読み込み中です...

2019年9月13日(金)

福士加代子「20年来のスタッフと挑む集大成の東京五輪」

東京オリンピックのマラソンの代表選考レース、MGC=マラソングランドチャンピオンシップ。出場選手最年長、37歳の福士加代子選手は、集大成と位置づける東京大会出場をかけて、20年近くともに戦ってきたチームのスタッフとともに挑みます。

笑い声が絶えない夕食

MGC、3か月前の6月。福士選手は標高1600メートルにあるアメリカ、コロラド州のボルダーで合宿をしていました。

私たちが取材に訪れたある日の夕食は、選手が中心となった食事作り。リンゴの名産地、青森県出身の福士選手は器用な手つきで「洋なし」をむいていきます。

「MGCのことで頭がいっぱいなので、こうして洋なしをむいているとMGCのことを忘れますね。ストレス解消は料理かもしれないですね~」とトレードマークの笑顔で話す福士選手。

ともに生活する、監督、コーチ、チームの後輩、トレーナー、そして栄養士。苦楽をともにしてきたスタッフと福士選手の周りには、笑い声が絶えませんでした。

後押しがあったから

福士選手は、オリンピックに2004年のアテネ大会から2012年のロンドン大会まで3大会はトラック種目で出場。マラソンに転向し、前回のリオデジャネイロ大会にも出場した日本女子長距離界の「レジェンド」です。

リオデジャネイロオリンピックで14位 (2016年)

マラソンでは世界選手権銅メダルという実績があるものの、本人は「納得の走りをできたことがない」といいます。メダルを宣言して臨んだリオ大会では14位、現役引退も考えました。この時、背中を押してくれたのはチームのスタッフでした。

「3か月休んだあと『(また)やらせてもらっていいですか』と言ったら『いつでもどうぞ』みたいな感じで(会社とスタッフが)言ってくれた。『サポートするよ』と言ってくれたので、ちょっとは期待しているのかなと感じた」と福士選手は独特の言い回しで当時を振り返ります。

走れなくても、戦友とともに

MGCに向けて貴重な強化の場となるはずのアメリカでの合宿。実は左足の違和感で十分に走ることはできていませんでした。

その福士選手のそばに常にいたのが、トレーナーの平野瑞花さんでした。20年近く、ともに世界と戦ってきた「戦友」とも言える存在です。その長年の関係からは、福士選手の体の状態はもちろん心の内まで知り尽くしているように感じました。

トレーナーの平野さん

(福士選手は)“なんとかサポートしたい”“やってあげたい”“一緒に作っていこう”と思える選手。


やっぱりオリンピックに出たいだろうし、(スタッフの)みんなも目指しているんです。

走れない中でも、できることはある。平野さんがトレーニングで提案したのが、バランスを取りづらいボールの上での「腕相撲」でした。一見走ることとは関係なさそうな「腕相撲」。平野さんは、腕の神経を活性化させることが全身の神経の活性化につながり、結果的に走りにも生きてくると考えていました。

サポートを受ける福士選手自身、「今回が最後のチャンス。今、持っている力をどれだけ出せるか、その力を最大限発揮させることに力を入れている」と、37歳のいま全身全霊を傾けて集大成の舞台に臨む覚悟を話しています。

いざ、決戦へ

福士選手(左から2番目)

1か月後、福士選手は熊本県阿蘇市に場所を移した合宿で、本格的に練習に復帰していました。トラックで、2000メートルを7本繰り返すという過酷なトレーニング。ケガ明けながらも同じくMGCに出場する後輩の選手たちに食らいつく姿がありました。

監督、トレーナー、栄養士。総動員のスタッフたちが1秒ごとにタイムを読み上げ、ドリンクをつくり、手渡す。こうした支えを受けた福士選手は、体力の限界が近づき始めた6本目でも、監督が設定したタイムを切る走りを見せていました。

その日の練習後。「きょうは疲れたけどやったねえ、まだ(体が)動きましたね、思ったように」と充実の表情で語った福士選手。

何としても「一発勝負」を勝ち抜く。調子を取り戻し臨戦態勢に入った福士選手のMGCは、チームスタッフの思いとともにあります。

                   
※NHKサイトを離れます

関連記事

    人気の記事ランキング

      記事ランキングをもっと見る

      最新の記事