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2020年5月11日(月)

プロレス完全復活のワケは?メイ社長の挑戦に密着!

今、プロレスがアツい!
「新日本プロレス」の心おどる演出、大迫力な技の応酬に、女性や子どもファンが熱狂しています。

かつては人気低迷に苦しんだプロレスですが、復活した裏には、ある外国人経営者の姿がありました。
ハロルド・メイ社長、57歳(2020年5月時点)。
「大きなリスクを取らないところに、進化はない」と語る彼が、どのようにプロレスを躍進させたのか。その方法と功績に密着しました。

(2020年2月8日に放送された「ザ・ヒューマン〜プロレス、新時代へのゴング ハロルド・メイ〜」をテキスト化したものです。)

プロレスと出会った幼少期が原体験

初来日は8歳。大学卒業後に再び来日して就職したメイ社長

オランダ生まれのハロルド・メイ社長は、アメリカの大学で経営学を専攻。日本語の語学力を活かそうと日本の会社に就職しました。その仕事ぶりから、世界4位を誇る日本の玩具メーカーの社長に招かれ、赤字状態だった業績を数年でV字回復させます。2019年には第45回経済界大賞グローバル賞に選ばれるなど、今日本で注目されている“プロ経営者”の一人です。

そんならつ腕を振るっていたメイ社長が、一体なぜ新日本プロレスという全く畑違いの業界に飛び込んだのでしょうか。

その理由は、メイ社長が幼い頃の日本での思い出にありました。

メイ社長は、父親が日本企業に就職したことがきっかけで、1971年、8歳で来日しました。当時は日本語が全く分からない状態でしたが、日本のテレビ番組で唯一プロレスだけは楽しむことができたといいます。

玩具メーカーの社長を退任後、選んだのはプロレスという異業種だった。

ハロルド・メイ社長

「子どもの頃、プロレスをすごくかっこいいと思って見ていた。父も力強い格闘技が好きで、一緒によく見ていて。親子ふたりでも見られたというのは、ある意味、親子で共通してできる活動というか。そういう楽しみはなかなかなかったんですよ。本当に幼少期を助けてくれたと言ったらオーバーかもしれませんけれども、プロレスに助けられた気持ちは非常にあります」

幼少期から日本のプロレスの魅力にとりつかれたメイ社長は、新日本プロレス社長就任の話をもらってすぐに決心したのです。

ハロルド・メイ社長

「”これから一緒に夢を見ながら会社を大きくしていこう”というのを、1回やってみたかったんです。しかもそれが自分の好きなプロレスでできるという、こんなうれしいことはないですよね」

メイ社長が変えた、プロレスの魅力

ブームをけん引する選手たち

戦後の復興期から日本の人々を沸かせてきたプロレスですが、2000年代、日本で総合格闘技ブームが起こるにつれて、低迷の時代を迎えました。かつてはゴールデンタイムに放送されていた新日本プロレスの番組も深夜番組となり、2004年には30分に短縮。観客の動員も落ち込み、売上が激減するなど厳しい状況が続きました。

しかし、2010年代に突入すると、人気が徐々に復活し始めます。そして2019年には、過去最高となる54億円の売り上げを記録。女性や子どもなどの新しいファン層を獲得し、“プロレスブーム”が再来しました。そのブームをけん引するのは、強烈な個性を放つ選手たちです。

メイ社長は、選手の個性をプロレスのブランドとしてとらえ、戦略的にPRを実施。

ハロルド・メイ社長

「われわれは選手一人一人がブランドだと思っているんですね。というのは、個性が非常に豊かな方々ばかりなので、そのメッセージを消費者に伝えたいんです」

メイ社長は、そんなスター選手たちを広く知ってもらうため、リング外でのPR活動やSNS配信を積極的に行い、選手たちにもブログやツイッターを推奨し、 “個性”の発信をするよう呼びかけています。そうして時流にあったSNS戦略が見事にハマり、多くのファンの獲得につながったというわけです。

棚橋選手はSNSを使ってさまざまなPRを実践している。

棚橋弘至選手

「プロレスを知らない人、見たことない人にアプローチしようって。僕は、皆さんによく言われるんですけど『プロレスラーっぽくないですね』と。それを逆に売りにして、怖いとか痛そうとか威圧感があるとか、そういうプロレスの負のイメージを全部ぶっ壊そうと。でまぁ、よりチャラく派手になった(笑)。プロレスだけやっていればいい時代はもうとっくに終わりましたね」

若い女性からの人気を誇る、飯伏幸太選手

飯伏幸太選手

「プロレスは脱ぐ仕事。観客に楽しんでもらうために、体を鍛え抜き、試合ではよく動いてその身体能力をより表現できるようにしています」

「選手一人一人がブランド」を唱え、それを実践してきたメイ社長。プロレスの魅力をさらに広げていくため、さらに新たな挑戦を決断します。

米・英・豪の3か国に進出!!

メイ社長の視線は、国内のファンだけでなく、常に海外へも向けられています。社長就任以来、積極的な海外進出を推し進め、これまで米・英・豪の3ヵ国で27回の興行を実施。55,000人以上を動員し、海外ファンの獲得にも成功をしています。

海外進出が新日本プロレスの未来の礎になると語るメイ社長。

しかし、この挑戦には国内ファンから戸惑いの声も挙がりました。

ハロルド・メイ社長

「たしかに日本のファンの方から“日本を軽視しているのか”という声は聞かれました。でも、決してそんなことはなくて、日本のために、生き残りをかけるために、今、手を打っているんです。ファンの皆さんのために、プロレスのために、選手のためにやっているんです」

メイ社長は、日本のプロレスが将来生き残っていくためには、グローバル市場の開拓が必須だと言います。

ハロルド・メイ社長

「日本の人口減が明々白々の場合に、日本だけでプロレスをしたとして、日本だけでこの商品を売りますよというのは、経営としては間違った判断だと思うので、やはり他の市場に行く。日本の文化をもっと海外にいる方々に広めるっていうのはすごいポテンシャルがある」

メイ社長がアメリカで売り出したのは「日本らしい文化」でした。そこでメイ社長は、アメリカでプロレス道場を設立するというアイデアを実現。現地で集めたレスラーを日本流で育成しています。

リングを丁寧に掃除するアメリカの道場生。「礼に始まり、礼に終わる」新日本プロレスの流儀を叩き込まれる。

こうした地道な海外進出は、日本のプロレスをこれまで見たことがなかった海外の人にも届き始めています。「いつか日本で本場の試合を見たい」という熱狂的なファンも生まれているといいます。

東京ドームで初の”2日連続”興行開催

毎年1月4日に開催される、新日本プロレスで年間最大の興行「イッテンヨン」。メイ社長は長年続いてきたこの興行にも改革のメスを入れます。翌日の1月5日を「イッテンゴ」として、2日間連続の興行に拡充しようというアイデアです。

設置したフォトスポットには大勢のファンがつめかけ、SNSでの発信力が高まった。

メイ社長が仕掛けたのは「全世界に向けたSNS広告」でした。

ハロルド・メイ社長

「全世界の人たちに通用するのがデジタルマーケティング。使えるあらゆる手をすべて使うべきだと僕は思います。商品を好きになるきっかけをできるだけ提供してあげることが会社の責任なんですね」

各選手をイメージしたスペシャルメニューを揃えるなど、コラボカフェには様々な工夫が。

さらに、メイ社長は5カ所のカフェでもプロモーションを展開。会場に人気選手の等身大写真を設置し、SNSでの広報戦略を打ち出しました。当初は社員の間に動揺もありましたが、初の2日連続開催に向けた機運は徐々に高まっていきました。

ハロルド・メイ社長

「これが成功すれば、ここまで新日本が復活したと、みんなが堂々と胸を張れる瞬間でもあるとは思うんです」

プロレス人気を印象づけた、初めての2日連続の東京ドーム

こうした広報戦略の結果、1日目の来場者は満員の4万人超え、2日目は3万人超え、2日間の興行で7万人超を動員。プロレス人気の復活を印象づける興行となりました。

”リスクをとって新しい次元へ”

玩具メーカーに続き、新日本プロレスでも次々と改革に着手するメイ社長。その経営理念はどこにあるのでしょうか?

ハロルド・メイ社長

「プロ経営者というのは、外から経営として招かれる人のことを指します。外から来るということはまったく新しい次元のビジネスをやるという意味でもあります。決してそんなに甘いものではない。だからこそ、大きなリスクをとって新たな試みに挑戦しないといけない。会社、プロレスともに新しい次元にもっていくことが僕の役割だと思っています」

現場からの発想を重視したスピード感ある経営がポリシー。社員や選手の声に常に耳を傾ける。

そんなメイ社長がいる社長室は常にドアが開かれており、社員だけでなく選手たちも気軽に立ち寄っていきます。その度にフランクに会話を重ね、コミュニケーションを深める。こうしたメイ社長の姿勢は、ファンに対しても変わりません。メイ社長は月に2、3日は必ず現場に足を運び、ファンたちと交流を図り、誰に対しても「顔の見える経営」を実践しています。

新日本プロレスの興行は日本全国で年間150日。メイ社長は子どもにも声をかけグッズを配るなど、積極的にコミュニケーションをとっている。

ハロルド・メイ社長

「外国人の多くは目立ってなんぼというところがあるんです。ある意味顔を売るというか。会社の代表でもあるし、会社の顔でもあるので、それを売るということは、“こういう人が経営していますよ、こういう考え方で会社を育てようとしていますよ”という会社のブランドイメージにもつながる」

メイ社長がもっとも重要視しているのは“リスクのある試み”。新たなことにチャレンジしなければ成長はないと言います。

イベント会場を見渡すメイ社長

ハロルド・メイ社長

「ビジネスというのは、リスクを取って、達成できた時、ものすごい満足感と次につながる自信になるんですよね。これができるんだったら、じゃあ、次はここまではできるかなと、もっとハードルを上げようと。
 
一番感じたのは、日本の会社あるいは経営者は大きなリスクを取りたがらない。しかし、ビジネスをネクストレベルに導くためにはリスクを取った挑戦、そこから生まれる自信や達成感が重要です。逆に言うと、そういう大きなリスクを取らなければ、ビジネスの進化もないと思います」

プロレスをビジネスとして捉えなおし、新しい発想でファン獲得に成功したメイ社長の取り組み。新日本プロレスの復活は、日本のプロスポーツ界にも参考になる点があるように見えます。

                   
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