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2020年3月12日(木)

オリンピックトリビア②「 水泳ニッポンの最強種目とは?」

スポーツ"御四家"

徳川御三家など有力あるいは有名な3人(3団体)を御三家と呼びます。では、日本のスポーツ界に「御四家」と呼ばれる競技があることをご存じでしょうか?

その答えは、柔道、レスリング、体操、そして水泳です。日本がオリンピックで積み上げた142個の金メダルのうち、この4競技が獲得した金メダルは合計124個、実に全体の87パーセントを占めています。その実績から「御四家」と評される4競技の中で最初に金メダルを取ったのが戦前から大活躍した水泳です。

黎明期に3連覇の偉業

1928年のアムステルダム大会で鶴田義行

1928年のアムステルダム大会で当時24歳の鶴田義行が男子200m平泳ぎで優勝。競泳で日本初の金メダリストになりました。鶴田は続く1932年のロサンゼルス大会で日本選手史上初のオリンピック連覇を達成。「苦しいうちはダメ 苦しさに慣れ」と猛練習に明け暮れた言葉を残しました。

1936年のベルリン大会 葉室鉄夫(写真中央)

さらに1936年のベルリン大会では葉室鉄夫が優勝し、200m平泳ぎで日本勢の3連覇が実現しました。この大会では女子200m平泳ぎでも「前畑がんばれ」の実況で知られる前畑秀子が日本女子初の金メダルを獲得。男女とも同じ種目で地元ドイツ勢との大接戦を制し、メインポールに日の丸を上げました。

20年ぶり復活の金メダル

200m平泳ぎの連勝記録は第2次世界大戦で途切れてしまいます。オリンピックはベルリン大会を最後に2つの大会が中止を余儀なくされました。日本は1952年ヘルシンキ大会でオリンピックに16年ぶりに復帰しましたが、国際舞台から長く遠ざかっていたブランクは大きく、得意種目もメダルに届かず4位が最高でした。

1956年のメルボルン大会 古川勝

日本勢が再び200m平泳ぎで実力を発揮したのは、その4年後の1956年メルボルン大会です。前畑秀子と和歌山県の同じ町出身の古川勝が得意の潜水泳法で金メダル。葉室以来20年ぶりの栄冠でした。

1960年ローマ大会 大崎剛彦(写真左)

続く1960年ローマ大会は大崎剛彦が銀メダル。

1972年ミュンヘン大会 田口信教

1972年ミュンヘン大会では独特の田口キックを駆使した田口信教が100mの金に続いて銅メダルを確保しました。

2大会連続2冠の金字塔

北島康介

そして迎えた21世紀に平泳ぎの申し子、北島康介が登場します。2008年8月14日。当時25歳の北島は北京大会の競泳男子200m平泳ぎで優勝。100m平泳ぎと合わせて日本勢初の2大会連続2種目制覇の金字塔を打ち立てました。

北島が発した「チョー気持ちいい」や「何も言えねえ」は喜びの感情を素直に表した言葉が大きな話題を呼び、流行語大賞にも選ばれました。

2012年ロンドン大会 立石諒

さらに2012年ロンドン大会は立石諒が銅メダル。鶴田から始まった200m平泳ぎの伝統は脈々と受け継がれています。

女子も躍動!最年少記録が誕生

1992年バルセロナ大会 岩崎恭子

200m平泳ぎは女子の健闘も男子に劣りません。1992年バルセロナ大会では岩崎恭子がレース終盤の驚異的な逆転劇で14歳の最年少金メダル。「いままで生きてきた中で一番幸せ」の少女の言葉に日本中が湧きました。

2012年ロンドン大会 鈴木聡美

2012年ロンドン大会では鈴木聡美が銀メダル。

2016年リオデジャネイロ大会 金藤理絵

2016年のリオデジャネイロ大会では金藤理絵がこの種目で日本勢24年ぶり3人目の金メダルに輝いたのは記憶に新しいところです。

最強種目は200m平泳ぎ

日本が水泳で獲得した22個の金メダルのうち、200m平泳ぎは男子が6個、女子が3個の計9個を量産しています。まさに日本が世界に誇る最強のお家芸と言えるでしょう。さて、2020年東京大会はどうでしょうか。

渡辺一平

地元開催に燃える元世界記録保持者の渡辺一平や、前回5位の雪辱を期す小関也朱篤らが頂点を目指します。

小関也朱篤

お家芸の伝統を力にして、前回1964年の東京大会では個人種目でゼロに終わったメダル獲得の期待が200m平泳ぎに集まります。

                   
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