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2020年6月1日(月)

スポーツクライミング・楢﨑智亜 "トモアスキップ"誕生の秘話

東京オリンピック新競技のスポーツクライミングは、登った壁の数を競う「ボルダリング」と、登った壁の高さを競う「リード」、そして、世界共通のルートで速さを競う「スピード」の3種目の総合成績で競います。日本は、ボルダリングとリードは世界トップクラスですが、スピードは出遅れていて、メダルを獲得するためにはスピードの強化が喫緊の課題とされてきました。
その弱点克服に向けて大きな一歩を踏み出したのが、日本のエース・楢﨑智亜(ならさき・ともあ1996年生まれ)選手です。独自に生み出した「トモアスキップ」は、日本記録を大幅に縮め、今や世界のライバル選手たちも挑戦するほど。東京オリンピックで世界の頂点をねらう楢﨑智亜の「トモアスキップ」、その誕生秘話に迫ります。

「スピード」を磨く! トモアの挑戦

ボルダリングとリードで世界トップクラスの実力を持つ楢﨑選手が、苦手としていたスピードの練習に本格的に取り組み始めたのは2018年。世界のトップ選手の映像を見て登り方を学ぶことから始めました。

スピードは、高さ15mのそそり立つ壁で行われます。壁にはハンドホールドと呼ばれる大きいホールドが20個、フットホールドと呼ばれる小さいホールドが11個配置され、それぞれ下から順番に番号がつけられています。その位置は国際基準で統一されていますが、登り方は自由。競技は1対1で行われ、ゴールまでのタイムを競います。

世界のトップ選手の登り方は、大きく3つ。「標準ムーブ」は、31個のホールドのほぼ全部を使って登るオーソドックスな登り方で、多くの日本選手が採用しています。

「リーチムーブ」は、リーチの長さをいかしてホールドを飛ばしてタイムを短縮する登り方です。身長が高く、手足が長い外国人選手が採用しています。

そして「レザームーブ」は、直線的なより短いルートでゴールを目指す登り方です。5秒48の世界記録を持つイランのレザー・アリプアシェナ選手の名前をとってつけられました。2018年5月、日本で初めて6秒台を出した池田雄大(いけだ・ゆうだい)選手に、それぞれの登り方の特徴を聞きました。

池田雄大 選手

「標準ムーブ」は細かく刻んで上っていく形です。手がホールドから離れている時間が少ないので、安全でローリスクな登り方です。ホールドを飛ばす「リーチムーブ」や「レザームーブ」は時間のロスがなくなりますが、ホールドを取りに行くとき、一瞬、手が壁から離れる状態になりますので、一言でいうとハイリスクハイリターンの登り方になります。

コンバインド・ジャパンカップ(2018年6月 岩手・盛岡)

楢﨑選手が最初に取り組んだのは「標準ムーブ」。2018年6月、岩手県で行われたジャパンカップでいきなり6秒87をたたき出し、当時の日本記録を更新しました。ところが、その決勝で大きな課題が浮かび上がりました。勢いよくスタートした楢﨑選手は、スピードを上げようとするあまり3番のフットホールドを踏み外してしまったのです。それ以上レースを続けることはできませんでした。

楢﨑智亜 選手

僕がミスをしやすいのは、まずは3歩目。3つ目のフットホールドです。「スピード」では、足元を見て登ると、どうしてもタイムをロスするので、足元を見ないで登る。そうすると、足をホールドにしっかりとのせられないことがあるんです。

「3番フットホールド」を克服する

3番フットホールドをどう克服するか。楢﨑選手は、ホールドを踏み外さずに登れるよう、様々な手足の動きを試しました。その結果、苦手の3番を使おうとすると、どうしても左に体がぶれてしまい、そのせいでホールドを踏み外していることが分かりました。そこで楢﨑選手は、3番を使わない方が直線的な動きができて、より早く登れるのではないかと、独自の新たな登り方を考え始めたのです。

楢﨑智亜 選手

日本選手は、外国人選手に比べて遅れてスピードに取り組み始めたので、どうしても外国人から教わるようなかたちになっていたんです。でも、それだといままで通りの枠の中でしか考えられません。そこで、派生というか、別の登り方を考えてもいいんじゃないかなと思ったんです。

2か月後。楢﨑選手の登り方は大きく変わっていました。2018年8月に行われたスピードの合同練習会。楢﨑選手は、苦手の3番フットホールドを使わず、さらに4番ハンドホールドも飛ばして、まっすぐ上に登る新しい登り方を誕生させていたのです。この技が、のちに世界のライバルたちを驚かせることになった「トモアスキップ」です。

ボルダリングの技から生まれた「トモアスキップ」

大きく変わったのは、スタートの時のホールドの持ち方。以前は左手で1番ハンドホールド、右手で2番ハンドホールドをつかんでいましたが、「トモアスキップ」では、両手で1番ハンドホールドをつかみます。両手の力をいかして真上へと飛ぶようにしてスタートを切ることで、3番と4番を飛ばして、いきなり5番に到達します。この日、楢﨑選手が「トモアスキップ」で出したタイムは6秒54。2か月前の記録よりも0秒33速くなっていました。

楢﨑智亜 選手

まっすぐのラインで登って行けるようになったので、スタートも早くなったし、そのあとの流れもよくなりました。すべての力を上に行く方向に伝えられている感じがしています。うまくはまりましたね。この登り方だったら、ほかの選手にプレッシャーや脅威を感じさせられると思います。

両手の力をいかした「トモアスキップ」には、楢﨑選手が得意とするボルダリングの技が生かされています。ボルダリングで離れたホールドに移るとき、手元のホールドをしっかりつかみ、反動をつけて勢いよく飛びあがります。腕の力を最大限に使って上へ飛ぶという、ボルダリングの技を応用して「トモアスキップ」は誕生したのです。日本代表のスピード担当コーチを務める水村信二(みずむら・しんじ)さんは、楢﨑選手の発想力と身体能力が生み出した大技だと言います。

日本代表スピード担当コーチ 水村信二さん

日本代表スピード担当コーチ 水村信二さん

「トモアスキップ」のスタートは、手でつかんでいるホールドに足を乗せるというかなり窮屈な姿勢です。3番フットホールドから5番までは1.5mくらいあるんですが、いろんな技をいろんな方向に、適切なタイミングで次々に行うことで、4番ハンドホールドを飛ばして5番を取りに行きます。全部を淀みなく連続していかないと成功しない登り方なんです。楢﨑選手ならではの発想と、優れた身体能力が合わさって生まれた登り方ですね。

楢﨑選手のスピードの最高記録は、日本記録の6秒159(2019年8月)。イランのレザー・アリプアシェナ選手が持つ世界記録の5秒48とは、まだ開きがあります。しかし、ボルダリングとリードを合わせた総合力では、金メダル獲得も十分に射程圏内です。世界のライバルから「ニンジャ」と呼ばれる楢﨑選手が、東京オリンピックで、どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか、期待が高まります。

この記事は「勝利の条件 スポーツイノベーション」(2018年10月14日放送)をもとに制作しました。
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