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新型コロナウイルス感染拡大阻止
最前線からの報告

2020年4月15日

日本で新型コロナウイルスの感染が初めて確認されたのは2020年1月中旬。緊急事態宣言に至るまでの3か月間、対策を担う専門家たちは未知のウイルスをどう制御しようとしてきたのか。国内で日々、数百人の規模で感染者が急増している現在。新たな段階に入ったウイルスとの闘いの最前線からの報告を聞き、いま必要とされている対策を考える。

2020年4月11日(土)に放送された内容を基にしています。
「新型コロナウイルス」に関する情報は日々、更新されています。最新の情報はこちらの特設サイトでもご確認ください。

日本の戦略「クラスター対策」

新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するために結成された対策チーム「クラスター対策班」。リーダーを務めるのは、東北大学大学院の教授で感染症対策のスペシャリスト、押谷仁さん。さらに大学や研究機関から集められた50人ほどの専門家たちが、これまで感染の爆発を瀬戸際で食い止めてきた。

東北大学大学院 教授 押谷仁さん

「ウイルスの生存戦略としては、一番正しい戦略なんでしょうね。見えないようにして、あまり重症化しないようにして。そうすると見つからない。SARSとはまったく別物の、よくできたウイルスです。」(押谷さん)

見えないまま感染を広げるウイルスに、どう対応すればいいのか。
中国が行った戦略は都市を丸ごと封鎖し、人の外出・接触を制限すること。しかし日本では強制的に実行する法律上の仕組みはない。もう一つ考えられる戦略はPCR検査の徹底。しかし日本では検査体制は十分に整備されておらず、直ちにPCR検査の数を増やすことは困難だった。さらに盤石とは言えない医療体制への不安。

「日本の選択肢を考えた時に、中国のようにできないし、シンガポールのようにできないし。そうすると、このウイルスのどこかにある弱点をついて対策を考えざるを得ない。」(押谷さん)

対策チームの戦略を緻密なデータ分析で支える、北海道大学大学院の西浦博教授。感染症の流行を数理モデルで予測する第一人者の西浦さんが注目したのは、1人の感染者が何人に感染させるかを示す値「基本再生産数」。

基本再生産数が2の場合のイメージ図

1人が2人に感染させれば、基本再生産数は2。このペースで感染が拡大し、さらに10回続くと感染者は2000人以上にまで膨れ上がる。対策によって再生産数が1を切れば流行は抑制。収束に向かう。

西浦さんたちの目標は、この基本再生産数を1未満に抑える対策を見つけ出すことだった。

「最初から決まったストラテジー(戦略)があったわけではないです。接触者の追跡調査のデータをしっかりと収集して、伝播(でんぱ)の特徴を明らかにしようというところからがスタートでした。」(西浦さん)

8割は誰にも感染させていない イメージ図

第一波の中心となった武漢からの流行の徹底的な解析から明らかになったのは、国内の感染者110人のうち、およそ8割の人は誰にも感染させていなかった、ということ。

クラスター(感染者集団) イメージ図

ところが残った人のうち、1人から4人・9人・12人に感染させていたケースが見つかった。大規模な“クラスター”の発生。共通していたのは、密閉された閉鎖空間だ。特に密閉された環境に人が集まり、大声で会話をすることで飛沫にのってウイルスが拡散していると対策チームは推察。詳しく解析した結果、閉鎖環境での感染は、そうではない環境と比べて18.7倍も起こりやすかったことが分かった。

密閉・密集・密接 イメージ図

「密閉・密集・密接」という“3つの密”が重なる場所を避ければ、再生産数は1を下回り感染拡大を阻止できるのではないか。
それが、対策チームが打ち出した最初の戦略だった。

「全部見ようとすると、ものすごい労力が必要。そういうキャパシティー(能力)は、日本にはない。だから“クラスター”をきちんとケアして、ここを集中的につぶす。しかも効率よくつぶす戦略を作るしか、おそらく日本に残された道はない。」(押谷さん)

東京で感染急増 そのとき対策チームは

3月中旬、東京の感染者は、じわじわと増え始めていた。対策チームが懸念していたのは、感染経路が不明な「孤発例」と呼ばれる感染者の存在。それは、クラスターの背後に未知のクラスターが潜んでいる可能性を意味する。これを放置すると、2、3日で累計の感染者が倍増していくオーバーシュートを引き起こす恐れがある。

対策チームは東京都にも感染者数の予測データを提示し、人々の行動を変える強い措置を取るべきだと助言。3月25日に都は感染爆発の重大局面として、週末の外出自粛を初めて呼びかけた。

この頃、対策チームは感染経路が不明な“孤発例”についての情報もつかみ始めていた。浮かび上がってきたのは、繁華街で接客を伴う夜間営業を行っている飲食店。感染者の属性や前後の行動などを分析し、3割がこうした飲食店に関係していたのでは、と推定した。
夜の繁華街でのウイルスの蔓延。これを防ぐために西浦さんは東京都の担当者に、対策を直接訴えた。

3月30日小池都知事の会見

その2日後の3月30日。東京都はカラオケやライブハウス、そしてバーやナイトクラブなど具体的な名前をあげ、出入りを自粛するよう呼びかけることを決めた。

日本の新型コロナウイルス対策とは

これまで日本で実施されてきた「クラスター対策」。その目的を押谷さんは語った。

東北大学大学院 教授 押谷仁さん

「我々の戦略の目的は、いかにして社会的、経済的な影響を最小限にしながら、ウイルスの拡散を最大限抑えていくか、ということでした。『クラスター対策』は、社会的、経済的なダメージが比較的少なくて(すむ)。ただし“クラスター”を早期に見つけてつぶしていくだけでは効果的ではないので、“クラスター”が起こる条件を見つけた。それが、いわゆる“3密”と言われる条件です。こういう場をできるだけ避けて頂くように要請していく。これである程度、流行が抑制されるというふうに考えています。」(押谷さん)

緊急事態宣言が出された現在。ウイルスとの闘いは、新たな段階を迎えている。今後の日本の対策について、押谷さんはある期待を口にする。

「皆さんの強い行動変容が起こると、いったん感染は急速に収束の方向に向かうことが期待できます。そうなると、もう一度『クラスター対策』ができる状態になる。現在のような強い外出の自粛がなくても、ある程度このウイルスを制御できるような状況になる、ということが期待されます。」(押谷さん)

これまでの日本のPCR検査のやり方について、押谷さんは次のように話す。

「このウイルスは、症状がない、あるいは非常に軽症の人が多いので、その状況ですべての感染者を見つけようと思うと、日本に住むすべての人を一斉にPCR検査にかけないといけない。それは到底できないことなので、我々の戦略としては“クラスター”を見つけて、その周りに存在する“孤発例”を見つけていくと。その“孤発例”の多さから流行規模を推定して、それによって対策の強弱を判断していくという戦略になります。」(押谷さん)

しかし、感染者が急増する今、PCR検査の課題も同時に指摘する。

「感染者が急増している状況の中で、PCR検査が増えていかないというのは明らかに大きな問題です。行政もさまざまな形で取り組みを進めていることは承知していますが、十分なスピード感と実効性のある形での『検査センター』の立ち上げが進んでいないということが、今の状況を生んでいると理解しています。しかしいくつかの地域では、自治体・医師会・病院などが連携をして、検査や患者の受け入れ態勢が急速に整備されている状況です。そのような地域では事態は好転していくと、私は信じています。」(押谷さん)

日本を襲うウイルスの第二波

3月下旬。対策チームが恐れていた、欧米などからのウイルス第二波による感染拡大が、現実のものになろうとしていた。
対策チームが国に示した重篤な患者数の予測をあらわしたグラフ。

大規模流行時に想定される重篤患者数(10万人あたり)

日本の人口10万のある地域に、ヨーロッパ並みの大規模流行が起きたと仮定。赤い線で示しているのは、使用可能な人工呼吸器の上限だ。
この第二波を抑え込まなければ、短期間で重篤な患者が救えない状況に追い込まれる危険性を示していた。

さらに対策チームに届いたのは、首都圏各地の病院や福祉施設で起こった集団感染の情報。
そして地方都市への危機の連鎖。新型ウイルスの感染拡大は全国規模へと広がっていた。地方都市は病院の病床も少なく、感染が一気に拡大することは即座に医療崩壊の危機に瀕することを意味する。

日本全国で確認されたクラスターの分布

3月末の時点で、対策チームが把握していた“クラスター”は、14の都道府県で26か所にまで増加していた。

ウイルスとの闘い 対策チームの思いは

これまでアフリカや東南アジアなど、世界各地で30年にわたりウイルスの脅威と対峙してきた押谷さん。

東北大学大学院 教授 押谷仁さん

「僕らの大きなチャレンジは、いかにして社会経済活動を維持したまま、この流行を収束の方向に向かわせていくかということ。都市の封鎖、再開。また流行が起きて都市の封鎖ということを繰り返していくと、世界中が経済も社会も破綻します。人の心も確実に破綻します。若者は将来に希望を持てなくなる。次々に若者が憧れていたような企業は倒産していきます。中高年の人たちは安らぐ憩いの場が長期間にわたって失われます。その先に何があるのか。その先はもう闇の中しかないわけです。その状態を作っちゃいけない。」(押谷さん)

さらに数理モデルが専門の西浦博さんは、自身が示すデータが人の命に直結するという重い責任を痛感しながら、その思いを語った。

北海道大学大学院 教授 西浦博さん

「近未来っていうものが専門性のせいで、自分は定量的にある程度分かります。(ウイルスの)流行がこんなに悲惨なものになりますよ。集中治療、特に人工呼吸器が足らないです。日本でも何十万人ぐらいの死亡者数が見込まれます、というお話をしっかりとお伝えする。その上で、いま行動を変えなくていいんですか。長期持続可能な行動に変えませんか、と呼びかける義務が僕にはあるんだろうと。」(西浦さん)

日本の岐路 一人ひとりの“行動変容を”

東京など都市部での感染拡大に危機感を強めていた対策チーム。さらに強固な防止策を提示した。

『人と人との接触を通常より8割減らす』

西浦さんが数理分析した、新たな感染者数のシミュレーション。

新たに感染する人数をシミュレーションをしたグラフ

人との接触を2割減らすだけではオーバーシュートを防ぐことはできない。しかし、人と人の接触を8割減らせば、10日から2週間後に新たな感染者数がピークを迎え、その後、急激に減少させることができると分析した。

現在、そして未来の危機をどう克服していくのか。未知のウイルスとの闘いは、今も続いている。

東京の混雑した駅のホーム

「今までの生活が返ってくるかどうか。その保証はすぐ近くの未来、1年以内にはありません。ただし、ものすごく自粛をしないといけないような緊急事態宣言下の生活が、ずっと続くということでもない。社会経済活動が停止しない範囲。一方で二次感染が起こるハイリスクな環境、特に屋内環境を避ける手段をみんなで可能な限り考えた上で、クラスター対策の第2弾みたいなものを感染者が減ったところでスタートする。それができれば、この流行とうまく付き合いながら、ゴールが見えてくると思っている。」(西浦さん)

最後に押谷さんは、現状への危機感と、この未知のウイルスを克服するために重要なポイントを語った。

「非常に厳しい状況にあると思っています。特に集中治療の限界を超えて、救える命が救えなくなる、そういうことが東京などの地域では現実のものとなりつつあります。緊急事態宣言が出て対策の効果が見えてくるのは、まだ10日以上先です。その間に感染者はまだ増えるという可能性が非常に高い。そういった地域では早急に医療体制をどう整備していくか、ということが非常に大きな課題になってくると思います。一方で、日本がこのウイルスを急速に収束させる方向に向かう(のではないか)という希望も出てきています。実際にいくつかの地域では、医師会・医療機関・自治体・一般の人たちが連携して、このウイルスを克服しようという動きも出てきています。私はこのウイルスを克服するカギは“地域力”だと思っています。ただし自治体の連携に時間がかかるとか、国からの指示がないと動けないというようなことを言っていると、時間が浪費されていって手遅れになる可能性がある。平時の考え方からいち早く脱却して、この未知のウイルスにいかに立ち向かうのか、ということが必要だと思います。」(押谷さん)


NHKスペシャルでは、今後も「新型コロナウイルス」に関する番組を放送予定です。

今後の放送予定

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この記事は、2020年4月11日に放送した 「NHKスペシャル 新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防 〜感染拡大阻止最前線からの報告〜」 を基に制作しています。

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