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2020年3月10日(火)

オリンピックトリビア④「女性アスリート 輝きの歴史」

増え続ける女子アスリート

42対1から174対164。この数字は一体何の対比だと思われるでしょうか?実はオリンピックに参加した日本選手の男女比です。1928年のアムステルダム大会に参加した日本の女子選手は陸上の人見絹枝ただ1人でした。女子の種目が増えるにつれて日本の女子選手も増え続け、前回のリオ大会では男子とほぼ同じ数の女子選手が参加しました。

歴史の扉を開いたのは戦前のランナーとスイマー

人見絹枝

戦前のオリンピックでメダルを獲得した日本の女子選手は陸上の人見絹枝と水泳の前畑秀子の2人です。人見は期待された100mで惨敗。決死の覚悟で初めて走った800mで銀メダルを手にしました。これが日本女子のメダル第1号です。

前畑秀子

競泳の前畑秀子は1932年ロサンゼルス大会に18歳で初出場。200m平泳ぎで銀メダルと健闘しましたが、帰国後、「なぜ金メダルを取ってこなかったのか」と心ない非難を浴びました。4年後のベルリン大会。悲壮な決意で臨んだ前畑はドイツのゲネンゲルとの激しいレースを制して念願の優勝。女子ではオリンピック初の金メダルを日本に持ち帰りました。

本格参加は戦後 夢の舞台で確かな足跡

吉川綾子

戦後、日本は1952年ヘルシンキ大会からオリンピックに復帰。日本選手72人中、女子は11人が参加しました。そのうちの1人が当時19歳の陸上選手、吉川綾子です。前年に日本新記録を出した100mと専門の走り幅跳びに出場し、夢の舞台を実感しました。女子100mはその後、2008年北京大会に福島千里が出場するまで実に56年間、日本勢の空白が続きました。

1964年 東京オリンピック 競泳 女子 100m 背泳ぎ 田中聡子

1960年ローマ大会は日本選手167人中、女子は20人でした。競泳の田中聡子は当時18歳の高校3年生。生まれて初めて飛行機に乗り、20時間余りかけてヨーロッパに向かいました。初出場の大舞台で、田中は女子100m背泳ぎで銅メダルを獲得。前畑以来24年ぶり、戦後では日本女子初のメダリストになりました。田中は続く1964年東京大会でも4位と健闘。その2年後に引退しましたが、世界記録を更新し続けた得意の200m背泳ぎがオリンピックに採用されたのは1968年のメキシコ大会でした。

“東洋の魔女”が初代女王に

大松博文監督が編み出した「回転レシーブ」

初めて地元で開催された1964年の東京大会。日本女子の数は61人に増えました。期待と注目を最も集めたバレーボール女子は12人中10人が日紡貝塚の選手でした。「鬼の大松」と呼ばれた大松博文監督が猛練習で鍛え上げた日紡貝塚は1961年のヨーロッパ遠征で22連勝。その無敵の強さから「東洋の魔女」というニックネームがつきました。外国勢との体格のハンデを補うため、大松監督が考案した「回転レシーブ」で鉄壁の守りを築いた東洋の魔女。バレーボールが初めて実施された東京大会を圧倒的な強さで勝ち進み、決勝で宿敵のソ連にストレート勝ち。初代オリンピック女王、そして戦後日本女子初、団体競技では男女を通じて日本初の金メダルに輝きました。

決勝戦の視聴率はスポーツ中継で歴代1位の66.8%に上り、その後のママさんバレーなど国内にバレーボールの一大ブームが巻き起こりました。

競泳女子 金メダルの系譜

青木まゆみ

日本女子が戦後初めて個人種目で優勝したのは競泳の青木まゆみです。がっしりした体型とパワフルな泳ぎから「金太郎」「女金時」と親しまれた青木。1972年ミュンヘン大会の100mバタフライを世界新記録で制しました。競泳では前畑以来36年ぶり2人目の金メダル。バタフライの日本の金メダリストは男女を通じて青木だけです。

岩崎恭子

それから20年後の1992年バルセロナ大会、中学2年の岩崎恭子が200m平泳ぎで逆転の金メダル。14歳6日の最年少優勝記録を作った少女は「今まで生きてきた中で一番幸せ」と喜びを語りました。2004年アテネ大会では女子種目で最も長い800m自由形で柴田亜衣が金メダル。

柴田亜衣

自由形の優勝は日本女子では柴田しかいません。2016年リオ大会では200m平泳ぎで金藤理絵が金メダル。

金藤理絵

この種目で岩崎以来24年ぶり3人目の女王に輝き、前畑から始まった伝統を受け継ぎました。

シンクロナイズドからアーティスティックへ

左から:元好三和子 小谷実可子 立花美哉

競泳に負けず劣らずシンクロナイズドスイミングも栄光の歴史を重ねてきました。初めて実施された1984年のロサンゼルス大会から2008年北京大会まで7大会連続してメダルを獲得しました。元好三和子や小谷実可子、それに立花美哉ら名選手が次々に登場。金メダルこそ、まだありませんが、2016年リオ大会ではデュエットとチームで2つの銅メダルを取り、世界トップレベルの競技力を維持しています。

2017年に名前をアーティスティックスイミングに変更しました。同調を意味するシンクロから芸術性を追求するアーティスティックの名のもとに東京大会は開かれます。

女子マラソンで黄金時代築く

有森裕子

1992年のバルセロナ大会。有森裕子がマラソンでは日本女子初のメダルになる銀メダルを獲得しました。陸上のメダルは人見絹枝以来、実に64年ぶり。2人は同じ岡山県出身で、有森がメダルを取った8月2日(日本時間)は、奇しくも24歳で世を去った人見の命日でした。有森は続くアトランタ大会も銅メダルと健闘し、「自分で自分をほめたい」という名言を残しました。

銀、銅と続いたメダルの色が待望の金になったのは2000年のシドニー大会です。高橋尚子が軽やかな走りで42.195キロを駆け抜けました。

高橋尚子

日本女子陸上初の金メダリストはフィニッシュ後、疲れも見せず、天真らんまんのQちゃんスマイルを振りまきました。

オリンピック発祥の地に戻った2004年のアテネ大会。野口みずきが猛暑のレースを耐え抜いて日本女子連続の金メダル。

野口みずき

有森から4大会連続してメダルを獲得する一時代を築きました。

男子に先駆けてメダルを獲得

男子より早くメダルを獲得した競技がバドミントンと卓球です。どちらもオリンピック競技に採用される前から日本女子は世界の舞台で活躍してきました。

小椋久美子(左)潮田玲子(右)

バドミントンは1992年バルセロナ大会から正式競技に加わり、2008年の北京大会で小椋久美子と潮田玲子の「オグシオ」ペアの活躍が契機になり、一躍脚光を浴びる存在になりました。

藤井瑞希(左)と垣岩令佳(右)

そして2012年ロンドン大会の女子ダブルスで藤井瑞希と垣岩令佳の「フジカキ」ペアが男女を通じて日本初のメダルになる銀メダルを獲得。

髙礼華(左)と松友美佐紀(右)

前回のリオ大会では同じ女子ダブルスで髙橋礼華と松友美佐紀の「タカマツ」ペアが念願の金メダルに輝きました。女子シングルスでも奥原希望が銅メダルを取りました。

卓球は1988年ソウル大会からオリンピックの正式競技になりました。現在に続く卓球ブームの立役者は福原愛です。泣きながら頑張る「天才卓球少女」として人気を集め、実力もつけた2012年ロンドン大会で、平野早矢香、石川佳純と3人で臨んだ団体戦で快進撃。

福原愛(左)平野早矢香(中央)石川佳純(右)

決勝で中国に敗れましたが、男女を通じて初のメダルになる銀メダルをつかみました。福原は前回のリオ大会でも、同じ種目で銅メダルを取り、「泣き虫愛ちゃん」は2大会連続のメダリストに成長しました。

格闘する女子たちの大躍進

日本女子の金メダルは2000年シドニー大会の2個から2004年アテネ大会では9個と飛躍的に増えました。その原動力になったのが、柔道の活躍とアテネ大会から女子種目が採用されたレスリングの躍進です。

田村亮子(右)塚田真希(左)

柔道は最軽量の48キロ級で谷(田村)亮子が2連覇、最重量の78キロ超級も塚田真希が制するなどアテネ大会の7階級中、5階級で優勝する金メダルラッシュを見せました。

レスリングは吉田沙保里と伊調馨が金メダル。ここから2人の連覇が始まりました。伊調はリオ大会で、オリンピックの女子個人種目で唯一の4連覇を達成。

伊調馨(左)と吉田沙保里(右)

「霊長類女子最強」と言われた吉田沙保里は2012年ロンドン大会で3連覇し、リオ大会は決勝で惜敗しました。

登坂絵莉(左)土性沙羅(中央)川井梨紗子(右)

日本は若手が奮起し、登坂絵莉、土性沙羅、川井梨紗子が優勝。女子6階級中、4階級で金メダルを獲得して世界ナンバーワンの強さを示しました。

女子が選手団主将や旗手に

小野喬(左)と山下泰裕(右)

主将は日本選手団を代表する大役です。1964年東京大会は体操の小野喬、1984年ロサンゼルスは柔道の山下泰裕など日本を代表する男子の有力選手が歴代の主将を務めてきました。この慣例を破ったのがレスリングの吉田沙保里です。

リオ大会の結団式で、決意表明する吉田沙保里主将

2012年のロンドン大会で旗手を務めた吉田は2016年のリオ大会で、日本の選手団史上初めて女性主将に抜てきされました。そして銀メダルを獲得し、主将はメダルを取れないというジンクスも6大会ぶりに破りました。

入場行進で国旗を持って先頭を歩く旗手。女子で最初に務めたのはシンクロナイズドスイミングの小谷実可子、1988年ソウル大会でした。ここからバレーボールの中田久美、柔道の田村亮子と3大会続けて女子の旗手。その後は2004年アテネ大会のレスリングの浜口京子、2008年北京大会の卓球の福原愛、そして吉田と、これまでに6人の女子旗手が誕生しています。

男子に勝る女子の活躍

たった1人の参加から始まった日本女子のオリンピックの歩み。2004年のアテネ大会で男子の141人に対して女子は171人。初めて女子の数が男子を上回りました。この大会では女子が9個で男子は7個と金メダルの数でも初めて女子が男子を逆転しました。以降、2008年は女子5個、男子4個。2012年は女子4個、男子3個。2016年は女子7個、男子5個と女子の優位が続いています。

1964年の東京大会で東洋の魔女が日本女子唯一の金メダルを獲得してから56年。2回目の東京大会では水球やボクシングに初めて女子選手が挑戦し、全ての競技に日本の女子が出場する可能性があります。ハンドボールの女子は44年ぶり、ソフトボールは金メダルを取った北京大会以来の出場です。

参加する全ての女性アスリートが世界最高の舞台で、自分を信じ、力を出し切る熱戦を期待したいと思います。

                   
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