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2020年3月11日(水)

「君の背中を押している!」仲間と走る東京パラ 陸上・唐澤剣也

パラ陸上・男子5000m視覚障害のクラスの日本代表、唐澤剣也選手。1994年、群馬県渋川市で生まれ、先天性の網膜剥離が原因で、小学4年生のときに完全に視力を失いました。

現在は群馬県の点字図書館に勤務するかたわら、競技に取り組んでいます。競技歴はまだ3年ほどですが、2019年11月にドバイで開催されたパラ陸上世界選手権の1500mと5000mに出場。視覚障害の中でもT11という障害の最も重いクラスの5000mで見事3位に。東京パラリンピック出場を内定させた、期待の新星です。

唐澤選手がどのような経緯で、パラリンピックを目指すことにしたのか、急成長の秘訣は何なのか。唐澤選手とガイドランナーの星野和昭さん、そして二人を結びつけた治療院の院長、清野(せいの)衣里子さんにお話をうかがいました。

東京パラリンピック内定を決めたパラ陸上世界選手権5000mでの快挙。その背景には、ガイドランナーの星野さんの作戦がありました。

5000mの場合、視覚障害のある選手に伴走するガイドランナーは、通常は一人で務めます。しかし星野さんは、あえて途中で交代することにしました。前半はスピードのある茂木洋晃さんに任せ、3000m以降の勝負所で自分が引き継ぐことにしたのです。

前半を伴走した茂木さん(左)と唐澤選手(写真は1500m時のもの)

前半はスピードがある茂木に、周りをじっくり見ながら力を使わないポジション取りをしてもらい、後半に備えるという作戦でした。その間に自分が他の選手の動きや表情などをじっくり見させてもらって、勝負をかけようと考えました。(星野さん)

3000mの時点で唐澤選手は6位。しかしここから上げていけると、星野さんは確信していました。

ガイドランナーを替わったとき、唐澤選手がちょっと苦しそうだったんです。しかし、他の選手の顔を観察していたので、他の選手も疲れていることを知っていました。だから「絶対他の選手のスピードが落ちてくるから、我慢、我慢」と言い続けました(星野さん)

後半を伴走した星野さん(左)と唐澤選手

3000〜4000mにかけてとても苦しかったんですけど、星野さんに声かけをしてもらったり、水をぶっかけてもらったり(笑)。それで気合いが入りました(唐澤選手)


そこから順位を2つあげて4着でゴール。タイムは15分48秒21で、見事3位の銅メダルを獲得しました

「形として結果が残せたというのはとても嬉しいですね」と唐澤選手。同時に東京パラリンピックの内定も勝ち取りました。

内定後、報道陣にインタビューをされる3人。左より、茂木さん、唐澤選手、星野さん

実は唐澤選手、盲学校の陸上部では、関東大会で新記録を出すという実力がありました。
しかし、群馬県の点字図書館に就職してからは仕事を優先して、陸上から遠ざかっていたといいます。

そんな唐澤選手がパラリンピックをめざすようになったのは、2016年のリオパラリンピックで日本人選手の活躍を知ったことだと言います。

目が見えないという同じ立場の人が、世界の舞台で活躍していることに刺激を受けました(唐澤選手)


パラリンピックをめざすには、走力の高いガイドランナーの協力が必要です。しかし陸上から離れていた唐澤選手には、伝手が全くありません。そこで盲学校の先輩で、スポーツ選手の治療も手がけていた治療院の院長、清野衣里子さんに相談しました。
その時、清野さんは、唐澤選手に、こう問いかけました。

ガイドの人たちの4年間を人生そのままいただいて手伝ってもらうんだから、途中で辞めるのは困る。最後までやってみようという覚悟があるんだったら、声をかけてみるよ」と唐澤選手に言ったのです。そうしたら「本気なんです」と即答しましたね(清野さん)


ガイドランナーとして白羽の矢が立ったのが、当時清野さんの治療院に通っていた星野さん。コーチとして上武大学を箱根駅伝出場に導いた実績はありましたが、パラスポーツに関する知識は全くありませんでした。しかし、唐澤選手の決意や、それまでのタイムから推測されるランナーとしての高い資質に可能性を感じ、ガイドランナーとして唐澤選手をサポートすることに決めました。

唐澤選手から当時100mを12秒で走るということを聞いたのですが、「練習は全然していない」と言うんです。スタミナをつけ、素質を伸ばしていけば活躍できると思いましたね。でも、唐澤選手は「1500mで世界を狙いたい」と言ったのですが「無理だよ」と伝えました。「5000mの方が向いているよ」と。強みであるスピードを生かせるし、ゆくゆくマラソンへの転向も視野に入れられるので(星野さん)

唐澤選手(右)と伴走者の茂木さん(左)をつなぐひも

当時、毎日練習する習慣がなかった唐澤選手に、トレーニングのイロハから唐澤選手を指導した星野さん。特に力を入れたのが、ランニングフォームの改善です。唐澤選手は目で見て修正することができないため、星野さんの姿勢や筋肉の動きを「触って理解する」という方法で取り組みました。

健常者への指導とそんなに変わらないだろうと感じだったんですけど、全く違いましたね。本当の意味の手探りですよ(笑)。でも唐澤選手は鍼灸(しんきゅう)師の資格を持っているので、筋肉の名前や役割に精通しているんです。伝えたいことをつかんでくれるので、苦労は感じません。そういった練習方法を取り入れてから記録も伸びてきました(星野さん)


さらに星野さんは、他のガイドランナーと交代で、唐澤選手の朝食も作っています。

走るだけじゃなくて、食べるということも練習なのだと伝えたくて。仕事との兼ね合いが大変なときもありますが、当番制で朝食を作っています(星野さん)



唐澤さんいわく、星野さんが作る朝食は「とってもおいしい」とのこと。陸上だけでなく、生活全般もサポートしているのです。

星野さんとの巡り合いは本当に運命というか。やっぱりつながっていくのかなと感じました(唐澤選手)

“3人”でフォームを確認する

星野さんはガイドランナーのやりがいについて次のように語っています。

東京オリンピック・パラリンピックが盛り上がっているものの、群馬ではあまり身近に感じていなかったのが、正直なところです。しかしガイドランナーとして携わってパラリンピックを身近に感じ、すごく張りが出ました(星野さん)


唐澤選手をサポートするのは、星野さんだけではありません。星野さんを唐澤選手に紹介してくれた清野さんも、唐澤選手を支えるために「からけん会」というグループをつくり、サポートをしています。

遠征のお金などを募金で援助できたらと思って『からけん会』を作りました。はじめは知り合いに募金を募ったり、グッズを売ったりしていたのですが、2年目に唐澤選手の出身地の自治会長さんが「とにかく応援したい」といってくださって、400人あまりからお金を集めてくれたんです。地元では、お年を召した方も「息子が頑張っているようだ」と、とても喜んでくださっています。唐澤くんは何百人もの方に笑顔を届けてくれていると思います(清野さん)

自分の夢への挑戦を(僕が)走るっていうことで元気づけられたとか、勇気づけられたとか。そういった声を聞けるっていうのはとてもやりがいを感じますね。ここまで続けて来られたのは、支えてくれる方々や、応援してくださっている地元の皆さん、理解してくれている職場の上司や同僚のおかげです。皆さんの期待に応えたいと思っています(唐澤選手)

「からけん会」のメンバーの寄せ書きで埋め尽くされた日の丸を広げる唐澤選手(右)と星野さん(左)。「世界の星になれ!」(唐澤選手の地元)小野上の群馬の日本の皆さんが君の背中を押している全身全霊を尽くして前へ進め」と書かれたメッセージも

パラリンピック出場が内定し、今後は「勝つためのトレーニングにシフトする」と星野さんは語っています。
まだまだ成長し続ける唐澤選手。支えてくれる仲間の思いや地元の熱い声援を胸に、さらなる飛躍を目指します。

※この記事は以下の番組から作成しています。
2020年1月5日 「視覚障害ナビ・ラジオ -シリーズ 2020の星になれ!-
内容は放送時のものとなります。

※関連動画:【パラ陸上世界選手権2019】唐澤剣也 T11(視覚)1500m・5000m「終盤のスピードに自信を持っています」

                   
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