読み込み中です...

2019年3月16日(土)

吉田沙保里「引退を決意した"母の言葉"とは」~豪華アスリートも証言!引退の真相が明らかに!レジェンド引退スペシャル~

1月に引退を発表したレジェンド!レスリングの絶対女王・吉田沙保里さん。なぜ伝説となったのか。豪華アスリートが証言!そして、引退を決意するきっかけとなった母の言葉とは?その真相が明らかになります!

メダリストたちが一目おく "吉田沙保里の凄さ"とは

オリンピック3連覇。国民栄誉賞も受賞した吉田沙保里。個人戦では、2001年の敗戦を最後に、2016年のリオ オリンピックまで負けなし!その間、なんと206連勝!

世界を制した吉田の武器といえば、「高速タックル」ですが、吉田の凄さはもっと奥深い!そう訴える後輩たちがいる。土性沙羅。注目していたのは練習場での姿勢。

土性沙羅選手

スパーリングでも(上を)取られれても最後は自分が上になってやろうという気持ち。


あきらめない気持ちというか、気持ちが強いというか、それが試合にも出てくるのかな。

リオオリンピックの金メダリスト、登坂絵莉。

登坂絵莉選手

もちろん攻めもうまいんですけど、ディフェンスも本当に強いですね。


点数を本当に取られないというか。相手がタックルに入ってきた時とかも、(ディフェンスは)タックルを切るっていうんですけど、タックルを切れるし、カウンターも取れますし。

何よりその人間力に圧倒されたのは登坂。4連覇をかけたリオオリンピック。吉田は銀メダルに終わった。すでに金メダルを獲得していた登坂は、この日の夜…。

登坂絵莉選手

一緒の部屋だったので、自分もどうすればいいか、わからない部分もあったんですけど、その時に『エリは私が負けたからって、気を遣わなくていい』っていうか、『初めての金メダルを嬉しい嬉しいって喜んでいいんだよ』っていう風に。


自分が負けて、すごい落ち込んで泣いているときでも人のことを考えられるというか、そこは本当にすごいなと思いました。

まさに、「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂」。それはメダリストたちが一目おく、吉田の凄さだった。

"もうレスリングはやり尽くした"

引退発表の二日後、吉田は記者会見で、胸の内を明かした。

吉田沙保里さん

若い選手たちの世界の舞台で活躍する姿を多く見るようになり、女子レスリングを引っ張っていってもらいたいという思いにもなりました。


そして、改めて自分自身と向き合ったときに、レスリングはもうすべてやり尽くしたという思いが強く、引退することを決断しました。

引退の理由を聞いた取材班。どうしても気になることがあった。それは、リオオリンピックの前に放送されたグッとスポーツでの一幕。吉田の母・幸代さんがこんなことを言っていた。

母・幸代さん

主人が遺言のように言ってた言葉があって『引き際が大事やから、いい時でやめて欲しい』って言うて。ボロボロになって辞めるよりは、いい時に辞めてくれたら沙保里っていう名前が残るから。

吉田にレスリングのイロハを教えた父・栄勝さんが遺した「引き際」の大切さ。それを聞いた吉田は…。

吉田沙保里さん

(五輪に)4回も出させてもらってね、4回目でコケることなく、本当にこれで勝ってお父さんの言うとおり、「ヨシ!」ってスパッと辞められたらいいかもしれないし。

「4連覇で引退」をにおわせていた。

ところが、リオオリンピックで敗れ、父の思い描いていた「有終の美」を飾ることはできなかった。試合の直後、吉田は思わず母に叫んだ。

吉田「お父さんに、怒られる」。

それから2年半…。いつ吉田は引退を決断したのか。唯一の相談相手だったという母を、再び訪ねた。

母・幸代さん

去年の6月ぐらいに明治杯って試合に出ないって聞いたので、私も、「もうそろそろ引退を考えたら?」って感じで娘に話をしたんですけど、もうちょっとまだ、「東京五輪も魅力やし、全日本に出たらまだ(東京五輪の)権利があるし」、って話をしてたんですよ。

「そろそろ引退を考えたら?」…母の言葉が吉田の背中を押した。

母・幸代さん

12月の頭くらいですかね、「やっぱり引退しようかなと思ってる」って言ってました。


沙保里の雄姿というか、レスリングをしている姿を見られなくなるのは寂しいなという気持ちはあったんですけど、でもホッとしたというか。いろいろな束縛もあったし、いろいろなプレッシャーもあったし、あの子の葛藤している姿も見てたので。

──父・栄勝さんが生きていたら、娘にどんな言葉をかけると思いますか?

母・幸代さん

会見の前の日に東京に行く前に、主人の仏壇に『お父さん明日記者会見するけど、もういいよね?』って言って、話をして。


記者会見の時も言ったんですけど。『いい』って『よく頑張った』って言ってると思います。

「引退してもいいんじゃない?」母の言葉が背中を押した

──吉田さんは、実際、いつぐらいから引退を考えてたんですか?

吉田沙保里選手

試合の前は、本当に4連覇をしたら引退しようというふうに私は決めてて。でも、負けちゃったので、父の生きていたときに、今、母が言っていたように、『引き際が大事だよ、華があるときに辞めなさい』という言葉がすごい引っかかっていたのと。


あと、やっぱり、終わって日本に帰ってきてから、たくさんの方から東京オリンピックで、まだ金メダルを見たいという、その言葉がすごい多かったので、それがすごい悩んでいたんですね。そこから2年ずっと悩んで、少し休憩して、また頑張ろうっていうふうに思えたらいいなと思いながらいたんですけど。

──「引退してもいいんじゃない?」ってお母さんから言われた言葉っていうのは、ご自分ではどう響いてたんですか?

吉田沙保里選手

母の言葉が一番響くっていうか、負けたときもそうですけど、「もういいんじゃない?」って言ってもらえたことで、ちょっと揺らいだというか、「あ、もういいかな」って思うところはすごい大きかったので、それが決め手にもなったかなっていうのはありますね。


一番は東京に出て、また金を取って花を咲かせて引退っていうのが一番、それはきれいな終わり方かもしれないですけど。出れるかどうかも分からない状況だし、ここまで来て自分が一番、自分自身のことは一番知ってるので、ちょっと無理かなっていう。

──じゃあ、引退したことに後悔はないんですか?

吉田沙保里選手

ないですね。

"引退して薬を飲めるようになりました"

最後に引退後のことを聞きました。

「吉田沙保里は引退して薬を飲めるようになりました」。

吉田沙保里

ドーピングのことを考えなくも良くなったので、とにかく、何かあったら、病院に行ったときには、「ドーピングに引っ掛からない薬をください」って言わないといけなくて…。


だから、市販の薬も飲めるようになったし、ちょっと風邪っぽかったんですけど、熱も下がったし、すぐに。薬って便利なんです。すごいですね。

吉田沙保里さん、お疲れさまでした!

                   
※NHKサイトを離れます

関連記事

    人気の記事ランキング

      記事ランキングをもっと見る

      最新の記事