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2019年6月11日(火)

錦織圭は感覚派、大坂なおみは? 一流選手のラケット調整の秘密

テニスプレーヤーにとって唯一の武器とも言えるラケット。選手が本来の実力を発揮するためには、ラケットとフィーリングが合っているかどうかが重要なカギとなります。第一線で活躍する選手たちは、そのラケットにどんな“こだわり”を持っているのでしょうか?

リオデジャネイロオリンピックで、日本代表として96年ぶりにメダルを獲得した錦織圭選手。そして、日本選手として初めて全豪オープンを制し、世界ランク1位に輝いた大坂なおみ選手。彼らをはじめとしたプロ選手たちのラケットを調整する“職人”として、世界を股にかけて活躍しているストリンガー・玉川裕康さんに、一流選手たちのラケットへのこだわりについて聞いてきました。

ストリンガー 玉川裕康(たまがわ ひろやす)

1976年生まれ。鳥取市内のテニスクラブでのコーチを経て、同市内でテニスショップを経営。同時にラケット調整の専門職・ストリンガーとしても活躍し、北京・ロンドン・リオデジャネイロのオリンピック3大会、全豪オープンなどで公式ストリンガーを務めた。

テニスのラケットで“こだわれる”部分は3つ

──北京・ロンドン・リオデジャネイロでのオリンピック、大坂なおみ選手が優勝した今年の全豪オープンなどで、世界のトップ選手たちのラケットに触れてきた玉川さん。その経験からわかる一流選手たちのラケットへのこだわりについて伺いたいのですが…。

玉川:まず、テニスのラケットにおいて“こだわれる”部分は3つあります。1つめが「ラケット本体」。全体の重さ、上下左右の重さのバランス、フェイスの大きさ・厚さ──これらの要素によって、ラケット本体の機能や性格が決まってきます。

──なるほど。2つめはなんですか?

玉川:2つめが「ストリング」ですね。大きく分けると、多くのトップ選手が使用するポリエステルに代表されるシンセティック(合成繊維)ストリングと、一般的に「ガット」と呼ばれるナチュラルストリングの2種類があります。簡単に言うと、ポリエステルのほうは固くて“たわみ”が小さいので、コントロール性が高まります。対するナチュラルのほうは、柔らかくて“たわみ”が大きく、復元力が高い(=強く反発する)ので、より威力の強いボールを打てるようになります。

試合中、まるで会話をするようにラケットと向き合う選手の姿もしばしば

──今「ガット」という単語が出てきましたが、昔はラケットに張る糸のことを「ストリング」ではなく「ガット」と呼んでいませんでしたっけ?

玉川:「ガット」は英語で“腸線”を意味し、ラケットに張る糸は“牛の腸でできたもの”ということになります。なので“ストリングの種類のひとつがガット”という理解が正しいんですね。ですが昔、メーカーのカタログに「ガット」という単語が載ったことで、ラケットに張る糸が「ガット」だという理解が日本で広まってしまったんです。あまり機会はないかもしれませんが、海外で「ガット」と言うと「ナチュラルストリング」のことだと思われてしまうので気をつけてください(笑)。

──それは知りませんでした!

玉川:さらに、この2種類の素材を組み合わせることで、さまざまな打球感と性能の違いが生まれます。もともとは“単一の素材で縦横両方を張る”という方法だけでしたが、ここ15年くらいで“縦と横でストリングの素材を変える”という「ハイブリッド」が選択肢に加わりました。錦織選手や大坂選手も現在はポリエステルとナチュラルのハイブリッドを使用しています。

──まずラケットの種類があって、次にストリングの素材と組み合わせ方にも種類がある…この時点で選択肢はかなり多いということですね。

玉川:そうですね。そして、最後の3つめが「テンション」です。“テンションが高い=強く張る”ということなので、反発力が弱くなり、ボールは飛びにくく、コントロール性は高くなります。対して“テンションが低い=弱く張る”と、反発力が強くなり、ボールは飛びやすく、コントロール性は低くなります。この3つの組み合わせ方で打球感が決まる、というわけですね。とはいえ「用具」であるラケットとストリングは、たいていのプロ選手はオフシーズンのうちに決めておくので、シーズン中や大会中に変えるということはそうそうありません。自身のプレースタイルに合わせて「用具」を決めておき、微調整を行うのが「テンション」、という感じでしょうか。

ときに選手やメーカーからアドバイスを求められることもあるので、多くのラケットについての知見が必要になる

“こだわり方”を大別するなら「感覚派」と「正統派」

──ラケット本体の選び方、ストリングの張り方、テンションの加減によって、無数のパターンがあることがわかりました!そのうえで、プロの世界における“王道”みたいなパターンってあるのでしょうか?

玉川:用具における“性能の良し悪し”もないとは言えないですが、もっとも大切なのは相性であり、その選手の特長を生かせるかどうかなので、誰が使ってもうまくいくというような“王道”はありません。ですが、選手ごとにラケットへの“こだわり方”に傾向がある、ということは言えるかもしれないですね。

──どういうことでしょうか?

玉川:選手は皆、ラケットを自分の手のように扱い、ボールを意のままにコントロールすることを望みます。そのなかで、自身の調子や外的要因に合わせてテンションを調整する選手と、用具のコンディションをいつも一定に保ちたい選手がいます。

──もう少し詳しく教えてください。

玉川:前者は、天候・コート面の状態・調子などの外的・内的要因を考慮し、日によってテンションを変えて用具と自身のプレーの両方を調整する「感覚派」の選手。錦織選手はこちらのタイプです。

錦織選手のダイナミックなプレーの裏には、試合前の綿密な“計算”が隠されていた

──それに対して後者は…?

玉川:ひとつのトーナメントで用具のコンディションやボールの感触を一定に保ち、自身のプレーだけを調整する、いわば「正統派」の選手ですね。大坂選手はこちらのタイプです。

用具や感触が“いつもどおりかどうか”を大切にする大坂選手

──なるほど!それは見ている側にはわからないですね。

錦織選手は「“超”感覚派」!?

玉川:「感覚派」の選手は、それぞれ“こだわり”を持っています。錦織選手の場合、ストリングを張ったばかりの“より新鮮な状態”のラケットを好むんですよ。だから「試合の当日に張ってほしい」というオーダーがよくあるし、ときには試合中にコート上から張り替えを要求されることもあります。

──試合中に張り替えるタイミングなんてあるんですか!?

玉川:プロの選手は試合に臨むにあたってラケットを何本か用意しているので、使っていないラケットを預かって張り替えれば問題はありません。ただ、「試合中に張り替えたい」ということは、もちろん「その試合中に使いたい」ということなので、かなりスピーディな作業が求められます。時間にすると、だいたい15分くらいでしょうか。テニスでは奇数ゲームの終了後、2ゲームごとにコートチェンジがあるので、次のコートチェンジのときに渡せるのがベストなタイミングなんですよ。コートチェンジのときしかラケットを渡すチャンスはないので、2ゲーム後に渡せるか、4ゲームが終わるまで待たせてしまうかが、試合の結果を左右しかねませんからね…。

実際にストリングを張る作業をしてくれた玉川さん

──ラケットのコンディションをそこまで気にする選手ということは、ちょっとしたズレにも敏感に気が付きそうですね。急いで作業しなきゃいけないうえに、より精細な作業が求められるということですね。

玉川:なので、選手のクセや好みを事前に知っておくことも、ストリンガーにとってはとても重要なんです。「あの選手はここの仕上がり具合を重要視するぞ」とか「張りあがったあとに必ず面圧(面の中心の張り具合)をチェックするぞ」とか、仲間同士で情報交換することもありますよ。

──結果として、玉川さんがストリンガーを務めたリオデジャネイロオリンピックで錦織選手は銅メダルを獲得したわけですから、結果を見ても相性はバッチリだった、オーダーに応えられていたということですね!

リオデジャネイロ五輪で使われたマシーンには、カバーの部分に有名選手たちの直筆サインがびっしり!

錦織選手と玉川さんには意外な接点が!

──玉川さんは錦織選手とのお付き合いが長いと伺ったのですが、知り合ったのはいつ頃なんですか?

玉川:あんまり偉そうなことは言えませんが…。“圭”とは、彼が小学校高学年の頃に知り合いました。私は鳥取のテニスクラブでコーチをやっていて、彼は島根にあるテニスクラブに通っていたのですが、彼のお父さんとクラブとの間に交流があったんですよね。なので、私の教え子と一緒に練習する機会を設けたり、県外の大会への遠征に同行したりしていたんです。

──そんな錦織選手が今や世界的なトップ選手に…!

玉川:とはいえ、別に私がコーチを務めていたわけではないですからね。その頃、私は大学生だったので、“たまに現れて練習してくれたり、大会に連れて行ってくれたりするお兄ちゃん”みたいな感じじゃないでしょうか(笑)。

親心ならぬ兄心で、錦織選手について話してくれた玉川さん

──でも、そんな“お兄ちゃん”が今でも自分のストリングを張ってくれているなんて、錦織選手もうれしいだろうし、頼もしく思ってくれているのでは?

玉川:いやいや、彼はビッグスターですから!そういうことを話す機会もなかなかないですし。でも、大会のときはフロント越しに必ずあいさつしてくれますし、年に何回か会える機会があるのはうれしいですね。

 今年も7月に全英オープンテニスが始まります。変わりやすいウィンブルドンの空模様、天候の変化に合わせて錦織選手はどんなラケットの調整を行うのでしょうか?そんな想像をするだけで、テニスを観る楽しみが広がりませんか。玉川さん、貴重なお話、ありがとうございました。

                   
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