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グローバル化
ベルリンの壁・湾岸戦争

1984(昭和59) NHK衛星放送試験放送開始
1989 昭和天皇崩御
1989(平成1).6 NHK衛星放送本放送開始
1989.11 ベルリンの壁崩壊
1991.1 湾岸戦争
1991.6.11 ハイビジョン専用チャンネルで試験放送開始
1991.12 ソ連邦崩壊
1995 阪神・淡路大震災
1998 デジタル国際放送「NHKワールドTV」スタート

1989年、時代は昭和から平成へ移った。20世紀最後の10年は、地球規模での大ニュースが続いた。ベルリンの壁の崩壊、湾岸戦争、ソ連の崩壊。発達しつつあったテレビは、地球規模の変動を生で継続的に報道した。相互依存関係の進む地球社会の中で、テレビはまさに地球市民を結ぶネットワークとして機能しはじめた。

1989 地球を結ぶ放送ネットワーク“世界はひとつに”

日本初の国際ラジオ中継 1930

世界の出来事を直接国際中継で放送したのは、ロンドンから海軍軍縮会議の日本全権若槻礼次郎の「日本国民に対する声明」を日本無線電話会社四日市受信所で受信、名古屋局経由で全国中継したのが最初とされる(1930.2.9)。


国際社会のライフライン

1989(昭和64-平成元)年、時代は昭和から平成へ移った。20世紀最後の10年は、地球規模での地殻変動が政治・経済・社会・文化の各方面で起こった。1989年のNHKの衛星本放送の開始当時には、中国で天安門事件が発生し、1989年11月のベルリンの壁の崩壊、91年1月の湾岸戦争、そして、同年8月には、保守派クーデターを契機に一気にソ連の崩壊が進み、そして東西冷戦体制の終結と地球規模の激動が続いた。冷戦体制の終結にテレビで得られる情報が大きな役割を果たしたといわれる。相互依存関係の進む地球社会の中で、テレビは国境を越えて地球市民を結ぶネットワークとして機能しはじめたのである。

通信衛星を利用する海外からの伝送は、NHKでも、1968(昭和43)年のスタート当時は年間約50時間程度だったが、1989(平成元)年には7,600時間、1999(平成11)年には1万9200時間となった。日本からの海外発信も1999年には、6,700時間となった。


ニュース報道の即報体制

衛星ネットワークが発達し、この頃から日本でもSNGシステムの導入がはじまり、全国どこからでも衛星にアンテナを向ければ、映像を発信できる中継体制が整ってきた。その意味で、世界中でも、また国内でも、衛星伝送システムは一気に進んだのである。

雲仙・普賢岳の大火砕流災害報道、また阪神・淡路大震災報道などで、人々の事件報道に対する関心が高まった。衛星放送、それに簡便化した取材報道体制の整備で、テレビは、大災害の報道も即時、継続的に行なえるようになった。


同時多発テロ

2001年9月11日夜、NHK『ニュース10』は、アメリカの象徴のひとつである世界貿易センタービルへ旅客機が突入する瞬間を生中継した。その後の報道番組は、ペンタゴンの炎上、世界貿易センタービルが崩落する衝撃的映像を生中継した。人類史上最大のテロの瞬間を全世界の人々がテレビを通して同時に目撃するという体験をしたのである。

その後9・11事件関連報道では、アフガニスタンのタリバンとの“戦争”の模様も、通信技術の進展によって携帯電話、ビデオフォンなども利用して刻々と生中継で伝えられた。

偶像崇拝の道具だとして、人々がテレビを見るのを禁じていると報道されるタリバン側が、米英などの空爆の直後にビンラディン氏のビデオメッセージをカタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」を通して配信した。

テレビは、このグローバル化した世界の中で、誰にとっても無視しえないネットワークになっているのである。

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