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2020年2月20日(木)

山西利和 「"自分がない"世界チャンピオン」「いだてん」たちの“つぶやき” -第11話-

陸上担当の記者やディレクターなどが、取材で見つけた話を発信する「いだてん」たちの“つぶやき”。開幕まで半年を切った東京オリンピックで複数の金メダルが期待される競歩の選手が初登場だ。山西利和は、去年の世界選手権で男子20キロを制し、オリンピックでは「競歩界初の金メダル」候補に名乗りを上げた。

ただ周囲で高まる期待とは裏腹に本人はいたって冷静で威勢のいいことは口にしない。体格に恵まれているわけでなく、身体能力も決して高いほうではないと言う。そんな彼の強さの「源」はどこにあるのか、探る取材に出た。(取材:スポーツニュース部 佐藤滋記者)

目立たない24歳

山西は、身長1メートル64センチ、体重54キロ。同年代の平均を下回る。「世界一」の称号を得た今も街や駅で声をかけられることは少ないという。

目立つことは好きではないという24歳。「どちらかの足が地面についてなければいけない」という競歩のルールそのままに、メディアへの露出が増えた今も、その「軸足」はぶれない。オリンピック代表に内定した世界選手権のこともこう振り返る。

山西利和選手

“もっとやれるんじゃないか”ということがわかったレース。完勝ではなく紙一重の勝利でしかなかった。


条件の違いなど、ちょっとしたことで結果は変わると思うのでそういうことに左右されない“盤石の力”をつけていきたいと感じたレースでした。

強さのワケ①自己分析は

とはいえ「世界一」である。その「強み」をみずからはどう分析しているのか。

山西利和選手

本当に“ピカイチ”というところは正直ない。

そう言い切った山西。迷いながらあげたのは「歩型の安定性」と「後半の粘り強さ」だった。それでも…。

山西利和選手

ほかの選手を見ていてすごく光る物が多いので…。


その中で、自分が誰にもここは負けていないというところに至っているものがあるかと言われると…、どうなのかなという感じがしますね。

強さのワケ②恩師は

明確な回答を得られないまま向かったのは、山西の故郷である京都。高校時代の「恩師」、船越康平先生を訪ねた。京都でも有数の進学校、京都市立堀川高校出身の山西。今は別の高校に勤める船越先生は山西にどんな印象を持っていたのか。

船越康平先生

(入部時は)全く印象に残らなかった。全員フェアに見ていたので、部員の1人ということですね。


我が強いとか、人を押しのけてでもというタイプの人間では元々ないが、まあ黙々と、淡々と、粛々とやっていくタイプの子だなと。

中学から本格的に陸上を始めた山西は高校に入って数か月後、競歩に出会った。船越先生のアドバイスもあったそうだが、本人いわく「とりあえず、かじってみよう」程度だったという。「難しかった、でも夢中になった」という山西。ほどなく結果がついてきた。

高校2年の全国高校総体で2位(山西選手 左から2番目)

高校2年の全国高校総体で2位となり、翌年は優勝。世界ユース選手権でも金メダルを獲得した。

世界ユース選手権でも金メダル

急成長を見せた山西、その要因を船越先生は山西の「自分のなさ」にあると分析する。

船越康平先生

本人はある時、自分は良くも悪くも“自分がない”と言っていた。これと思ったことに関しては、とことん“素直”に人の話を聞くことが出来ると。


不必要なプライドが邪魔をして、他人から言ってもらうことを受け入れることができないということが皆無だった。

そして、体格にも身体能力にも恵まれていなかったことが、逆に幸いだったと言う。

船越康平先生

自分の足りないところを埋め合わせて伸ばすために、何をやらなければならないかというところに忠実に向かっていくことができる。


秀でたところがあるとしたらそこかなと思いますね。

“自分がない”。一見すると短所のように映ることばだが、次いで出たのは「素直」「受け入れる」「忠実に向かう」と褒めことばばかり。“自分がない”山西だからこそ、競歩で必要な特殊で高度な技術を、スポンジのように、どんどん吸収していったということなのだろう。

強さのワケ③コーチは

山西の強さを探る取材。続いて訪ねたのは、内田隆幸コーチだ。鈴木雄介(20キロ世界記録保持者、50キロ世界選手権優勝でオリンピック代表に内定済)、荒井広宙(リオデジャネイロオリンピック銅メダル・競歩界初メダル)を育てた。

内田隆幸コーチ

現在74歳、競歩界では知られた「名将」だ。船越先生の依頼もあって高校時代から山西の指導を続け、現在は山西の所属先のコーチを務めている。「名将」の目に映る山西の強さについて、鈴木や荒井の特徴を触れつつ挙げたのは…。

内田隆幸コーチ

修正能力がすごいですね。鈴木雄介は天才的な歩き方をします。荒井は雑草のような選手。山西は頭を使って歩きますね。


『これが悪いよ』と伝えると、次の周回の時にはきちっと直してきます。これはやっぱり2人に持っていない物がありますね。

“世界一の歩型”との出会い

京都大学に進学

内田さんの指導を受け始めた山西は、京都大学に進学後も実績を積み重ねた。さらなる進化を果たすきっかけとなったのが、実業団に入ったおととしの8月から行っている、鈴木雄介との合同練習だ。

鈴木雄介選手

同じ「内田門下生」の縁でともに合宿をする機会を得た。「世界一美しい歩型」と言われる鈴木に「弟子入り」した山西。所属先が異なり「ライバル」にもなり得る山西に対し、鈴木は惜しげもなくその技術や競技に向き合う姿勢を示してくれた。

山西利和選手

本当に懐が広い、深いと言いますか、ありがたいですよね。見て感じる物があるし、模倣することで自分にとってプラスになる部分があった。


記録や勝負に対するアプローチという点で、すごく“貪欲”な選手。自分にとってはすごく刺激になっている。自分の荒さがわかるので、練習中も練習後もすごく学びは多い、気づきが多い。

“世界一”の隣でトレーニングを続けた山西。持ち前の「吸収力」と「修正能力」の高さによって歩型が洗練され、ついに世界の頂点に上った。

“京大ウォーカー”と言われること

京都大学工学部出身の山西を語る時、その学歴に注目が集まることが多かった。「京大ウォーカー」「IQウォーカー」「頭脳派ウォーカー」…。

毎年50人程度が京大に進学する高校に通っていた山西にとって特別なことではなかったが、陸上のトップレベルでは異例だ。ただ、学歴と競技を結びつけて話をされることは好まない。学歴が注目されることを率直に尋ねた。

山西利和選手

関係ないですよね、という以上の感情は別にない。それでスタートラインが前に出るわけでも後ろになるわけでもないですし。

決して大学の4年間を否定しているわけではない。同級生と同じように進路に悩んだ上で陸上の道を選んだだけだ。陸上の強豪大学でなかったからこそ、いろいろな価値観を持つ選手たちが集まる。その中で「改めてこの道でどう進んでいくのか決められた」という。

競技も社業も

社会人となり、まもなく丸2年。陸上中心の生活だが、職場での信頼は厚い。鉄鋼メーカーに勤める山西は部品を開発する部署でデータの解析などを行っている。仕事に取り組む姿勢は競技に通じるものがある。

愛知製鋼の上司・新里喜孝さん

基本的に物静かで黙々と仕事をしています。ただ頭の回転がとても速く要点を理解することが速い。処理能力も高いので期待以上の納期で仕上げてくれています。

理想の歩型を目指して

強さの「源」を探る取材で見えたキーワードは、素直、吸収力、修正能力、処理能力…。東京オリンピックまで半年を切った時期ではあるが、山西は掲げるのは「すべての面でのベースアップ」だ。特に重要な歩型については独特の表現で理想像を語る。

山西利和選手

下り坂を体が勝手に進んでいくイメージが一番いいと思いますね。手足をせっせと動かして進んでいくというより、重心の移動が先にあって、そこに手足の動きがついているように。

“世界一の歩型”である鈴木の背中に追いつき、追い越す。山西が話す「まだまだ足りない」という「貪欲さ」は、山西から見る鈴木の姿勢そのものでもある。

自分がない、山西の存在とは

一連の取材で印象的だったのは、恩師の船越先生が発した教育者らしい言葉だった。個性を尊重することが重視される今、えてして「自分らしさが大事」、「自分が大事」と言われることが多い。一方で「自分がない」と船越先生が語る山西。その存在は何を意味するのか。

船越康平先生

突出して何かの身体能力が優れていると感じない、本当にどこにでもいるような青年です。そういう若者が1個1個積み上げていく中で、世界でも勝負させてもらえる所まで来た。


そして東京オリンピックでも(さらなる)可能性がある。(そういった姿は)“自分もやればできるんじゃないか”と感じ取ってもらえるチャンスでもあるし、勇気づけることが出来ると思えます。

札幌開催となったオリンピックのコースで山西がフィニッシュテープを切った時、私たちが目にするのは、多くの若者が持っているはずの「無限の可能性」なのかもしれない。

佐藤 滋

スポーツニュース部記者。平成15年入局。札幌局・山形局を経て現所属に。途中1年間はネットワーク報道部に所属。オリンピック取材は、ソチ・リオデジャネイロ・ピョンチャンの3大会を経験。自身は小学3年から大学まで野球一筋。

                   
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