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2019年4月26日(金)

川上拓也「自分の人生、自分が主役」「いだてん」たちの”つぶやき” -第5話-

陸上担当の記者やディレクターなどが、取材で見つけた話を発信する「いだてん」たちの“つぶやき” 。

今回は2月に行われた60メートルの室内大会で日本記録を樹立した新星・川上拓也について。去年までの100メートル自己記録は10秒30。日本選手権も準決勝で敗退した川上だが、今“覚醒の予感”が漂っている。群雄割拠の短距離界に新たなスター誕生なるか。

23歳の青年の素顔に迫る。

22年ぶり日本新の衝撃

陸上競技には「室内シーズン」と呼ばれるものがある。まだ屋外で走るのには寒い1月から3月頃にかけて、ホールなどに走路を作り競技会が行われる。本格的なシーズンを前に、ここで冬場のトレーニングの成果を試す選手も多い。川上も“力試しの場”としてヨーロッパの室内大会を1人転戦していた。

衝撃の知らせが届いたのは2月の夜、イギリスからだった。世界室内ツアーの第5戦、バーミンガムグランプリ。予選を6秒58で通過した川上。決勝でも、100メートル9秒台の記録を持つ選手が多くを占める中、快走する。

6秒54のタイムで4位入賞。所属先の先輩、朝原宣治(100メートル日本歴代4位 10秒02)が1997年に作った6秒55の日本記録を22年ぶりに塗り替えたのだ。

川上拓也選手

自分の中ではそんなに大きなことだとは思わなかったので、世間の反応が予想以上に大きくて、100メートル(短距離)って注目されているんだなって思いました。

「スタート」は誰にも負けたくない

川上はどのようなスプリンターなのか、そして急成長の要因はどこにあるのだろうか。その疑問を探るべく、4月上旬、関西へと取材に向かった。

川上は大阪にあるガス・電力事業を展開する会社の社員。午前中は法人営業の部署で働く。外回りをすることもあるのだという。昼過ぎに仕事場を離れると、競技場へ向かった。

午後2時、練習が始まる。ジョギング、ストレッチ、そしてもも上げや股関節の可動域を確認する「ドリル」と呼ばれる基本動作。

さらに、数本軽めに走って体を温める。様々な短距離選手の練習を見学させてもらっているが、ごく一般的なようにも見える。

休憩を挟んだ後、短距離選手の生命線「スタート」の練習が始まる。

足を置くスターティングブロックをセットした時だった。

「狭い・・・」。

私が驚いたのは、右足と左足を置くブロックの前後の“間隔”。通常、およそ1足弱(20~25センチ程度)空けている選手が多い。間隔が広いほうが前の足で踏ん張ることができ、しっかりとブロックを蹴ることができるからだ。

しかし、川上は半足以下の10センチ程度。遠目から見るとほぼ平行にセッティングしているようにも見える。このスタートにこそ、川上なりのこだわりがあった。

川上拓也選手

色々試行錯誤する中で一番スタートしやすかった形で、4~5年前から一切変えずにやっています。


間隔が狭い方が前の足でも蹴ることができますし、後ろの足でも蹴ることができますし、自分にとってはベストですね。

実際にそのスタートを見てみよう。

美しくきれいな飛び出し。 ブロックの前後の間隔を狭くし、前の足でも後ろの足でも力を伝えるー。 川上が長年かけて作り上げた唯一無二のスタートだ。

川上拓也選手

スタートでは僕が一番最初に飛び出していくような、そんなレース展開をしたいなと。


誰にも負けたくない、日本一のスタートでいきたいと思っています。

頭で描き 走りにつなげる

スタートの練習中、川上は1本走るごとにスマートフォンで自らのフォームを確認していた。

わずか2、3秒の映像を何度も繰り返し見続ける。

考えて走るー。インタビューで聞くと、ニヤっと笑い落ち着いた口調で語り始めた。

川上拓也選手

たとえばドリル。これまではウォーミングアップの一環の認識だったんですが、今年の冬からは走りにつなげる“ツール”として考えるようになりました。


(進行方向に対して)前に力を抜ける“ベクトル”というか、斜めではなくしっかりと前に蹴る意識です。

短距離選手の重心移動について、ベクトル理論を用いて熱く語った川上。探求の場はグラウンドだけにとどまらない。

様々な書籍や映像を自ら集め自宅などで分析、走りを科学的にアプローチしているのだという。

川上の練習を見守っていた小坂田淳監督も、その“アスリートとしての向上心”を高く評価している。

小坂田淳 監督

非常にクレバーというか、自分のことを理解して競技に取り組んでいる選手ですね。


彼は東海大浦安高校から中央大学と“陸上エリート”のようにみえますが、ずっと我流できていて、まだまだ伸びしろがあるんじゃないかなと思います。

“桐生世代” でも主役は譲らない

川上はこれまでずっと同世代に負け続けてきた。同学年に日本記録保持者・桐生祥秀、そして去年のアジア大会200メートルを制した小池祐貴がいたからだ。

2014年世界ジュニア選手権 右から川上、桐生、小池

さぞかし、同世代へのライバル意識が強いのではないか。質問すると意外な答えが返ってきた。

川上拓也選手

同学年に強い選手がいるというのは僕の中でありがたく思っています。


でも、その選手対僕って考えはなくて、僕は前の僕を越したい、去年までの僕を越したいという思いでずっとやってきました。強い意識はあんまり持っていないです。

桐生が日本選手初の9秒台をマークした大会でも一緒に走っていた。そのレースについて聞いてみても・・・。

川上拓也選手

衝撃的ではありましたけど、あんまり意識しないようにしています。ただ、すごく話のネタにつながることが多いですね。


僕、(仕事では)営業の部署にいるんですけど、桐生の9秒のレースで一緒に走ってたとお客様に言うと結構いい反応を頂いたりすることもあるんです。あのレース走れて本当によかったなと思います(笑)。

心の底に多少の悔しさがあるのかもしれないが、あえてネタに変えてしまう心の強さ。その裏には、中学時代の先生から教えてもらったある言葉が関係している。

川上拓也選手

座右の銘が“自分の人生、自分が主役”という言葉なんです。


誰か他の選手が活躍して自分が悔しい思いをしても、最後は自分が勝つぞという、気持ちを高めるときにこの言葉を思い出して、落ち込まずに前に進んでいこうというふうに思ってやってきました。

何があっても、どんな苦境に立たされても、ものさしは自分自身。取材を通して、自らの考えをしっかりと持っている選手だと強く感じた。

実力を養いながら活躍の時をじっくりと待った23歳。今シーズン、長い雌伏の時を経ていよいよその花が開こうとしているー。

拝啓 ファンの皆様 「いだてんたちからのメッセージ」

川上選手が“座右の銘”を使って今年の目標を話してくれました。

「いだてん取材記」

川上選手は、去年夏にヨーロッパでお会いしたことがきっかけで取材するようになりました。今回、「テレビ取材は人生で2回目です!」と言うことでしたが、インタビューでは陸上競技に対する考え方を自分なりの言葉でかみ砕いて話してくれました。

川上選手は、4月28日(日)に広島県で行われる織田記念の100mにも出場予定です。周囲をあっと驚かせる好記録を期待したいと思います。

撮影にご協力頂いた川上選手、関係者の皆様、ありがとうございました。今後もいだてんたちの”つぶやき”は、選手と視聴者の皆さんをつなぐ”バトン”のような記事をめざしていきます。

伊藤悠一

スポーツ番組部ディレクター。平成24年入局。和歌山局を経て、スポーツ番組部で陸上・野球などを担当。自身も大学時代は競走部(陸上部)に所属し十種競技の選手。自己記録は6009点。座右の銘は「人生送りバント」。

                   
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