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藤井聡太二冠 新たな盤上の物語

2020年11月26日

史上最年少でタイトルを獲得し、将棋界の歴史を塗り替えた藤井聡太二冠。会見で語ったのは、次のような言葉だった。
「将棋界の盤上の物語というのは不変だと思いますし、その価値を自分自身伝えられればと思っています」。
棋聖・王位をめぐる戦いの舞台で藤井聡太が見せたのは、まさに将棋の可能性を切り開く「新たな盤上の物語」だった。

※文中の敬称はすべて番組放送時(2020年9月)のものです。

“頭脳格闘技” 頂上決戦

将棋界の頂点を争う、8大タイトルの1つ「棋聖戦」。藤井は、160人以上の棋士が参加するトーナメントを勝ち抜いて挑戦権を獲得。2020年6月、5番勝負で行われるこの大舞台に初めて臨もうとしていた。

立ちはだかったのは、現役最強の呼び声も高い渡辺明三冠。将棋界では“魔王”の異名を持ち、藤井を含め5人しかいない、中学生でプロ入りを決めた1人でもある。

前方を見つめる藤井聡太二冠
前方を見つめる藤井聡太二冠

81マスの盤面で動きの異なる8種類の駒を駆使して行われる将棋には、10の60乗以上ともいわれる途方もない数の局面がある。その中で、いかに相手の「王」を追い詰めるか。いわば、「頭脳の格闘技」だ。

両者一歩も譲らないまま迎えた第1局の最終盤。藤井の王に渡辺の銀が迫っていた。守りを固めるかと思われた局面、藤井が指したのは、「1三角成」。逆に、敵陣に攻め込んだ。勝負どころと見た渡辺は、その後も怒濤どとうの王手を仕掛け、わずかな判断ミスが即負けにつながる局面が続く。しかし、藤井の王は駒の間をすり抜けていく。

渡辺の連続王手をかわしきり、藤井が指したのは桂馬で逆王手。魔王・渡辺を仕留めた。

幼いころから膨大な詰将棋を解くことで藤井が身につけた「詰むか?詰まないか?」を読み通す力が、第1局ではモノを言った。

トップ棋士たちに衝撃を与えた「3一銀」

渡辺明三冠との対局の中で、トップ棋士たちに衝撃を与えた一手がある。それは第2局の中盤、渡辺が角を打って、藤井の守りの要「金」を狙った局面での「3一銀」。この時、多くの棋士が予想していたのは「3二金」。金を逃がしながら王の守りを固め、持ち駒を温存することもできる。藤井が選んだ「3一銀」は通常、残しておきたい持ち駒の銀をあえて守りに使う一手だった。

トップ棋士たちに衝撃を与えた一手「3一銀」
トップ棋士たちに衝撃を与えた一手「3一銀」

対局を見つめていた中村太地七段は藤井の「3一銀」をアマチュアが打ちそうな「非常に素朴な受けの一手」だと感じたという。対局中、一手ごとにどちらが優勢か人工知能=AIが評価したグラフでも、「3一銀」は形勢を悪くする手だと評価されていた。ほかの手がうまくいかないから選んだ手なんだろう、渡辺はこの時、そう考えたという。しかしこの後、藤井以外、誰も予想していなかったことが起きる。

渡辺「負けました」

なんと「3一銀」が藤井の王を守り続け、渡辺は一度も王手をかけることができないまま敗れたのだ。渡辺は対局後、ブログにこう綴っている。

対局後の渡辺明三冠の言葉
対局後の渡辺明三冠の言葉

『いつ不利になったのか分からないまま、気が付いたら敗勢という将棋でした。』(渡辺明三冠のブログより)

魔王・渡辺を知らぬ間に追い詰めた「3一銀」。その一手を、中村太地七段はこのように語る。

中村太地七段
中村太地七段

「先手の渡辺棋聖のほうに有効な手がないというふうに読み切っての『3一銀』だったと思うので、すべてを見通せていないと指せない。読みが深められると指せるいい一手という感じで、プロがうなるような一手だったのかなと思います」(中村太地七段)

AIを超える? 究極の一手

この「3一銀」はネット上でも大きな話題を呼んだ。きっかけは1つのツイートだった。

ツイッターに投稿されたツイート
ツイッターに投稿されたツイート

「3一銀は将棋ソフトに4億手読ませた段階では5番手にも挙がりませんが、6億手読ませると突如、最善手として現れる」

投稿したのは、今年、AIを搭載した将棋ソフトの世界選手権で優勝した杉村達也さん。杉村さんの開発した将棋ソフト「水匠2」は、多くの棋士が研究に使っている。藤井もその1人だ。

「水匠2」は、1秒間に6000万手という膨大な局面を読み込み、あらゆる選択肢の中から最善とされる手を選び出す。藤井が「3一銀」と指した局面。当初、水匠2が“最善手”としたのは、多くの棋士も考えた「3二金」だった。

「水匠2」の操作画面
「水匠2」の操作画面

「今4億手を読んだという状況になります。(3一銀は)5番手にも上がっていないという状態ですね」(杉村達也さん)

4億手とは、25手先までの局面を読み込んだ数字である。藤井の打った「3一銀」の価値に水匠2が気付くのは、さらに2億手、すなわち27手先を読んでからのことだという。

将棋ソフト「水匠2」の開発者 杉村達也さん
将棋ソフト「水匠2」の開発者 杉村達也さん

「最初から1番手、2番手であって、それがひっくり返ったりというのはよくあることなんですけれど、最初は5番手にも挙がらない。正直、取るに足らないような手だったのが、実は最善手だった可能性があるというのは、とてもレアで驚きました。コンピューターも省いてしまうような手を、もしかしたら有力かもしれないと拾い上げる。そういう能力が(藤井二冠は)おそらく優れているんじゃないかなと思われますね」(杉村達也さん)

最善手「X」を導き出せ

AIでさえ簡単には導き出せない最善手「X」を、なぜ指せるのか。藤井は脳内で探っている時のイメージを、こう語っている。

インタビューを受ける藤井聡太二冠
インタビューを受ける藤井聡太二冠

「最初、符号で進んでいって、たまに盤が出てきて、そこで改めて形勢判断をしたりというか。読み進めている時は、符号で考えることが多いですね」(藤井聡太二冠)

大半のプロ棋士は、頭の中で盤面をイメージして読みを進める。しかし藤井は盤面ではなく、駒の位置や動きを表す「符号」を使って読み進めているという。

佐藤天彦九段
佐藤天彦九段

「盤を浮かべずにある程度読むという人はいると思うんですけれども、藤井さんの場合は、その計算力が桁違い。あとスピードですね」(佐藤天彦九段)

さらに速く読めるようになったことで、「読みの深さ」が進化したのではないか。そう考える棋士もいる。

「棋士だったら2、30手は、当たり前に深く読めるところなんですけど、藤井さんの場合は、その30手からの、さらに2、3手、奥深くまで読めているという印象」(中村太地七段)

中村によれば、その2、3手先まで深く読めるようになったことで、より自分が有利になる局面を見つけ出すことができ、そこにいたる最善手「X」を指せるようになったのではないかという。

近年急速に力をつけているAI。トップ棋士をも次々と破り、もはや人間には勝ち目はないと思われている。しかし今回、藤井が見せた急激な進化は、棋士たちに人間の可能性を改めて気付かせてくれた、と中村は語る。

「今までは、もうこれ以上先は読むことは難しいから諦めてしまおうと、ほかの部分で補おうとか感覚の部分で補おうとか、そういうふうに考えていたことを、いや、それより先に読むことができるんだと、限界を取っ払ってくれたというんですかね。一緒に目指すことができるのではないかなという希望を与えてくれた、そういう感じですね」(中村太地七段)

「自分も含めてほかの棋士も、藤井さんの将棋からいろんなものを吸収して、学んで、追いついていくというか。藤井さんという棋士が現れて、将棋界全体のレベルが底上げされたところが間違いなくある」(羽生善治九段)

羽生善治九段
羽生善治九段

史上最年少のタイトル獲得 進化をもたらした空白の2か月

第1・2局を制し、史上最年少でのタイトル獲得に王手をかけて挑んだ棋聖戦の第4局。藤井は、師匠の杉本から贈られた羽織を着て対局に臨んだ。控え室には、その杉本の姿もあった。

控え室でモニターを見つめる杉本昌隆八段
控え室でモニターを見つめる杉本昌隆八段

杉本と共に対局を見つめていたのは、若くして亡くなった杉本の師匠・板谷進九段。一門では誰も獲得したことがない「タイトル」に、17歳の弟子が王手をかけた。

対局開始から10時間11分。

渡辺「負けました」

「タイトルというのは私たち棋士にとって夢の舞台ですし、すべての棋士の目標です。それを私の弟子、私の師匠から見ると孫弟子の藤井七段が今回実現してくれて、東海地方にタイトルを持ち帰ってくれるんだなと思うと、感慨深いですね」(杉本昌隆八段)

驚異的な進化をとげ、将棋界の歴史を塗り替えた藤井。その才能は、どのように育まれたのか。
小さなころの藤井は、積み木など気に入ったおもちゃを見つけると、毎日、何時間でも遊び続けていたという。

「子どもには子どもの時間がある。大人はそこに立ち入ってはいけない」それが藤井家のモットーだった。

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5歳の冬から通い始めたのは、自宅近くにある小さな将棋教室。そこで、夢中で取り組んだのが「詰将棋」だ。「詰将棋」は、将棋が強くなるための、いわば練習問題。盤上の駒と持ち駒を駆使して、相手の王を最短で追い詰める道筋を考える。

藤井聡太二冠が使っていたノート
藤井聡太二冠が使っていたノート

当時の藤井のノートには、詰将棋の答えがびっしりと書き綴られている。地道な訓練を嫌がる子どもも多い中、解いた問題は1万題以上。
「考え続ければ、必ず答にたどり着ける」ことが、ただ楽しかったという。

その後、杉本に弟子入りしたのは小学4年生の時。杉本はあえて細かい差し方の指導はしてこなかった。従来の型にとらわれない、独自の将棋を極めてほしいとの思いからだ。

14歳で史上最年少のプロデビュー、29連勝の新記録。しかし藤井は世間の喧噪(けんそう)をよそに、自らの将棋の可能性を探り続けていることを、カメラの前で語っていた。

インタビューを受ける藤井聡太二冠
インタビューを受ける藤井聡太二冠

「人間というのは、やっぱり読む時に最初に感覚でほとんど手をつけちゃうんですけど。今まで感覚だけで切り捨てていた手でも、実はいい手だったということもあるので。そういった手も拾っていけるようにしたいな、と思ってます」(藤井聡太二冠)

順風満帆かに見えた藤井の活躍。しかし2019年、師匠の杉本に弱音を吐いたことがあったという。この頃、ライバル棋士たちが徹底的に藤井対策を研究。トップ棋士との対局も増え、珍しく連敗することもあった。杉本は、藤井の将棋に異変を感じていた。

杉本昌隆八段
杉本昌隆八段

「いつもなら攻めの手を選ぶのに、なぜか守りの手を選んでしまって。藤井七段にとってそれはいいことではなくて、攻めの手でなければいけないんですね。負けが込むことにより、少し気持ちが守りに入っているようには見えましたね」(杉本昌隆八段)

さらに得意の読みにも、狂いが生じていた。2019年11月、勝てば初めてのタイトル挑戦が決まる重要な対局で、王手をかけられた藤井。「王」を正しい位置に逃がせば、勝利はほぼ確実だった。ところが、自らの王が詰むのを読み切れず、まさかの選択ミスで敗れた。

自分本来の将棋を見失いつつあった藤井。しかし、その手痛い経験こそが藤井をさらに強くすると信じていた人がいた。地元の将棋教室で藤井を教えていた文本力雄(ふみもと・りきお)さんだ。
大きな舞台で藤井が負けることは幼いころにもあった。周囲が手をつけられないほど、激しく泣いた。悔しさをバネに自分の弱さを見つめ、はい上がろうとする心根は、今も変わっていないという。

「あの晩は、聡太は眠れなかったと思いますよ。すごい内面に、胸の中に熱いマグマを持っていて。マグマが放っていてくれないんじゃないですかね。負けず嫌いのね」(文本力雄さん)

プロとしての壁にぶつかっていた藤井。その転機となったのは、新型コロナウイルスによって対局がなかった4月からの2か月間だった。学校にも行けない中、自らが負けた対局とひたすら向き合い続けたという。

この期間、藤井と20回以上に及ぶネットでの練習対局を行った永瀬拓矢二冠。自らの弱さと向き合い、糧にしようとする姿に、進化の予兆を感じたという。

永瀬拓矢二冠
永瀬拓矢二冠

「今の藤井さんは、努力の結晶なんですね。(負けに)反発する気持ちではなくて、それを自分の中で受け入れる。栄養にしているという印象があって。藤井さんは、ただただ強くなろうとしている。それが途方もない道でも、藤井さんは強くなろうとしている。それが核に、中心にあることなのかなと思います」(永瀬拓矢二冠)

後に藤井は、私たちの取材にこう答えている。

「対局期間が空いたことで、普段の2倍の1日7時間、研究に打ち込むことができました。自分の将棋を客観的に見ることができたと思います。負けた対局は、長く考えた末に、決断が遅れて形勢を損ねることがありました。自分の手を信じ、決断して進めることが、大切なのではないかと思ったのです」(藤井聡太二冠)

コロナ禍で自分の将棋を見つめ直し、初のタイトルを獲得した藤井。直後の会見で記者から問われたのは、人間である棋士の存在意義だった。

会見で記者の質問に答える藤井聡太二冠
会見で記者の質問に答える藤井聡太二冠

「数年前にはソフト(AI)との対局が大きな話題になりましたけど、今ではそのソフトとの対決の時代を超えて、共存という時代に入ったのかなと思います。今の時代においても、そういう将棋界の盤上の物語というのは不変だと思いますし、その価値を自分自身伝えられればと思っています」(藤井聡太二冠)

王位戦 信念で指した驚愕の「封じ手」

棋聖戦を制した藤井が次に挑んだタイトルは「王位」。1局を2日かけて行う長丁場、体力や精神力を振り絞る極限の闘いだ。

王位戦 七番勝負
王位戦 七番勝負

相手は、公式戦で初対局となる木村一基(きむら・かずき)王位。粘り強い守りで相手の攻めを封じ、自らの術中に誘い込むスタイルから、「千駄ヶ谷の受け師」と恐れられている。
木村はトップ棋士としては、遅咲きとなる23歳でプロ入り。タイトル戦に6回挑戦するが、あと1歩で逃し続けてきた。しかし2019年、46歳で念願の初タイトルを獲得。史上最年長記録を塗り替えた。

王位戦第4局。

両者互角のまま、1日目が終わろうとした時、攻めをうかがう藤井の飛車に対し、木村が銀で受けた。
この時、多くの棋士は、藤井には「2六飛車」しかないと思っていた。

対局図
対局図

飛車は攻撃の要。とられないためには一旦、横に逃がす選択が無難だ。そして、それこそが「受け師・木村」の狙いだったと、プロ入り前から木村と親交があり、手の内をよく知る行方尚史(なめかた・ひさし)九段は語る。

しかし、藤井は一向に指す気配がない。ほかにあるとすれば、飛車で銀を取る「8七同飛成」。この手を選んだ場合、最強の駒「飛車」を木村に差し出す、非常にリスクの高い一手となる。

藤井が考え続ける中で迎えた、1日目の対局の終了時刻。翌日の最初の手を事前に決めておくことになった。指し手を紙に書き、翌日まで封をしておく「封じ手」。藤井は定刻の午後6時を越えても考え続け、20分以上経過してからようやく「封じ手」を提出した。この夜の木村の心中を、行方はこう察する。

行方尚史九段
行方尚史九段

「1人自室で夕飯を食べながら、どのような思いだったか。明らかにもう、嵐が起こりそうな局面になっているんで、やっぱりその後の局面を考えざるを得ませんよね。その飛車を切って(攻めて)くるとしたら。そこのところで、ぐっすり眠れたかどうかは分からないですけどね」(行方尚史九段)

翌日、開封された封じ手は、「8七同飛成」。

藤井が選んだのは、リスクを取ってでも攻め込む一手だった。自ら飛車を木村に手渡した藤井。しかし、空いたスペースに歩を打ち込み、すぐに攻撃の拠点を作り出す。その4手後には、木村に王手をかけていた。受け師に粘る隙さえ与えない、驚異的なスピードだった。

藤井聡太二冠
藤井聡太二冠

藤井は史上最年少の「二冠」となった。

藤井二冠 努力の源は?

次々と繰り出される将棋界の常識を覆す一手。藤井という存在によって、盤上の物語はどこまで広がっていくのだろうか。タイトル獲得直後、将棋への飽くなき思いをこのように語っている。

インタビューを受ける藤井聡太二冠
インタビューを受ける藤井聡太二冠

「将棋はどこまで強くなっても終わりがないと思っているので、これからも盤上に対して探求心を持って、引き続き、取り組んでいきたいと思っています。より強くなって新しい景色を見たい」(藤井聡太二冠)

常識を疑い、変化を恐れず、自らの限界に常に挑み続けている藤井。しかし、それを成し遂げている理由は、決して特別なことではないと、師匠の杉本は語る。

杉本昌隆八段
杉本昌隆八段

「才能がある人、天才タイプの人というのはすごく器用なんじゃないかと、昔勝手に思っていた時があるんですけど、器用に立ち回ろうと全然していない。効率の良さを求めないから、普通の言葉で言うと地道な努力を積み重ねてきたから今があるのかなとも思います。ただ、それを努力と感じさせない将棋に対する好奇心があるから、ずっと歩み続けて向かい合えるのかなとも思います。本当に先を見ているんだなと、もっともっと目標は先にあるんだなと思いました」(杉本昌隆八段)

この記事は、2020年9月20日に放送した 「NHKスペシャル 藤井聡太二冠 新たな盤上の物語」 をもとに制作しています。

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