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2018年10月19日(金)

"枠"を超えていこう オリ・パラ"二刀流"選手からのメッセージ

「眠れるヒーローたちの心を醒ましたい」。

こんな印象的な言葉で、夢を語る1人の女性アスリートがいます。
イラン人のアーチェリー選手、ザフラ・ネマティさん、33歳。車椅子に乗りながら、パラリンピックのみならず、なんとオリンピックにも出場するアーチェリー界のレジェンドです。今月インドネシアで開かれた障害者スポーツの祭典「ジャカルタ アジアパラ大会」で、ネマティ選手に話を聞くことができました。そこから見えてきたのは、障害という“不自由”な一面を持ちながらも、心のままにチャレンジを続ける“自由”な彼女の生き様でした。

(記・ディレクター 濱田悠歩)

名を知らしめたリオデジャネイロ大会

ネマティ選手との出会いは、ことし8月。私はアジアパラ大会の取材に先立って、「ジャカルタ アジア大会」の取材をしていました。アジア大会の出場者のほとんどは健常者です。その中で、聞き覚えのある名前が耳に入ってきました。

「ザフラ・ネマティというイラン選手が、車椅子でアーチェリーに出場するらしい」。

私は2年前のニュースを思い出しました。

当時、リオデジャネイロ「オリンピック」の開会式で、イラン選手団の旗手を車椅子のネマティ選手が務めたことが報道されていました。ネマティ選手はリオでオリンピックに初出場、パラリンピックでは個人金メダルに輝くという偉業を達成していました。

リオ五輪開会式 旗手を務めるのがザフラ・ネマティ選手

オリンピックとパラリンピックの両方に出場した選手は珍しく、日本にはまだそのような選手はいません。
“二刀流”で戦う選手は、一体どんな強さを持ち、どんなことを考えているのか。その答えが知りたくて、私はアジア大会のアーチェリー会場へと向かいました。

笑顔が眩しい“怪物”

笑顔が印象的なネマティ選手

健常者の選手の中で、車椅子のネマティ選手はすぐに見つけることができました。第一印象は、笑顔が可愛らしい女性。聞けば、音楽鑑賞と釣りが趣味だという、明るい33歳でした。

しかし競技が始まると一変、目つきが鋭く変わります。静かに、淡々と的を射ていきます。この時期のジャカルタは35度を超える炎天下。取材している私も立っているのがやっとの中、ネマティ選手は約2時間半に及ぶ試合の中、最後まで集中力を切らすことはありませんでした。的の真ん中にどんどん矢が吸い込まれていきます。

健常者の中、車いすで的を射ていく

個人戦の結果は、ベスト16。車椅子に乗ったネマティ選手が自信たっぷりの表情でライバルたちを破っていく姿はまさに圧巻でした。そこには“障害があるなしの差”なんてものは存在せず、“トップ選手同士の激戦”が広がっていたのです。ただただ、目が釘付けになりました。

ネマティ選手

健常者の選手と競争することは本当に楽しい。手強いライバルになれることが、私にとってこの上ない喜びです。

車椅子のネマティ選手が、立って戦う健常者に勝つことは相当すごいことだ。そう強調する人がいます。日本代表としてリオパラリンピックに出場した上山友裕選手です。上山選手は、大学時代は“健常者”としてアーチェリーを行っていましたが、卒業後に両足にまひが出て、現在は車椅子で競技を続けています。

上山選手(左)とネマティ選手(右)

上山選手

立っていた時は、両足でバランスをとったり、踏ん張ったりできました。それに比べて座った状態だと上半身の力だけで弓を引かなければならず、バランスをとるのがとても難しい。
ネマティ選手が健常者と互角に戦えるのは、きちんとトレーニングを積んでいる証拠だし、何よりもメンタルの強さと集中力の高さに驚きます。

ネマティ選手はパラアーチェリー日本代表選手の中で“怪物”と呼ばれるほど強く、一目置かれる存在です。

事故の悲しみ 救ってくれたアーチェリー

ネマティ選手は18歳の時、交通事故に遭い脊髄を損傷。車椅子生活を余儀なくされました。事故の前はテコンドーに打ち込んでいたネマティ選手。足が動かなくなった時は、「人生が終わった」と感じたといいます。

そんなネマティ選手を救ったのが、座った状態でもプレーできるアーチェリーでした。大学生だったネマティ選手は、スポーツの世界に再びのめり込んでいきます。競技を始めてわずか6か月で、健常者も出場するイランの国内大会で3位に輝きました。

そのまま実力を磨いていき、2年前のリオ大会でオリンピックとパラリンピックの両方に出場。その努力が認められ、去年、世界アーチェリー連盟の最優秀選手に選ばれました。ネマティ選手はアーチェリーと出会ったことで、悲しみを乗り越えただけでなく、「障害の枠」を超えた特別な存在となっていきました。

“二刀流”にこだわるワケは

2年後に迫る2020年の東京大会でも、ネマティ選手はオリンピックとパラリンピック両方への出場を狙っています。

しかし、“二刀流”で戦うことは、決して楽な道ではありません。現在イランでは、オリンピックとパラリンピックに向けそれぞれにコーチや担当スタッフが付いているため、垣根を越えた一貫性のある戦略やコンディショニング計画が立てづらいのです。さらに地域によっては、健常者の大会と障害者の大会は開催期間が重なることもあり、実績を積み上げにくいという難しさもあります。それでも、ネマティ選手が“二刀流”にこだわる背景には、彼女の強い思いがありました。

ネマティ選手

オリンピックとパラリンピックの両方にチャレンジすることで、たとえ障害があっても希望を失ってはならないことを世界中の人に伝えたいです。厳しい状況の中にいても、不可能を可能にすることができると示したい。事故で体が変わったとしても、私はナンバーワンにもなれるし、オリンピック選手とだって競争できるんですから。

女性たちの星に

世界を舞台に“二刀流”で活躍するネマティ選手は、障害がある人たちだけでなく、女性たちにとっての希望の星にもなっています。ネマティ選手は行く先々で、女性アスリートたちから「あなたは私にとっての誇り。あなたの姿から多くを学び、エネルギーをもらっている。」と声をかけられるといいます。

スポーツの世界では、まだ女性の立場は弱いといわれています。中でも、イスラム教の戒律が厳しい国では、女性の生活に様々な制限が課せられており、国際大会へ出場する女性が極めて少ないところもあります。ネマティ選手は、イスラム教を信仰するひとりの女性として、そしてひとりのアスリートとして、様々な境遇にいる女性たちに前向きなメッセージを発信し続けたいと意気込んでいます。

ネマティ選手

オリンピックとパラリンピックの両方に出場するにあたって、私の目標は単にメダルを獲得することではありません。最大の目標は、世界中にいる眠れるヒーローたちの心を醒ますことです。障害がある人や女性たちなど、多くの人の希望であり続けたいのです。

2020年を機に、様々なヒーローが輝ける社会へ

ネマティ選手が訴えかけるメッセージを、2020年の東京オリンピックとパラリンピックへつなげていきたいと考えている人がいます。順天堂大学・女性スポーツ研究センターで“女性とスポーツ”について研究を続けている小笠原悦子教授です。

8月のアジア大会を視察した小笠原教授は、アーチェリー会場でネマティ選手の試合を観戦。障害や立場にとらわれることなく堂々と挑戦を続けるネマティ選手の姿は、多様な社会を生み出すための“気づき”を与えてくれると言います。

順天堂大学 小笠原教授

マイノリティの側面を持つネマティ選手が、“枠”を超えていく瞬間を見せてくれることは大きな意味を持ちます。
古くから日本人はマジョリティが当たり前のところで住んでいるので、少数の人たちのことは議論すらされず、マジョリティじゃなきゃいけないという教育をされてきたと思います。2020年のオリンピック・パラリンピックを主催者側で経験し、ネマティ選手のようなアスリートたちを迎え入れることは、マイノリティへの見方を変えるチャンスだと思います。

ネマティ選手は今回のアジア大会は個人・チーム戦共にベスト16。そしてアジアパラ大会では個人戦で銀メダル、ペア戦で金メダルという結果でした。2020年の東京大会ではさらなる活躍を見せてくれるに違いありません。

表彰式にて

ネマティ選手

アジア大会、アジアパラ大会、両方を楽しみました。これからは、今まで以上のパフォーマンスを目指していきたいです。2年後、東京で会いましょう!

ネマティ選手のまっすぐな姿とことばに、私は心を揺さぶられました。

人には、“枠”を超えていける力がある。これはすべての人々に通じるメッセージだと思います。
ザフラ・ネマティ選手が体現するように、私も自分の可能性を最大限に引き出し、恐れることなくチャレンジしていきたいと感じました。

濱田悠歩

スポーツ番組部ディレクター
リオデジャネイロパラリンピックからパラスポーツを取材。父が、ソウルパラリンピックで水泳のコーチを務めた。

                   
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