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2019年7月31日(水)

制作に2年!2020東京五輪ピクトグラム デザイン秘話

2020年7月24日の東京オリンピック開幕まであと1年!今回は、オリンピック各大会の「顔」とも言える、競技をイラストで表したスポーツピクトグラムの魅力に迫ります。今大会のスポーツピクトグラムを制作したデザイナーの廣村正彰さんに、完成までの経緯や苦労など、制作秘話を伺いました。廣村さんのお気に入りはあの競技!?

廣村正彰(ひろむら・まさあき)

グラフィックデザイナー。1954年生まれ、愛知県出身。1988年に廣村正彰デザイン事務所を設立。企業の広告やロゴだけでなく、埼玉県立大学、東京証券取引所、日本科学未来館などのサインデザインを数多く手がける。受賞歴も多数。

56年の歴史を持つスポーツピクトグラム 今回のコンセプトは?

オリンピックの競技をイラストで表現したスポーツピクトグラムは、1964年の東京オリンピックではじめて導入されました。それから56年、2020年東京オリンピックではこれまでの伝統を守りつつ、さらに躍動感を加えたデザインに仕上がっています。

組織委員会によるコンセプト紹介動画

制作期間は2年! 11パターンもの原案を制作

──東京オリンピック開幕の500日前に発表されたスポーツピクトグラム。完成するまでの経緯を教えていただけますか?

廣村:最初はコンペです。そのコンペで採用していただいてから、実際の制作期間として約2年かかっています。承認のプロセスが多く、後戻りできない仕事だと思っていたので、まずは可能性のあるアイデアを全部出して複数案作ってみよう、というところからスタートしました。

──複数案というのは、具体的には何案くらいですか?

廣村:半年くらいかけて11案を作りました。作った競技数は1案につき4、5種類ですね。それを見ていただいて、可能性があるかどうかをまず判断してもらいました。

学校や美術館などで使われる“サイン”のデザインを数多く手がけてきた廣村さん。「ピクトグラムとの共通点も多いし、基本的な考え方は同じです」

──その“4、5種類の競技”はどうやって決めたのですか?

廣村:ボールや水といった人以外の要素が必要な競技もあるので、それを踏まえて選びました。具体的には陸上、水泳、バレーボールなどですね。

まずは軸を決める!アニメ・平仮名・鳥獣戯画、そして…

──たくさんの原案を作ったということですが、何をきっかけに構想を練っていったのでしょうか?

廣村:まずは“案の軸”を決めました。オリンピックのスポーツピクトグラムでは、その国を代表するモチーフを使うことが多いんですよね。現代の日本・現代の東京を表現するピクトグラムとはどんなものなのか?ということを、文化・歴史・テクノロジーといった文脈から議論しました。

──具体的にはどんな軸があったのでしょう?

廣村:アニメや漫画といった日本らしいものをキャラクタライズできないかとか、日本独自の平仮名や鳥獣戯画などの芸術をモチーフにできないかとか…。そして最終的に選んだのが、スポーツピクトグラムの原点である1964年バージョンをリスペクトした案でした。その1案はコンペのときから頭の中にあったので具現化はしやすかったですね。

今となってはこれ自体の希少性が高い1964年バージョンの資料

──モチーフにするにあたって、改めて感じた1964年バージョンの魅力とはどんなところだったんですか?

廣村:当時はオリンピックに対する取り組み方も、今とは大きく違ったそうなんですよね。話題にはなっていたけど、大会の規模も今ほど大きくなかったし、もっと短い期間でワーッと作ったと聞いています。なので、まずはすごくシンプル。でも、そこにかける意気込みがしっかり表現されていて、粗削りだけど勢いがあるんです。子どもの頃に見て憧れのような気持ちを抱いていましたし、見事な作品だと思います。

IOC以上に厳しかった“専門家”の目

──軸が決まり、そこから作り込んでいく段階では、どんなことを考えていたのでしょうか?

廣村:まずは“50競技を破綻なく表現できるかどうか”ですね。1964年の大会とは競技数が違うので、最初からそれを意識しておかないといけません。最初の4、5種類を作れても、それがほかの競技でも通用するとは限らないので。それと“ユニフォームや道着を着せたうえで躍動感をどう出すか”にもこだわりました。何かを着用すると基本的には躍動感が薄れてしまいますが、それがないと表現しづらい競技もありますからね。

──もっとも大変だったのはどの競技ですか?

廣村:どの競技も大変でしたが、実は個別のデザイン作業よりもプロセスの面で苦労しました。まずJOC、次はIOC、最後に各競技団体と段階的に承認をとっていかないといけなかったので…。

──やっぱりIOCの基準は厳しいのでしょうか…?

廣村:それ以上に、各競技団体の方との折衝に時間がかかりましたね。それぞれの競技に精通しているし、その競技への愛情も我々以上です。とはいえ、それぞれのご意見をすべて受け入れてしまうと全体のバランスがとれません。フォーマット化が最重要ということではありませんが、我々が50競技のバランスや統一感を無視するわけにはいかないので。

「技をかける」というプロセスのある柔道であれば、かける前の状態から作って考えていた

──デザイン上で苦労したのはどのようなところですか?

廣村:新たに採用された競技は“ダイナミックさ”が大事なものばかりなので、どの瞬間を切り取るべきか、そこの折り合いをつけるのが大変でした。馬術3種類・自転車5種類をどのように差別化するか、セーリングの「人とボートの関係性」、複数の競技が1つになったトライアスロンや近代五種をどう表現するかにも苦労しましたね。でも苦労した分、良いものができたので思い入れもひとしおです。

お気に入りは、シンプル・イズ・ベストなあの競技!

──ご自身のお気に入りをひとつ挙げるとすると…?

廣村:陸上競技ですね。最初に作って微調整を重ねていきましたが、我ながらいつ見ても惚れ惚れします(笑)。線の1本にまでこだわったかいがありました。

体の角度にもこだわった陸上競技のスポーツピクトグラム

廣村:空手の形(かた)も苦労した競技のひとつでしたが、発表のときに清水希容選手が来てくださって、そこで披露してくださった形とピクトグラムのシルエットがまったく一緒だったんです。それはうれしかったなぁ。

発表イベントの実際の模様がこちら

──最終的に、ご自身が納得できて競技団体の方にもご満足いただくためのポイントはどこだったのでしょう?

廣村:“加える”ことや“作り込む”こと、それに対して“省く”こと──どちらも大事なので、そこのバランスのとり方ですね。道具や衣装がないと表現できない競技もあるので、まずはそれを受け入れる。そのうえで各競技の個性を魅力的に表現しつつ、すべてを並べたときに全体として統一がとれているか…ということでしょうか。

──言葉で聞くと簡単ですが、本当に時間のかかる大変な作業ですよね…。

廣村:全種類ができあがって満足感というより、“まとめることができた”という安心感がありました(笑)。スポーツピクトグラム発祥の地であるという自負を持ちながら、新しい時代に合わせてバージョンアップさせたものを生み出す──そんなデザインが出来たと思っています。

──歴史に残る重要な作品ですね。

これまで世界の各国が作ってきたスポーツピクトグラムには“その国らしさ”が反映されていますが、最初に作られた1964年の日本のデザインはきっとそんなことは考えていなかったと思うんです。はじめてということもあり、純粋に「各競技をシンプルに表現したい」と考えていたのではないかと。今回はその原点に立ち返って、これからのスポーツピクトグラムのスタンダードとなるようなデザインにしました。2020年の大会に向けて、この先もスポーツピクトグラムを使ったさまざまな展開がされていく予定なので、ぜひ注目していただきたいですね。

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本番まであと1年!今後は東京オリンピックのスポーツピクトグラムを目にする機会も、ますます増えるはずです。どこかで見かけることがあれば、廣村さんのお話を思い出しながら、じっくり観察してみてください!

1964年の東京オリンピックからはじまり、56年の歴史を持つスポーツピクトグラム。これまでのオリンピックではどのようなデザインが採用されてきたのでしょうか?
夏季オリンピックの歴代ピクトグラムを一気に振り返りましょう!
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