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2018年12月26日(水)

マラソン 大迫傑の"哲学"

日本男子初の2時間5分台をマークした大迫傑、27歳。周囲が東京オリンピックでの活躍に強い期待を寄せる一方で、彼は、いたって冷静だ。

インタビューから、その走りの“哲学”を探ると、「強い目的意識で」「そぎ落とし」「今を生きる」。いくつかのキーワードが浮かび上がってきた。(取材・構成/スポーツニュース部記者・佐藤滋)

“初の2時間5分台”「省エネ」で走る頭の回転?

シカゴマラソン 日本新で2時間5分台をマークし3位

日本選手初の2時間5分台をマークしたシカゴマラソンのレース。快挙がなぜ生み出されたのか、その自己分析は。

大迫傑選手

勝負できる距離が30キロから35キロまで伸びたというところが一番評価できると思っている。


その原因としては、メンタルでの成長というのが大きかったんじゃないかと思う。

──メンタルの成長とは?

大迫傑選手

42キロの中で“省エネで走るような頭の回転のしかた”を練習の中で作ることができたというか、なんて言えばいいか難しいが…。


練習の中でしか得られない力というのを今回発揮できたかなと思う。

──省エネで走る頭の回転のしかたとは?

大迫傑選手

なんだろう…うーん。常に冷静というか、いかなる時も焦らない気持ちだったり、平常心だったり、不動心だったり。


そういうところは常に意識しているところではあるので、その辺が生きてきたと思う。

──30キロから35キロで勝負できたというが、その先の課題は。

大迫傑選手

なるべく長い距離というものを意識していきたいと思っているが、今までより少し質を高くしたり、ちょっとボリューム(量)を増やしたりといった単純なこと(が課題)だと思う。


ただ単純なことってハードなことで、時間をかけてしか成長できない部分だと思うので長い目でみてやっていきたい。

──単純なこと、当たり前のことをやるのはすごく難しいと思うが。

大迫傑選手

意外とそこをみんなが見落としがちな部分であると思っている。


それゆえに、そこをやれば周りの人よりも強くなれるんじゃないかという思いで今やっている。

──ただ、必ずしも結果が出続けるときばかりじゃない。

大迫傑選手

冷静にプロセスを分析して次に生かす。それをもとに淡々とやっていって、また…という繰り返しの中でいい時もあるし、悪いときもある。


その結果をすべて外から見て受け入れるということが大事かなと思う。

──淡々とできる一番の理由は?

大迫傑選手

難しいですね…淡々とできる理由。まあ強くなりたいからという気持ちですかね。

渡米での挑戦 "その時 何を思っていたのか"

2015年 米のナイキ・オレゴン・プロジェクトに加入 大迫選手のインスタグラムより (左から2番目)

大迫を成長させたアメリカのチームへの挑戦。大きく環境を変えた決断に迷いは。

大迫傑選手

僕の中では中学から高校に進む時と、高校から大学を選んだ時と気持ちは変わらなかった。


いつも次の進路を選ぶときには「少し背伸びをしないと届かないチーム」を選んできた。


オレゴンプロジェクトについてもその延長線上、さらにちょっと背伸びをしてジャンプをしないと一緒に練習できるようなレベルだったが、本当に特別なことをしたという意識はなく今まで通りという感じ。

──周囲の声はどう聞こえていたのか。

大迫傑選手

周りの人からはネガティブな意見やリスクの話しをされたが、僕自身の中には当時はポジティブなイメージしかなかった。


ここに行ったらどんな自分が待っているんだろうという期待とか、わくわく感というんですかね。みんなどんな練習をしているんだろうというわくわく感。それをやってみたいという気持ちが先行して、とりあえず一歩踏みだしたという感じですね。


多くの人の声というものは、自分ができなかったことをやろうとしている人への「ねたみ」とか、自分の固定概念を他人に押しつけているだけ。自分自身当時からそういうことを感じたので、1つの意見としてありがたく頂戴して、ただ右から左に流すというそういう作業だった。

いわば「隔離」された生活が逆に心地よかった、とも。

大迫傑選手

日本での友だちはアメリカにいないし、そうなると付き合いで「じゃあ遊びに行こう」とか「飲みに行こう」とかないし。


本当に自分のことに集中できる環境がアメリカにあると思っている。

──ちょっと遊びに行きたくなることはなかった?

大迫傑選手

たぶん携帯と同じように、あれば触ってしまったり、使ってしまったりすると思うが、それができない環境に行けば、ほかに集中するものがあれば無くても大丈夫なのかなと。

──不安にはならない?

大迫傑選手

もちろん不安にはなるが、不安よりもやりたいという衝動だとか、強くありたいという気持ちの方が全然勝っていたので、不安が一歩踏み出すことを抑える要因にはならなかった。

──アメリカに行ったことによる気持ちの変化は?

大迫傑選手

「それぞれが、それぞれでいいんだ」と思ったことがすごく強かった。あこがれている人がいたら「こうあらなきゃいけない」というものがあると思うが、それってすごく難しい作業。体の違いも人の違いもあるし、たぶんそういうものははっきり言って無理だと思う。


どう自分が強くなったらいいのか考えた時、やっぱり自分というものをしっかり作った上で、自分をどうステップアップさせるかというのを考える必要があるなというのをアメリカに行って学んだ。

──誰かに好かれる、嫌われるという話しではないと。

大迫傑選手

誰かに好かれるとか嫌われるということを意識して何かを選択すると、どうしても間違った方向に行ってしまうと思っている。


それを省いて本当に必要な物を見極めてやるというのは大事なこと。

その走り 支えるもの

“ランナー”大迫の武器 みずからを客観視する能力の高さ。

大迫傑選手

強い気持ち、勝負に対するこだわり。それに加えて冷静になれるという部分があるのが僕の武器だし、マラソンに必要な要素だと考えている。熱くなりすぎてもよくない。


勝負に徹する中でも一歩“自分を外から見た”部分を作るのはマラソンにとって大切なのかな。(レース後には)喜んでいる一方で、次の瞬間には冷静で、外から自分を見ている部分もある。

──そういった姿は昔から?

大迫傑選手

ちょっと覚えていていないですけど。小学校とか中学校の時はそんなことはなかったが、陸上競技を通してそういった部分は身についていったんじゃないかなと。


僕の中では重要な部分だったからこそ、身についていた部分だと思うが…。(大事にしているのは)その瞬間、瞬間を大事に、1日1日を積み重ねていって大きな成果にしていくことを心がけている。


あまり先のことを見過ぎずにやるようにしている。いい意味でも悪い意味で見ても他人を信用していなかった。他人は他人、そういう考えでしたね。

──貫ける理由はどこに?

大迫傑選手

「強い目的意識」ですかね。「こうありたい」と思えば自然とそこに一番の近道を探すし、それ(目的意識)が弱いと、どうしてもあっちにこっちに流れてしまう。


あとは言い訳をしないことが大事かなと。いろいろな人が同じ強さを持っていたとしても、どうしても「やらない理由」を探してしまうと思う。


そのやらない理由というのを自分の言い訳だと言うことを自覚して排除していくというのはすごく大事かなと思う。

送っているのは“そぎ落とす”日々だ。

大迫傑選手

無駄を省いていくというか、目標に対して一番近い道でどうすれば早くたどり着けるか考えた時に、いろいろな物を“そぎ落として”いかないと(いけない)。


2020年もそうだが、そしてその先の自分が満足する結果に向かって今、多くの物をなるべく“そぎ落として”いく作業をしている段階。

ストイックな姿勢はプライベートでも変わらないのか。

大迫傑選手

結構、言い訳しますね。何かを脱ぎ捨てたら「それ、あとで片づけようとしていたんだよね」という言い訳(をしてしまう)。


生活部分ではもちろん常に気を張っているわけじゃなくて、生活は生活、家族は家族、競技は競技という風に、ちゃんと譲れないところを競技の中で持つようにはしている。

福岡国際マラソン 娘と笑顔の大迫選手

──家族に怒られることは?

大迫傑選手

もちろん(笑)。

走る意味

──走ることは自己表現の場か、それとも走ることそのものが楽しいのか。

大迫傑選手

1つではない。表現の場でもあるし、仕事でもある。本当にいろいろな要素、いろいろな要因があって走らされているなと思っている。


特に最近は練習でのプロセスの中で感じたり、気づいたりすることに喜びを得ることがあるので、それが楽しい。


試合で結果を出して喜ぶためにやっていることも1つの理由だが、それと同じくらいプロセスの中で気づけることの多さ、そこが楽しいですね。

──我々は、結果を見て報道したり質問したりする。シカゴマラソンからの帰国時、周囲の騒ぎの中で1人冷静で、もっと遠くの世界を見ているのではないかと感じたが、実際は?

大迫傑選手

どうかな…逆に遠くではなくて、今を見ているというか。みなさんは東京オリンピックへの期待だったり、「次はどうなんですか」という質問が多かったりとか。


そこから連想される未来を想像して盛り上がって頂いているとは思うが、僕の場合は本当に「今」なので、空港で会った時はもうすでに喜びは終わっていて、じゃあ次にどうやってメディアの方々とお話ししていくかということを考え始めていた。


僕の中では喜びというのは大会でゴールした瞬間に終わっているので、その辺からある程度冷静に見えちゃうのかもしれない。

──常に「何を今、すべきか」を考え続けることが競技においても大事?

大迫傑選手

「今を生きる」ということで、あまり先を見すぎない。先を想像しないと言うんですかね、それが大事なことかなと思う。

東京五輪が迫る中での“今”

──東京オリンピックについて。「金メダル」という目標をイメージしてしまうが…。

大迫傑選手

東京オリンピックを最初から目指していなかったし、今も東京オリンピックと言われるとまだ現実味がない。


ただ、常に目の前の目標に全力で、という思いでやっていたし「身近な選手にしっかりと勝負を挑む」ということが今、頭の中にある。

──目に見えるところに欲が行くことはない?

大迫傑選手

結構、いろいろなものが見えてはしまう(のが現実)。ただ、いろいろなものが見えてしまうということは、いろいろなことをやれてしまうということになり、1つのことに集中できない。


あえて見ずに身近なものに集中することは、どのレベルでもすごく大事なことなんじゃないかな。

──東京オリンピックの位置づけ。意味合いとしては通過点ということなのか?

大迫傑選手

非常に大きな存在ではある。ただ僕が言いたかったのは、そこが最終的なゴールになるかもしれないし、逆にゴールにならないかもしれない。


それは当日の僕しか分からない。もしかしたらそこで燃え尽きてしまって「じゃあ引退します」と言うかもしれないし、そこで何かを感じたら「じゃあこれからも競技をしたい」と思うかもしれないし。


本当にその時その時を生きているので、想像がつかないというのが正直なところ。

──フィニッシュした時の自身がわかることだと?

大迫傑選手

あまり先を考えすぎるとストレスやプレッシャーになってしまうので、なるべく今を生きようと意識している。


もちろん目標を設定する時には考えるが、その時に何が必要かと分割して考えたあとは、ひたすら逆算してしっかりと消化していくだけ。

大迫傑プロフィール

1991年東京・町田市出身。中学時代に本格的に陸上を始め、長野県の佐久長聖高校2年生の時には全国高校駅伝でチームを初優勝に導く。早稲田大学進学後は箱根駅伝でも活躍。


卒業後は実業団に進むが、2015年アメリカに渡り世界のトップ選手が集まる「オレゴンプロジェクト」にアジアからは初めて正式に加入。


2016年のリオデジャネイロ五輪では1万メートル・5000メートル代表。マラソン3回目となる2018年10月のシカゴマラソンで日本選手初の2時間5分台となる2時間5分50秒の日本新記録をマークした。

佐藤滋

スポーツニュース部 記者
2003年入局。札幌局→山形局→スポーツニュース部→ネットワーク報道部→スポーツニュース部。ソチ、リオ、ピョンチャンの3回の五輪取材を経験。

                   
※NHKサイトを離れます

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