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2019年8月9日(金)

独立コソボに初の金メダル リオ五輪柔道マリンダ・ケルメンディ

2008年に独立を宣言し、2014年にIOC=国際オリンピック委員会への加盟が認められた東ヨーロッパのコソボ。初めてのオリンピック参加となった2016年のリオデジャネイロ大会で、柔道女子52キロ級のマリンダ・ケルメンディ選手が、コソボ初の金メダルに輝きました。

マリンダ・ケルメンディ選手

コソボ代表としてオリンピックに出場することが私にとってすべて、人生そのものなのです。

コソボは、旧ユーゴスラビアの一部です。古くからアルバニア系住民と、セルビア系住民との紛争が続いた地域でした。コソボで生まれ育ったケルメンディ選手は、世界ジュニア選手権で優勝するなど、若くして将来を嘱望される期待の星でした。コソボは2008年に独立を宣言。しかし、IOCは、なかなかコソボを認めませんでした。

2012年。ケルメンディ選手は、ロンドンオリンピックに初出場。しかし所属はコソボではなく、アルバニアでした。コソボとしての参加は、まだ認められていなかったのです。メダルを期待されたものの2回戦で敗退。はじめてのオリンピックはほろ苦いものに終わります。
ロンドンオリンピックの後、ケルメンディ選手の元には数百万ドルの報酬で国籍の変更を促すオファーがいくつも届きます。しかし、彼女は受け入れませんでした。

ケルメンディ選手

他国の代表になるのはもう嫌でした。困難でも“コソボ代表”になると決めたんです。

ケルメンディ選手を指導するドルトン・クカコーチ。クカコーチ自身も現役時代、紛争の影響で、オリンピックに出場することができませんでした。その後は、指導者として自らの夢をつないできたクカコーチ。その夢を託したのがケルメンディ選手でした。

2014年、モナコで行われたIOC総会。コソボの加盟が認められました。独立から6年、ようやく「コソボ代表」としてオリンピックに参加できるようになったのです。

リオデジャネイロ大会 コソボが初参加

コーチ ドルトン・クカさん

開会式の入場行進のことは忘れられません。全世界が私たちコソボの選手団に注目していました。その中でコソボのこの道場で生まれ育ち、“コソボ代表”になった教え子が旗手をしていたことは、格別な思いがありました。

柔道女子52キロ級のケルメンディ選手は順調に勝ち進み、迎えた決勝はイタリアの選手との対戦です。

ケルメンディ選手

対戦相手には過去何度か勝っていたので、焦りもなく自信を持って臨めました。そしてその自信は確信に変わりました。

歓喜の瞬間が訪れました。苦難の道を歩んできたコソボに初めての金メダルがもたらされました。

このメダルは100年以上にわたって政治で揺れ動いていたコソボを変えました。

これでコソボを知らなかった国の人たちも、ケルメンディの名とともに覚えるでしょう。

ケルメンディ選手

コソボの人々は私を英雄と呼びますが、私は“望みはかなう”と証明しただけです。

“コソボ代表”としての誇りを胸に戦ってきたケルメンディ選手。そのメダルの輝きはコソボの未来を照らす光となりました。

※この記事はオリンピックチャンネルのVTRを再構成して制作しました。

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