性な伝送機能の実装を行った。時間インターリーブ長について、従来のI=0、1、2、3に加え0.25、0.5、0.75、1.5のパラメータを追加し、現行の地上デジタル放送と同程度の長さを選択できるように改修し(図2-15)、移動受信環境における速度耐性をより詳細に検証した(図2-16)。超低C/Nでも伝送可能な階層の実装では、地上放送高度化方式における移動受信サービス向け階層の一部セグメントをさらに細かく分割し、それぞれキャリア変調方式や誤り訂正符号化率を個別に設定可能とした。低遅延かつ高耐性な伝送機能は、主に緊急地震速報などへの適用を想定し、新規設計した短符号長、低符号化率のLDPC符号を実装した。

図2-15 時間インターリーブ長のパラメータ追加
図2-16 時間インターリーブ長と移動受信速度耐性の関係

等化判定器

地上放送高度化方式による放送ネットワークの構築に向けて、放送波中継局に設置する等化判定器の動作アルゴリズムについて検討を行った。現行の地上デジタル放送よりも多値のキャリア変調での運用が想定される地上放送高度化方式に対応するために、シンボル軟判定とパイロット信号に雑音を付加する手法を提案し、計算機シミュレーションにより伝送特性の改善効果が得られることを確認した。

大規模野外実験

総務省の周波数ひっ迫対策技術試験事務を受託したA-PABとの請負契約の元で、地上放送の高度化の調査・検討を実施した。具体的には、2016〜2018年度の総務省委託研究で開発した高画質で多機能なサービス等を実現可能な伝送方式について、同委託研究で整備した実験設備を活用した野外実験を実施した。

2019年度は、都市部から郊外にかけて全41か所の測定点(図2-17(a))において固定受信実験を行った。現行の地上デジタル放送と同程度の放送エリアを確保することを想定し、キャリア変調方式とLDPC符号化率に関する複数の伝送パラメータの組み合わせ(表1)について、マルチパス環境における伝送特性を評価した。また、移動受信環境における伝送特性を評価するために、高速道路や主要な国道において、FFTサイズやSP(Scattered Pilot)配置をパラメータとした実験を実施した。SP配置の違いによる受信エリアを評価した結果(図2-18)より、(Dx=6、Dy=2)の場合は、(Dx=6、Dy=4)に比べて時間方向のSP挿入割合が2倍に増加するために伝送レートは約4%低下するが、伝送路の時間変動に対する耐性が強まるために測定ルート内の受信可能なエリア率は約2倍になった(3)

さらにSFN(Single Frequency Network)環境における伝送特性を評価するため、名古屋地区において2局の送信出力と遅延量を固定したSFN環境を構築し、全36か所の測定点(図2-17(b))における固定および移動受信実験を実施した。測定した受信特性は良好であり、地上放送高度化方式においてもSFNによる周波数の有効利用が可能であることを確認した。

図2-17 固定受信実験の測定点
表1 伝送パラメータ(一例)
移動受信階層 固定受信階層
FFTサイズ(GI長) 16,384 (126.56μs)
帯域幅 5.83 MHz
セグメント数431
キャリア変調方式64QAM(NUC256QAM(NUC
LDPC符号化率7/1612/16
SP配置/SP挿入割合 (Dx=6,Dy=2)/ 8.3 %
(Dx=6,Dy=4)/ 4.2 %
DxはSPの周波数方向の間隔,
Dyは時間方向の間隔
ビットレート1.5 Mbps26.1 Mbps

※Non-Uniform Constellation

図2-18  SP配置の違いによる受信エリアの評価結果

多重伝送方式

地上放送高度化方式において、演奏所から放送所までのSTL(Studio to Transmitter Link)の伝送信号の形式として検討しているXMI(eXtensible Modulator Interface)パケットを商用IP回線網で安定的に伝送するための研究を進めた。2019年度は、複数のIP回線事業者を併用して冗長化とFEC(Forward Error Correction)によるパケットロスを補償する回線冗長化装置を試作した。また、地上放送高度化方式の各階層における伝送信号の遅延時間やジッタ、ビットレートをリアルタイムに監視できるXMIモニタ装置を試作した。これらの装置を用いて名古屋地区の地上放送高度化大規模実験局で検証実験を行い、IP回線によるSTLの回線冗長化で信頼性が向上することを確認した(4)

また、地上放送高度化方式の送出システムをクラウド上に構築することを目指して、ソフトウェアベース送出システム(図2-19)の検討を進めた。このシステムは、従来専用ハードウェアで構成されていた各種送出機能をソフトウェアで実装するとともに、より高度な放送通信連携サービスの実現のため、複数の伝送路(地上放送、閉域網、インターネット網)を統合して扱う機能を有する。2019年度は、設定した番組編成情報に基づいて自動的にリソースを切り替える送出スケジューラ機能、放送所にプログラムを送出するための再多重化機能、放送と通信でコンテンツを連携させるための情報や災害時の付加情報の配信機能などを開発し、その基本機能の検証を行った。

さらに、地上放送高度化方式における放送通信連携サービスにおいて、放送サービスを通信で補完する配信システムの検討を進めた。2019年度は、固定受信向けを想定した、フレームレート60Hzの放送波からの映像と通信からの補完データを組み合わせてフレームレート120Hzの映像を提示するシステムを試作した。また、移動受信時に放送波が途切れた場合でも、通信からの補完データを受信することで放送の映像が継続して視聴できるシステムについて検証を行った。

図2-19 ソフトウェアベース送出システムの構成

TDM方式

従来の地上放送高度化方式で採用しているFDMとは異なるTDMによる信号多重について検討を進めた。

2019年度は、2018年度に試作したTDM変復調装置に誤り訂正符号やインターリーブの機能を実装した。TDMとFDMの信号構造の違いによる特性差を評価するために、誤り訂正符号は、地上放送高度化方式のFDMと同じ符号、インターリーブについてもFDMと同等の処理となるように設計した。あわせて、フレーム同期用の信号として、フレーム先頭に付加されているTMCC(Transmission and Multiplexing Configuration Control)信号のための誤り訂正符号も実装した。

5G放送モード

5G(第5世代移動通信システム)のNR(New Radio)の信号構造を持つ5G放送モードのフレーム構造を検討し、フレーム化や変復調を行う回路を設計するとともに、装置を試作して、基本動作を検証した。NRの信号を放送同様の大セルのエリアでマルチキャスト・ブロードキャスト伝送することを想定し、有効シンボル長 3msec、GI(Guard Interval)長300µsecのパラメータを試作装置に実装した。変復調装置をケーブルで直結した実験により、誤りなく情報が伝送できることを確認した。また、3GPP(3rd Generation Partnership Project)の技術仕様で規定されるチャンネル帯域幅(5MHz、10MHz)に対応する伝送モードに加え、NRの信号を地上デジタルテレビジョン放送のチャンネルで伝送できるように、帯域幅6MHzの伝送モードの仕様を検討し、試作装置に実装した。変調装置が出力する6MHzモードの信号を測定した結果、地上デジタルテレビジョン放送のスペクトラムマスク基準(ARIB STD-B31)を満たすことを確認した。

次世代の地上放送方式への移行方法の検討

次世代の地上放送方式への移行期において、現行放送(ISDB-T:Integrated Services Digital Broadcasting - Terrestrial)と同一のチャンネルで2Kと4Kを同時に伝送するISDB-T互換方式が1つの方法として検討されている。2019年度は、2Kと4Kを電力的に多重する方式(LDM方式)と、セグメントの一部を4Kに割り当てる方式(セグメント分割方式)について、4K部分(図2-20参照)の伝送手法を検討するとともに、変復調装置を試作した。4K部分のキャリア変調と誤り訂正には、地上放送高度化方式で用いられるキャリア変調技術とLDPC符号を適用することとし、計算機シミュレーションで伝送特性を評価した(1)(2)。特に、LDM方式では4K信号が2K信号の受信に干渉するため、4K信号の電力を変えて、2K信号の受信特性に与える影響も評価した。また、試作した変調装置で発生させた信号を既存の地上デジタル放送受信機に入力し、現行2K信号の受信可否と、4K信号が2K信号の受信に与える影響の調査に着手した。

図2-20 ISDB-T互換方式

国際連携

ITU-R WP6A(地上放送)において、各国のUHDTVの地上波野外伝送実験の情報をまとめたレポートおよび第2世代の地上デジタルテレビジョン放送に関する勧告の改訂が進められている。2019年度は、東京・名古屋地区における地上放送高度化方式の大規模野外実験に関する結果を寄与文書として入力し、上記レポートに記載された。

世界の放送事業者・標準化機関等が集まるFoBTV(Future of Broadcast Television)会合が、NAB Show 2019(4月)、IBC2019(9月)の会場内で開催された。両会合に参加して各地域の次世代地上放送に関する最新動向を調査するとともに、4月会合において地上放送高度化方式とその野外実験について紹介した。さらに、SET EXPO2019(ブラジル・サンパウロ)、APG19-5(東京・品川)、ABU総会(東京・新宿)で技術展示を実施した。

ARIBのDiBEG活動に参画し、ブラジルの規格化組織であるSBTVD-Forumと次世代地上放送に関する情報共有を行った。また、2019年1〜6月の間、ブラジルの放送局TV Globoから滞在研究員を受け入れ、地上放送高度化方式の野外実験等を共同で実施した。

次世代地上放送の5Gでの放送利用に関する検討をEBUと連携して実施している。2019年度は、5Gの標準化を行う3GPP会合において、放送同様の大セルのエリアでLTE(Long Term Evolution)ベースのマルチキャスト・ブロードキャスト伝送を行う技術仕様の審議を調査した。また、EBU等と連名で時間インターリーブによる受信特性改善効果に関する寄与文書を作成し、参考情報として入力した。