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新型コロナウイルス ビッグデータで闘う

2020年5月20日

どうすれば重症化は防げるのか。ワクチンはいつできるのか。人々の間で新型コロナウイルスについての疑問や不安が渦巻いている。その全貌を知る手がかりとして、新型コロナウイルスに関する5万本を超える論文データをAIで解析。さらにスマホのデータを利用した感染拡大防止の最前線にも密着。ぼう大な情報と向き合い、活路を見出すすべを山中伸弥さんとともに考える。

2020年5月17日(日)に放送された内容を基にしています。
「新型コロナウイルス」に関する情報は日々、更新されています。最新の情報はこちらの特設サイトでもご確認ください。

AIで可視化されたコロナ研究の全体像

新型コロナウイルスの感染拡大とともに拡散するぼう大な情報。科学の世界では、週に数千本のペースで新型コロナに関連する論文が発表されている。

そこで京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授を中心に、日本を代表する専門家たちが集結。世界中で発表されたぼう大な論文をAIで解析し、有益な情報を導き出すというプロジェクトを立ち上げた。

今回の番組で注目したポイント

この「コロナ論文解析プロジェクト」ではまず、5万本を超える新型コロナの関連論文をビッグデータとして読み込みAIで解析。今回の番組で注目したのは、次の3つのテーマだ。

1.重症化の原因は?
2.いま期待の新たな治療戦略
3.ワクチンはどうなる?

論文ビッグデータ イメージ図

解析したデータの全体像を可視化すると、世界中の研究者が注目している、ある1つの論文が浮かび上がってきた。それは1月下旬に発表された、中国・武漢の患者99人の詳細な分析だ。これまで実に500回以上引用され、この論文を皮切りに世界各地から症例が続々と報告されている。

まず読み解くのは、私たちが新型コロナに感染した時に体内では何が起きているのか。重要な症例報告をもとに、患者の経過を時間軸に沿って抽出。それを重ね合わせることで、重症化に至る典型的なタイムラインを作成した。

重症化に至る典型的なタイムライン

新型コロナウイルスに感染した日からしばらくは症状がない。およそ5日目、咳や発熱などの症状が出始める。次第に悪化し、息苦しさなどの肺炎の症状が現れる。そして運命の分かれ目は、およそ15日目。多くの人が回復に向かうなか、およそ6%の人は肺炎が進行し、自力での呼吸が困難になる。

さらに症状は全身の臓器に波及。脳梗塞、心不全、肝不全、腎障害などに進行する人も少なくない。なかには足の壊死にもつながる、不可解な症状が現れることも。こうした全身症状によって重篤な状態に陥るのが、新型コロナの特徴だ。

なぜ症状が全身に現れるのか。専門家が注目したのは「ACE2」というたんぱく質だ。

「ACE2」は肺の細胞の表面にあるたんぱく質で、新型コロナウイルスが細胞に侵入する時の入り口となっている。さらにこの「ACE2」は、最近の研究で肺だけでなく全身の血管にもあるという報告が次々と出ている。そのため、ウイルスが全身に広がって臓器などに障害を及ぼす可能性もあると専門家は指摘する。実際、論文の中には、ある患者の血管の細胞にウイルスが感染していた証拠も見つかった。ひとたびウイルスに感染すると、「血管で炎症」が起こり始めると考えられている。

血管のイメージ画像 画像:自治医科大学 西村智教授
血管のイメージ画像 画像:自治医科大学 西村智教授

血管が傷つき炎症が起きると、黄色く見える血小板が集まってくる。やがてそれが大きくなり、血栓と呼ばれる塊に。すると血流が滞り、様々な臓器にダメージを与える。新型コロナによる不可解な全身症状は、「血管の炎症」が原因だと考えられるのだ。

血管の炎症 生活習慣病との関連は?

「血管の炎症」が引き起こす全身症状。実は生活習慣病のメカニズムとほぼ同じで、それがより大きな問題につながるとの指摘が上がった。

大阪大学名誉教授 免疫動態学 宮坂昌之さん

「例えば冠動脈疾患(心臓の疾患)あるいは閉塞性肺疾患、動脈硬化、糖尿病。炎症の立場からみると、いずれも慢性炎症が一緒に起こっている疾患なんです。」(大阪大学名誉教授 免疫動態学 宮坂昌之さん)

脳梗塞や心筋梗塞など生活習慣病の人の体内では、慢性的な「血管の炎症」が起きていることが分かってきている。こうした持病を持つ人が新型コロナにかかると、血管でさらに激しい炎症が起きる可能性があると言う。

原因となるのは本来外敵に立ち向かうはずの免疫細胞だ。免疫細胞がウイルスと闘う時、『炎症性サイトカイン』と呼ばれる警告物質を放出し、仲間の免疫細胞を活性化する。しかしこれが異常に増え、免疫が暴走することがある。『サイトカインストーム』と呼ばれる状態だ。

サイトカインストーム イメージ画像

過剰に活性化した免疫細胞は、血管を攻撃し始める。すると「血管の炎症」が拡大。新型コロナの患者の体内は、いわば生活習慣病の症状が激しく急速に進行するような状態に陥ってしまうのだ。

ただし、生活習慣病の炎症と似た現象だからといって、いま手元にある薬を使っていいということにはならないと医師の大曲さんは指摘する。

国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター長 大曲貴夫さん

「例えば血圧の薬などをのむと、(病状が)悪い方に行くのではないか、あるいは逆に良い方に行くのではないかという議論が、科学者の中でもまだ続いています。そのため、自己判断で(いま処方されている)薬を止めたり、自分で飲んだりということはしないでください。」(国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター長 大曲貴夫さん)

期待される新たな治療戦略

世界の研究者が総力をあげて進める、重症化メカニズムの解明。その解明が進むことで、新たな治療戦略が次々と検討されている。

大阪にある大阪はびきの医療センターでは、13人の重症患者に対し他の薬と併用して「炎症を鎮める薬」を投与。すでに9人が回復して退院している。(2020年5月17日時点)

「科学的にきちんとしたアプローチで攻めていけば、必ず薬は見つかると思う。ただしその候補はたくさんあがってきても、検定をするのに非常に時間がかかる。そこが問題だと思います。」(宮坂昌之さん)

なぜ日本では、感染者数や死亡者数が少ないのか?

論文ビッグデータの分析により、これから研究が発展していく分野も見えてきた。そのなかで山中伸弥さんがいま注目しているキーワードが「BCG」だ。

「BCG」は結核のワクチンで、3月以降に複数の論文で取り上げられている。その1つでは、「BCG」を接種している国、していない国とで新型コロナの死亡率を比較。日本を含む「BCG」を接種している国の死亡率が低い傾向にある、と言う。

BCG接種の有無で新型コロナウイルス感染症による死者数を比較したグラフ

山中さんは、「BCG」に注目している理由を次のように語った。

「『BCG』は本来、結核に対するワクチンですが、それ以外の感染の予防効果もあるのではないかと以前から言われていました。今回の新型コロナウイルスでも、もしかしたら可能性があるのではないかという期待はあります。しかし先日発表されたイスラエルの論文では、(接種の有無で感染率に)差はなかったと報告されています。これだけ見ると『BCC』は影響がないのかとも見えますが、高齢の方で重症化するのを防いでいる、致死率を下げている、そういう可能性はまだありますので、今後さらなる検討が必要です。ただし、日本では基本的にBCG接種を受けており、新型コロナのためにもう一度、BCG接種を受けることは推奨されません。」(京都大学iPS細胞研究所 所長・教授 山中伸弥さん)

※新型コロナウイルス感染症の予防目的でのBCG接種は行われていません。

ワクチン開発の壁に?ウイルス変異

新型コロナウイルス対策の切り札として開発が待たれているワクチン。しかしワクチンが開発されても、ウイルスが変異すると効かなくなってしまう可能性も考えられる。

そこで論文ビッグデータから、ウイルスの変異に関する情報を抽出。すでに100本近くの論文が発表されていた。

最初に遺伝情報が解析されたのは中国のウイルス。そこから変異を追っていくと、わずか5か月ほどの間に、報告されているだけで5000種類以上にウイルスは多様化していた。

ウイルスの樹形図 データ:Nextstrain.org
ウイルスの樹形図 データ:Nextstrain.org

紫や青はアジアで拡大したタイプ。緑色のヨーロッパは、アジアから枝分かれした別のタイプ。そして赤のアメリカは大きく2つ。カリフォルニアなど西海岸ではアジアに近いタイプ、ニューヨークなど東海岸ではヨーロッパからさらに枝分かれしている。そして日本では1月~2月にはアジアタイプ、3月はヨーロッパやアメリカのタイプも拡大。しかし3月末には再びアジアタイプも報告されていた。

ウイルスの変異で感染力や病原性が増す可能性はあるのか。専門家にも予測は難しいと言う。では長期的に見て、ウイルスの性質はどのように変わる可能性があるのだろうか。

京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 教授 朝長啓造さん

「一般的に言ってウイルスは非常に長い時間をかけて、感染している動物と共存する方向で進化が進むと思います。ウイルスにしても感染している動物を殺してしまっては、自分の子孫を残すことができないためです。ですので、新型コロナウイルスにしても弱毒化というか、形を変えて人と共存するようになっていくのではないか、と私は思っています。」(京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 教授 朝長啓造さん)

そしてワクチンは、ウイルスが変異しても対応できるのだろうか。

東京大学 医科学研究所 ウイルス感染分野 教授 河岡義裕さん

「インフルエンザの研究者からすると、たんぱく質の変容を見ても、あまり変異は入っていない。いま臨床試験にすでに入っているワクチンもありますけど、そこで安全性・有効性が確認されてくるようなワクチンは、いろいろ出てくると思う。ただ世界中の人たちに接種するぐらいの量をつくるには、当然この冬(2020年)には間に合わなくて、いろいろな条件がうまくいって、ラッキーであればひょっとすると、来年(2021年)の冬に間に合うかもしれません。」(東京大学 医科学研究所 ウイルス感染分野 教授 河岡義裕さん)

スマホのデータで感染拡大を防げるか?

ビッグデータの活用は論文の解析だけにとどまらない。例えば、私たちが日常的に使っているスマートフォン。ここから発信されるぼう大な情報を利用した感染拡大防止の取り組みも始まっている。

いま日本で進められているのが、スマホのBluetoothと呼ばれる近距離に特化した無線機能を使い、匿名性を守りながら感染した人と濃厚接触した可能性を通知するアプリの開発だ。国と連携しながら開発を行ってきたのは、民間の複数の団体。普及のカギを握るのはプライバシーの保護だと考え、より匿名性を高めた仕組みが必要だと考えている。

システムエンジニア 廣瀬一海さん

「(匿名化によって)陽性になられた方のプライバシーを守ります。(通知を)受け取った方も誰と接触したのかは分からない。ただ接触した事実だけは(個人のスマホに)記録されています。悪者さがしではなく匿名性を担保した状態で、他の人に善意で通知することができれば、というのがこのアプリの大事な部分。」(システムエンジニア 廣瀬一海さん)

今後、アプリは民間団体の開発を踏まえて政府が提供する予定だ。そのための検討委員会のメンバーを務める山本龍彦さんは、ビッグデータの活用を考える上で重要なのは、プライバシーかデータ活用かという二項対立ではなく、プライバシーに配慮しながらデータ活用のメリットを最大化していくことだ、と指摘する。

慶應義塾大学 教授 山本龍彦さん

「今回の取り組みは、アプリの利用者数を増やさないと有効性が上がっていきません。疫学的に有効なレベルまでアプリの利用率を引き上げられるか、というのが最大の課題になると思います。多くの方に使ってもらうためには、アプリをあまり利用しないという方にも利用しやすいような設計や、あるいは外国語対応なども必要になってくると思います。」(慶應義塾大学 教授 山本龍彦さん)

また山本さんは、個人データの利用に対する歯止めという視点から重要だと考える項目を挙げた。

「まずデータを利用する目的を特定して、明確化することです。『公衆衛生のため』といった(解釈が)広く曖昧な目的の場合、利用範囲がなし崩し的に拡大することにもつながりかねません。第2にデータが実際にどのようにやり取りされるのか。誰がその利用に責任を持つのか、ということを国民に分かりやすく説明する。透明性ということも重要です。第3にデータが目的のために適正に使われているか、国民に代わって第三者的にチェックする仕組みも必要だと思います。第4に乱用を防ぐためにデータの保存期間を限定する。例えば、必要がなくなったらアプリそれ自体を自動消去するといったような仕組みも必要かもしれません。第5に国会による民主的な統制を効かせるということも重要かと思います。民主主義国家でデータをアグレッシブに使うなら、それに見合うだけの民主的なブレーキをかけておくことが重要だと思います。
最後にもっとも重要だと思うのは、私たち自身が差別を防いでフェアな社会を維持していこうと努力していくことです。陽性者などへの差別が増大すると、差別を恐れて感染のリスクを隠したり、行動の記録を誤魔化してしまうことも増えてくると思います。そうなると、より正確なデータを取得するために、より積極的な監視につながってくるかもしれない。過剰な監視、行き過ぎた監視にならないための最大の歯止めは、私たち自身が差別をなくして、自由で公正な社会を維持しようと努力することだと思います。」(山本龍彦さん)

どう防ぐ?SNSに広がる感染者差別

いま、ネット上にあふれている差別的な言葉。感染した人やその疑いがある人への激しい差別や攻撃は、世界的な問題になっている。感染症の流行時に特有な差別や偏見のレッテル貼り『社会的スティグマ』は、なぜ起きてしまうのか?

専門家はその仕組みと問題点を、次のように挙げた。

東京女子大学 名誉教授 広瀬弘忠さん

「感染症の流行が起こりますと、必ず感染した人と未感染者を分ける、非常に大きな断絶が起こる。これは歴史的にも、いつでも起こっていることです。例えるなら、我々は新型コロナウイルスに感染する前に、恐怖のウイルスに感染しているんです。その恐怖から逃れるために排除をしようとする。感染していそうな人、あるいは感染しているらしい人を、自分の周囲から遠ざけたい。そういう強い志向が働く。そのためにスティグマ・烙印を押すことによって自分の周りから排除する。本当は自分も感染しているかもしれない状況であるにも関わらず。そして、もし感染しているとなったら社会からどんな目に合うかわからない、ということでなかなか医療を受けられない。むしろスティグマが感染拡大を起こしてしまう。」(東京女子大学 名誉教授 広瀬弘忠さん)

いまだ正体がわからないウイルスへの不安や恐れ。さらに爆発的に広がる情報と、私たちはどのように向き合っていけばいいのか。

いま求められているのは丁寧なコミュニケーションだと専門家は指摘する。

桜美林大学教授 平和博さんの情報との向き合い方

市民やメディアは情報に飛びついて発信するのではなく、まずは情報を疑う。深呼吸をするといった基本的動作を身につけることが重要だ、と語るのは桜美林大学の平和博さん。

自身で情報を発信している山中伸弥さんは、発信する側の「謙虚さ」が大切だと言う。

京都大学iPS細胞研究所 所長・教授 山中伸弥さん

「私も専門家ではないんですが一生懸命に発信しているのは、(発信者と受け手の)つなぎ役になれたらと思っているからです。もう1つ大切なことは、どんどん情報は変わっていきます。ですからここは謙虚に、以前に発言したことが間違いだと分かったらそれを認めて、次の手を打つ。そういう謙虚さが非常に大切だと思っています。」(山中伸弥さん)

長期化するウイルスとの闘いに、ビッグデータで活路を見出せるのか。ぼう大な情報との向き合い方が、いま問われている。


NHKスペシャルでは、今後も「新型コロナウイルス」に関する番組を放送予定です。

今後の放送予定

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この記事は、2020年5月17日に放送した 「NHKスペシャル 新型コロナウイルス ビッグデータで闘う」 を基に制作しています。

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