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2019年6月6日(木)

大坂なおみの ストリンガー!! どんなイカツイ武器かと思ったら...

日本選手として初めてテニスの世界ランキング1位に輝いた大坂なおみ選手。彼女の躍進を支えるキーワードとして『ストリンガー』という言葉を耳にしたのですが……それって、いったい何??

まるでゲームに出てくる武器のようなネーミングですが、『ストリンガー』とはラケットの糸(ストリング)を張る職人のこと。大坂選手の全米・全豪オープン連覇の陰には、日本を代表するストリンガーの1人・玉川裕康さんの職人技がありました。一般にはあまり知られていないストリンガーのお仕事とラケットからわかる大坂選手の“進化”について、玉川さんご本人に聞いてきました!

ストリンガー 玉川裕康(たまがわ ひろやす)

1976年生まれ。鳥取市内のテニスクラブでのコーチを経て、同市内でテニスショップを経営。同時にストリンガーとしても活躍し、北京・ロンドン・リオデジャネイロでのオリンピック、全豪オープンなどで公式ストリンガーを務めた。

そもそもストリンガーのお仕事とは?

──玉川さんは「ストリンガーって何をやってる人ですか?」と聞かれたときに、どう答えているんですか?

玉川簡単に言ってしまうと「ラケットに糸を張る人」ですね(笑)。硬式テニスや軟式テニス、バドミントンなどのラケットには「ストリング」と呼ばれる糸が張ってあって、ストリングが縦横に張られた“面”でボールやシャトルを打ち返しますが、それを張るには専門的な技術や専用の道具が必要です。ラケットの特性や選手の個性に合わせて、その選手がベストなコンディンションで試合に臨めるよう、ストリングを張ったり調整したりするのがストリンガーの仕事です。プロ・アマを問わず、ストリングの張り具合が、選手本来の実力を発揮できるかどうかを大きく左右するひとつの要因になります。

プロ選手は、コンディションを整えた何本ものラケットを準備して試合に臨む

──玉川さんはストリンガーとして、決まった選手に帯同しているのでしょうか?

玉川そう思われることが多いのですが違うんですよ。一握りのトップ選手は専属のストリンガーを雇っていますが、ほとんどの選手は各大会のオフィシャルストリングサービスを利用しています。現在の大坂選手が出ているような大きなトーナメントになると、大会側がストリングサービスを用意するんです。そこで張るストリンガーのことを、俗に「トーナメントストリンガー」と言います。

──選手と直接契約して、決まった選手のラケットだけを手がけるのかと思っていましたが違うんですね!以前はスクールのコーチを務められていたそうですが、なぜストリンガーに転身されたのでしょうか?

玉川もともとラケットを触ること、調整することに面白みを感じていたんです。プレーを教えるだけでなく、選手の特徴に合わせてストリングを張って、そのラケットを使うことで選手が実力を発揮してくれる。良く言うと“職人気質”ということかもしれませんが、自分が手がけた道具を人が使ってくれて、それがうまくいくことにハマってしまいました。

職人らしからぬ(!?)笑顔が印象的な玉川さん

世界最高峰の舞台に見事“抜擢”!

──全豪オープンでは、世界各国から集められた“敏腕ストリンガー”26人のうちの1人として選手たちのプレーを支えました。4大大会でストリンガーを務めるまでにどんなステップがあったのでしょうか?

玉川たとえば国際審判員なら、「このランクまでいけばグランドスラムのチェアに座れる」という資格制度があるんですけど、ストリンガーにはそもそも世界共通の資格がないんです。求められるのは「経験」と「実績」だけ。ですから、ものすごくスキルを持っている人が「がんばります!」と手をあげても、それだけで大きな大会に行けるものではないんです。

──じゃあ、どうすれば…?

玉川多くは、大会スポンサーでもあるスポーツメーカーがストリングサービスを管轄しているので、そこから声がかかるかどうか、ですね。なので、正直“時の運”もあるわけです(笑)。実際、以前から“腕”には自信がありましたが、あいにく「実績」が追いついていなかったので、海外の大きな大会に呼ばれることはありませんでした。
 
そもそも、大きなトーナメントでストリングを張るチャンスって、日本人にはものすごく少ないんですよ。ヨーロッパやアメリカでは、多くの国際トーナメントが開催されますよね?地元に優秀なストリンガーがいるわけですから、わざわざお金をかけて日本から呼ぶメリットが少ない──残念ながら、そういう現実もがあります。
 
初めての海外での大会は北京オリンピックですね。そのときの公式ストリンガーは10人ほどでした。

──その10人に選ばれたのは、いわゆる“抜擢”だった、ということでしょうか?

玉川そうですね。北京オリンピックのストリングサービスを管轄していたメーカーとは、それまで国内で多くのトーナメントを一緒に経験していたので、「信頼関係」が「実績」をフォローしてくれました。大坂選手が優勝した全豪オープンも、長年のお付き合いがあったメーカーからお声がけをいただきました。

北京から3大会連続で五輪に“出場”した玉川さんは、リオ五輪で銅メダルを獲得した錦織圭選手のラケットも手がけた

選手と直接コミュニケーションをとることは、ほとんどない!?

──大会中、選手とはどのようにコミュニケーションをとるのでしょうか?

玉川実は大きな大会になるほど、直接コミュニケーションをとることはほとんどないんです。知り合いの選手がいれば会話はしますが、ストリンガーの仕事として、ということではありません。

──オーダーする側とコミュニケーションをほとんどとらない、というのは意外でした!

玉川「とらない」とまで言うと語弊がありますが…たとえるならレストランみたいな感じでしょうか。ウェイターを通してオーダーが回ってきて、指示するシェフがいて、コックが調理を分担して料理ができあがる。とにかく「そのオーダーを忠実にこなせるかどうか」がポイントです。大きなレストランにコックがたくさんいるように、大きな大会になると1人のストリンガーではこなしきれないので、同じクオリティを維持できるストリンガー同士でのパートナーシップが求められます。ですので、先ほどお伝えした「メーカーからの信頼」とともに「ストリンガー同士の信頼関係」も大切です。仲間に“腕”が知れ渡れば、それが伝わっていってまた大きな大会に呼ばれる、という構図もありますから。

取材当日に着用のポロシャツは、全豪オープンの公式ストリンガーだけに配られた貴重なもの

──全豪オープンでは、玉川さんが大坂なおみ選手を担当されましたよね。どの選手を担当するかは、誰が決めるのでしょう?

玉川大会のフロントやストリンガーのリーダーが割り振ります。とはいえ機械的に割り振られるわけではありません。わかりやすく言うと…シード選手は上位まで残る可能性が高いですよね?なので、大会の途中で帰らなければならないストリンガーではなく、最後まで残るストリンガーが担当することが多いです。ストリンガーが変わると、同じ機械を使っていても仕上がりが変わってしまいますから。とはいえ大番狂わせが起これば、ストリンガーの変更を余儀なくされることもある。そこで同じクオリティを発揮できるかどうかは、仲間のストリンガーとの信頼関係、そして全体のチームワークにかかっているんです。

ストリンガーは“ラケットの達人”!

──現場では、ストリングを張る以外の仕事はあるんですか?

玉川ストリンギングだけではなく、ラケットの調整全般が僕らの役割なんです。同じモデルのラケットでも、重さやバランスに誤差が生じることがあるので、「この新しいラケット、ちょっとバランス見てもらえます?」というオーダーに対して「これとこれは一緒ですけど、こっちはちょっと違いますね」とか。すると選手から「じゃあ、合わせてもらえますか?」ってオーダーがくる、という感じでしょうか。

こちらが、本番の試合にも携行している玉川さんの七つ道具

──同じモデルのラケットでも、ちょっとした誤差があると?

玉川さまざまな要因で誤差は生じますし、プロのレベルまでいくと、わずかな誤差が違和感につながりますからね…。なので僕らには、プロユースとして作られている多くのラケットについての知見が求められます。担当する選手が、自分が懇意にしているメーカーのラケットを使っているとは限りませんから。ある意味、メーカーの人よりもラケットに詳しくなければなりません。ストリングを張ることだけではなく、ラケットのことをよく知り、それをカスタマイズすることも、ストリンガーにとって大切なスキルなんです。

──「優秀なストリンガー=ラケットの達人」ということですね!

全豪オープンでの大坂選手のラケット、具体的にはどう変えた?

──やはり気になるのは、大坂選手のラケットについて、です!直前のグランドスラムである全米オープンで優勝したのに、玉川さんが担当した全豪オープンではストリングを変更したそうですね?優勝したままのストリングが良いのではと、素人は考えてしまうのですが……。

玉川まずは大坂選手サイドから「より重いボールを打ちたい」というリクエストがありました。言い換えれば「よりパワーのある攻撃的な球を打ちたい、そのために今のストリングより良い選択肢はあるか」ということですね。じゃあ、単純にパワーを出せるストリングに変えれば良いかというと、そうではないんです。

──……難しいですね。

玉川世界ランクの急上昇に比例して、パワーもスキルもアップしていた大坂選手。ただ反発力の強いストリングに換えても、ボールを打つフィーリングが変わってしまい、コントロール性が失われてしまいます。じゃあ、どうすれば良いか?もともと大阪選手は、縦に「コントロール性の高いストリング」、横に「反発性の高いストリング」を張っていました。性能の違う2つの素材のストリングを組み合わせる「ハイブリッド」と呼ばれる張り方です。そして今回、その両方を“今のプレーにマッチしたもの”に換えることで、彼女のリクエストを実現しました。専門的な言葉を使わずに説明すると、「これまでのフィーリングを損ねることなく、パワーとコントロールを両立できる仕様に変えた」「高いレベルでバランスをとった」ということです。

全豪オープンを制覇してトロフィーを掲げる大坂選手。この笑顔も人気の秘訣!

──「一概にどちらかを優先した」ということではなく、「トータルのレベルが上がったから、ラケット全体をワンランク上の仕様にした」と?

玉川そのとおりです。大坂選手がもともとパワーを売りにしていたように、選手にはそれぞれ長所があります。そしてトップクラスの選手になると「長所を伸ばすこと」と「短所を補うこと」の両方を実現してきているわけですが、そのうえでまだどこかに“伸ばせる余地”があるんです。そして選手によって、その“余地”を埋める部分が「テクニックやフィジカル」かもしれないし「ラケットやストリングなどの道具」かもしれない。昨年から大躍進が続いた大坂選手は、自身の“余地”を埋める作業を着々と実行して、全米オープンと全豪オープンの間で行った作業のひとつが「ラケットのレベルアップ」だった、ということだと思います。

──そして、狙ったレベルアップがすぐにハマったと?

玉川そうですね、全米と全豪を連覇したという結果が、何よりそれを証明しているんじゃないですかね(笑)。そんな現場に立ち会えただけでなく、ストリンガーとして関われたことは、僕にとっても本当に貴重な体験でした。

惜しくも今年の全仏オープンではすでに敗れた大坂選手ですが、7月の全英オープン、8・9月の全米オープンと、このあとも4大トーナメントが続きます。選手たちが観客を魅了するプレーを見せられるのも、玉川さんをはじめとした多くのプロフェッショナルたちの“仕事”があってこそ──それを知ったうえで見ると感動もひとしおですね。大阪選手、錦織選手はじめ、日本選手のさらなる活躍にも期待が高まります!

                   
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