読み込み中です...

2020年1月7日(火)

"自分が納得するところまで"体操 内村航平のプライド

2008年北京オリンピックで2つの銀メダルを獲得した19歳は、その後、伝統の体操ニッポンのエース、そして世界の「キング」となった。しかし、前回リオデジャネイロオリンピックで2つの金メダルを獲得したあとはケガに苦しみ、今、世代交代の波も押し寄せている。
東京オリンピックが迫る中、それでも日本の体操界には、31歳になった内村航平の復活を望む声が絶えない。いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた経験と王者のプライド、そして体操への情熱。12月に合宿を行ったオーストラリア・ブリスベンで、NHKのロングインタビューに内村が静かに語った。
(スポーツニュース部 記者 田谷亮平)

「どういう感情で見ればいいのか」

2019年は内村にとって、苦難の1年だった。
長年戦い抜いてきた肩は悲鳴を上げ、慢性的な痛みとなって現れていた。
4月の全日本選手権は、痛みから思いどおりの演技ができず、予選敗退。
北京オリンピック以降、11年続いてきたオリンピックと世界選手権の代表の座を逃した。

治療のため、病院に通う日々。
東京オリンピックの前哨戦となった10月の世界選手権を、内村は映像で見守るしかなかった。自分が出ているのが当たり前だった世界の舞台。
治療をしながら見るその大会は、かつてみずからが世界に圧倒的な実力を示し続けた場所。しかし画面から見るその大会は、全く違うものに見えた。

内村航平選手

どういう感情で世界選手権を見ればいいのか、わからなかった。
今までは、試合で結果を残して、自分の“居場所”は、ここなんだというのがあった。
それがない。まさか現役をやっている間に、試合に出られないとは思わなかった。
なんで肩の痛み程度に勝てないのだろう。

「逆境は嫌いじゃない」

屈辱の1年。
だが内村は“ミスをしない完璧な選手”とたたえられたこれまでを「今までが考えられない成績。あまりにも順調すぎた」と笑う。
そして苦しんだからこその経験を前向きにとらえていた。

内村航平選手

こういう経験が、たぶん生きてくるんだろうな、人生においても。
しんどい時、つらい時にどうやって乗り越えたらいいですか、みたいなことをリオデジャネイロの前や後に聞かれても、何と答えればいいか分からなかった。
気持ちでしょ、というようなことしか言えなかった。
たぶん今は、落ちるところまで落ちればいいんだよ、みたいなことを言えるかもしれない。
逆境は嫌いじゃない。最後に“ぎゃふん”と言わせることができればいいかなと。今はたぶん、そのための準備をしているので。すべてを糧にしている感じ。
代表に入れなかったことも、肩が痛くなったことも自分の人生。
体操を続ける上でも、経験しなくてはいけないことだったのかもしれない。

「山頂に立つために掘り下げる」

ブリスベンの合宿を、およそ1週間、朝から密着した。
そこで、改めて気付かされたことがある。
“基本練習をおろそかにしない”
基本的な練習こそが、完成度の高い難しい技につながるということを、みずからの体験で知っているからだ。
難度の高い技を掘り下げて行った結果が、基本的な練習につながるという。

内村航平選手

僕の場合は、掘り下げすぎるくらい掘り下げていく。
普通の人が考えている10倍以上掘り下げていく。
それ意味ないでしょ?って思われることもあると思う。
だけど、それが意味あると言いたいし、実際に意味があるんだよっていうのを若手に気付かせたいというのもある。

そして、東京オリンピックに向けみずからの思い描く演技を山頂に例えた。

内村航平選手

山頂は見えない、本当に。かなり見上げちゃっている。
だけど、今だけかなとも思う。すごく掘り下げるので、山頂は見えない。
そこから段階を追って、こうやればこうなる、こうやればこうなるというのを1つずつクリアしていって、春までに半分登っていればいいんじゃないかな。

「強いと思われないと納得できない」

内村が東京オリンピックに出場するには、国内の代表選考会を勝ち抜かなければならない。
そのために内村が大きなポイントとしてあげる種目が「跳馬」だ。
前回のリオデジャネイロ大会。日本にとって大きな得点源の一つとなったのは、内村が跳馬で見せた大技”リー・シャオペン”だ。

ところが翌2017年、内村はこの技の着地に失敗し、大けがを負う。
一時は東京オリンピックへ向けて”リー・シャオペン”を取り入れず、難度を落としたほかの技で「無難に点数を取る」ことも考えていた。
しかし、いま再び大技に挑むか、考えが揺れていると言う。

内村航平選手

やっぱり“リー・シャオペン”をやりたい。
これだけは、どうしても諦められない。
ケガのリスクはかなりあるけど、諦めきれないということは、やらなくてはいけないのかという直感。
年数をかけて覚えてリオデジャネイロでは武器として跳んだ。
けがで一生やらないのはもったいない。

そこには世界の頂点に君臨し続けた王者としてのプライドがある。
ただ勝つだけではなく、ただ得点を重ねるだけでもない。
困難と思われる技を成し得てこそ、周囲に“内村航平復活”をアピールできると思うからだ。

内村航平選手

結局けがしても、何しても、体操を戻せるんだなというところが、やはり強さにつながってくる。やっぱ強いなっていう風に、そう思われないと、自分として納得できない。

東京オリンピック その先へ

東京オリンピックへの思いを改めて聞いた。

内村航平選手

東京オリンピックは、本当に人生でも最大の目標。
もちろん、出場して金メダルを取りたいというのはあるけれど、純粋に出たい。
出ればすべてが変わる気がする。
今までのオリンピックというもの、自分が経験してきたものの概念も超えていくだろうし、人生最高の瞬間を迎えるだろう。

内村自身の競技人生への考えを聞いた。
ピークを越えてもなお競技を突き詰めるのか。
それとも勝てなくなれば、一つの区切りとなるのか。

内村航平選手

どっちでもない…どっちでもないですね、本当に。
東京オリンピックは、本当に人生でも最大の目標だと思うので、それを達成できればもう終わっていいかなと思うだろうし、達成するために、たぶん生まれてきたと言っても過言ではないと思う。
勝てなければ辞めるという考えも、ボロボロになるまでやりたいという気持ちもわかる。
でも結局は両方とも、自分が納得するまでっていうところだと思う。
一つは2位になる自分が嫌だ、勝ち続けるところで納得して終わりたい、そういう納得の仕方。もう一方は、ボロボロになり続けることで、自分は納得できる、という納得の仕方。
競技は結局、自己満足の世界だし、最終的に行き着くところはそこだと思う。
前は、みじめな姿を見せるんだったらやりたくないと思っていたが、実際にいま自分が、そうではない。
でも、そこにも味が出るんじゃないかな。今まで強かった人でもこうなるんだよ、と。
そこからはい上がったら、もっと今まで残してきたもの以上のものが見せられるのではないだろうか。だからたぶん、どっちでもないんだと思う。

東京オリンピックの代表選考会まで3か月余り。
人々の想像を超え、数多くの栄光をつかんできた希代のアスリートは、どんな未来を見せてくれるのだろうか。

スポーツニュース部 記者
田谷亮平

                   
※NHKサイトを離れます

関連記事

    人気の記事ランキング

      記事ランキングをもっと見る

      最新の記事