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2019年4月19日(金)

スポーツにおける「性別」とは? 陸上・セメンヤたちの訴え

「自分は女性だ」。あえてそう主張せざるをえない状況で戦い続けてきたアスリートがいます。陸上・南アフリカのキャスター・セメンヤ選手。禁止薬物にも指定されているホルモン、テストステロンの値が生まれつき高いために、「女性として競技に出るのは正当か」、CASスポーツ仲裁裁判所で争われているのです。

「性分化疾患」と呼ばれるこの症状を持つ女性選手たちの前には、これまでも世界中で陸上競技連盟の規定が立ちふさがってきました。

「生まれ持った体のままで走ってはいけないのか。」

彼女たちの問いに、あなたはどう感じるでしょう。

五輪2連覇の王者・セメンヤ

力強い走りを見せる南アフリカのキャスター・セメンヤ選手。女子800メートルでオリンピックを2連覇した、世界的なアスリートです。

しかし、長年ひとつの疑惑をかけられてきました。

「セメンヤは男性ではないのか」

疑いの理由は、テストステロンというホルモンの値が先天的に高い体質であること。テストステロンは男性に多く、筋肉の増強など競技力向上につながるとして禁止薬物に指定されています。

この値が平均的な女子選手よりも多いことが、不公平ではないかと批判されているのです。
しかしセメンヤ選手は、生まれつきの体質に関した批判を受けることに戸惑いを感じてきました。

セメンヤ選手

「私は声も低いしがっしりしている。でもそれは変えられない。生まれついた体に文句を言われても、じゃあ神様を責めるの?」

セメンヤが戦ってきたもの

セメンヤ選手の人生は、性別を巡る枠組みに翻弄され続けてきました。

初めて疑惑をかけられたのは10年前の世界選手権。18歳のセメンヤ選手は2位に2秒以上の大差をつけて優勝します。

しかしレース後、セメンヤ選手は性別を確認する検査をされていました。秘密にされるはずの検査結果はリークされ、男性の疑いがあるという報道が世界中に流されました。

そしてセメンヤ選手は、大会への参加を禁止されました。この時、国際陸上競技連盟が求めたのが、薬を飲むなどの医療的な措置によって、テストステロンを一般的な女性の値まで下げること。

セメンヤ選手は規定を受け入れるしかありませんでした。

そして迎えた、ロンドンオリンピックの決勝。

セメンヤ選手の走りは本来のものではありませんでした。必死の追い上げを見せるものの、自己ベストに遠く及ばず2位。それでも結果を受け入れ、優勝したロシアの選手をたたえました。

ところがこの2年後。事態は予想外の展開を見せます。優勝したロシアの選手が禁止薬物を使っていたことが明らかになったのです。

不本意な形で金メダルとなったセメンヤ選手。規定の撤廃を訴えましたが聞き入れられませんでした。

自分の力ではどうすることもできない逆境の中で、セメンヤ選手は走り続けてきたのです。

セメンヤ選手

「私はただの選手なので権限はない。規定やルールは選手にはどうにもできない。私には走ることしかできない。」

「性分化疾患」とは

この問題は、セメンヤ選手だけの特別の問題ではありません。ホルモンの値など、性の発達に違いのある人は「性分化疾患」と呼ばれ、数千人に1人の割合で存在するといわれています。

性分化疾患の診療を続けてきた医師の長谷川行洋さん。テストステロンの値だけで性別の枠組みを決めることは困難だと指摘します。

長谷川医師

「テストステロンの値だけで、男性らしい女性らしい、どちらの方向により近いかってことが決まるわけでは決してありません。染色体に違うところがあったり、外見と体の中の状態が違うことがあったり、すごく幅があります。したがって1つのある基準で、競技に参加することがふさわしいかふさわしくないかを決めることは、ほぼ不可能だと思います。」

スポーツと性別とは 規定撤廃への戦い

セメンヤ選手を苦しめた規定をなくそうと立ち上がった女性アスリートがいます。

陸上短距離のインド代表、デュティ・チャンド選手です。身長167センチと小柄ながら去年のアジア大会で、100メートルと200メートルで銀メダルを獲得した、インド陸上界・期待の星です。

普段はワンピースを着てオシャレをするのが楽しみな、普通の女子選手。
しかし5年前、チャンド選手はテストステロンの値が規定を超え、女性として大会に出場することを禁じられました。復帰の条件として、将来副作用も懸念される手術を求められたことに強い疑問を抱きました。

チャンド選手

「手術後も注射を続けなければならず、体も弱くなり、リハビリにも時間がかかります。練習ができなければ結果は出ません。手術後の注射代や薬代を誰が払ってくれるのでしょう。選手はみな、身長も体の力も違います。でも、がっしりした人に痩せろとか、背の高い人に小さくなれとは言いませんよね。それぞれが自然なのです。私は神様がくれた体で生きています。薬を飲む必要はないと思ったのです。」

2014年9月、チャンド選手は規定の廃止を求める裁判を起こします。世界で初めての挑戦でした。

この時に多額の費用がかかる裁判を無償で支えた人がいます。現在はセメンヤ選手を支援する、パヨシュニ・ミトラさんです。長年、スポーツと性別の研究を続ける中で参加を拒まれた女性たちの悲惨な現実を、目の当たりにしていました。

ミトラさん

「彼女たちは人生を脅かされました。自殺しようとした人、自殺した人、行方不明になった人。規定がこれらの被害をもたらしたのです。」

1年にわたる審理の末、チャンド選手は勝訴。裁判所は、先天的にテストステロンが高い選手が必ずしも優位となる証拠がないとして、規定は停止すると結論づけました。

競技に復帰したチャンド選手は翌年、念願だったリオデジャネイロオリンピックの出場を果たしました。チャンド選手の戦いによって、あのセメンヤ選手も救われました。テストステロンの値を下げることなく出場できることになったのです。力強い走りを取り戻したセメンヤ選手は、見事優勝。オリンピック連覇を果たしました。レースの後、セメンヤ選手はチャンド選手のもとを訪ね、こう語りかけました。

「あなたの戦いは世界のためになりました。自分のためだけではなく、私たちみんなのために戦ったのです」

チャンド選手

「セメンヤ選手は私のしたことをほめてくれました。それまで私はメダルで知られているだけでした。でも裁判をしてからはメダルのためだけではなく、真実のために走っていると思われるようになりました。それがとても嬉しかったです。」

再び作られた規定の先に

ありのままの体で走る権利を手にしたセメンヤ選手。しかし戦いは終わりませんでした。

去年4月、テストステロンが優位に働くと証明されたとして再び規程が作られたのです。陸上400メートルから1600メートルまでに限っての規定でした。背景のひとつには、オリンピックで敗れたライバル選手たちからの強い批判があったといいます。

今回、国際陸上競技連盟はNHKの取材に次のような見解を示しました。

「規定が適用されなければ、性分化疾患の選手が表彰台と賞金を独占することになる」。

セメンヤ選手はスポーツ仲裁裁判所に、規定は不当だと訴えました。今は取材を一切断っています。

東京オリンピック出場を目指して現在も練習を続けているというセメンヤ選手。裁定は、今月末に出される予定です。

                   
※NHKサイトを離れます

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