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2019年7月2日(火)

寺田明日香『"19歳の自分"を超えるために』

激動の20代の最後に、再び輝きを取り戻した選手がいた。20歳で陸上の日本選手権を3連覇したものの、相次ぐケガで引退。その後、結婚、出産、ラグビーへの転向と多くの転機を経験した。そして、29歳の今、日本一をかけた大舞台のスタートラインに並んだ。同じ20代後半の私、その思いに心をひかれた。(秋田放送局記者 山崎航)

ただいま、はじめまして

陸上の日本選手権、大会3日目。女子100メートルハードル決勝の舞台に寺田明日香は戻ってきた。現在29歳。6年ぶりの日本選手権だった。陸上に復帰してからは、まだ半年あまり。久々に受ける大歓声、そして、自分が立つスタートライン1点に注がれた視線。慣れていたはずの雰囲気も今は新鮮だ。

寺田明日香選手

(前に出場した日本選手権の時のことは)もう6年もたっているので忘れちゃったけれど、たくさんのお客さんがいてうれしい。


“ただいま”というよりは“はじめまして”という人が多いと思いますけど。

“ピーク”は19歳

日本選手権 女子100メートルハードルで13秒05 (2009年)

寺田は、10代から脚光を浴びてきた。高校総体では女子100メートルハードルで史上初の3連覇、高校卒業直後の18歳で、日本選手権を初めて制した。次の年は日本記録に0秒05まで迫る13秒05のタイムをマークし2連覇、この時のタイムが今も自己ベストだ。

世界選手権代表にもなり、その次の年も日本選手権で優勝して3連覇したが、それ以降、寺田は結果的に「19歳の時の自分」と戦うことになる。3連覇の後は相次ぐけがに悩まされ、1度も日本選手権の決勝に進出することなくオリンピック出場もかなわなかった。そして23歳で陸上から離れた。

魂に火をつけた、ラグビーの存在

ラグビーボールを持つ寺田選手

引退後は、転機が次々と訪れた。結婚、出産、そして26歳で出会ったのが7人制ラグビーだった。当時のNHKの取材に、その理由を語っていた。

「東京オリンピックが決まったことがアスリート魂に火をつけた」。

その俊足を生かせると挑戦したが、またもケガに悩まされる。わずか2年で7人制ラグビーでの東京オリンピックを断念した。それでも、その経験が後に生きた。

アスリート人生の最後に

ラグビーを断念したのはなぜか、そして、なぜ、陸上に復帰したのか。素朴な疑問をぶつけた私に、寺田選手は答えてくれた。

寺田明日香選手

ラグビーというのは団体競技で、チームを作っていく期間がある。陸上のように(走るのが)速くなってその試合で(勝負を)決めるというものではなく、長い時間、チームのメンバーで集まって強化をしていく方針がある。


そこで、ケガをしてしまい試合に出させてもらえないと、オリンピックに向けたトップのチーム作りに入っていけなかった。その時点でラグビーを諦めようと思った。

寺田明日香選手

ラグビーの2年間で自分の走りがよくなっている感覚があった。それで戻ってみようかなと。


最後のアスリート人生は陸上で締めくくろうかなと思ったので。

アスリート魂の「火」は消えていなかった。

ラグビーが生きた

「走りがよくなった」ワケも教えてくれた。そのひとつが「芝」。芝の上では、陸上のトラックのように“反発をもらう”走りはできないという。このため“自分の力で蹴る”走りが求められる。この“自分の力で蹴る”感覚が走りの改善につながったという。

本格的に行ったウエイトトレーニングも、走りの安定につながっている。挙げる重量が上がっただけでない。

「ウエイトトレーニングを通じて、おしりや体幹、背骨の使い方などいろいろ取り組んだ。それを走りの中でうまく合わせられるようになった」とその効果を強調する。

“勝負師”の目

日本選手権 女子100mハードル 準決勝(6月28日)

去年12月に復帰したばかりにもかかわらず、日本選手権の準決勝は全体トップのタイムで通過した。

そして決勝。隣のレーンには去年の覇者・青木益未、その隣にはおととしの覇者・木村文子が立った。名前をコールされた寺田。スタジアム内にあるスクリーンに映ったその姿は、ハードルの先にあるフィニッシュラインを厳しい表情で見つめる“勝負師”だった。

日本選手権 女子100mハードル 決勝(6月29日)右から寺田選手、青木選手、木村選手

寺田はスタートでやや前に出たが、木村と青木が追う。最後は3人がほぼ並んでフィニッシュ。勝ったのは木村、青木が続き、寺田は3位だった。3人の選手が、わずか0秒02の差の中に収まる大接戦だった。

3位だったことの意味

取材エリアに現れた寺田。ホッとした様子もあったが、「そう甘くは無いということが分かった」と冷静に敗因の分析もしていた。

寺田選手(右端)

寺田明日香選手

集中が甘かった。並んだときに焦って焦って前に出ようとせず、冷静に走れなかったことは反省点。(ほかの選手の)経験に負けてしまった。

それでも「3位」という結果に、意味があるという。

寺田明日香選手

ここで勝っちゃったら、安心しちゃう自分もいたのかなと思う。3位という結果で2人に先行されたことは、半年間でできなかったたくさんのことがあるということ。


(東京オリンピックまで)あと1年しかないですけれど、もっとこう今足りない部分を補っていかないと日本だけではなく、世界でも通用しない。

光を浴び続けた10代、激動の20代を経た寺田。来年、30代の最初に行われる東京オリンピックの舞台に立つために、19歳の自分を超えるために。限界はまだ先にある。

娘のためにも

寺田選手と娘 (2017年当時)

走り続ける理由は、まだあった。娘、そして、後に続く女子選手の存在だ。娘は今4歳。東京オリンピックで走る姿を目に焼き付けて欲しいと願っている。

寺田明日香選手

“ママの金メダルがほしい”って、娘に1番プレッシャーをかけられていた。


今回の大会ではかなえてあげられなかったけれど、頑張っていた姿を見ていると思いますし、彼女の中で私の走りが何か頑張ってみようというきっかけになればうれしい。

そして、後輩たちに向けても。

寺田明日香選手

女性のアスリートにとって結婚や出産が競技を続けるか否かのターニングポイントになることが多い。


そうした中でも『子どもを産んでも競技は続けられるんだよ』というところを見せていきたい。

同じ20代として

ふだん秋田放送局に勤務する私は今回、取材班の一員として初めて陸上の本格的な取材をした。20代の7年間を振り返れば、進路について悩んだ大学時代、就職後も慣れない土地で必死にもがいた新人時代、そして、将来への希望と不安が入り交じる今。

そんな時に出会った寺田選手の姿からは「すべての経験は未来につながる。だから目の前のことに必死になる」ことの大切さを感じた。

山崎航

秋田局記者。平成27年入局。訪れたことのなかった秋田に配属され4年。去年は全国高校野球で秋田県勢103年ぶりの準優勝を果たした金足農業やそのエース・吉田輝星投手を取材。陸上、スキー、セーリング、クライミングとやってきたスポーツは広く浅く。

                   
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