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2018年2月11日(日)

「限界に挑み続ける」高木美帆 成長の軌跡

「高木美帆選手ってどんな人?」と聞かれたら、私は迷わずこう答えます。「とにかくよく考え、限界に挑み続ける人」。8年間、カメラマンとして彼女を追い続けてきた実感です。彼女が世界のトップ選手に成長するまでの軌跡をまとめました。
(映像取材部 近藤健太カメラマン)

3000mは5位 今後もメダル獲得チャンス続く

スピードスケート、23歳の高木美帆選手。日本勢最初のメダル獲得が期待された初戦の女子3000メートル。試合前、ファインダー越しに映る彼女の表情に迷いは全く感じられませんでした。

結果は、5位と惜しくもメダルには届きませんでしたが、ちょうど1年前にこのリンクで出した記録を3秒以上上回る好タイムを出し健闘を見せました。

このあとも得意の1500メートルをはじめ、3種目に出場する高木選手。まだまだメダル獲得のチャンスが続きます。

「スーパー中学生」との出会い

2009年9月。当時、北海道のNHK釧路放送局に勤務していた私は、先輩のカメラマンから「十勝地方にスーパー中学生と呼ばれるスピードスケート選手がいる」という話を聞き、初めて取材に訪れました。

この日、高木選手はサッカーの大会に男子選手に混じって途中出場。得点の機会はありませんでしたが、体格に勝る男子選手を相手に、巧みにボールをキープしながらピッチを駆け回る姿が印象的でした。

この時、目の前のあどけない少女が5か月後のバンクーバー大会に出場するとは全く考えていませんでした。

氷上では、サッカーで鍛えた強靱な下半身を生かし、低い姿勢で氷をとらえぐんぐん加速する高木選手。カーブ技術など、その中学生離れしたスケーティングで国内のトップ選手と渡り合い、スピードスケート史上最年少でオリンピックの切符をつかみました。

バンクーバー大会では、1000メートルは35位、1500メートルも23位と惨敗に終わります。初めてのオリンピックで世界の高い壁を前に味わった悔しさ。レース後、高木選手は初めて、次のオリンピックに向けた強い決意を口にしました。

「バンクーバーに出たことで、これまで以上にソチではやってやる、という気持ちになった。こんなこと言ったのは初めて」。

しかし、高木選手のその後の道のりは、決して順風満帆なものではありませんでした。

フォーム改造 立て続けに国際大会へ

帯広市の高校に進学した高木選手は決意のことばのとおり「フォームの改造」に挑戦します。中学生までは片足で体を支えながら、もう一方の足で氷を蹴っていましたが、新たなフォームは、けり足にしっかりと重心を乗せてジャンプするように氷を蹴ることで、より大きな推進力を生み出すというものでした。

新たなフォームは、より体幹や股関節の筋力が求められるため本格的なトレーニングが必要でしたが、学校生活との両立の中で時間も限られることから、理想のフォームを完全に習得することは困難を極めました。

難しいフォームへの挑戦を続けながらも2010年のワールドカップに日本代表として初出場を果たすと、次のシーズンからも立て続けに国際大会に出場。2012年、2013年の世界ジュニア選手権では日本人として初の連覇を成し遂げるなど、一歩ずつ成長を遂げてきた高木選手。

オリンピックを1年後に控えた高校3年生の冬、新たなフォームの習得に苦しみながらも挑戦を続ける理由について尋ねると、じっくり考えた末に次のように答えてくれました。

高木美帆選手

狙った大会でタイトルをとることが、なんだかんだいって自分の中で一番最高の目標。みんなが目標にするオリンピックでそういう目標を達成できればうれしい。よくいうじゃないですか。チャンスの神様は前髪しかない、気づかずに通り過ぎたらつかめないんですよ、後ろ髪がないから。チャンスが来たときにつかめるように準備をするのが“いま”みたいな。

代表落選 すべてをスケートに捧げる覚悟

ソチ大会が行われる勝負のシーズン、高木選手は東京の大学に進学しました。しかし高木選手の成績は低迷します。この年、生まれて初めて親元を離れ、東京で一人暮らしを始めた高木選手。

身の回りの環境があまりに大きく変わった反動で不調に陥ったのです。そのまま迎えた12月のオリンピック代表選考会で高木選手は出場したすべての種目で5位に終わります。まさかの代表落選でした。

ソチ大会の1500メートルのレース当日。国内の遠征中だった高木選手が滞在先のホテルで取材に応じてくれました。それまでほとんどテレビでオリンピックを見たことがなかったという高木選手。

静かにレースを見守っていました。ただオランダのヨリン・テルモルス選手が1分53秒51のオリンピック新記録をたたき出すと表情が一変。苦笑いをしながらつぶやきます。

「まじか・・・レベルが違う」。

自らの自己ベストを3秒近く上回る優勝タイムでした。高木選手は世界の圧倒的な強さを目の当たりにし、次の4年間はすべてをスケートに捧げる覚悟を持たない限り世界には勝てないということを悟りました。

高木美帆選手

今のままじゃ厳しいでしょうね。(いままでと)同じことやっててもかなわないんじゃないかと思う。これで絶望的になっているようじゃ、その時点でもう、なんていうんですかね、勝ち目がないっていうか、と思うので・・・同じ人間ですしね。

ヨハンコーチとともに スケートに向き合う

決意を新たにピョンチャン大会をめざし始めた高木選手。2015年からナショナルチームのヘッドコーチに就任したオランダ人のヨハン・デ・ヴィット氏のもとで計画的な筋力トレーニングに着手。

デ・ヴィットコーチが「練習の意味を考えて取り組む意識の高さは世界でも並ぶ選手はいない」と称する、練習へのひたむきな取り組みで体幹や下半身などの筋力が大幅にアップ。

「いつかチャンスをつかめるように」、高校時代から積み上げてきたものに体力アップが加わり、片足で氷を蹴るフォームでも上体がぶれない安定した滑りを手に入れました。

今シーズンのワールドカップでは、1500メートルや3000メートルなどの個人種目で5勝。勝利を重ねてもなお、課題を見つけ、より速く滑るために自分の限界に挑み続ける。その姿こそ覚悟を決めてスケートに向き合う、高木選手の真骨頂だということを感じさせられました。

悲願のメダル獲得 頂点をめざして

出会ったころ、「(オリンピックは)スケート人生をやっている中で、絶対に行く大会だと思っています!」とあどけない笑顔で力強く話してくれた15歳の女子中学生。

いまや、オリンピックの金メダル有力候補。名実ともに世界のトップスケーターへと成長しました。

このあと、もっとも得意とする1500メートル。小平奈緒選手との日本人対決が注目の1000メートル。そして今シーズン、エースとしてチームを引っ張り、世界記録を3度更新する偉業を成し遂げた女子団体パシュートと、メダルが有力視される競技が続きます。

高木選手のメダル獲得の瞬間を撮影し、最高のガッツポーズを日本の皆さんに届けられればと思います。

映像取材部 近藤健太カメラマン

                   
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