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2020年9月10日(木)

パラアーチェリー 岡崎愛子選手 「未来は自分で変えられる」

パラアーチェリーの岡崎愛子選手。脱線事故によって障害を負いましたが、周囲のサポートを受け、東京パラリンピック代表内定を手に入れました。持ち味の正確なショットでメダル獲得を目指しています。

岡崎選手は、首から下にマヒがあり、指や体幹の筋力は、ほとんどありません。

2005年4月。大学通学のために乗っていたJR福知山線の先頭車両で脱線事故に巻き込まれました。

一命は取り留めたものの、けい椎を骨折する重傷を負い、首から下に後遺症が残りました。

岡崎選手 :「これからはどうなるんやろという不安は大きかったです」。

それでも「事故にとらわれず、前向きに生きたい」と決意した岡崎選手。車椅子の生活になりましたが周囲に支えられながら、大学を卒業。単身上京して就職するなど自分の人生を切り開いてきました。

岡崎選手 :「自分が変えられるのはこれから、どうするかだけなので」。

長年、体の機能回復を続けるなかで6年前、残された自分の力を使えるパラアーチェリーに挑戦しました。競技に使うのは小さな力でも引けるように滑車が付いた弓。

競技人生の転機となったのは4年前。公私ともにパートナーの堀雄太さんとの出会いです。

自身も義足で生活する堀さん。

アシスタントとしてひとりでは弓を構えられない岡崎選手を支えています。

堀さん:「当たったときは、私もうれしいし、当たらないときは、残念になる。ぜひ、メダルを獲得してもらいたいと思います」。

これまで数か月に1回しか練習出来ませんでしたが、堀さんのサポートで、週に3、4回、練習できるようになった結果、成績が急上昇。

初めて挑んだ去年の世界選手権で3位に入賞し、東京パラリンピックの代表に内定しました。その後も、国際大会で優勝するなど東京大会でのメダル獲得が期待されています。

試練を乗り越え、迎える晴れ舞台。自分のため、支えてくれる人たちのため、表彰台の頂点に狙いを定めます。

岡崎選手:「事故にあってよかったとは言わないですけど、でもこれまでの15年、積み重ねてきたものがあって人との出会いであったり、全て自分の糧になっているので、自分にできることをしっかりやって、来年の東京パラでは見に来てよかったと思ってもらえるようなおもしろい試合がしたい」。

岡崎選手は、事故の後遺症で発汗がほとんどないため、来年の本大会で予想される高温下での対応を課題として、練習を続けています。

年内に予定されていた国内の大会は、中止や延期となっていますが、9月1日からは、東京パラリンピックの会場が利用できるようになったため、開催国の地の利をいかして、本会場での練習も始める予定だということです。

鳥越佑馬カメラマン

平成23年入局。
和歌山・大阪を経て現在、横浜放送局に所属。

                   
※NHKサイトを離れます

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