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2019年8月9日(金)

ミリ単位のズレを"心で修正" 松田知幸「ピストル射撃」の極意

オリンピックの射撃競技は1896年の第1回アテネ大会から行われている歴史ある競技です。しかし、ライフルやピストルといった銃器を使用するため一般の日本人には馴染みが薄いのが現状です。また、走ったり、ジャンプしたり、格闘したりといった見た目のアクティブさが少ないため、競技の魅力やトップアスリートのすごさが見えにくい面があります。射撃とはいったいどんな競技なのでしょうか、選手にはどんな能力が求められるのでしょうか。日本のピストル射撃のエース・松田知幸選手に射撃の極意を聞きました。

標的の中心に「当てられるか」ではなく「いかに外さないか」

結果は、選手の近くに設置されたモニターに表示される

ピストル射撃は、固定された標的の同心円の中心を狙って空気式のピストルを撃つ種目です。予選では、10発撃つシリーズを6回行い、合計得点を競います。上位8名が進出する決勝では、標的の中心からの距離が小数点第1位まで厳密に計測されて順位が決まります。

アジア大会「10mエアピストル」銀メダル(2018年ジャカルタ)

松田選手(1975年生まれ)が得意としている「10mエアピストル」の標的の大きさは、直径15.55cm、一番外側に当たれば1点、中心の直径1.15cmの部分を撃ち抜けば10点が得られます。松田選手は、北京、ロンドン、リオデジャネイロの3つのオリンピックに連続出場した五輪の常連選手。2017年のワールドカップファイナルで日本人初の優勝に輝き、2018年のアジア大会で銀メダルを獲得しました。世界トップレベルの実力を持つ日本射撃界のエースです。

松田知幸選手

世界のトップ選手ならば、高い確率で10点を出す技術を持っています。10点を出すのは当たり前なんです。しかし、片手だけで持たなければならないピストル射撃では、銃身のブレを完全に止めることはできません。呼吸や鼓動さえも影響します。そのため60発すべてを10点の部分に当てるのは不可能で、中心を外したとしても9点に止める、あるいはミスを続けない、それが上位進出のカギとなります。つまり10mエアピストルは標的の中心に何回当てられるかではなく、いかに外さないかという競技なんです。

2016年リオ五輪の「10mエアピストル」の予選の結果をみると、2位以下の選手の得点差ほとんどなく、出場選手の実力がきっ抗していることが分かります。「当てられるか」でなく「いかに外さないか」で勝負が決まる、競技の特性を裏付けるデータです。

引き金は、ブレないよう4秒かけてゆっくりと“落とす”

松田知幸選手

松田選手が、「いかに外さないか」だと表現する理由、それは射撃という競技があらゆる面で極めて繊細な競技だからに他なりません。ピストルの弾もその一つです。松田選手が現在使用している弾は0.535gのものですが、重さや材質がほんのわずかに違っても感触で違いにすぐに気づくと言います。

松田知幸選手

銃の筒を弾が通過するときの感覚が違うんです。僕たちは、抜けが良いとか、悪いとか、と表現するのですが、例えば、弾のメーカーが代わるだけで弾質の違いを感じます。そこでオフシーズンになると毎年、銃弾の製造工場にまで行き、試し打ちをしながら弾を選別して、購入しています。また同じメーカーや工場でも製造する機械によっても品質に微妙な差が生まれるため、気に入った弾が見つかれば、同じ製造ロッドのものを買い占めて、ワンシーズンそれだけを使います。

松田選手が使っている弾丸

繊細さは、引き金を引く動作にも求められます。映画やドラマでは、アクションの途中で動きながら銃を撃っている様子が描かれることが多いですが、射撃競技は、そうした派手な動きとは真逆の世界です。会場の空気はピンっと張り詰め、緊張感がみなぎっています。その中で、静かに息を吸いながらピストルを持った腕を上げ、一度、水平よりも上に構えたあと、銃身の重さを利用するようにゆっくりと腕を下げていき、制止させます。それが松田選手のスタイルです。

松田知幸選手

引き金はカチッと素早く引いていると思っている方が多いんですが、実は、私たちは約4秒間かけて、ゆっくりと引いているんです。いくら照準を正確に定めていても、早く引いてしまえば、銃がブレてしまい台無しです。ですから、最後の一瞬まで細心の注意を払って引き金を引きます。私の感覚では、引き金を“落とす”というようなイメージで撃っています。

ミリ単位のズレを修正する驚異のメンタル

松田知幸選手(2016年リオ五輪)

射撃は、ピストルを構えて引き金を引くという、一見すると単純な動作です。60発の射撃で100%同じ動作を繰り返すことができれば、高得点が約束されるのかも知れません。しかし、世界のトップ選手でもそれは不可能です。ライバル選手のことが頭をよぎったり、勝敗について意識したりするなど集中が途切れると、その瞬間に心が乱れて指先に伝わり、微妙なズレとなって現れてしまうのです。「究極のメンタルのスポーツ」といわれる射撃競技、その神髄は、自分の心をどれだけ深く見つめられるか、そして自分の心をいかにコントロールできるかにあるのです。

松田知幸選手

毎回、当然10点を狙って撃ちます。しかし、狙い過ぎると当たらないのが射撃です。なぜなら“意識”を引き金以外に向けただけで、スムーズに指先が動かなくなり、微妙にブレが生じてしまうからです。狙うけれど、意識して狙わない。すべての動作を“意識下”で行い、撃つときは引き金にだけ集中する。そんな境地を目指しています。

そこで、真価を発揮するのが「修正力」です。同じ動作を繰り返す「再現性」を追求しながら、必ず起きるミスの原因をその都度自問自答し丁寧に修正を加えていく「修正力」、それこそが、射撃の極意だと考えているのです。

松田知幸選手

ミスして10点を外したら、原因は何だったのか、技術的なミスなのか、それともメンタルに問題があったのかと、自分に問いかけます。狙ったところに当たらなかった理由を短い時間で考え、常に微妙な修正を加えながら、撃っているわけです。私が安定した成績を残すことができるのは、こうした修正する力が他の選手よりも秀でていたからだと思っています。

もの静かに淡々と語る言葉の一つ一つに、世界の大舞台で百戦錬磨の戦いを繰り返してきた射撃手としての重みを感じさせる松田選手。4大会連続出場となる東京五輪で、そのメンタルの強さがどう生かされるのか、期待が膨らみます。

                   
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