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2019年2月28日(木)

フェルナンデスが語る「羽生結弦"最強"伝説」~ライバルにして親友 背中を見せ合い続けた2人~

オリンピック直前、ケガでなかなか表舞台に立てなかった羽生選手。もはや出場は無理だという憶測まで飛び交います。しかし、彼は戻ってきました。

3回シリーズの最終回は、そんな羽生選手の挫折と復活の日々を最もよく知る人物。ピョンチャンオリンピック銅メダリスト、ハビエル・フェルナンデス選手です。2 人は、同じコーチの元でずっと切磋琢磨してきた親友同士。ピョンチャンオリンピックでは、最大のライバルの 1 人だった彼は、羽生選手の復活劇をどう見つめたのか。氷の上で繰り広げられた、熱き友情の物語です。

"ユヅルが戦いの場に戻って来てくれて 本当に嬉しかった"

ハビエル・フェルナンデス選手。ピョンチャンオリンピック男子シングルフリーでダイナミックな4回転ジャンプと、羽生よりも高い得点を得たステップ。最終的には、羽生選手には敗れましたが、母国スペインに初のフィギュアスケートのメダルをもたらしました。

ハビエル・フェルナンデス選手

金メダルは彼に取られちゃったけれど、僕は満足していました。だって最高の勝負をして3位になる方が、お互いミスを連発して、たまたま1位になるよりずっといい。


ずっと一緒に練習して、互いの背中を追いかけて来たからね。彼が最高のレベルで戦いの場に戻って来てくれて本当に嬉しかったよ。オリンピックの前にあれだけ辛い時期を過ごしていたからね。

お互いに「背中」を追いかけ合って どんどん上達していった

羽生選手と、フェルナンデス選手の深い友情が育まれ始めたのは 2012 年。羽生選手が、ブライアン・オーサー コーチが指導するカナダの「クリケットクラブ」に入った時です。フェルナンデス選手は羽生選手よりも1年前に入門した「兄弟子」でした。

ハビエル・フェルナンデス選手

彼が来ると聞いてへえ?と思いました。あの時はまだ、試合でちょっと顔を合わせる程度でしたからね。

バンクーバーオリンピック以降の第一人者は、世界選手権3連覇のパトリック・チャン選手。その一方で、羽生選手とフェルナンデス選手も、しっかり上位に入っていました。2人は同じクラブで切磋琢磨しながら、来たるソチオリンピックに臨みました。

この先彼は勝ち続ける "負けていられない"

2014 年2月ソチオリンピック。パトリック・チャン選手が転倒するなど、次々とミスが連鎖したこの大会。フェルナンデス選手も規定よりジャンプを飛びすぎるというミスを犯し、4位。羽生選手自身も、金メダルは取った喜びとは別にミスについて反省し、自らの出来は不本意だと述べていました。

ハビエル・フェルナンデス選手

金メダルは、そんな簡単に取れるものじゃない。ユヅルは、強い。僕が心底そう思わされたのが、あの大会でした。みんな忘れがちだけど、彼はあれが、初めてのオリンピックなんです。


チャンも僕も4年前の大会に出ていたけれど、最初のオリンピックというのは舞い上がってしまって、全てが巨大に見える。そんな中で、ユヅルは堂々と演技した。みんながミスをしていたけれど、初出場の彼の演技が一番だったのは結果が示しています。


この先、彼は勝ち続ける。負けてはいられない。そう思いました。

僕は"あの時"からユヅルと「真の友」になれた

フェルナンデス選手の言葉通り、ソチのあと羽生選手はトップを走り続けます。そんな彼の背中を、フェルナンデス選手は必死に追いかけました。

ハビエル・フェルナンデス選手

僕たちの練習場には、世界選手権やオリンピックでメダルを獲得した選手の名前を掲げる場所があるんです。


あそこに僕も名前を載せたいとずっと思っていた。だから、2015 年の世界選手権に初めて優勝した時には、真っ先にあれを見に行きました。

2015 年。中国・上海で行われた世界選手権で、フェルナンデス選手はオリンピック王者の羽生選手を破り優勝したのです。

結果を受け、羽生選手は人目もはばからず涙した。だがそれは、負けた悔しさからだけではなかったとフェルナンデス選手はいいます。

ハビエル・フェルナンデス選手

彼はもちろん悲しかったんですよ。勝ちたかったんですから。でも同時に僕の勝利を喜んでいたんです。彼はこう言いました。「勝ったのが君で本当に嬉しい」。「僕は今日頂点にいないけど、そこからの風景を君と一緒に見ている」と。


僕にはその意味がよくわかりました。同じ高みに立っているんだってね。僕はあの時から、ユヅルと「真の友」になれたと思います。

"練習している僕の背中を見ろ 僕は君との戦いを待っている"

互いに認め合った2人。ここから、世界を驚かせていきます。羽生選手が世界初、トータル300 点越えを達成すれば、その2ヶ月後に、フェルナンデス選手が同じく 300 点を突破。2016 年の世界選手権をフェルナンデス選手が制すれば、2017 年は羽生選手が制する。得点も、タイトルも、トップレベルの2人。来たるピョンチャンオリンピックは、2人にとっても極めて大切な戦いの場と位置付けられました。

しかし、ピョンチャンオリンピック3ヶ月前に起こった、羽生選手の大ケガ。その一報は、同門のフェルナンデス選手の元にも届きました。彼が心配したのはケガのことよりも、別のことでした。

ハビエル・フェルナンデス選手

僕の母国のスペインでは、正直、フィギュアスケートが報じられることはごく稀です。それに対して日本はフィギュアスケートの人気が高い。高すぎる。


案の定、あのケガの時、頂点に立つユヅルに何とか隙を見つけようと、妬みや、嘘があちこちにあふれましたね。

──当時(リハビリの間)、彼に会いましたか?

ハビエル・フェルナンデス選手

面と向かっては、会わないようにしていました。彼は時々リンクに出て練習しようとしては、すぐに傷が痛んで下がる、という状態でしたからね。僕らは、お互いのケガについて話したりはしません。ユヅルに求められれば何だって手伝いますが、彼にはお母さんをはじめ、周りにケアしてくれる人がたくさんいる。


僕らのように高いレベルで競い合っている場合、求められるのは、変わらず「背中」を見せ続けることなんです。練習している僕の背中を見ろ。僕はレベルを保って、君との戦いを待っているよってね。実は僕は、ああやって落ち込んだからこそ、彼はとんでもない復活を遂げるんじゃないかと思っていました。彼はすべてのマイナスを一気にプラスに変えられる、それだけの力を持った人間ですからね。

"みんな復活に驚いていたけど 彼ならやると思っていた"

たとえケガをしていようと、羽生選手の背中だけを見つめていたフェルナンデス選手。そこに羽生選手は戻ってきました。2人の究極の戦いが始まります。

最高のジャンプ。最高の表現力。ショートプログラムを終えて、羽生選手が1位、フェルナンデス選手2位。4年間、共に切磋琢磨し、世界のタイトルを争ってきた 2 人の名前が並びました。

ハビエル・フェルナンデス選手

僕はそうなると思っていましたよ。みんな、ユヅルの復活に驚いていましたけど、彼ならやると思っていました。そして僕は彼の背中を、誰よりも近くから、追いかける。いいぞ、最高の戦いじゃないかと思いましたね。

そして翌日、決戦のフリー。まずは羽生選手がリンクに上がりました。

羽生選手はこのシーズン自己ベスト、200 点超えの点数を叩き出します。その次にリンクに 立ったのがフェルナンデス選手でした。

──ユヅルの直後の演技でしたが、会場の興奮の影響はありませんでしたか?

ハビエル・フェルナンデス選手

いいえ、ありませんでした。あの舞台で、彼がいい演技をしないわけがない。だから何にも影響はありません。今度は、僕が応える番。それだけです。

フェルナンデス選手は、予定通りに跳べなかったジャンプはありましたが、他にミスはなく、演技を終了。最後に演技した日本の宇野昌磨選手に次いで、3位に。羽生と共に、オリンピックの表彰台に登ることとなりました。

涙が止まらない羽生 これまで語られたことはなかった"あの真相とは "

表彰の直前。リンクサイドに集まった、3人のメダリスト。フェルナンデス選手が、2人をハグする。そして、何かを告げたフェルナンデス選手。何を話しているかは聞こえません。

でも。「(You are so bad!(最悪だな君は!)」と言いながら、涙が止まらない羽生選手。何を話したのでしょうか、これまで語られたことはありませんでした。

──この時って何を話していたんですか?

ハビエル・フェルナンデス選手

この時は、まずユヅルと昌磨に、メダルと演技についておめでとうと言いました。


そしてユヅルにこう言ったんです。「君と競えたことは僕の誇りだ。実は、これが君と戦う最後の試合なんだ僕は引退する」って。実はあの時までは、誰にも言っていませんでした。誰にも。


ヨーロッパ選手権に出る約束はあったのですが、ユヅルは日本の選手なので、ヨーロッパ選手権には出場しない。だから、本当に最後の試合になる。今しかない、と思って伝えたんです。

ハビエル・フェルナンデス選手

ユヅルには「最悪だなおまえ!」と言われましたよ。だってあんなタイミングで伝えたから。


でも、僕はここだと思ったんです。最高の戦いの後だったからね。一番告げたい人と、一番いい場所にいられて、本当に良かったよ。

フェルナンデス選手が正式に引退を表明したのは、この9ヶ月後。世界を驚かせたニュースを最初に伝えたのは、オリンピックの頂きを共に目指した最高のライバル。そして最高の友でした。

フェルナンデス選手がオリンピック連覇という快挙を果たした羽生結弦選手に、今後期待することは?

ハビエル・フェルナンデス選手

まずは、今のケガをしっかり治して欲しいです。ケガさえ治れば、後はもう好きなだけ「前」へ、「前」へと、目指していけばいい。


そして、もし引退をする時が来たら、その時初めて「後ろ」を振り返って見て欲しい。君が登って来たのは、今後、永遠に語り継がれる道のりだ。その道のりの途中に、僕の名前があるのも、お忘れなくね。

                   
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