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2019年1月18日(金)

多田修平「"歓喜"と"挫折"を味わった2年間」「いだてん」たちの"つぶやき" -第1話-

2016年に行われたリオデジャネイロオリンピック。陸上男子400mリレーの銀メダルは、日本中を感動の渦に巻き込んだ。その後、世界選手権のメダル獲得、日本選手初の100m9秒台突入など、躍進を続ける日本の「いだてん」たち。2020年東京オリンピックで目標に掲げたのは、短距離界初の金メダル獲得だ。

「SPORTS STORY」では、陸上担当の記者やディレクターなどが取材の中で見つけた様々な話を、「いだてん」たちの“つぶやき”として随時発信。本家・大河ドラマに負けない、熱い熱い裏話をお届けする。

記念すべき初投稿は、去年のアジア大会で金メダルを獲得した400メートルリレーのメンバー、多田修平。陸上短距離は現在オフシーズンのまっただ中。この冬、彼は何を思い、何を考えトレーニングに励んでいるのだろうか。



「いだてん」たちの“つぶやき”

2年前の走りを取り戻すだけじゃなくて、
さらに上回るような“すさまじい走り”がしたい
(多田修平)



沖縄の地で誓った "再出発"

1月上旬、多田の姿は沖縄にあった。

多田「おはようございます!よろしくお願いします!」。

私たちに笑顔で挨拶すると、感触を確かめるように颯爽(さっそう)と走り出していく。その後ろ姿はいつ見ても、美しく、かっこいい。

大学4年の多田はふだん大学の陸上競技場で練習を行うが、今回は大阪の有力選手が東京オリンピックに向けて鍛錬する“OSAKA夢プログラム”の合宿で沖縄に入っていた。

練習の合間におこなった単独インタビュー。言葉の端々から“今年にかける思い”が垣間見えたのが印象的だった。

キラキラと目を輝かせ、多田は私たちにこう宣言した。

多田選手

2年前の走りを上回るような、すさまじい走りがしたい。

その言葉の裏には、昨シーズン味わった悔しさがある。

急成長の2017年

2年前、追い風参考記録ながら9秒94をマークした多田。その名を一躍全国にとどろかせ、日本短距離界に衝撃を与えた。

“シンデレラボーイ”。その表現は彼のようなことを言うのだろう。

続く日本選手権では、10秒16のタイムをマークし2位。「念願だった」という世界選手権代表の座を初めてつかんだ。

シンデレラボーイの快進撃は止まらない。

8月にロンドンで行われた世界選手権では、100mで準決勝に進出。あのウサイン・ボルトを相手にレース前半をリードするという“世界を驚かせる走り”をみせた。

さらに400メートルリレーでは、第一走者として日本チームの銅メダル獲得に貢献。

去年まで無名だった大阪出身のスプリンターは、日本短距離界をけん引する存在へとなっていた。

(左から 藤光選手 桐生選手 飯塚選手 多田選手)

秋には日本歴代7位となる10秒07をたたき出す。

このシーズンに入る前の自己ベストは10秒25だったから、1年で0秒18も縮めたことになる。自らも予想しない、驚異的な成長だった。

多田選手

想像できないくらいタイムが伸びてびっくりしました。


自分の中ではすごく自信になったシーズンでしたね。

日本短距離界に新星が現れた──。9秒台、そして日本のエースとして世界と戦える選手が出てきた──。

多田の活躍にメディアは色めきたっていた。

このとき、翌年試練が待ち受けることになろうとは誰も想像していなかっただろう。

自分を見失った2018年

9秒台をめざし挑んだ昨シーズン。多田は10秒2~3台のタイムを連発した。

「ハァー」。

記録が表示される度に競技場で漏れる観客のため息。10秒07の自己記録を持つ選手にしては物足りない数字だからだ。

原因は多田自身もわかっていた。冬のトレーニングで、9秒台をめざし「スタートの改良」を決断。苦手としているレース後半にスピードが落ちないよう、スタートで足の回転数を抑える方法を試した。

しかし、うまくいかない。次第に走りの感覚がずれ、本来の加速が影を潜めていった。

多田選手

スタートの感覚も悪くて、中盤からの加速も全く乗ってこない。けっこう悩んでいますね、こういうスランプの状態になるのは初めてです。

アジア大会の代表選考を兼ねた日本選手権では10秒22で5位。個人での代表の座を逃し、競技終了後のトラックでは人目をはばからず涙を流した。

ふだん、いつでもどこでも笑顔で試合に臨んでいる多田。その涙に私たちも熱くこみあげてくるものがあったことを記憶している。

この後も記録は停滞したままだった。去年のタイムは、日本選手権でマークした10秒22が最高。狂ってしまった歯車は、最後までかみ合わないままだった。

自己記録を更新できなかった年は、中学から始めた陸上人生で初めてのこと。9月に行われた学生の全国大会の後、苦悩する胸のうちを明かしてくれた。

多田選手

ことし(2018年)は、試合があるたびに嫌な気持ちでした。

アスリートの人生は、つくづくジェットコースターのようにも見える。春先、多田がレースを走ると多くのメディアがカメラを向けた。しかし、秋頃になるとその数は極端に減っていた。多田はその目に映る残酷な景色を、どのような心境で見ていたのだろうか。

順調に記録を伸ばし続けてきた多田に立ちはだかった大きな壁。2018年のシーズンは苦い記憶とともに幕を閉じていった。

2019年 環境を変え"一からのスタート"

ことし、多田は練習環境を大きく変える決断をすることになる。3月で大学を卒業、就職は関西の企業を選んだ。しかし、練習拠点は関東に移すことに決めたのだ。

多田選手

ずっと関西で生まれ育ってきたので生活面での不安はありますが、関東のライバルたちに刺激をもらいながらよりレベルアップをしたいと思った。

多田のコーチになるのは、大東文化大学陸上競技部で指導している佐藤真太郎氏。

学生時代、短距離のトップ選手として活躍。その後、ボブスレー競技に転向しソチオリンピックにも出場した異色の経歴を持つ理論派コーチだ。

佐藤真太郎さん

3年前“OSAKA夢プログラム”の合宿で出会い、自分の走りにマッチしている感じがあったという佐藤の指導。

世界に一歩でも近づくために。今年から「本格的に指導をしてほしい」と申し出た。

多田選手

佐藤さんに教えてもらった後は、走りの感覚がいいんですよね。


社会人になって今後指導してもらう人は誰がいいかな?と考えたときに、悪い部分を端的に教えてくれるし、走りの中でどういう部分を強化すればいいかを詳細に話してくれるんです。

(左が多田選手、右が佐藤さん)

佐藤は、3年前、初めて見た多田の走る姿は今でも鮮明に覚えている。

佐藤さん

衝撃的でしたね、こんなすごいやついるんだ!って。


足首がものすごく強くて、ジャンプしたらさく裂音がするんですよ、バーンって。そんなやつほとんど見たことない、今までのすごい選手と同じさく裂音でした。

"二人三脚" 基礎から見つめ直す

今回の沖縄での合宿。私たちは、多田のウォーミングアップの方法がいつもと異なっていることに気づいた。

これまで、軽くジョギングして体を温めた後、ストレッチをして筋肉をほぐすことが多かった。しかし、この合宿では練習のはじめに“股関節周りの補強トレーニング”を必ず行っていたのだ。

この練習を見ていくと、佐藤が考える“多田の課題”が浮き彫りになっていく。

佐藤さん

2017年と2018年の走りを映像で比較すると、“反発をもらう方向がズレている”んですよね。地面からの反発が前ではなくて、上に跳ねてロスしてしまっている。


2017年は接地(足を地面に着く動作)の時に腰が前にスライドするようなグンッと腰が入るような瞬間があったんですが、2018年は腰が入らない状態で走っていたように思います。特に股関節周りが協働していないんです。

多田は強じんな足首の強さがある一方、“陸上選手として基礎中の基礎”(佐藤談)となる股関節周辺に課題があった。

地面からの反発力をスピードに変えていく上で大切となる筋力や動きが発展途上だったのだ。

この合宿、トレーニングで股関節にしっかりと刺激を入れる。そして、まずは小さいハードルを置いて走ってみる。

今度は股関節の動きを確認しながら、坂道を走ってみる。

(画面真ん中が多田選手)

意識して繰り返し走ることで、股関節の使い方を覚えようと模索を続けていた。

多田選手

去年に比べていい感じの走りができているんじゃないかなと思っています。佐藤先生のトレーニングはめちゃくちゃキツいですけど、それを乗り越えたら理想の走りに近づくんじゃないかなと。

佐藤さん

多田がやらなければならないことはハッキリしていますので。正しい方向に力を伝えられるようになれば、スピードが出てくると思います。


素質的にはまだ85~90%しか使えていないので、成長が楽しみですね。

2020年の前哨戦 まずは"9秒台"

今年、2020東京オリンピックの前哨戦とも言われる世界選手権が、9月下旬からカタールで行われる。

世界のトップ選手が集結する実力を試す絶好の機会だ。

多田選手

東京オリンピックまで1年半、焦りとかはあんまりないです。去年は焦って失敗をしてしまったので、自分のペースでやっていきます。


世界選手権では100mで決勝進出、タイムは最低でも9秒台は出します!

力強く具体的な目標を掲げた多田。その目標達成のために、佐藤も全力でサポートする覚悟を決めている。

佐藤さん

アスリートが求めている“結果”を提供したいんです。多田選手本人がプレッシャーを感じない、ストレスをうまく軽減させられるかも重要な役割だと思っています。


すでに日本を代表する選手ですから、多方面でサポートしていきたいなと。

拝啓 ファンの皆様 "いだてん"たちからのメッセージ

「いだてん取材記」

今回から始まった「いだてん」たちの“つぶやき”、いかがだったでしょうか。選手と視聴者の皆さんをつなぐ、陸上競技でいう“バトン”のような?記事をめざしていきたい!と考えています。指導する佐藤さんも「衝撃的だった!」と話していましたが、私たちも多田選手に衝撃を受けて取材をスタートしました。

誰よりも速い足の回転は、どのように生み出されているの?短距離選手としては細身な体に、一体何が詰まっているの?そして、常に笑顔を絶やさない優しい表情はどこからくるの?

多田選手の練習や試合を見学したり、インタビューの内容を繰り返し聞くことで、少しずつわかってきたような気がしています。

「関西の人は温かくて大好きです!」と話す多田選手。関東に拠点を移してもインタビューは関西弁でお願いしますね。今回取材にご協力頂いた多田選手、佐藤さん、関係者の皆様、ありがとうございました。



※NHKでは現在、「陸上男子短距離」の大型特集番組の取材を進めています。放送は世界選手権がおこなわれる秋頃を予定。

第2話は、リオデジャネイロオリンピック男子400メートルリレーで銀メダルを獲得したあの選手です。(予定)お楽しみに!!!

伊藤悠一

スポーツ番組部 ディレクター 
平成24年入局。和歌山局を経て、平成29年からスポーツ番組部で陸上・野球などを担当。自身も大学時代は体育会競走部(陸上部)に所属し、十種競技の選手としてインカレ等の大会に出場。得意種目はやり投と円盤投で、自己記録は6009点。

小林達記

大阪放送局 記者 
平成26年入局。神戸局を経て、平成29年から大阪放送局でスポーツを担当。大学時代は野球部に所属。中学時代は走幅跳で埼玉県大会6位。自己記録は5m92(中学3年時)

                   
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