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2019年5月13日(月)

清宮克幸さんが語る「育成の哲学」

元号が変わっても、いつの時代も多くの大人たちにとって「人を育てる」ことは悩みの種。家では子ども、会社では部下や後輩をどう育てればいいのか。サンデースポーツ2020では、令和最初の放送で「育成」のプロフェッショナルをゲストに招き話を聞きました。

早稲田大学やサントリー、ヤマハ発動機で監督を務め、チームを日本一に導いたラグビー界の名将・清宮克幸さん。プロ野球日本ハムの清宮幸太郎選手の父親としても知られています。清宮さんの話に加え、指導を受けた選手たちや家族の言葉から、清宮流「人を育てる」哲学に迫ります!

ラグビー界の名将→幸太郎の父!?

昨シーズンでおよそ20年に及ぶ監督業から退いた清宮さん。これまで見慣れていた「指揮官」としての顔に比べると幾分柔和な表情でNHKのスタジオに現れました。さらに、「最近は“清宮幸太郎選手のお父さん”と言われることが多くなったのでは?」と聞くと「そう来ましたか!でも、そうですね(笑)」と頬を緩めます。

「そんなに多くはないですが、幸太郎とは今もいろいろ話をしますよ。ずっと小さい頃からそうですけど、話を聞く、聞いてあげるっていうのは大事かなと思いますね。彼(幸太郎選手)は今ケガしていますが、アスリートなんでケガはつきものです。このあとにどういう時間を過ごすかですよね。それが成長の糧になると思うので。」

「話を聞く」。その言葉からさっそく育成哲学の一端を見せた清宮さん。その指導者としてのキャリアでは、「人を育てる」ことで輝かしい結果を残してきました。

名将・清宮克幸とは

現役時代の清宮さん

清宮さんは現役時代、ナンバーエイトとして早稲田大学、そしてサントリーで日本一を経験。2001年の現役引退と同時に、33歳の若さで母校早稲田大の監督に就任します。

母校早稲田大を日本一に導く

長い間低迷していたチームを、当時は珍しかったデータに基づく理論的な指導法で強化、就任からわずか2年で大学選手権を制し、学生日本一を奪還しました。就任5年間で実に3回の優勝に加え、五郎丸歩選手など後に日本代表となる選手を育て、早稲田の黄金時代を築きました。

ヤマハの監督に就任

古巣のサントリーで監督を務めたあと、2011年にヤマハ発動機の監督に就任。当時のヤマハはトップリーグで入れ替え戦にまわるほど低迷していましたが、清宮さんはスクラムに徹底的にこだわった独自のスタイルを掲げ、チームを躍進させます。大学でも指導した五郎丸選手などを中心としたチームは、就任4年目の2015年、日本選手権で悲願の初優勝。その後もトップリーグで上位の常連となる、強豪チームへと育て上げました。

ヤマハで日本選手権制覇

「早稲田もヤマハも、たまたま就任した時に低迷していたチームだっただけですよ。結果的に、低迷から再建したという形になっただけです。」

低迷からの躍進はたまたまとはいえ、指導したチームを日本一に導いたことは紛れもない事実。その過程で、どのように選手たちを育ててきたのか。そのヒントを探りに、取材班は二人の選手に話を聞きました。ともに早稲田、ヤマハで清宮さんの指導を受け、日本代表にまで成長した五郎丸歩選手。そして矢富勇毅選手です。

清宮流その①「長所を見る」

「お父さんみたいな人ですね」。

4年前のW杯で日本代表躍進の立役者となった五郎丸選手は、清宮さんをそう評しました。五郎丸選手は早稲田大で3年、ヤマハで8年、述べ11年に渡って清宮さんの指導を受けました。その五郎丸選手から見た清宮さんの監督像を聞くと、清宮さんの「育成哲学」のひとつ目のキーワードとなる言葉が返ってきました。

五郎丸歩選手

「“選手の長所をよく見てくれる監督”だと思いますね。清宮さんは、本当に選手の将来性だとか、長所ばかりを見てチームを作るんです。」

「長所を見る」。

この哲学が、五郎丸選手にとって清宮さんとの出会いを生みました。それは2004年、五郎丸選手が早稲田大に進学した時のこと。

「ぼくが高校生の時に、清宮さんからいわゆる“リクルート”して頂いて早稲田に入りました。その際も、走るときのストライドが広い、ということだけでとってもらったんです。」

大学時代の五郎丸選手

短所ではなく長所を見て、そこを伸ばしていく。五郎丸選手は清宮さんのもと、1年生からフルバックのレギュラーとして活躍。大学在学中に日本代表にまで上り詰めました。

この「長所を伸ばす育成」で、自分でも思いもよらぬポジションで成長を遂げたのが、矢富勇毅選手です。ポジションはスクラムハーフ。長いパスを投げてボールを供給する攻撃の要です。しかし高校時代はセンターなどバックスのポジションで、体の強さを売りにしていました。それが早稲田に入ると、清宮さんからスクラムハーフへの転向をすすめられたのです。

大学でSHに転向した矢富選手

全く違うポジションでの最初の試合のことを、矢富選手は今も鮮明に覚えています。

「本当にゲームが崩壊したんですよ。パスもひどかったし、スクラムハーフとしてのスキルがなかったんで。それですごく怒られた記憶があります。」

しかし清宮さんは、ただ厳しい課題を与えるだけではありませんでした。小柄な選手が務めることの多いスクラムハーフを体の強さがある矢富選手が務めたら、これまでにない選手になれる。清宮さんは、ポジション転向に戸惑う自分と密にコミュニケーションをとってくれた、矢富選手はそう語ります。

矢富勇毅選手

「ことあるごとに、たくさんの言葉をかけていただきましたね。本当に僕自身を、すごく観察してくれていたと思います。僕自身が自分の未来のプレーヤー像を見えるように、いろいろ僕に教えてくださりました。」

そうして矢富選手は2007年に日本代表としてW杯にも出場。清宮さんと作り上げた独自のプレースタイルで、34歳の今も現役を続けています。

声をかける重要性

長所を見る。口にすることは簡単ですが、いざ人を育てる立場になれば欠点が目についてしまうことも多いはず。なぜ清宮さんは選手の欠点ではなく長所にフォーカスして指導することができたのでしょうか。

「まあ彼らの場合は、その欠点が見えなくなるくらいの、“輝いてるもの”があったんですよね。五郎丸に関しては、あれほどキックでゲームをコントロールできる選手はいなかった。矢富でいうと、彼がスクラムハーフをやるとどんな選手になるんだろうっていう、もう将来の輝かしい姿が浮かんでいましたから。」

その上で、清宮さんが大切にしてきたのが、矢富選手も口にしていた「言葉をかけること」なのだといいます。

「まあ、声かけないと選手はどこか行ってしまいますからね(笑)。どうやってだまくらかしてやろうかと考えてますよ。特に矢富の時のように、ポジションを変える選手に対しては、それを後ろ向きにとらえてしまう選手もいます。そういう選手には、新しいポジションでどれだけチャンスが増えるか、しっかり考えたうえで話します。それに、たとえ失敗しても、それは無駄じゃないんだよと伝えるようにしました。」

清宮流その②「本物に触れる」

清宮さんの育成哲学を語る上で、ヤマハの関係者の間で今も語り草になっているできごとがありました。それは、2011年、ヤマハの監督に就任した直後、清宮さんが真っ先に取り組んだ事。「レスリング」です。

「ただただレスリングの練習する。本当にそれがきつくて…(五郎丸選手)。」
「練習終わると顔面蒼白になって、周りから心配されるぐらいでした…(矢富選手)」。

相手にタックルをし、倒れたところから起き上がる。ラグビーとレスリングには確かに共通する動きもあり、実際に年に数回練習に取り入れるチームは過去にもありました。しかし、清宮さんは違いました。レスリングの練習をシーズンを通して取り入れ、練習時間全体の4分の1をレスリングにあてたのです。しかも、それまでトレーニングルームだった場所にレスリングのマットを敷き改装。全選手に1足2万円以上する専用の靴を用意するこだわりよう。もちろん、練習を指導するコーチ選びも妥協しません。アトランタオリンピックで銅メダルを獲得したレスラー、太田拓弥さんをレスリングのコーチとしてチームに呼び寄せたのです。

前代未聞の練習への驚きを、矢富選手は今も覚えています。

「あのメダリストの太田さんを連れてきて、清宮さんはアハハって笑ってましたね。でも、練習を少しはラグビーに寄せてくれるのかなと思ったら、びっくりするぐらい“レスリングの練習しかしなかったです」。

しかしここでも、清宮さんは自らの思いを言葉として届けます。それが、育成哲学ふたつ目のキーワード。

「清宮さんがよく言っていたのは、“本物によく触れろ”と。」

「本物に触れる」。
この言葉があったからこそ、きつい練習も乗り越えられたと、五郎丸選手も続けます。

「清宮さんは、本当にその道のスペシャリストたちを呼んでくるんですよ。だから選手も、きつくてもこの人だったらついていけると思える方が現場にいる。それは非常に大きかったですね。」

大切なのは「やる事」

「まあ、どうなるかわかりませんでしたよ。レスリングがラグビーにプラスになるかどうかなんて。でも面白いじゃないですか。」

前代未聞のレスリング練習の真意を聞くと、清宮さんは冗談めかしてそう答えました。しかし、その試みは指導者として長年温めていたものだったといいます。

「レスリング練習を取り入れるのは、ずっとやりたかった事なんですよね。ただ、それができる良い環境がなかったんです。ヤマハに入った時に、これを1年間やりきったら、恐らく世界で初めてのチームになるなって。レスリングを使って、瞬間的に低く相手にコンタクトする、ラグビーでは「高低差」って言う動きなんですけど、その高低差の動きを日本で一番やってるのはヤマハなんだと。それをやり切らせることが結果につながっていくというかね」。

練習場を改装し、用具をそろえ、コーチ選びにもこだわる。そうした「本物」に触れさせることが選手の心を動かし、練習をやり切らせる。

「結果はどうなるかわかりません。やる事の方が大事なんです。こっちの道の方が面白いなとか、こんな事やってるやつは誰もいないだろうとか。常にそういう視点ですね。でもそれがチームの団結や絆、そういったものに変わっていくんですよね。そういう経験をこれまでたくさんしてきました。まあ言ってることがシンプルなので、選手たちもついてきてくれたんだと思います。スクラム強くするぞ、とか。レスリングで「高低差」をやり切るぞ、とか。周りがやってない、自分たちしかやってない事をやりきっている、そういう責任とか、自負みたいなものを彼らは持ったんだと思いますね」。

大田尾竜彦コーチ

清宮さんの「人を育てる」神髄。それを語ってくれたのは、ヤマハのコーチ、大田尾竜彦さん。早稲田とヤマハで、11年にわたって指導を受け、自らも指導者としての道を選びました。清宮さんを「師匠」と仰ぐ大田尾さんから見た、「指導者・清宮克幸」とは。

「結局、洞察力があるって事だと思うんです。やはり人が気付かない事に気付くことができるという事だと思います。」

楽しむこと、ワクワクすること

そして、「人を育てる」清宮さんの姿は家庭でも。現在プロ野球・日本ハムに所属する長男・清宮幸太郎選手。NHKが中学生の頃の幸太郎さんを取材した映像には、マンツーマンで野球の練習に付き合う清宮さんの姿がありました。しかも、自宅の地下に幸太郎選手専用の練習場を作るために、設計段階から関わるという本気度の高さ。その後、幸太郎選手は早稲田実業で甲子園に出場し、ドラフト1位でプロ入りを果たしたのです。

清宮さんがヤマハの監督を引退した際、チームが作った送別のVTRには、幸太郎さんを含む家族からのメッセージも含まれていました。その言葉からも、清宮さんの哲学を感じることができます。

長男・幸太郎さん

「パパ!8年間ヤマハでかっこいい姿見せてくれてありがとうございました。ヤマハの皆さんとチーム作りをしてる姿はいつも楽しそうで、すごく羨ましかったです。今度は僕が、ファイターズを常勝軍団にして見せます。」

次男・福太郎さん

「楽しくてワクワクする8年間を僕にくれてありがとう。今度はパパのことをワクワクさせるように頑張ります。甲子園行くぞ!」

妻・幸世さん

「8年間楽しかったですね。これからもワクワクさせて下さい。」

「楽しむ、ワクワクする」。

家族から見た清宮さんの姿こそ、清宮さんの育成哲学の根底にあるものです。選手の長所を生かしてポジションを変えることも、ほかの競技をラグビーの練習に取り入れてこれまでにないチームを作ることも、そう清宮さんを動かしたのは「ワクワクしたから」でした。

「僕が一番楽しんでますよね。もちろん、選手の個性を見て、それがどう成長につながるか、無理強いはしません。思い付きでやってるんじゃないよとしっかり伝えて、理解してもらい納得してもらいました。指導者として、なかなか人にできない経験をさせていただいたんで、この経験を生かして、次にまた何かワクワクするようなものを作り上げていきたいなと思ってます。」

その「次にワクワクするもの」を、清宮さんはすでに見つけています。この春静岡で女子の7人制ラグビーのチームを立ち上げたのです。その名も、「アザレアスポーツクラブ」。将来的には、女性と子どもたちに特化した総合型スポーツクラブになることを目指しています。

新たな挑戦は女子7人制ラグビー

「ラグビーのワールドカップが静岡で行われるので、そのレガシーを残そうと思いまして。我々だからできる事、独自性は何かを考えて、まずはラグビーやろうと。多くの仲間の賛同を得て立ち上げました。子どもたちと女性がそこでスポーツを通して輝いて、新しい人生を作っていく。そういうものができたらいいなと思ってます。これも楽しい、ワクワクするようなことじゃないですか。」

ワクワクするW杯へ

多くの選手を育て続けた指導者としてのキャリアをいったん終え、新しい挑戦を始めた清宮さん。「人を育てる」ために必要なことはなにか、その言葉には多くのヒントがちりばめられていました。

インタビューの最後。どうしても聞きたいことがありました。9月に日本で開催される、ラグビーW杯。日本代表の戦いを、どう展望しているのでしょうか。

「僕は予想よりもやれるんじゃないかと思います。準備してる人たちの生の声を聞く機会も多いのでね。かなり行けるんじゃないかなと思ってます。この大会にかけてきた準備期間、熱量、チームのポテンシャル。そのトータルは、相手チームに絶対負けてないと思いますから。」


ラグビー界の名将・清宮さんの心も一段と「ワクワク」を増して。
初めての日本でのラグビーW杯が近づいています。

                   
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