読み込み中です...

2019年9月10日(火)

サッカー中町公祐 亡き息子を思いアフリカを駆ける

今年、一人の元Jリーガーが異色のキャリアを歩み始めました。

中町公祐選手、34歳。主に守備的ミッドフィールダーとして去年まで横浜F・マリノスでプレー。タイトル獲得にも貢献しました。マリノスからの契約更新のオファーを断って目指したのは、アフリカ南部の国・ザンビアです。前代未聞の挑戦の背景にあったものとは何か、現地取材から彼の思いに迫りました。

アフリカサッカーへ未知の挑戦

アフリカ南部の内陸の国、ザンビア共和国。人口およそ1700万。アフリカの中では比較的政情が安定した国として知られています。

FIFAランキングは81位。サッカーは国民的スポーツです。

ザンビア第3の都市・ヌドラを本拠地とするチーム、ゼスコ・ユナイテッド。ここに中町選手は所属しています。ゼスコは「Jリーグに劣らぬレベル」と言われるザンビア国内リーグを3連覇。アフリカ各国の強豪チームが集まる「アフリカチャンピオンズリーグ」にも出場しています。

このチームで、中町選手は今年2月に加入以降、13試合に出場。この夏から始まる新シーズンはレギュラー定着を目指します。

ある日の練習。オレンジの練習着に身を包んだ中町選手は、不揃いの芝のグラウンドをひたすら走っていました。1キロ走を連続して10本。フィジカル重視と言われるザンビアのサッカーの中では、Jリーグでは豊富な運動量でならした中町選手もついていけません。最後の1本を走り切り思わず倒れ込むも、すぐにコーチに促され次の練習へ。

練習を終えて、肩で息をする中町選手にカメラを向けると、思わず本音がこぼれます。

「見たでしょ!今の練習。3本くらいで先頭集団に入れないのに10本やるからね。あいつらマジでモンスター級でしょ、あんなに走れるの。」

ザンビアに来てから、中町選手の体重は8キロ減ったといいます。

ある日の朝9時。午前練習と言われていた中町選手がグラウンドに来てみると、そこには数人のチームメイトのみ。突然午後練習に変更されていたのです。「トラップに引っ掛かった!絶対午前練って言ってたのに!」と愚痴をこぼす中町選手にチームメイトは「アフリカではこんなの当然さ!」と笑顔でなだめます。

このように練習日程が予告なしに変更されるのは日常茶飯事。国内の強豪と言えども練習環境は決して恵まれたものではありません。
芝生は不揃い。水まきも丁寧とはいえず、ピッチに水たまりができていることも。支給される練習着も1着だけのため、毎日自ら手洗いしています。Jリーグ時代に比べて年俸も10分の1になりました。

マリノスからの契約延長の打診に応えていれば、今もきれいに管理されたピッチで、スタッフのサポートも充実した環境でサッカーができていたはず。それを断りあえて過酷なザンビアリーグにやって来たのはなぜなのか。

練習後に中町選手の自宅を訪ねると、その答えがありました。

悲しみを越えるために アフリカへ

中町選手が暮らすアパート。リビングのテレビの前に置かれていたのは、日本から持ってきた息子の位牌と遺骨でした。

4年前、中町選手は生まれたばかりの長男・彪護(ひゅうご)くんを亡くしました。母親の胎内でへその緒が絡まり、生まれて二日で息を引き取ったのです。

我が子との僅かな時間での別れ。以来、彪護くんの遺骨は常に持ち歩いています。

「全く想像してなかったことでしたから。もう言葉に表せないぐらいの…、人生観が変わるくらいのショッキングな出来事でした。」


それでも、サッカー人生は続きます。マリノスでのプレーを続けながら、中町選手は深い悲しみを受け入れる事ができませんでした。

そんな時、中町選手はアフリカで活動する友人から、ひとつの現実を聞かされます。

「子どもたちの13人に1人が、5歳未満で亡くなっている。」

中町選手に、ひとつの思いが生まれました。
アフリカの子どもたちのために、自分が行動すべきではないのか。

「自分が受けたショッキングな感覚や悲しみが、もし仮になくなる可能性があるのなら…。悲しみを体験した人間として変えられることもあるのかなと。目の前の子どもたちを助けたり、妊産婦の方を助けたり。その活動を通じて日本の方にもアフリカの現状に目を向けてもらえる、そんなアクションを起こしていきたいと思ったんです。」

しかし、アフリカに行くとなれば、家族とは離れて暮らすことになります。中町選手は妻とふたりの娘とに自分の決意を伝えました。共に彪護くんの死と向き合ってきた家族は、挑戦を後押ししてくれました。

そして、中町選手は単身ザンビアへ渡ったのです。

アフリカの実情を前に

チームの練習のかたわら、中町選手はアフリカの現状を知るためザンビアの貧困地域へと足を運んでいます。

この日訪れた地域では、多くの家族が1日300円ほどの収入で暮らしていました。

トイレは地面に穴を掘っただけの簡易なもの。井戸からくみ上げる飲み水も茶色に濁り、衛生的ではありません。

中町選手が積極的に話を聞くのは、出産を控えた妊婦や赤ちゃんを育てる母親たちです。

夫が失業中だという妊娠8か月の女性は、栄養状態が悪く1日に何度も出血が続いています。不安を口にしながらも、「私たちはここに住むしかないんです。」と語る女性。

「たくさんいるんでしょうね、こういう人たちは。近くに大きい病院がない人もいるんでしょうし。これがアフリカの現状じゃないですか。」

ザンビアに渡って半年。子どもたちを救うための具体的なプランも探り始めています。NPO法人を立ち上げたのです。青年海外協力隊で活動していた男性とともに、地元の保険局との話し合いを重ねています。その場で中町選手が語ったのは、自らがザンビアに来た理由。それが母親と子供たちを救いたい理由だと言うことでした。

中町選手

「自分は息子を亡くしているという経緯があってザンビアに移籍してきました。だから妊婦の方や子供が健康に生まれてくる環境づくりをやっていきたい。」

保険局担当者

「誰しも母子ともに健康な出産を望んでいます。適切なケアが提供されれば、その願いが達成されるでしょう」。

目指すのは、妊婦や母親に安全で衛生的な環境を提供する「シェルター」の建設です。すでに病院の一角に建設の許可はとりました。建築費や人件費など、少なくとも200万円はかかる見込みの資金は、日本と現地でこれから出資者を募る計画です。

フットボーラーとして活躍して 子どもたちを救う

計画実現のためには、サッカー選手として活躍することが重要だと中町選手は考えています。ピッチで注目を集める事で、活動を多くの人に知ってもらい支援の輪を広げられるからです。

「あの日本人サッカー上手いなとか、いい選手だよねって言われることが大きなアドバンテージになる。より多くの人たちを巻き込んで、ムーブメントを起こしたい。」

ゼスコ・ユナイテッドに加わって半年。ザンビアでの知名度も、徐々に上がってきています。

サポーター

「ソーシャルメディアで知りましたが、いい選手ですね。」
「彼には技術だけじゃなくて魂があるね。魂がなければ、わざわざアジアからアフリカにやってこないよ」。

8月17日。ゼスコ・ユナイテッドがライバルチームと戦うカップ戦が行われました。

8月末からのシーズン開幕を占う、重要な一戦です。

ベンチスタートの中町選手は、1点ビハインドで迎えた後半から出場。ザンビア人のチームメートに臆することなく指示を出し、フィジカルで勝る相手にも食らいつきます。

試合は敗れましたが、落ち込む様子はありません。

「この中でやっている以上、どこかで自分の価値を証明しないといけないので頑張ります。そうじゃないと来た意味がないので」

息子を失うという「人生の岐路」に立ったとき、中町選手は立ち止まる事せずアフリカに新天地を求めました。ピッチで戦うことで、アフリカの人たちの命を救うという道を選びました。フットボーラー・中町公祐は、悲しみを胸にそれでも前を向いて走ります。


                   
※NHKサイトを離れます

関連記事

    人気の記事ランキング

      記事ランキングをもっと見る

      最新の記事