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2020年3月12日(木)

板飛び込み・三上紗也可 ケガのたびに強くなってきた師弟の物語

飛び込み競技には、高さ10mの固定台から飛び込む「高飛び込み」と、弾力性のある飛び板から飛び込む「板飛び込み」の二つがありますが、この記事で紹介するのは「板飛び込み」で東京オリンピックの代表に内定している三上紗也可(さやか・2000年生まれ)選手です。2019年の世界選手権「女子3m板飛び込み」で5位入賞を果たし、オリンピックの表彰台も見えてきた三上選手。その飛躍の裏側には、選手生命が脅かされるほどの大ケガをコーチと共に乗り越えてきた師弟の物語があります。

腰のケガを乗り越えて身につけた「イルカ」の入水姿勢

三上選手は、日本代表選手を何人も輩出してきた“飛び込み王国”鳥取県出身。母親の勧めで小学2年生からダイビングスクールに通い始めた三上選手、この時の安田千万樹(ちまき)コーチとの出会いが、東京オリンピックへの物語の始まりでした。安田コーチは1994年広島アジア大会「3m板飛び込み」の銅メダリスト、当時は、高校の体育教師の傍ら、地元で後進の指導に当たっていました。安田コーチは、三上選手を見たとき、その潜在能力の高さに驚いたと言います。

安田千万樹コーチと三上紗也可選手(小学5年・右)

安田千万樹 コーチ

不器用な子だけど、自分の体をコントロールできないくらいのパワーを持っていると感じました。暴れ馬みたいな。すごく高く上がったり、すごい回転をしたりするんだけど、コントロールできずにバシャバシャ落ちている感じでした。でも整っていけば、もしかしたらスゴイ選手になるかも知れないと直感しました。

腰椎分離症を患う直前の三上選手(中学2年)

三上選手は、持ち前の強い脚力を生かして次々に技を身につけて行きました。ところが、突然、腰椎が疲労骨折を起こす「腰椎分離症」の激痛に襲われます。リオ五輪の代表争いをしていた中学3年の時でした。ケガの原因は「入水時の衝撃」にあリました。
当時、三上選手は「高飛び込み」と「板飛び込み」の2種目に取り組んでいました。「高飛び込み」の入水速度は約時速 50km、入水時には400kgにも及ぶ強い衝撃を受けます。また、外側へ働く遠心力にも耐えなければなりません。ところが中学生の三上選手の腹筋や体幹は未成熟でした。そのため、体がエビ反りになって、腰椎に過度の負荷がかかっていたのです。悪化すれば選手生命が断たれる重症、1年近く練習を休まざるを得ませんでした。

三上紗也可 選手

リオ五輪をねらっていたので、凄く悔しかったです。ライバルに置いていかれるっていう気持ちで、すごく悲しかったです。

幸い痛みは少しずつ消え、練習を再開することができました。安田コーチの勧めで取り組んだのは、入水姿勢の改善。手本としたのは、放物線を描くようなイルカの姿勢でした。

イルカの姿勢は外側へ働く遠心力によって体がエビ反りになることを防ぐ

安田千万樹 コーチ

わかりやすく言うと、イルカがジャンプして飛び込むときの姿勢です。真っ直ぐでもなく、曲がっているわけでもなく、イルカのような弧を描くような形で入水をした方が、放物線にそった水の入り方になるので、水しぶきが立ちにくくなります。ところが、真っ直ぐに入水しちゃうと、抵抗がかかって、エビ反りになってしまい、ケガをするリスクも高まります。落下している放物線の遠心力を効率よく入水につなげるための形が大事なんです。

腰のケガを乗り越えることで身につけた三上選手の「イルカ」の入水姿勢を動画でご覧ください。入水の直前に手を広げ、回転を解く動作をしてから入水します。その時の姿勢に注目です。エビ型の回転から手を開いても体の放物線のラインが崩れないため、水しぶきがほとんど上がりません。

三上紗也可 選手

私は入水技術が他の人に比べて劣るので、中国の選手のように水しぶきが上がらないノースプラッシュで入水できるように練習を重ねています。10点満点をねらうには細かいところに注意して、入水だけの基礎練習を繰り返すようにしています。

記憶障害の大ケガがきっかけで習得した「高いジャンプ」

三上選手は高校2年生の夏、再び大ケガに見舞われました。練習中、飛び板に頭をぶつけて脳しんとうを起こし、一時的な記憶障害に陥ったのです。安田コーチはこの時「これ以上指導する自信がなくなった」と三上選手の両親に伝えました。

安田千万樹 コーチ

ショックでしたね。やってしまったなって落ち込みました。このまま記憶障害になったらどうしよう、人生台無しにしそうだったので、これ以上指導は無理だなっていうのが、率直な気持ちでしたね。私を含めて指導者はみんなどこかで、東京五輪という地元のオリンピックに翻弄されているんです。次の五輪をゆっくり目指せばいいのに、自国開催に合わせなきゃいけないと慌ててしまっている部分、冷静じゃない部分があって、選手に必要以上の負担を強いているんじゃないか、それが三上のケガにつながったんじゃないかと責任を感じました。

安田コーチと記憶障害のケガを克服した三上選手(高校3年)

この時、安田コーチを励ましたのは、三上選手と三上選手の両親でした。「引き続き指導してもらいたい」と懇願したのです。

三上紗也可 選手

あの時のコーチはそれまでで一番落ち込んでるっていう印象でした。両親からは「私に注意力がなく、周りが見えていないからだ」と言われました。私もその通りだと思いました。私自身はぶつけた時の記憶がないので、大きなケガという認識はありませんでした。恐怖心を抱くこともなかったので、コーチを続けてくださいとお願いしました。

三上選手が飛び板に頭をぶつけた原因は、ジャンプの踏切にありました。飛び板は先端に行くほど弾力性が高いため、先端に近い位置で強く踏み切った方が反動を利用した高いジャンプができます。しかし、小柄な三上選手は体重が軽いため、飛び板の反動を利用した高いジャンプができていなかったのです。安田コーチは、助走のテクニックを身につけるよう促しました。ジャンプする前に片足のステップで一度高く飛び上がる予備動作を行い、飛び板のしなりの反動を使って飛び板を深く沈めてから踏み切る技術です。弱点を克服した三上選手の高いジャンプをご覧ください。

安田千万樹 コーチ

一度高く飛び上がる予備動作をすると目線が動くので、最適な踏み切りの位置を外してしまうリスクがもあります。しかし、三上のように体が小さくて体重が軽い選手は、それを極めていかないと筋骨隆々とした欧米の選手には太刀打ちできません。難易度が高い技は滞空時間が必要なので、まずは、高いジャンプができる選手にならなくてはならないんです。

高難度の技「5154B」で世界に挑む

滞空時間の長い、高いジャンプができるようになった三上選手が、東京オリンピックを前に取り組んでいるのは、2回転半しながら2回ひねりを入れる「5154B」(前宙返り2回半2回ひねりエビ型)という大技です。回転数が多いため、高いジャンプが苦手な女子の選手にとってはハードルが高く、女子では世界でも数人の選手しかできない高難度の技です。三上選手の演技をご覧ください。

5154B(前宙返り2回半2回ひねりエビ型)

三上紗也可 選手

まだ、百発百中というわけにはいきませんが、繰り返し練習して筋力も上がってきて、ジャンプに少し余裕が出てきました。完成度は50%といったところです。高く上ると、その分、遠心力が小さくなるので、余裕がある状態で入水できます。助走の精度を高めて飛び板の先端に乗って高く飛んで、東京オリンピックでは絶対に「5154B」を成功させたいと思っています。

安田千万樹 コーチ

三上は、なぜかわからないけど、ケガをするたびに強くなるんです。すごく苦しんだ時期もありましたが、幼い頃から毎週のように合宿を繰り返してきました。家族と一緒の娯楽もないし、学校の行事にも参加できなかったり、勉強する時間もなかったでしょう。色んなことを犠牲にしてやってきた本当に強い子です。そういった意味では、東京オリンピックで結果を残して、ほっとして欲しいですね。

三上選手を自分の娘のように大切に育て上げてきた安田コーチ、その思いに答えてケガを乗り越えるたびに強くなってきた三上選手。わずか2秒足らずの演技の裏側には、温かい師弟の物語があります。東京オリンピック、そんな二人の物語を思い浮かべながら放送をご覧になっては、いかがでしょうか。

                   
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