史上初の緊急事態宣言が出され、外出自粛の呼びかけが続く東京。しかし、新型コロナウイルスの感染の拡大はいまだ止まらない。ウイルス対策の専門家チームの危機感、重症患者を救うための医療資源が枯渇しはじめている医療現場からの報告、長期化するウイルスとの闘いのなかで見えてきた社会の歪み…。この難局を乗り切る方策を専門家とともに考える。
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感染拡大に歯止めはかかるのか?
4月7日に7都府県を対象に発出された緊急事態宣言から10日あまり。週末の外出自粛は進んでいるものの、都市部を中心にいまだ「人と人との接触を8割減らす」という目標には到達できていない。
携帯電話の接続状況をもとに、感染拡大前と現在の人の動きを解析したデータでは、東京の渋谷や大阪の難波など、大都市の繁華街の減少は6割程度。4割程度の削減に止まる自治体も多く、感染拡大を阻止するために十分な行動変容には至っていない。

さらに、緊急事態宣言後に東京に住む人が1日にどれぐらい移動したかを分析したところ、1月の平均移動距離と比べると、先週末の休日(4/11、12)は49%の減少。平日は4/16の時点で35%の減少となっている。年齢別で見てみると、40代と50代の減少率が低く、在宅勤務があまり進んでいないことが推測される。

こうした状況のなか、4月16日に政府は緊急事態宣言の対象地域を全国に拡大。緊急事態宣言に関する諮問委員会の会長も務める尾見茂さんは、緊急事態宣言の範囲が広げられた背景について次のように話す。
「都市部からの人の移動で、都市部以外の地方に“クラスター感染”が起きてしまっているというのが1点。都市部以外の地方の場合は、都会に比べて病院の数が少ないので感染が広がると、いま東京で問題になっている“医療崩壊”がすぐに起きてしまうということ。それからもうひとつは、行動変容。本当にいろいろな方に協力して頂いて、本当に感謝いたします。しかしまだ十分ではない。最後はこれを日本全国が足並みを揃えてやらないと効果がない。そういう危機感で緊急事態宣言が出た、ということだと思います。」(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 副座長 尾身茂さん)
「人との接触8割減」の目標には到達できておらず、専門家が危機感を強めているなか、4月末には大型連休を迎える。都市部から地方への移動を抑え、感染の拡大を予防することはできるのか。
東京の感染者の動向について分析を続けている、北海道大学大学院の西浦博教授は今後の見通しを次のように語る。

「これからゴールデンウィークを前にして、地域で流行が起こらないようにするためには移動をできるだけ抑え、感染の拡大を予防するということが重要だと考えています。感染者の増加に関しては、おそらく来週あたりで一度増加が止まって、減少傾向になるのではないかと期待をしています。しかしながら、いま心配している悪いシナリオというのは『医療機関で感染者が多発する』ということです。複数の医療機関で感染者が発生すると、医療の機能が停止してしまう。それが複数の医療機関で起こると、いま切迫している『患者を収容する能力』が止まってしまうことにつながるので、その点をとても心配しています。」(北海道大学大学院 教授 西浦博さん)
感染拡大 最前線のいま
東京都区内の保健所では、感染が疑われる人からの相談の電話が4月に入って急増。1日300件を超えることもある。他部署から担当者を増員したものの、それでも対応は追いついていない。
患者の搬送も保健所の役割だが、人手が足りないため、保健師ではない職員が対応。搬送に使うのはシート(座席)をビニールで覆っただけの普通の乗用車。通常使用する民間の救急車は自治体で奪い合いとなり、確保がままならないのだ。感染の危険と背中合わせのなか、綱渡りが続いている。
医療を必要とする患者の受け入れ先の調整にも難航している。病院はどこもベッド数がひっ迫。受け入れを断られる事態が相次いでいる。
一方の病院側も、用意した病床が数日でほぼ満床となってしまい、受け入れたくても受け入れられないという状況が続いている。
治療の最前線に身を置き、感染症対策にも携わる今村顕史医師が医療現場の窮状を語る。

「軽症・無症状の人が自宅療養あるいはホテルで様子をみられるようになったことで、病床は少し空けることができるようになった。しかし、その一方で東京のなかでの感染者増があるため、空いた病床もまたすぐに埋まっている状況が続いています。重症の患者さんは入院期間が長くなってしまうので、重症患者さんの割合が徐々に増えているというのが今の状況です。また東京都のなかでは“疑い患者”。まだ陽性とは確定していない“疑い患者”さんの搬送が遅れるような状況が見えてきています。“疑い患者”さんも陽性者と同じように対応しなくてはいけないんです。各病院が病棟を増やしていますけれども、“疑い患者”も含めてとなると、厳しい状況が続いていると言えます。」(都立駒込病院 感染症科 部長 今村顕史さん)
さらに今後増えていく軽症または無症状の患者のホテルや自宅での療養。その際、重症化の兆しを見逃さないための目安を今村さんは上げた。
「発熱をしている人のなかで、4日というのが1つ目安になっていますけれども、次は1週間ぐらいが目安になります。そこまでの間に、どこかで症状がピークを迎える。例えば昨日よりも今日が少し良いかな…というような形になってくる時には、多くの場合に改善の方向に向かいます。ただ、それが一向に改善に向かわず1週間前後のところで、特に『息切れ感』ですね。『息切れ感』が出てくるようになると、肺炎を起こして悪化しはじめている可能性があります。酸素が要るようになってしまうと入院の適応ですので、そこは1つ重要なポイントになります。もう1つ『息切れ感』は出ていなくても、高齢者などは食事をとれなくなって、水も飲めなくなってくると脱水が進行してしまうので、その状況になれば入院の適応になります。そういうサインを見逃さないことが重要だと思います。」(今村さん)
差し迫る“医療崩壊” その対策は?
緊張状態が続き、院内感染の脅威にもさらされる医療現場。感染の急速な拡大は、さらに事態を深刻化させている。患者が重症化した場合の最後のとりで、特別な機器と専門のスタッフを備えた高度医療機関。そこで極めて症状が重い患者に使われるのが、人工心肺装置「ECMO(エクモ)」だ。

肺の機能を肩代わりすることで肺自体を休ませ、回復につなげる装置。しかしいったん装着すれば、2か月近く外せないこともある。必要な患者が相次いだ場合に、この最後の手段が不足し、救える命が救えなくなることが懸念されている。
この医療崩壊の危機を回避するために、改善すべきポイントは「PCR検査の強化」だと尾身さんは考えている。

「(検査の)スピードアップが、重症化予防に非常に重要だと思っております。必要な検査を迅速にできるような医療体制、およびPCR体制の強化が今まで以上に求められていると思います。」(尾身さん)
現在は感染が疑われた場合、まずは「帰国者・接触者相談センター」に連絡。そこで検査が必要だと判断された場合、「帰国者・接触者外来」のある病院を受診し、検体の採取をしてもらい感染の有無を判定。入院などの措置がとられる。

これに加え、新たに“かかりつけ医”の紹介で医師会などが運営する「外来検査センター」で検体を採取、必要に応じ素早くPCR検査するという動きも出てきている。

また尾身さんは、検査体制のスピード強化に加え、陽性で重症化リスクの高い人には、効果が期待できる薬をなるべく早い時期に投与すべきだと語る。
「私は緊急避難的に3つの条件が合えば、いま候補になっている(効果が期待できる)薬を投与したらいいんじゃないかと思うんです。1つ目の条件は、リスクの高い人を中心に、優先的に行う。2つ目は重篤化する前、まだ症状が軽いうちに投与する。3つ目はご本人の意思をしっかりと確認する。(薬の投与を)希望するか、しないかということの確認。こういう3つの条件が満たされた場合には、検討してもいいのではないかと。そのためには、この『観察研究』をやっていただける病院の数を今よりも増やして、そのデータを一元的にまとめて分析することが求められると思います。」(尾身さん)
ウイルスとの闘い 今後は?
今後、このウイルスとの闘いはどうなっていくのか?西浦さんは1つの見解を示した。
「いち早く“都市封鎖”を解除した中国やシンガポールなどを見ると、解除した後にポイントとなるのは『ハイリスクの場所』。フィットネスジムやライブハウス、あるいは夜の街であったり。そういう伝播が起こっている場所は日本と似ているんですけれど、そういった場所を今後1年にわたって休業すると。そういう方針で解除してきました。日本でも緊急事態宣言の後で、こういった方針をするのか否かも含めて、どのように感染を抑制していくのかということを議論することが必要だと考えています。」(西浦さん)
さらに対策をどのくらいまで続けることで、危機を脱することができるのか。

「少なくとも今後1年間程度、この流行は減ってはまたぶり返して、繰り返していく。少し私たちがスマートになって、伝播のネットワークを見ていくことができる。そうするとハイリスクの場所がより詳細に特定できる、ということにつながっていくと思うので、少しスマートになりながら、この1年間は根気強く向き合っていくことが必要だと考えています。」(西浦さん)
長期化する闘い 社会の課題は?
いまだ収束が見えない、新型コロナウイルスとの闘い。その影響は、社会が抱える課題も浮かび上がらせている。
・生活を支える物流などの社会インフラを、どのように維持するのか
・収入が急激に減ってしまった時に、生活のための資金繰りをどう支えるのか
・DVや虐待などの家庭内暴力と心の問題を、どのようにすくい上げていくのか
東日本大震災などの現場でも活動してきた臨床心理士の森光玲雄さんは、いま人びとが置かれている状況を次のように見ている。

「今この緊急状況下で誰もがストレスを受けていると思いますし、ストレスによる影響が社会のなかで比較的弱い立場の人に表面化してきている。その反映だと捉えています。現在、ウイルスの拡大、感染症の拡大という災害のなかで、それぞれのご家庭・ご自宅が最小単位の避難所になっているという風に言い換えることもできるかと思います。今後この状態が長期化すれば、ストレスによる問題がより顕在化してくるという懸念を持っています。」(諏訪赤十字病院 臨床心理士 森光玲雄さん)
さらにウイルスには「病気・不安・差別」の3つの顔があると、森光さんは警鐘を鳴らす。

「病気だけでなく、私たち人間の心理に入り込んで、“3つの感染症”という形で負の連鎖を生む、という側面があります。『病気』を怖れる心が『不安』を生みます。そして不安や怖れの感情が、感染者や医療者を遠ざけようといった『差別』の意識を引き起こしてしまいます。さらに差別が社会に蔓延してくると、体調の悪い方も差別を怖れて受診をためらうようになったり、あるいは医療者が嫌がらせによって心が折れやすくなる。いずれにしても結果として、感染の封じ込めがより困難になっていく、という負のスパイラルがあるんです。
大切なことは、ウイルスが体だけでなく、私たちの心や態度にまで感染し、私たちをむしばんでいく。そして社会を分断する力があるということを、我々が認識しておくことです。」(森光さん)
最前線で治療を続ける今村さんも、現場に立つ人びとの思いを次のように語る。
「闘う相手はウイルスであって、決して人であってはなりません。みんな最前線で辛い思いをしながら頑張っています。それを支えてあげてほしいと思います。」(今村さん)
長期化することが避けられない、新型コロナウイルスとの闘い。この闘いのなかで、いま私たちの社会のありようも問われている。
NHKスペシャルでは、今後も「新型コロナウイルス」に関する番組を放送予定です。
今後の放送予定