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2018年2月19日(月)

"夢成し遂げた" 小平奈緒記者会見 全一問一答

ピョンチャンオリンピック、スピードスケートの女子500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒選手が、レースから一夜明けて、記者会見に臨みました。

「戦ってきた証」「支えていただいた証」

ーー一夜明けて、今の気持ちはどうですか?

500メートルのメダル授与式はあすなので、メダルはここにいないんですけれども、一夜明けてみて改めて、私が夢に描いていたものを成し遂げることができたっていう気持ちで、とてもうれしい気持ちです。

ーーきのうはご家族と話をされましたか?

まだ連絡はとっていなくて、昨夜レースが終わって、ドーピング検査が終わって、宿に帰ってきたのが0時をすぎていたので。そこからけさも結構早い時間だったのでまだ連絡はとれていません。

よかったときも、だめだったときも、成績だけではなくて、私がやっていることに対して常に認めてくれていたので、その点に関して本当に感謝したいということを伝えられたらいいなと思います。

ーー金メダルを早く触りたいですか?

金メダルをもらうことはとても名誉なことですし、うれしいことなんですけれども、私の中ではメダルよりも、メダルを通してどういう人生を生きていくかっていうことが大事になると思うので、メダルに対して、どうっていうすごい思いはないんです。

でもメダルは、周りの皆さんにとって私が戦ってきた証でもありますし、皆さんに支えていただいた証でもあるので、早く皆さんに見せたい、見ていただきたいっていう思いの方が強いです。

ーー支えてくれた所属先の相澤病院に向けて一言お願いします。

私は本当に人に恵まれてこれた人生だったなと思っています。本当に相澤病院との巡り合わせっていうのは、必然であり偶然でもあったのかなとは思うんですけれども。

苦しい時も、成績よりも私の夢を応援してくれたのが、相澤病院だったので、患者さんだったり、職員の方々だったり、皆さんでまた喜びを分かち合えるようなそんな機会があるといいなと思っています。

「サンファに寄り添っていたい」

ーーレースのあと、イ・サンファ選手と何を話しましたか?

彼女は、本当に私がワールドカップにデビューしたときから、すごく仲良くしてくれて。年下ではあるんですけれども、スケートに対する思いだとかそういうものは本当にすごいすばらしいものを持っていて、私も見習わなければいけないところもあるなと。

彼女から沢山のことを学ばせてもらいました。私が本当にだめだったときに、クーリングダウンの時に1人で泣いていたときに、彼女は優勝したと思うんですけど、そのときも私のもとに来てくれて、一緒に泣いてくれたりもしてくれたので。

そういうところから、私も、サンファの気持ちに寄り添っていたいなっていうふうにきのうは思いましたし、彼女から力をもらってまた次のステップに進めるような機会が何度もあったので、そういった恩返しというか。彼女との友情の絆は結構深まってきたのかなと思います。

ソチオリンピックの前のシーズンか、ソチオリンピックのシーズンか、ちょっと忘れてしまったんですけど、結構転倒が続くシーズンで、ちょっとスケートが怖くなってしまったというか、そういう時期があったので。そういうときも、こうしたらいいよとか、結構アドバイスをくれたのでよかったなと思います。

ーー先月亡くなった同級生の※住吉都さんについて、レース後に何か思いはわきましたか?

正直の彼女のことは、何度も何度も思い出すことが多くて、考えないようにしていても、常に頭に浮かんできてしまっていたので。
それでもやっぱり主将としてはレースに集中して臨まなければならないなというふうに感じていました。

これは言ってもいいのかわからないですけど、住吉さんの関係者の方に生前、「奈緒が金メダルを取ったら、私が金メダルを取ったのと同じだと思う」っていうふうに話してくれたっていうのを、オリンピックの前に聞くことができて、すごい救われたような気持ちでした。

実際に金メダルを取ることができて、本当は本人の目の前で「金メダルとったよ」って報告したかったんですけど、それができないのは本当に残念だなと思います。(※住吉都さん:小平選手の信州大学の同級生。ソチオリンピックにともに出場)

ーーオリンピックで国を代表することの誇りと、他国の選手との友情についてどのように考えていますか?

国に対しての誇りというものについては、日本でスポーツに対して勉強している専門家の方々がたくさんいたり、何か日本独特の知恵や工夫を通して、そのスポーツを高めようっていうところに、私は日本らしさがあるのかなと思っています。

それはそれぞれの国もあることだなと思っていますけど、本当に日本人の勤勉さみたいなようなこところには、すごく誇りを持っています。
他国の選手との友情については、スポーツは言葉のいらないコミュニケーションだとは思っています。

やはりスポーツは、世界の人たちの心を動かすものですし、他国の選手と競い合って高めあっていく中で、そのスポーツの究極の姿っていうものが、たくさんの人の心を動かすと思うので。

そういった中で競い合うことも大事なんですけれども、やはりお互いの国の文化を知ったり、お互いの国の言葉を知ることで、さらにスポーツの楽しさが増すといいますか、ほかの国の選手はこのスポーツに対してどういう思いを持っているのだとか、どういう文化を持っているのかっていうことを知ることっていうのは、すごく競技を高める上で必要なのかなと思っています。

ーー金メダルを取ることができた鍵はなんですか?

大学1年生から結城先生と積み上げてきたもの、チームメートと積み上げてきたものっていうのが、やっぱり一番キーになったかなと思います。

気づきとか発見をしっかりとみんなでチームメイトで共有しながら、お互いに、いいところや悪いところを指摘しあいながら、自分たちの発見を伸ばしてきたというか、そういったところが学び合いとか高めあいというところにつながったのかなと思います。

ーー金メダルが取れないといわれる選手団の主将をどのような思いで引き受けましたか?

正直主将の打診を受けたときには、実際本当に恥ずかしがり屋ですし、人の前に出るようなことは苦手だったので、また主将になると金メダルは取れないっていう話も、あとから聞こえてきたので、正直あまり引き受けたくないなっていう気持ちはありました。

でも結城先生に説得されまして、「今の奈緒にしかできない役目だと思う」っていうことを言われたときに、もう一度主将として、私が学べることは何だろうなっていうふうに考えたときに、やっぱり選手としてだけではなくて、将来に生きてくるなっていうことをなんとなく想像できたので、そこは覚悟を持って引き受けて。

その後はもう、金メダルを取れないっていうジンクスっていうのはあまり気にせずというか、気にならないぐらい、自分のやるべきことに集中できたのかなと思っています。

ーー選手団の団長として、今後のオリンピックはどうすごしますか?

自分自身の競技を終えて、次はチームの応援にまわりたいなと思っています。まず今日行われる、スピードスケートの男子500メートルはしっかりと観戦して、応援しに行きたいなと思っています。

ーー今回のオリンピックについて、これまでつけてきたノートに何か書きましたか?

まだ書いてません。滑りのビデオは振り返りで見ていたんですけれども、まだ、書いてません。これからゆっくり振り返りたいなと思っています。

ただ1500メートルとか1000メートルですごい学びは多くて、500メートルに向けて修正しなければいけない点っていうのは、1000メートルのレースからしっかりと得ることができましたし。

1500メートルやったことで、1000メートルに何が生かせるのかっていうことも考えることができたので、その辺はしっかりとノートに書いて、次の挑戦につなげていきたいと思います。

「世界記録を塗り替えたい」

ーー今後についてはどう考えていますか?

500メートルの世界記録を塗り替えたいという思いがあります。

シーズンの最後にカルガリーで試合が行われるので、ぜひその大会に出場して、今シーズンできるだけの挑戦はそこでやってみたいなと思っています。

ーー4年後を見据えて今はどういうふうに考えていますか?

所属先と話もしていないので何ともいえないんですけれども、私としては、まだちょっとスケートをもう少し滑りたいなと思っています。

ーー羽生結弦選手の活躍に勇気をもらったと言っていましたが、どのようにレースにつながりましたか?

羽生くんの演技はテレビで見ましたが、リンクに立ったとき、演技に向かう姿勢がもうすでに違うなっていうか、もう多分何を考えなくても技が決まりそうなたたずまいをしていたので、私もこんな雰囲気でいけたらいいなというふうには感じていました。

今後、羽生選手と話す機会があれば、けがをしていた期間にたくさん論文を読んだということなので、どんな論文を読んだのかなっていうのを聞いてみたいなと思います。

ーースケートをする子どもが減っていますが、今回の活躍がどう結びついてほしいですか。

子どもたちがスケートというスポーツに興味を持って、やりたいというふうに思い始めてくれるといいなと思っています。

どんなスポーツでもそうなんですけれども、やはり私が長野オリンピックで大きな感動をいただいたように、きっかけ一つでやりたいという好奇心が生まれると思うので、その好奇心の目を親御さんたちがしっかりと伸ばしていってあげるといいなっていうふうに願っています。

ーーきのうは練習用のゴーグルでレースされたそうですが、平常心ではなかったのですか。

相当集中していたんだなっていうふうに自分で思います。いつもリンクに上がる前に、気持ちのスイッチの入れ替えで違うものに代えているんですけれども。

陸上で体を温めているその集中力のまま氷に立ってしまったので、眼鏡をなくしたと思ってつけてたみたいな感覚で。

表彰式のときにそのサングラスをつけちゃいけないよっていうことで、外して関係者に渡したときに、「私きょうこのサングラスしてたんだ」っていうことに気づいて、「すいません」っていう思いでした。

ーー他の人にこれだけは負けないということは何ですか?

私がほかの方々を見ても、それぞれどんな人を見ても、皆さんすごいなって思う部分があるので、これだけは負けないっていう部分を探すのがすごく難しいですけれども。

ただ負けないというより、私が自信を持っているのは、自分の人生、人生というか、自分の生き方を自分で決める、自分で選択することができるっていう部分に対しては、本当に曲げずにここまで歩んでこれたんで。

覚悟を持って自分の進みたい道に行くっていう部分では、すごく、今自信を持っています。

ーー金メダルを取って景色は変わりましたか?

日本でどのような報道をされているかというのも見ていないですし。周りの皆さんの目がどうなのかなっていうのはまだ実感してないので、ちょっと分かりません。

ただこうして記者の皆さんにたくさん集まっていただいて、その前で話せるということはなかなかないことだと思うので、とてもありがたく思っています。

ーー日本に帰って一番したいことはなんですか?

日本に帰って解団式を終えてからすぐ中国、世界スプリントに行くので、ちょっとまだしばらくはゆっくりできないのかなと思うんですけれども、まずはやっぱり帰って家族と話をしたいです。

ーー小平さんが話せる言語は何ですか?

韓国語は本当に少しです。単語単語であいさつとか、おめでとうとかそういう言葉は、要所要所で使うことができます。英語は苦手です。

オランダ語は、最近オランダのテレビ局からインタビューを受けることも多いですけれども、最低限の受け答えはできるんですけれども、もうそろそろ限界が来ているかなと感じているので、またちょっと勉強したいなと思います。

きのうは中国の方からも取材を受けて、自己紹介ぐらい、中国語では。日本語は、ちょっとまだ、得意ではありません。はい以上です。

ーーイ・サンファ選手には、何語で話しかけたんですか?

最初は、よくやったねっていうのは韓国語で。あとは英語です。

ーー靴の色がオリンピックカラーですが、どういう思いで作ったんですか?

なかなか私のシューズが五輪カラーっていうのに気づいてくださる方はいないんですけれども、オリンピックをイメージして作ってもらいました。実はくつは大学1年生のときに型をとって、2年生のときに出来上がったくつを、皮をリメイクしながら長く使っているもので、もう17歳、ちょっと数えられないんですけども。かなり年寄りのスケート靴です。

やっぱり、最初は黒とシルバーで、そのあと何色だったか忘れちゃったんですけれども、リメイクするのにアメリカに行ってお願いするときに、カスタマイズできるよっていうことだったので、じゃあもう使える色を全部使おうということでオリンピックのカラーにしました。

ーーレースのあと何で帽子をかぶっていたんですか?

帽子は自分でもちょっとよくわかっていなくて、確かバンクーバーのときに、サンファがかぶってたなっていうのがあって。これは金メダリストが、オランダ人から渡されてかぶるものなんだなっていうなんかそういうなんか暗黙の了解みたいなのがあって。

サンファもそれを知っていて、いや、これ奈緒がかぶるやつだよって。あれかというふうに思って、オランダ人の前でかぶって喜んでくれていたんで、よかったかなと。

“成長のオリンピック”

ーー過去2回と比べて今回はどういうオリンピックになりましたか?

一言で言えば、バンクーバーオリンピックは、成長だったなと。ソチオリンピックは屈辱だった。今回のオリンピックは、また成長なのかな。

成長するっていうことは、学びの多い大会になったということだったので。ソチオリンピック本当に苦しかったんですけれども、今回またそのスケートの楽しさを思い出させてもらえたオリンピックでした。

ーーアスリートとして小平選手を表現する言葉を3つあげてください。

私は表す言葉3つですよね。求道者。情熱、真摯です。

ーー世界記録との距離はどう見えていますか?

そう簡単には破れない世界記録だなと思う。低地で36秒台という数字は出せたんですけれども、韓国のリンクの実態がとてもいいコンディションだったので、これが高速リンクにいった時にどうかなっていうのがあったんですけれども。

でも気圧の条件だとか、気温がそろえば、高速リンクで十分に狙えるチャンスはあるのかなと感じています。

ーー小平選手のいう「スケートの楽しさ」はどういうものですか?

スケートを通して氷に呼びかけると、その声がちゃんと返ってくるっていうのがやっぱりスケートの楽しさだなと思っていて、やっぱり自分から一方的に押しつけるような声かけをすると全く返ってこないんですよね。

だから、なんかすごく人とのかかわりみたいなもののような例えになってしまうんですけれども。

よくサッカーでボールは友だちっていいますけど、人と接するようなそんなやりとりが氷との間にあるので、氷を制することができれば、友達も制することができるのかなと感じます。

ーーレース後、結城コーチからどんな言葉をかけられましたか?

きのうは「立派だったぞ」ていうのは言われました。あとはチームメートのレースを控えていたので、もうそっちの方に結城先生は集中がいっていたかなと。

今後も結城先生と高めていきたい部分があるので、今回の経験も踏まえて、お互いにステップアップできたらいいのかなと思っています。

ーー金メダルの獲得で、究極の滑りはイメージできましたか?

金メダルだったりいい記録を出したことが、究極な滑りかっていうと多分そうではなくて、やっぱり氷とどんなやり取りができたかっていう自分の中にだけ残るものが、何かその新しい感覚であったり、もしかしたら新しい景色だったりっていう。

なかなかその言葉では伝わらない、本当に皆さんに伝えたいくらいなんですけれども、それを何か表現できない楽しさっていうのが、究極のすべりなんじゃないかなと思っていて、今回の会場の雰囲気の中で、私が少し感じられたものでもあったかなと思います。

ただそれがゴールだと思ってしまうと、また楽しさがなくなってしまうので、やはりまた新しい景色を見にいきたいっていう思いもあります。

ーー男子に勝ちたいといつも言っていますが、金メダルの獲得でその気持ちはどうなりましたか?

男子に勝ちたいっていうのは実際にタイムで男子に勝ちたいとかそういう意味ではなくて。男子に勝ちたい、男子と競えるぐらいの意気込みで臨みたいと言う意味であって。

女子のレベルもとにかく引き上げたいっていうふうに思っているだけなので、まだ男子に勝つには何十年もかかるのかなと思います。

ーー小平選手の最終的な到達点はどこですか?

今は全く想像ができません。駆け抜けている途中なので、ゴールはまだ見えてきません。

でもそれは突然その日が来るのかなとは思っています。

                   
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